贄
5年に一度のにえの日に、村の娘は旅に出る。
無垢な娘は天使か邪気か。
鎮守の森では、大騒ぎ。
よっつ、いつつと指折り数え。
今年も、旅立つ命によって、われらの里は永らえる。
普段は聞くことのない口伝の2番を、この夜は村の年寄りが歌って聞かせていた。
それから、5年の年月が流れた。5年前5歳だった男の子、啓太は10歳になった。夜になると、みなで囲炉裏を囲む姿は変わらなかった。
食事も済んだころ、
「綾が遠くの街の学校に行くことになった。明日には、出てしまう。しばらく帰ってこれん。」
綾は啓太の5歳上の姉だ。綾の上には良蔵という兄がいる。数ヶ月前、彼は今では珍しくなった結核で、街の病院に入院した。入院が遅れたため、病状は一進一退の予断を許さない状況だ。
母親は立ち上がると、台所へ消えた。かすかにすすり泣く音が聞こえてくるが、誰も気付かないふりをしていた。
啓太は知っていた。厄災の年に不幸に見舞われた家から、贄が出ることを。それは、鎮守の森の神に災いを断ち切ってもらう意味があった。贄を出した家は村の代表ということで村の皆が助けてくれる。5年前の雪姉ちゃんの家は一家の大黒柱が亡くなったが、今では村人達が助けている。ずっと昔、村が飢饉の際、鎮守の魔物と交わした約束。村を救う代わりに、毎年、贄を捧げる。こうして村はどんな年でも十分な実りを得ることできた。
村の年寄りはそのことを普段は語らない。ただ、厄災の年にだけ、そっと聞かせるのである。だれも、どうなったかは知らない。死んでいるかもしれない。だが、血の跡も何も残ってはいないので、どこかで生きているかもしれないと誰もが願っていた。贄が5年に一度は人間の娘で、残りは家畜であることの理由も誰にもわからなかった。