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翡翠の山頂  作者: 志摩鯵
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翡翠の山頂③




人々が信じた奇跡とは、何だったのだろう。


翡翠の山頂を巡る議論は、大勢を不幸にした。

取り返しの無い失敗で大自然の宝が破壊された。

もはや関わった誰もが暗い影を落としていた。


だが若い世代にとって巨大な翡翠の山頂は、ただ圧倒的に美しい物に映った。


子供たちには、自然保護だの王室崇拝だのは、聞こえてこない。

単純にその巨大さ、無垢なる暗緑の岩石に魅入られた。


科学者、冒険家、芸術家。

多くの子供たちがヘルゲン山の翡翠の頂を見て、夢を抱いて大人になっていった。


中には、大人になるにつれ、この神秘のみどりにまつわる汚い事件を知ってしまった者も多かった。

しかし彼らにとって、それは、救いだったかも知れない。

大半の人間にとって夢を諦める口実として「夢を汚された。」などの責任転嫁の類は、好ましいものだからである。


一方で夢を成し遂げた一握りの子供たちもいた。

絵画、音楽、小説に加え新しい芸術である映画でも翡翠の山頂は、取り上げられた。

これらは、感動や意義ある社会認識を人々に考えさせ、多くの喜びをもたらした。


また夢を諦めた子供たちも教訓として、こんな事件を繰り返すまいと思ったろう。

反面教師として育った子供たちは、世の中にとって有意義な市民になったはずだ。


振り返ると百年後。

翡翠の山頂を持ち帰ったことを誇りに思う人間は、当時よりも多くなったように思われる。


もちろん愚かな行為だったと唱える意見はある。


一時期、復元計画も持ち上がった。

だが北方戦争に相次ぐ戦乱が、これらの試みを中絶させた。


結果、今も翡翠の山頂は、大ヴィネア帝国の科学院に保管されている。




だがウルゲル・ヘルゲンという男の人生にとってこれが契機となった。


もっとも彼の前半生は、マッチンマンガの数々の冒頭的行為がある。

聖地を踏み荒らし、神殿の破壊、神官の殺害、財宝の略奪…。


もし祟りだったとして。

もう、どれがその原因だったのか誰にも分からない。


翡翠の山頂を持ち帰った後も経済的に彼は、成功を収めた。

社会的にも成功し、王室から勲章や副伯爵(子爵)の称号なども得て様々な団体の役職をも帯びた。


だがこれらは、人為的にヘルゲンを加飾したものに他ならなかった。


人の力では、どうにもならない部分。

そちらでは、悲惨な出来事が繰り返された。


まず妻や子供たちが死に、一族が次々に変死した。

経営する会社の従業員や幹部たちにも何かしらの不幸が襲った。

陸軍時代の元部下や翡翠の山頂を持ち帰った空軍の軍人たちも怪死を遂げた。


ただ人間は、普通、死ぬものである。

かの”ツタンカーメンの呪い”もそうだが事件から何年も経てば関係者が死なない方がおかしい。

まして齢を取れば病気や判断力の低下から事故死するのは、自然である。


そう考えればヘルゲンの周囲の人々が死んだとしても祟りとは、関係ないといえる。


だが次に彼自身も伝説的な奇病、黄壊病おうかいびょうに罹患した。

こちらは、誰もが認める祟りと呼べる現象であった。


黄壊病は、覇王イオタンを筆頭に歴史上の多くの人物が罹患し、誰一人完治しなかった。

その病状とおぞましい記録から広く知られる病名である。


その名の由来は、黄土、黄泉こうせん、つまり地中の冥府を意味する”黄”を取る。

また壊病とは、漢方における身体の免疫機能や健康バランスの崩壊を意味する病態である。

つまり細菌やウイルスによる病ではなく身体が健康に戻る能力を失う状態を指す。


まず伝染病のような人から人へ感染する病ではない。

その原因は、大気や水質汚染などの環境破壊や食べ物などと言われている。

このため一つの地域に住んでいる住民が一斉に発症する傾向がある。


はじめヘルゲンの黄壊病は、驚きを持って報された。

前述の通り黄壊病は、一地域で一斉に発症するものだからである。

豪華な屋敷で暮らす老人が急にただ一人、発病することは、記録になかった。


彼が食べるもの、飲む水や体に触れるものは、大気に至るまで庶民に比べれば遥かに上等で何も問題ないはずである。

当然、近隣の地域の住民は、パニックになったが黄壊病の患者は、他に居なかった。


まさにこの一事こそ、祟りと呼ばれても反論しようのないものとなった訳である。


次に黄壊病は、おおよそ、ありとあらゆる病状が発生する。

痛み、吐き気、寒気、肌の荒れ、食欲不振、失明、古傷などからの出血、麻痺…。

ともかく身体が正常な健康を失って、どんな治療でも元に戻ろうとしないのである。


黄壊病になった患者が長く生き続けることは、普通、難しい。

歴史上の著名人やヘルゲンのような金銭的に裕福でなければ働かずに24時間看護された治療を何年も受け続けられないからだ。


既に彼の会社の会長になったヘルゲンは、部下たちの処置で生かされた。

恐らく帝国でも屈指の治療が行われた。

それは、科学と呪術の双方において手厚かった。


現代医学は、当然のこと。

そこに加えヘルゲンの希望により魔術師や祈祷師のような怪しい人間も雇われた。


彼らは、氏が略奪したマッチンマンガの神像や神宝を清める儀式や悪魔祓いなどを執り行った。

もちろん翡翠の山頂も例外ではない。

思い付く限りの霊的手術が施された。


しかし結果から言って仮構、祟りとするならば。

彼を呪う存在から彼が逃れ得ることはなかった。


医者に頼るばかりでなく彼自身も呪いと病に必死で抵抗した。

出来る限り会社を大きくし、また社会的な名誉を掴み取った。

それらが自分を価値ある存在とし、周囲から見捨てられないように保つ道だったからである。


このため不運にあってもヘルゲンの経済的、社会的成功は、損なわれることがなかった。

だが黄壊病の恐ろしさは…。




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