4.姉妹たちはブラコン。
入学式の翌日。
竜也が早朝に目を覚ますと、既に姉と妹は学校に行く準備をしていた。
時刻はまだ6時45分頃だ。
「ふぁ〜。
おはよ〜。」
寝癖がピンとたち、寝ぼけた頭で竜也は彼女たちに早朝の挨拶をする。
「も〜。お兄ちゃん。
だらし無いよ!寝癖なんて作って!」
中学2年生の妹は竜也に近づき、頭を撫でて寝癖を直そうとする。
そんな妹の名は、梶春乃という。
元気っ子で頭に大きな赤いリボンを結んでいるのが特徴だ。
学校ではかなり人気があり、毎日最低でも1人以上から告白を受けるんだとか。
本当に同じ血が巡っているのかと疑いたくなるほど竜也とは似てなく、まるで別の親を持っているようだ。
「うぅぅ。直らないなぁ。」
春乃が竜也の寝癖直しに奮闘する最中、誰かが竜也の背後から抱きついてきた。
「おはよ〜。竜也!」
「姉貴か……心臓に悪いからおどかすのはやめろっていつも言ってんだろ?」
「えへへ。ごめんごめん。」
梶希。それが竜也の姉の名だ。
本名が漢字2文字で表すことができるため、中国人だと勘違いされることが多々あるが、純粋な日本人である。
東高では生徒会長を務め、校内屈指の偏差値を誇る天才でもあった。
さらに、希も春乃と同様によくモテる。
噂では、サッカー部のキャプテン毛無タカヒロやテニス部の薔薇園羅武男という東高随一のイケメンにも告白されたことがあるのだとか。
あの安倍晋三にも言い寄られたことがあるという根も葉もない噂も立ったことがある。
それほど希は完璧超人な人間であるのだ。
ただ、希は一見完璧に見えて実は致命的な短所がある。
それは…………
「それよりさ竜也。週末にどこらデートに行かない?遊園地とか水族館とか!……それで最後にはホテルでお互いの初めてを………」
「!?お、お姉ちゃん!何言ってんの!不潔だよ!姉弟で何しようとしてんの!」
「いいじゃない。
血縁なんて愛に関係ないわ!」
そう。
希は圧倒的ブラコンなのだ。
もはや狂気じみている言ってもいいだろう。
この度が過ぎている弟への愛情表現が始まったのは何時頃だったかを竜也自身はあまり記憶していなかった。
ただ、小さい頃は姉弟愛と呼べるほどに純粋で健全だったことは確かなことだ。
竜也が他の女の子と話していたら、希が闇餅を焼く程度だった。
しかし、最近では、希の手作り弁当に"姉の体液ソース"が同封されていたり、夕食に竜也だけ"姉の髪の毛焼きそば"など、常軌を逸している食材が陳列したりことがある。
もちろん、そのどれにも手を付けてはいないが、やはりその様なものを食べさそうとする姉の事をいい様には思わないし、それ以上に彼女の頭のことを心配してしまう。
「大有りだ!買い物には付き合ってやるが、節度はきちんと守れよ。この肉食獣が。」
竜也は呆れた表情でそういう。
毎朝同じことを言うのも疲れたのだ。
「竜也。節度は破るためにあるのよ!さぁ!お姉ちゃんと一緒に旅立ちましょう!」
"節度は破るためにある"という言葉は、おそらく生徒会長という役職に就いている人物が最も発してはいけない言葉であろう。
「後戻りのできない旅はごめんだ。
1人で勝手に行ってろ。」
「そうだよ!お兄ちゃんはまともなんだから、変なこと吹き込まないでよ!お姉ちゃん!」
竜也の腕をホールドし希の発言に対抗する春乃。
やはり妹は尊い存在だ。
「いやーん。もう春乃ちゃんったら〜。
嫉妬なんてしちゃって〜。
中学生は大人の愛に立ち入っちゃダメよ。」
希の言う大人の愛とは、"竜也と希"のことを指しているのだろう。
大人……と言うより、禁断の方が意味合い的には近い。
しかし、希の認識では近親での恋愛はノーマルと言うことらしい。
「な!!ししし、嫉妬なんてしてないし!
か、勝手にすればいいじゃん!
