伝承
この世界には、未知の生物が多数いる。個体数の少ないものは、発見されにくい。そのため、噂に憶測の尾ひれが付いて、実態とかけ離れてしまうものだ。
夜の帳が下りるころ、異界の魔物が降りてくる。
無垢な力は、悪魔か神か。
鎮守の森での異界の宴。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
今日も、消えてく命によって、われらの命がつながれる。
古い歌だ。ずっとこの地で口伝されてきた。
パチパチ。囲炉裏の炭がはじける。
「子供たちよ。日が暮れたら鎮守の森にはいくでないぞ。アヤカシたちの邪魔をするではない。」
老婆が、囲炉裏端で数人の子供たちに聞かせている。
「昨日から、坂下の道夫おじちゃんとこの雪ねえちゃん見かけないね。いつも、保育園に行くとき犬の散歩してるのに。」
5歳ぐらいだろうか。男の子が細い棒で、囲炉裏の灰の上に絵を描いている。
「学校の帰りに、おじさんは、町の学校に行ったっていってた。」
「おばさんは隣で泣いてたね。なんでだろう。寂しいからかな。」
小学校の高学年と低学年の男の子と女の子が口を開く。
「あれ、ばあちゃん、泣いている?」
絵を描いていた子が隣のおばあちゃんを見上げていった。年老いて、ほとんど開いていないその目には、うっすらと涙が溜まっていた。
「煙が目に入っただけだよ。さあ、夜も遅い。子供たちは寝な。」
子供たちが二階に上がっていく足音を確かめながら、老婆の娘夫婦が囲炉裏に座った。
「雪ちゃんもかわいそうにな。」
小太りでがたいのいい中年の男が火に当たりながら、ぼそっとつぶやく。
「そうですね。」
その隣で小柄な男の妻が、囲炉裏の鍋に水を足している。
「この村に生きるものの定めじゃ。どの家もいつ自分の番になるかと怯えておる。牛や馬なら我慢もできよう。しかし5年に一度の厄年にあたるとは、坂下のぼうずも不運だのう。」