九十九神の里
異界の地といっても、道具達が勝手にうごめく世界ではない。道具は道具として、里から来た娘達に大事に使われている。若い女人だけの里。ここでは、ほとんど年をとらないらしい。人間界より毎年送られる動物の贄が、家畜として飼われていた。
田畑を耕し、作物を煮炊きする。ごく普通の営みが繰り広げられている。啓太はホッとした。姉どこかで穏やかに暮らしているに違いない。
5年の月日が流れた。啓太は里に帰るか法海のもとを離れて、異界の世界で一人で暮らすか選択をせまられた。
「戻ります。」
例え、家族や知り合いがいなくても、異界には、啓太のすみかはなかった。贄を迎えに行く行列にまぎれて人間界へと向かった。
結界の中へ戻ったところで、道具達が騒ぎ始めた。
「主がいない。どうなっているのだ。」
里の者が贄を出さなかった。道具達は怒った。
里の者がさぼっていたわけではない。戦乱でそれどころではなくなっていた。毎日飛び交う敵の飛行機。防空壕へと避難する人々。儀式どころではなかったのである。しかし、道具達にとってはそんな事情など関係ない。
人間界と異界の時間は不連続であった。異界の5年後が未来とは限らない。九十九神達が異界に移ったときから始まった空間。その時から100年後世界か、10年後の世界かもしれない。ただ、何年後の世界からだろうと彼らは約束を違うことなく毎年やってくる。
主となる贄の不在。それは、かれらを失望させた。
九十九神の里に戻ったかれらは吹こうが叩こうが歌うことはなくなった。それは、山神様を鎮めるものがいなくなったということだ。