別にお兄ちゃんがお姉ちゃんとそう言う関係になっても、私にはどうでもいいことだし!」
春乃は竜也の腕を払いのけてそっぽを向いてしまった。
「うふふ。竜也良かったね。春乃ちゃんは私たちのラブラブなスローライフを応援してくれるらしいわよ?」
春乃その希の言葉にピクリと反応し、ワナワナと震える。
まるでスーパーサイヤ人にでもなるかの様に怒りを抑えている感じだ。
「姉貴。バカなこと言ってないでさっさと離れてくれ。……グラマラスなものが当たってるから。……」
グラマラスなもの。……まぁ、説明することもないだろう。
姉の希は世間的にいう、ナイスバディというやつで、でるところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。
そのため、竜也の背中には2つの柔らかい感触がムニムニとダイレクトに伝わってきたのだ。
「あ。竜也ったら、照れてる。
かわかっこいい。 ハムッ。」
顔を火照らした希が竜也の耳をパクリと咥えた。
アマガミである。
流石の竜也でも
(おっふ。)
と一瞬込み上げるものを感じてしまった。
ちなみに"かわかっこいい"とは、"かわいい"と"かっこいい"を同時に言い表す造語で、希は竜也に対してよく使っている。
「いいから退いてくれ。
春乃が今にも姉貴を刺し殺しそうだから。」
視界前方。
怒りに理性を失いかけている春乃が
"カチッ…………カチッ………"とカッターの刃を出していた。
(お姉ちゃんのせいでお兄ちゃんの耳が。
お姉ちゃんのせいでお兄ちゃんの耳が。
お姉ちゃんのせいでお兄ちゃんの耳が。
お姉ちゃんのせいでお兄ちゃんの耳が。)
とボソボソ呟いているような気もする。
「ちょっとやり過ぎちゃったかなー。
うふふ。」
全く反省していない希は渋々、竜也の背中から身を剥がした。
(はぁー。疲れた。……)
朝っぱらから疲労が竜也の身体に蓄積する。
しかし、未だ疲労の原因は眼前にある。
そう。理性を失いかけてバーザーカーとなりつつある春乃の存在だ。
(仕方ない。いつものやるか。)
竜也は心の中でそう呟き、春乃に近づいた。
そして。
「よしよし春乃。お兄ちゃんが付いてるから大丈夫ですよー。」
竜也は春乃の頭を撫で始めた。
すると、春乃の殺気は少しずつ緩和されていき、とうとういつもの彼女に戻った。
本当に手馴れたものだ。
一年間、ほぼ365日やっているテンプレと言ってもいい。
竜也の行動もかなり手馴れている。
「!?ちょっと!なんで頭撫でてんの!離しなさいよ!髪洗えなくなるでしょ!」
「ん?髪洗えなくなる?
どういう事?」
「!?!?お、お兄ちゃんはそんなこと気にしなくていいの!いいから離れてよ!」
春乃は腕をブンブン振り回して抗議する。
しかし、竜也の手を無理やり離そうとはしない。
ただ腕を振り回すだけだ。
さらにその度にピコピコと揺れる頭のリボンは彼女の可愛らしさを何倍にも増幅させたいらようであった。
「竜也。あれよ。
ほらアイドルの握手会とかで、ファンがアイドルに触れた手は洗わな「あー!あー!お姉ちゃんは黙っててよ!」」
希の言葉を春乃の大きな声が遮った。
「……?」
竜也………いや、クソ鈍感男と呼ぶ事にしよう。
彼はその状況を何が何だかわからないとでも言いたげな表情を浮かべていた。
ただ、この姉妹は弟に対してあまりに狂気的な依存体質になっていることもまた事実。
鈍感でいられるからこそ守られているものがあるのだとすれば、それはいい事なのかもしれない。
鈍感だからかそ、姉妹の関係に均衡がとれ、調和できているという事だ。
しかし、その調和はいつだって突然崩れ去る。
竜也はまだその事に気付いていないようだった。
「…あ、そうだ姉貴。
昨日何着か姉貴の服借りたから。」
希と春乃が言い合いをしている時、竜也は唐突にそう切り出した。
「それでいくつかお気に入りが無くなってたのね。
いいわ。竜也の夜のお供に使われたのなら大歓迎よ。」
何かしら大きな勘違いが生まれている様な気がする。
隣にいる妹の春乃はジト目で竜也を小突いてきた。
かなり刺激的で過激で尚且つさっきも困っている。
「サイテー。お兄ちゃんってそう言う趣味があるんだ。姉の服で興奮するなんて……信じらんない。………妹ならまだしも……」
「おいおい。何か勘違いしてないっすか?春乃。」
「お兄ちゃんなんてもう知らない!」
春乃はその言葉だけ残すと、踵を返して家を出て行ってしまった。
その様子を見て希はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あら。竜也ったら、春乃ちゃんに嫌われたんじゃない?」
「姉貴のせいだろ?
