その令嬢は祈りを捧ぐ
ふわっと思いついたのを勢いで書き上げましたが、ご都合主義のコメディーでございます。どうぞ笑ってくださいませ。
公爵家に生まれたエイディアーナは、生まれて直ぐに婚約者を定められ、早十五年。
婚約者であるこの国の第一王子、フランクリン殿下との関係は至って穏やかな関係を築いていた。燃えるような情熱こそ無くとも互いを尊敬し合えていて、共に大切なパートナーとして支え合っていけると、そう思っていた。
貴族子女が通う学園に入学するまでは。
噂を耳にしたのは2学年に上がった頃。
── フランクリン殿下が、とある男爵家の御令嬢と親密になさっている ──
というものだった。
エイディアーナは「まさか」と笑って否定していても、胸の奥がざらつく様な言いようの無い不快感に襲われていた。
というのも、2学年に上がる前、彼女は校舎の2階から1階の外廊下を進むフランクリンと、見たことのない女子生徒が笑顔で話しているところを見たことがあったから。
─ 今まであんなに素直に笑っている顔を見たことがあっただろうか?
─ 今まであんなに思いの籠った目で見られたことがあっただろうか?
そんな思いが沸き上がり、エイディアーナは咄嗟に目を逸らして窓から身を離した。
エイディアーナは愚かな想いに囚われまいと、普段からの習慣で王太子妃教育の前に王宮内にある教会に出向き、祈りと共に心に溜まった思いを素直に零す。
(天にいらっしゃる我らが神様。
エイディアーナは今日も心から御身を敬愛しております…………
それはさておき、聞いて下さいます?別に良いですけれど、殿下もお年頃ですし。女の子と浮つきたいでしょうし?
でもでも、私だって自由にしたいのをグググッと我慢しておりますのよ?せめて見えないところで、こっそりと……くらいの配慮があって然るべきだと思いません?ほんとーにデリカシーが無いったら!
あー、足の小指を角にぶつけて仕舞えば良いんだわっ)
……とまぁ、早い話が愚痴と小さな不幸を祈りと共に吐き出すものだ。
ぶつぶつと神妙な面持ちで祈る姿は、誰も声をかけることができず、遠巻きにその様子を見守るばかりである。
エイディアーナは一頻り祈り(?)を捧げ終わるとスッキリとした顔つきで立ち上がり、そのまま予定していた王太子妃教育の講義へと軽くなった足取りで向かう。
(あー、今日もスッキリした♪)
こうして精神の均衡を保っていた。
その後度々学園で嫌な場面や出来事に遭遇すると、同じように教会に飛び込んでは祈っていた。
(天に座す我らが愛する神様、今日もありがとうございます!
って、ほんと今日はびっくりなんですけどっ聞いてくださいまし!
人目につく中庭で、例の男爵家の令嬢がフランクリン殿下に膝枕していたのです!しかも側近候補の男も近くにいて、何も言わないなんて信じられます?!
もー尊敬も僅かな情も、綺麗さっぱりなくなりましてよ?!迂闊すぎませんこと?
だって、自身を“浮気者でーす”って喧伝して、女の方に“コイツ常識なしでーす”ってレッテル貼る行為ですのよ?!私が何も言わないからって!
鳥の糞が落ちて来ますようにって、その場で早口言葉で三回呟いてしまいましたわっ)
(愛する天の神様、聞いて下さいまし!
何もしていないのに、フランクリン殿下に睨まれましてよ!意味がわかりませんわっ。その上「虐めは良くない」ですって!?はぁぁぁぁぁっですわよ!
虐めなんて誓ってしておりませんわ!そんな暇じゃありませんもの。しかも王家からの護衛もずーっとついておりますのよ?できる隙なんてありませんわよっ。殿下に付き従ってるあの側近候補、殿下の尻馬に乗って伯爵家如きが無礼にも「品位を疑う」「見てくれ淑女」とかっっっ!
あんたなんか大事な書類をポッケに入れたままで洗濯されちゃえば良いんだわ!)
(愛する天のお父様、聞いて聞いてー!
