ヒロイン登場
「あなたがアイリーン・モーントね!」
唐突に名前を呼ばれた。
目の前にいるのはピンク色の髪の毛をした少女。肩口で綺麗に切り揃えられた髪型は少し小柄な少女によく似合っている。
制服の型は自分と同じだが、色が違う。
この学院では特別科と普通科に別れているが、彼女が着ているそれはグレーで普通科の制服だった。
「……どなたか存じませんが、何かご用でしょうか?」
こんな廊下の真ん中で呼び止めないで欲しい。しかも普通科の生徒が特別科の校舎にくるなんてよほどの事がない限りあり得ない。
普通科は一般市民向けだが、カリキュラムが違う特別科は王侯貴族の子息令嬢のみが在籍している。その為、分別を弁えている普通科の生徒は決して特別科に近づかない。
しかしその暗黙のルールも目の前の少女はぶち壊していた。
「とぼけないで!私、知ってるんだから!あなたがいるからユージーン様を攻略できないのよ!いつまで縛りつけるつもり!?ユージーン様と結婚するのは私なのよ!?婚約破棄して彼を解放してあげて!」
静かな廊下に彼女の声がよく通る。
本当にやめてほしい。婚約破棄?そんなこと出来るなら是非とも教えてほしいものだ。
私は鞄から扇子を取り出し、バッと広げた。
「…貴方は殿下のお知り合いでしょうか?殿下と私の婚約をどう理解していらっしゃるのかわかりませんが、この婚約は私や貴方の一存でどうにか出来るものではありませんの。意見がおありなら私ではなく、殿下に進言して下さるかしら?ピンクの髪のお嬢さん。ああ、それとこの様な廊下の真ん中で叫ばれては皆様のご迷惑になりますのでやめた方がよろしいかと思いますわ。」
未だ名乗られていないので見た目で彼女を呼んでみた。
彼女は顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている。
「………よ…。」
「はい?」
「スピカ!スピカ・ラーゼンよ!見てなさい!絶対ユージーン様を攻略してみせるんだから!」
腰に手を当ててビシッと私を人差し指で指して彼女は宣言した。
だから廊下で叫ばないで欲しい。
彼女は満足したのか、踵を返してバタバタと走り去っていった。
その後ろ姿を見ながらぼんやり思った。
まさかまさかのヒロイン登場。この世界が乙女ゲームの世界だとは思っていたが、肝心のヒロインは頭が沸いた転生者だったなんて。だったらユージーン殿下が攻略出来ないのは知ってるはずなんだけどな。まさか、ゲームでは攻略出来なかったけど今なら出来ると思っているのか?まあ、事情を知らないのならそう思っても仕方がないかもしれない。
ふう、と一息吐いて扇子を閉じた。
また悩みの種が増えた。
ふつふつと湧き上がるストレスを振り払う様に閉じた扇子を一振りする。
ヒュッと空を切った後に鞄にしまった。
その直後、ビシッと窓に亀裂が走った。
あ、やっちまった。しれっと帰っとこう。そして帰宅したらストレス発散しよう。
そう思いながらゆっくり歩き出した。