里帰り
その夜、啓太は激しい船のゆれにめをさました。甲板にでると、北の空に赤黒い大きな火柱が立ってる。
「富士の噴火だ。」
しかし、すぐに異様に気が付いた。だれも騒いでいない。噴火の音も臭いもない。
「幻術にちがいない。」
啓太はすぐに経を唱えだした。
「あのくたらさんみゃく・・・」
しばらしすると、揺れはおさまり、火柱も見えなくなった。目の前には暗い海と空が広がっていた。
「夢だろうか?」
船室の廊下に黒い筆のような陰が見えた。あたりには硫黄臭が漂っていた。
翌日、老婆と孫娘は銚子の港で降りた。そこから東京の病院に向かうらしい。
「もう会うこともないだろう。」
3人をのせた船はそのまま松島へと向かった。那須には少し引き返さなければならない。
「わしはここで少し商売をしてから、九十九の里に直接向かう。」
法六は背中につづらをしょったまま町中へと消えていった。
啓太と博利は、那須の地を目指した。
「ほう、ほう、ほう。」
途中、山猿が遠吠えを上げていた。きつねの警告なのだろうか。それとも、彼らも異変に気が付いているのだろうか。峠を越え、数日後には殺生石にたどり着いた。
特に、毒ガスを吐くでもない。
「妖気はない。すでに本体はいずこかに移動している。」
残念ながら、那須での収穫はなかった。
「まもなく、贄の日がくる。九十九の里に向かおう。」
約束の一年にはまだ早いが雪が降れば里へはいることが困難になる。啓太は生まれ故郷へと歩みを進めた。里に戻ると茶色く薄汚れた衣と袈裟を洗濯した。よくみると衣には墨で文字を書いた跡が残っていた。博利は法海が受けたたたりというのが気になっていた。異界で暮らしていることと関係あるのだろうか?
「待っとったぞ。」
またぎ仲間の権蔵が尋ねてきた。
「母親は元気か?」
啓太の言葉に、彼はうつむいて首を横に振った。
「3ヶ月前に亡くなった。老衰だそうだ。骨折して寝たきりになってしもうてな。あっけなかったよ。」
「そうか、残念だな。後で、墓の前で経をあげてやろう。」
啓太は権蔵にやさしくほほえんだ。
「おめえ、異界さ、いくのけ。」
「ああ、例え一人でも行く。向こうには師匠もあるし、姉もいる。」
「そっか。じゃ、おれも連れてけ。おら馬鹿だが、力はある。」
嬉しい申し出だった。
「わしは、いかんぞ。」
遅れて里にやってきた法六がむきになって答えた。
「確かに、道案内はしてやると言った。だが、そんなわけのわからんところにいきとうない。」
法六が恐れるのも無理はない。それに、もっどてこようにもどの時代に着くか、わからないのだ。
「無理強いはしない。博利も無理せんでええぞ。」
「俺は行く。もともと身寄りのない身だ。法海にあって聞きたいこともある。向こうの世界のことを知りたい。知的好奇心ってやつだ。」