変なこと言うなよな。
全く……」
竜也は頭を抱えて、ため息をつく。
「うふふ。いいじゃない。
竜也にはお姉ちゃんがいるんだから。」
希はその言葉と同時に竜也の頬にキスをして、
「行ってきます。」
と春乃の後を追う様に家を出て行った。
「全く、うちの姉貴は……
一体何考えてんだ。」
時刻はすでに7時頃だった。
竜也はいつも通り家にひとりぼっちになり、40分かけてのんびりと学校に行く準備をした。
学校に着くとすでにいくつかのグループが形成されていた。
高速を無視した金髪ギャルのグループや陽キャでオラオラな雰囲気を漂わせている不良グループ、眼帯や包帯で身体の一部を隠している黒歴史系グループなど、様々だ。
入学2日目だと言うのに、教室の中はそれらのグループがガヤガヤと騒がしい音を立てている。
(えっと、確か俺の席は…………)
窓際の最後列。
そこが竜也の席だった。
窓から見える景色は学校の3階だと言うこともあって、かなりの絶景で街を一望……とまでは言わないが、快晴の青空と人工建造物、緑の自然のコントラストは彼の心を穏やかにした。
「よいしょっと。」
年齢に不相応な掛け声とともに自席に着くと、竜也は教室の廊下側の最前列に目をやる。
竜也の席からは真反対の席だ。
(まだ来てないか……)
そこ席は杉本小鳥の席。
入学式の日に一応確認しておいたのだ。
(まぁ、今日も来ないだろうな。)
すでに時刻は8時25分。
チャイムが鳴るまで後5分。
竜也は小鳥が学校に来るだろうと言う思考を捨てて、バッグから勉強度を具を取り出した。
その時。
ーーガラガラーー
教室のドアが開いた。
そして同時にクラスが静寂へ一変する。
(どうしたんだ?)
クラスメイト達は全員の視点が、ある一点に集中していた。
竜也も単語帳を閉じてその場に目をやって見た。
(お!今日は来たか。)
そこには杉本小鳥の姿があった。
クラスメイトの中にも可愛い部類に入るだろう人たちはいる。
しかし、それらと一線を画すほど、小鳥は圧倒的で究極的な美少女であった。
陽キャの不良グループは顔を真っ赤にして小鳥を凝視し、
逆にギャル達は悔しそうに嫉妬の目線を彼女に向けている。
オタク達は眼帯や包帯を取り払い、脱オタしていた。
竜也と小鳥の目線が不意に合うと彼女は顔を赤らめてすぐに俯いてしまう。
刹那。
「「「おおおぉぉぉぉおお!!」」」
教室内は野獣達の遠吠えが反響した。
「すげぇ!生きててよかった!」
「可愛すぎる!付き合ってくれぇ!」
「やば!天使かよ!マジモンの天使かよ!!」
「俺、オタクやめるわ。」
「お前名前聞けよ。」
「はぁ!お前が聞けよ!」
歓喜の声援だ。
男子達はまるで宴を開いているかの様に騒ぎ続ける。
美女は国を揺るがすほどの力があると聞いたことがあるが、この状況を見る限りそれもあり得る話なのではないかと思ってしまう。
だがしかし、小鳥が廊下側の最前列の席に座った時にその一部が静かになった。
(…………)
竜也は自分の席で黙ったまま彼らの様子を見る。
すると、
「おい、あの子杉本小鳥なの?
中学校の時の。……嘘でしょ。」
「マジかよ。あんなにブサイクだった奴が……整形じゃん。…キモ。」
「マジ萎えたー。」
と、囁く声が竜也の耳に入って来る。
予想はしていた。
中学校からの同級生は過去の小鳥のことを知っている。
つまり、ブサイクで臭くて根暗なのが杉本小鳥だと思っていると言うことだ。
そんな彼女が春休み明けに突然、絶世の美女になっていたならどうだろうか。
その答えは実に簡単である。
男達の声が鳴り止まない教室の中で、ギャルグループの1人が小鳥の席の前に立ちはだかり、
「あなた。うんこちゃんだったんだ〜。ちょー可愛いじゃん。
昔はあんなに臭くてブサイクだったのにさ。整形でもしたの?ちょーうけるんだけど?」
と見下す。
先ほどまで歓喜していたクラスメイト達も
「え?どう言うことだ?」
「昔はブサイク?」
「整形?」
と怪訝の声を漏らし始めた。
(………ったく。………クソギャルが…
余計なこと言いやがって。……)
竜也は項垂れため息をついた。