01
「んんん、これはもしかして……」
平和な王国の城下街、その昼日中の市場通り。
私は母親のおつかいで歩いていると、スリの男とぶつかった。
「痛いっ!」
ぶつかった拍子に吹っ飛ばされて、尻餅をつく。
打ち付けたお尻は痛いし、支えるためについた手も痛い。
体に届いた振動もなかなかのもので、頭がクラクラすると共に涙が出た。
ついでに謎の記憶も。
尻餅をついた私の後ろで、ドタバタと騒ぎが聞こえる。
きっと後ろで、魔法を使える男の子がスリの男を捕まえている。
そんで、周囲の大人にスリを引き渡したあと、私に駆け寄ってきて手を差し伸べるんだ。
「大丈夫?」
その声に私は顔を上げると、逆光の中、キラキラと後光がさすような金髪碧眼の美少年が、私に向かって心配そうな表情で見ている……。
んんんん?
「大丈夫?頭ぶつけた?」
一向に手を取ろうともしない、あんぐりと口を開けて何も喋ろうとしない私を見て、更に心配そうな表情を浮かべた男の子は、私に顔を近づけてきた。
その近さに、思わず私は吃驚して仰け反ると、後ろ方面にぴょんと飛んで、自前で立ち上がった。
どうやって立ち上がれたかなんて、ぶっちゃけ自分でもわからない動きだった。
ついでに、顔を近づけていた男の子の顎をヘッドアタックしてしまい、二人揃ってそれぞれ頭と顎を抱え込んで「痛い痛い」と呻く羽目になった。
それを見た周囲の大人たちが、心配そうに駆け寄ってくる。
そんな様子をスローモーションのように感じながら、私は心のなかで「まずいまずい」と唱えた。
ここは、助けてくれた男の子に一目惚れをして、ぽーっとした顔をしながら、手をとって立ち上がらねばならないシーンではなかったか。
なんで頭突きしちゃったんだ。
「ご、ごめんなさい……あの、助けてくれてありがとう」
ココからはなんとか巻き返しをしなければ、と頭を擦りながらも、頭突きのお詫びと助けてもらったお礼を伝える。
顔を上げてみると、男の子はうずくまりながら顎を擦っている。
私どんだけ強打したんだ……と顔が青ざめるのを感じながら、男の子に駆け寄った。
「あの……大丈夫?ごめんね?ごめんね?」
とにかく謝り倒さなければならない。
だってこの子、この国の王子様だもの。
んんんんん?
そうなの?この子王子様なの?
私は心の中で自問自答した。
そうだよ、と心の中の私は答える。
そうか……じゃあ、失礼なことをしちゃ駄目だね。
極力丁寧な対応をしなければ、と心に決めた私は、王子様に向かって「痛いですよね、ごめんなさい」と頭をペコリと下げて謝罪した。
私の謝罪に顔を上げた王子様は、慌てたようにぴょこんと立ち上がる。
反射的に私は、身を捩るようにして一歩後ろに下がった。
私のその逃げ方に、王子様は微妙な表情を浮かべる。
いやだって、もっかいヘッドアタックになったらまずいもの。
王子様相手に、なんかのコントみたいなそんな状況ないわー。これ乙女ゲームでしょ。
あれ、これ乙女ゲームだったっけ?
自分のうずくまって痛がっていた様子を思い出したのか、恥ずかしそうにはにかみながらも笑顔を浮かべた王子は、
「大丈夫。こっちこそごめんね、うかつに近づきすぎちゃって、吃驚させてしまった」
と、仕切り直してきた。
おおー、さすがー!さすが王子様だわ。対応がいちいち違う……!
「君こそ大丈夫かな?頭もだけど、尻餅もついていたし、手のひらも赤くなってる。それにさっきの男に盗られていただろう?」
よく見ると、王子様の手には、小さな巾着袋が握られていた。
母親が私にお使いを頼む時に、いつも手渡す小銭入れだ。スられる直前までは、手元の編みカゴの中に入っていた。
「そうです、ありがとうございます!」
私は今初めて気がついたかのように吃驚し、編みカゴの中を探って見せた。
「なくしてしまっていたら、おかあさんに怒られるところでした」
そう言うと、王子様は嬉しそうに微笑んで「良かった」と言って私に巾着袋を手渡そうとする。
私はそれに合わせて、両手を差し出してそっと受け取った。
「もしかして、これから市場で買い物、とか?」
王子様は、私に向かって頬を染めながら、遠慮がちに聞いてくる。
「え、えーと、そうです……」
「じゃあさ、よかったら一緒に回らない?」
思わず私は、ビクリと肩を震わせた。
▷市場を一緒に回る
▶断る
あるはずのないコマンドを頭に浮かべて、私は動揺しながらも答えた。
「あの……おかあさんから頼まれたお使いなので、すぐ帰らないと……ごめんなさい」
そう言って断る。
これで王子様以外のルート分岐ができたはずだ、などと心の中で考える。
いや、ルート分岐なんかよりも。
頭の中、頭の中を整理させてください…………!
「そうか……。残念だけど、また会うことがあったら……今度は一緒に遊ぼう?」
そう言って、王子様は手を振りながら去っていく。
私も手を振ってお見送りした。
様子を見ていた周囲の大人は、その動きに合わせて散っていく。
あれ、何人かは護衛なんだろうなぁ……。そうだろうなぁ。
彼らの後ろ姿を見送った後、母親に頼まれたお使いをこなしつつ、ぐるぐる回る頭の中を整理した結果。
流行りの、『乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢』小説の、ざまぁされるヒロインに転生したようです。
……なにそれ、一周回って私が悪役ってことじゃないか。
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。
キリの良いところまで書いておりますので、連続UP予定です。
続きも読んでいただけると嬉しいです。