山神様
敗戦による近代化。里は村となり、国により儀式は野蛮とされ中止させられた。時間の歪みによって、異界に贄がやってくる間隔が10年、15年と開いてきた。それは、人間界で近い将来、まったく儀式が行われなくなることを示すものだった。
里でまたぎとして暮らしていた啓太は、役人の目を盗んで、動物たちの贄だけは、自分が生きている間だけでもと続けた。異界に暮らす姉が幸せに過ごせるようにとの思いがあった。しかし、九十九神たちにとって新しい主が現れないということは、何ものにも代えがたい悲しみであった。
やがて、鎮守の森のある山が地鳴りを始め、科学者が噴火の前触れだと騒ぎだした。人々は火山活動ならばと、あきらめながら不安な日々を送っていた。
「山神様の怒りだ。」
啓太の言葉に耳を傾けるものはいない。確認できないもの、影響のない存在、それらは神学では存在するものとされ、現代科学では不在のものとされる。
「もともとうさんくさいやつだと思っていたが、妙な宗教をはやらそうって魂胆じゃあるめえな。」
里の老人たちまでもが、啓太の言葉を疑った。
「啓太。異界が大変なことになっている。来年の贄の日に、戻れ。それまでに、信頼できる仲間を集めておけ。」
儀式の翌朝、結界を解くために入った鎮守の森の祠には法海からの手紙が残されていた。来年といっても、異界の何年後に着くかはわからない。が、急ぐに越したことは無いだろう。