信じられないことに、あの男爵家の令嬢が階段から落ちたのが私のせいだっていうんですのよー!私、放課後早々王宮へ行くのに、どうやって突き落とすっていうんですのっ!それにあの側近&護衛候補の筋肉バカ、「お前がアイシャに怪我をさせた事は分かっている!」っって?!誰よアイシャって!ってあの男爵家っていう殿下のお相手のアイツか?!
「死ななくて残念だったな」とか言って鼻を鳴らして去って行きましたのよ!
あのくそゴリラ、靴の中に尖った小石が入り込んで取れなくなって痛みにのたうち回れば良いんだわっ)
そんな日々も、もうすぐ卒業を迎えると無くなるものかと思いきや、卒業式後のパーティーで、まさかのフランクリンがエイディアーナのエスコートを直前でブッチするという暴挙で、またも祈りを捧げることとなる。
(天のお父様聞いてー!パーティー当日にエスコートブッチってあり得ますー?!
こちとらアイツが婚約者だから、仕方なしに待っておりましたのよ?!紳士の風上にも置けない所業でしてよ?!もう愛想も尽かしているってー言うのに、どこまでも人の好感度をドンドコ掘り下げていくなんて、何がしたいのかしらっ!先日陛下へ送った婚約解消のお願いのお手紙、早々に実現して下さいませんかね?あー、腹立つっ!
あー、ほんとっっもげてしまえ!!)
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一方天界では。
「神様〜、最近この願い玉だけ分けているのってなんか有るんですか〜?」
小間使いの天使が、神様の執務机の片隅に置かれた小さなカゴの中に入ったビー玉サイズの願い玉を突きながら、忙しそうに書類仕事に精を出す神様に尋ねた。
「うーーむ。それはの、とある敬虔な信徒がお祈りと一緒にあげてくれた願いなんじゃが……微妙な願いじゃから、間違っても“叶える”箱に入れんようにせんといかんのじゃよ」
「ふーーん?そうなんですね??じゃ廃棄処理しちゃいましょうか?」
「それはせんでいい」
「………理由をお聞きしても?」
「面白いからじゃ。たまに眺めて聴いて息抜きにしておる」
「成程」
天使は神様の言葉に納得して、カゴを邪魔にならないように、より端へと移動させた。
神様も書類仕事を進めるためにか、手元に視線を落として集中した。
願い玉とは、人々が神へと願う思いが1つの玉となり、神へと日々届けられた物である。
神はその願い玉を手にし、取捨選択しながら叶うべきと判断された願い玉は「叶える」の箱へ収められ、瞬時にその願いは現実へと反映される。叶えるに値しないとされた願いは、その場で神が浄化して光となって消えるのだ。
しかしある令嬢の祈りと願いは、叶えるに値しないもののその内容や勢いが面白く、いたく気に入った神様は、小さな籠を作り出すとその中に収めていつでも見返せるようにと、書類仕事をする時用の机の上に別にして置いたのだった。
天使が他の仕事にと去った後、書類仕事が終わった神様は、肩をコキコキと鳴らしてふと宙を見ると新しい願い玉が手元に降りて来た。
「おや?これはあの娘の最新号か!」
面白いゴシップ雑誌か何かの扱いになりつつある、件のご令嬢の願いは、神様の手に降りるとキラリと光ってその祈りを懇々と流し出す。
「ふっふひゃひゃひゃっっ!これはまた!エイダちゃん面白いのーぅ!ご、御令嬢がもっもげろとか!分かっとるんかいのーぉ?!ひゃははっ」
立ち上がって玉を親指と人差し指で挟んでかざしながらバンバンと机を叩いて笑いっていると、その騒がしさに天使が舞い戻って来た。
「どうかなさいましたっっ」
「おわぁっっっ!!」
その瞬間、机の端に置かれていた籠に神様の振り下ろされた手の端が当たってしまい、籠はグルンと回転してしまった。その弾みで中の玉が宙へと、弧を描くように舞踊った。
あんぐりと口を開けている間に玉は止まることなく弧を描き、少し離れた場所にあった「叶える」箱に吸い込まれるように入って行った。
「あーーーーーーー!!!!」
神様は慌てて「叶える」箱に駆け寄って覗き込むと、シュワッという音と共に願い玉が消化されたところだった。
「あーーーーーーーー……」
その残念さと切なさ、後悔が混じった声音に天使は背の羽をはためかせながら近寄り、一緒に覗き込む。
「……なんか、すみません。あれ、叶っちゃダメなやつでしたっけ?」
「いや、実害はほぼないから叶ったところで……じゃが。ワシの息抜きがぁ」
悲しみに暮れた神様が、しょぼんと肩を落とした時、天使がすまなそうに神様を見ると指に見知らぬ願い玉が挟まっているのが見えた。
「神様それは?」
「……あ?なんじゃ?」
と、意識を向けると脱力ついでに指の力も抜けたのか、ポロッと指から願い玉が落ちて行った。
「……あっ」
「…………!!!!」
シュワッッ!
