旅は道連れ
怪しげな僧侶の言葉に耳を傾けるものは皆無だった。都会では罵声があびせられるぐらいは日常である。時には、縁起でもないと石を投げてくる輩もいた。
大きな街道で、一休みしていると大きなかごを背負った行商らしき人物が近づいてきた。
「よっこらしょ。」
かれは、背中の荷を重そうに降ろすと、啓太の脇に腰かけた。
「旅の坊さんかね。どこへ行きなさる。」
行商の男は首から下げた手ぬぐいで汗を拭きながら啓太に尋ねた。
「あてはない。」
啓太は水筒代わりの竹筒から水を一口飲んだ。
「街で怪しげな坊主がいると聞いた。奥州の山奥で何日も地鳴りが続いているとのうわさも聞いた。一体何が起こっているのか知りたくて、後を追ってきた。」
儲けのチャンスだとも思ったのだろうか。それでも、話を聞こうというのであれば、口を閉ざす理由はない。
「そうかい。九十九神ねえ。こんな商売をしていると、野宿も多い。物の怪や妖の類を感じることはある。突拍子もねえ話だとは思うよ。だが、まんざら嘘とも思っちゃいねえ。それに、法海って僧の話は、俺の生まれ故郷でも名僧として伝えられている。これから、仕入れのために村にかえるんだが、一緒に来るかい?法海様の話なら、村人も聞いてくれるかもしれねえ。」
男の故郷は上州から越後へ続く山間にあった。
「村には、法海上人の湯って温泉がある。法海は女だったから正式には上人じゃねえんだが、村の恩人ってことでそう呼ぶんだ。冷害による大飢饉の歳に温泉の熱で田畑を温め、凶作を免れたといわれている。」
師匠は啓太に人間界で暮らしていたころの話は全くしなかった。自ら異界の地で暮らし続ける道を選んだのだ。よほどのことがあったに違いない。
「俺が知る限り、法海様は師とも仰ぐ大僧正に裏切られ、旅の僧として暮らしていたということだけだ。詳しい話は残っていない。」
旅の行商にしては、何かと詳しい。
「そうか、自己紹介がまだだったな。俺は、法六。法海様を世話した村の名主の子孫だ。六男だから法六。六男ともなれば家にいるわけにもいかない。そこで、薬の行商をしている。うちは代々、北陸で仕入れた薬を関東で販売する薬問屋だ。もとの薬の知識は法海様から先祖がおそわったものらしい。」