法名
「おまえに法名を授けねばならんな。」
強力な法力を使うには、冥界の十王のいづれかと契約を結ぶ必要があった。法海の属する宗派は本流より外れたものではあるが、五道転輪王である阿弥陀如来のもとに法名を授かる。
「旅先で、よく啓徳と言われます。」
「なら、心澄啓徳がよかろう。心清く澄みて仏の教えを守り信念ある者という意味じゃ。」
「啓徳よ。わが一門に入るからには、弟子は師の後を継ぐことになる。わしに万一のことがあれば、おぬしが法海の名を継ぐことになる。」
それは、成人したわが子をうれしげにみる母親のまなざしであった。
洞穴に入ると、天井の高さに驚いた、暗闇かと思ったが、うっすら壁全体が光っている。
「天上から釣り下がっている魔光虫という虫の光じゃ。やつらは害は無い。狸の好物でな。連中が住処にしておるやもしれん。」
法海の危惧は当たっていた。狭い通路には狸の毛と思わしきものが落ちている。
「狸の霊は元来、穏やかだが、一度怒り出すと手がつけられん。その点では狐のほうがものわかりがよい。」
狸の毛に混じって狐の白い毛が飛散していた。やはり、最近ひと悶着あったようだ。きつねの白い毛をたどっていくと行き止まった。
「さては、化かされたか?」
権蔵が真面目に尋ねた。ところどころに壁が崩れたのだろうか、大小さまざまな岩が転がっている。
法海が念仏を唱え始めると、壁の一角が白く輝き始めた。啓太、改め啓徳は、その岩をどかそうとした。
「だめだ。重くてうごかせん。」
おそらく、百キロがあろう大岩は壁の隙間にぴったりとはまり、転がすこともできない。
見かねた権蔵は彼を押しのけると、大岩に手をかけて
「ふん、ばらや!」
とのかけ声とともに、岩を抱え上げた。
岩のあった場所には人一人がやっと通れるほどの穴があった。
「玉緒さん?」
中から、若い男の声がした。博利の声だ。
穴の奥から博利が這い出してきた。狸たちにみつかり、追いつめられた二人は、博利が穴に入ると玉緒がその口をふさいだ。
「博利さん、隠れていてください。狸はこの異界の番人です。贄の私は九十九神たちが守ってくれます。」
そういい残して、玉緒は洞窟の奥へと消えていった。
「女狐め。どこへ行った。」
狸たちは彼女のあとを追っていった。
さらに、奥に進むとなにやら太鼓をたたくような音が聞こえてきた。
「玉緒!」
博利は思わず叫びそうになった。祭壇とおぼしき中央にひとりの女がしばられ座っていた。その周りでは狸たちが楽しそうに騒いでいる。
今宵、主の復活じゃ。
にくい人間おいだして
われらが森に戻るのじゃ
月も日もない世界を抜けて
月の下でのはらづつみ
奇妙な歌とともに一匹の年老いた狸が前にでてきた。
「宿敵、妖狐の魂を捧げます。われらが主様、お目覚めを。」
言葉がおわると激しい地鳴りとともに大きな揺れが起こった。
「邪悪なもののけよ。わが母の敵、許すまいぞ。」
コンと一鳴きすると、玉緒の体は、白狐へと変わった。
あたりが一層激しく揺れ始めた。狸たちの鼓が止まった。
その時、法海が祭壇に向けて、護符を飛ばした。一筋の炎となった護符は祭壇にあたり崩れた。逃げまどう狸たちのすきをついて権蔵が祭壇に向かって走り出した。がれきの上にぐったりしている狐姿の玉緒を肩に抱えると急いで戻ってきた。