どうやら願い玉は最新号も叶えられるようだ。
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「ファーバーッセン公爵令嬢、エイディアーナ!貴様との婚約はこの場をもって破棄とする!」
ザワザワッ
所変わって学園の大講堂、卒業パーティー開始直後にその言葉は、同じく卒業生である第一王子フランクリンから発せられた。
長年の婚約者への暴挙に会場が騒めき、驚きを隠せない有様だ。
当のエイディアーナは、一人で会場入りをしてから、友人に励まされ慰められながら端の方に居たのだが、フランクリンの宣言により、スッと背を伸ばすと壇上で叫ぶフランクリンの近くまで進み出た。
「婚約破棄とのこと、父へとそう申し伝えますわ。それで宜しいでしょうか?」
至って冷静に、扇で顔半分を隠しながらも冷ややかな目を壇上にひたりと向けて彼女はそう返した。
フランクリンは、狼狽えもしないエイディアーナに苛立ちを覚え、更に言葉を続けた。
「貴様は私が愛する女性に嫉妬し、その品位を貶め、爪弾きにし、寄ってたかって虐めた。そして最後にはつい先日嫉妬のあまり彼女を殺そうと階段から落したのだっ!
あまりに醜く恐ろしいその性根では王族に迎えること、ましてや国母にする事などでっっっぐぅぅっっ!!!!」
壇上で決め台詞を続けていたはずのフランクリンは、急にその場に蹲るとうめき声をあげて悶絶した。
会場中、急な破棄宣言と清廉な淑女と名高い女性の罪を暴くという急に振って湧いたスキャンダルにハッと息を呑んで成り行きを見ていたのだが、急な一時停止に皆揃って小首を傾げた。
「で、殿下っ大丈夫ですか?」「フラン、やだ、此処はしっかりして」「殿下、医師は必要か?」
壇上では、脇から3人の男女が駆け寄り、フランクリンの丸まった背中をさすったり、痛みにキュッとなった顔を覗き込んでは怪我がどうかと確認している。
しかし、会場はシラーッとしているし、エイディアーナは扇子の陰でバッチリ見えている醜態に、笑いを噛み殺していたりするのだが。
「だ、大丈夫。今は医師はいい。此処でとどめを刺さないと。続けよう」
若干ひょっこりと片足を引きながら立ち上がったフランクリンは、震えた声でちょっと涙目のままエイディアーナをキッと睨みつけた。
「だから、こ、婚約破棄だ!」
「それはもうお聞きしましたわ。
えっと、イジメ…でしたかしら?私、身に覚えがございませんが」
「そんな、エイディアーナさん、私は謝ってくれたら許そうと思っていたのに!」
見た目可憐な少女が淡い桃色のドレスをはためかせながら、フランクリンの腕にしがみつき……というか支え?ながらエイディアーナの言葉を遮った。
その悲痛な訴えに、フランクリンの後ろからずいっと前に出て来たのは、側近候補の伯爵家次男だ。
以前エイディアーナに「見た目淑女」と罵倒した、眼鏡をかけたいけ好かない男だった。
「言い逃れはできませんよ、彼女のノートや教科書を破って捨てたり、大事なブローチを破壊して焼却炉に捨てたり、噂を流して彼女を貶めた。
証人はいる……あ、あれ?」
「どうしたの、ティーダ様?」
「事件のあった日と証言者リストの紙が……あれ?あ!」
夜会衣装をパタパタと冷や汗をかきながら弄っていた伯爵家次男ティーダは、思い出していた。
馬車を降りて会場入りをする寸前に、ポトッと言う音が近くから聞こえた。「なんだ?」と思えば肩に鳥の糞が落ちて来ていたのだ。
慌てて上着を脱いだのだが、黒いジャケットには真っ白な糞がベットリと付き、とても目立っていて着れたもんじゃない。これでは入場どころではないし、仕方なく馬車まで戻って予備で持って来ていたジャケットに着替えると、付いてきていた侍従へ「洗濯しとけ」とだけ言って押し付けたのだった。
最前へと出て来たが、目をぎゅっとつぶって口を真四角に開け放ったまま固まったティーダだったが、それを無視してエイディアーナは口を挟むことにした。
「何を仰いたいか分かりませんが、私、妃教育も佳境、実践として公務も一部お任せいただいておりましたので、授業後は即王宮に向かっておりましたの。どこかの誰かの噂を流したり物を探して壊すことなんてこと、時間が全くございませんし出来ませんし、そんな面倒な事やりませんわよ」
「この期に及んで言い逃れを!!」
「だったらその証言者でしたかしら?私がやったと言ったのでしょう?連れて来て下さる?
