異界
啓太は、不思議な空間の小高い丘の上にいた。月も太陽もないのにうっすらと一様に明るいその場所は、眼下に豊かな森が広がり、いくつもの場所から細く白い煙が上がっている。見たことのない山々。ここは異国の地だろうか?
その時、かれは頭に鈍い衝撃を感じ、意識を失った。
気が付いたのは、暗い洞窟の中だった。かすかな焚火の明かりの中に、人の影が揺れていた。
「おお、気が付いたか。」
それは、頭を丸め、紫の袈裟をかけた坊主だった。
「わしは、法海。元は旅の女僧じゃ。まだ、寝ておれ。ここは九十九神の世界。門番に見つかって連れていかれるところだったぞ。ここは男子禁制のはず。なぜ、おぬしがおる?」
坊主と思ったのは、尼だった。
「姉を追ってきた。」
法海は、首を横に振った。
「あきらめい。そもそもおぬしの九十九の里は、永らく九十九神たちの住処じゃった。豊臣の世に金山が見つかり、人々は九十九の里に集まってきた。しかし、やがて金は出なくなり人も里を去った。残された道具たちはやがて九十九神となり、その地に暮らしていた。徳川の世が終わりを告げると、富国強兵の名のもと、日本各地で開拓がはじまった。九十九の里も例外ではなかった。古い道具たちは、森の中に集められた。わしが里を訪れたのはそんな中じゃった。明るい満月の夜、山なりが始まった。噴火でもするだろか?村人はわしのところに相談にきた。が、旅の僧に山の神を鎮めるような神通力などない。わしは、山なりのするほうへと向かった。そこにはたくさんの道具たちがいた。それは、もがき苦しんでいた。」
法海の話によると、鎮守の森の場所には山神様がおり、人々が無造作に道具を置いていたので怒っていたのだという。最初の人々は、年に一度、山神様を沈めるために歌や踊りを奉納していた。人がいなくなってからは、九十九神となった道具たちが、山神様を鎮めていた。しかし、後から現れた人が、ないがしろにしたので山神様が怒っているというのだ。
近代化の波にのまれた人々は、信じなかった。やがて、山は噴火した。火山灰と土石流によって、その年は大凶作となった。人々は、法海に道具を供養してくれと頼んだ。
「道具は使われることで、供養される。わしは防人として彼らが成仏するまで、共にこの地に暮らすことにした。しかし、わし一人では手がたりない。そこで、村から5年に一人づつ、かれらの世話をする女人を出してもらうことのじゃ。一生とは言わん。次のものが来るまでということだった。」
当初は帰ろうとしたものもいたそうだ。しかし、九十九の里に帰っても、見ず知らずの者たちばかりで、言葉も変わっていた。そのため、誰も帰らなくなったという。
「男が入ると、風紀が乱れる。恋いにうつつをぬかし道具の世話もおろそかになる。だから、固く男子禁制を守ってきた。しかし、来てしまっては、次の厄年まで変える方法がない。子供だから問題はなかろうが、しばらくはおなごのふりをしてここで暮らすことじゃ。ここなら、里の娘たちが近づくこともないからな。」