私は私で証人をすぐにでもご用意できましてよ?」
「なっ」
「私の護衛と監視を兼ねておりましたの。
王家より遣わされておりますので、疑う…なんて事ございませんわよね?」
辺りの騒めきが静まり、緊張感に包まれる。
どうやら用意された証人も、王家の監視員の前には出てくることができないようだ。
「あら、そちらが言う証人は居ない様ですわねー?あぁ、ご存知かと思いますけれど、本人の証言は証拠にはなり得ませんわよ」
「くっっっ!」
悔しげな声を上げたティーダは、憎々しげにエイディアーナを睨むが、本人はどこ吹く風に見返すばかりだ。
「貴様、罪を認めないどころか脅すとはっ!ヨシュア、この者を捕らえて牢獄へ繋げよ!」
フランクリンの呼びかけに、後ろに控えていた護衛候補の男がザッと前へと出てくると、エイディアーナを捕らえるべく、壇上から降りたところで
「うっっぐぎゃぁぁっぁあぁぁぁぁ!」
足を押さえてゴロゴロ転がってのたうちまわった。
「……?大丈夫ですの?」
エイディアーナは思わず、足元に転がるヨシュアなる男を覗き込んで心配してしまった。
「く、足が!!靴のっっいだだだだ!」
なんだかヨシュアは立ち上がれない様子。
どうしたものかとエイディアーナは壇上の人たちを見上げる。
お互いどうしたらと微妙な雰囲気で見つめ合い、エイディアーナは先に口火を切った。
「では、皆さまどうやら大変そうですし、私は先にお暇いたしますわね。破棄の件は承りましたわ」
綺麗なカーテシーを披露したエイディアーナは、クルッと踵を返して会場を去って行った。
後に残るのは、痛みに悶絶するヨシュアと呆然と佇むフランクリン始め3人であった。
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その後、フランクリン殿下とエイディアーナの婚約は無事破棄となった。
その直後、フランクリンは病を得て半月ほど寝込んだ後、生殖能力に問題有りとして王位継承権は剥奪となり、離宮へと隔離となった。
アリーシャは罪を捏造した事が公となり、公爵家への冤罪で一時貴族牢へ投獄された。
親から絶縁の連絡を受け、地下牢獄へと移されると、後辺境の強制労働へと送られた。
伯爵家次男ティーダも公爵令嬢への侮辱で不敬罪。親から縁を切られるものの、援助金を得て市井で細々と暮らしているという。
実は侯爵家であったヨシュアは、特にこれといった侮辱も何もしていないのだが、フランクリンの愚行を止めるどころか賛同したことにより王家より注意を受けるに留まる。
しかし、何故かよく尖った小石が靴の中に入り込むため、トラウマとなり思い切った踏み込みが出来なくなった。武術一辺倒だった彼は、武官の道を諦めて領地の騎士団の纏め役となるべく精を出すこととなった。
そうして婚約破棄から数ヶ月。
エイディアーナは今日も今日とて、元気に祈りを捧げる。
(おとーさまー!貴方様のおかげでエイディアーナは今日も元気です!それはそうと聞いてくださいます?)
あっかるーい、かつ前向きで可愛い内面で、お腹の黒く無いヒロインを描きたかったんで……す。
黒く無かったですよね?◝(๑⁺д⁺๑)◞՞