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運送屋の交流記  作者: ねんねこ
第6話
38/83

01.

 今日は水曜日、ちなみに天気は曇りだ。

 見納めになるかもしれない空を見上げ、私はようやく現実と向き合った。目の前には洞穴と見紛うような、ぽっかりと口を開けた水嶺迷宮の入り口。そう、先日のドタバタ騒ぎのせいで忘れていたが、無事に『空中歩行』を手に入れたので今日は迷宮探索だ。

 なお、最後まで私の参加を見直した方が良いと声高に叫んでくれたのはラルフさんだけだった。さすが、ギルド唯一の良心は言う事が違う。


「ミソラ、危険になったら俺達は置いて、一度上へ戻るんだ。君にここは危険すぎる」


 ラルフさんがそう言って肩を叩いた。単純な私はぼんやりと頷く。いやいやいや、流石に恋愛脳過ぎるぞ私。生死が掛かっているというのに。

 ちなみに、メンバーはアレクシアさん達いつもの3人組と私、付き添いのイザークさんだ。全く行く気が無かったらしい我が相棒は朝、急に告げられたフェリアスさんの一言に目を向いていた。当然である。


「もう、ラルフ!ミソラを脅かしてんじゃないわよ。大丈夫よ、ミソラ。あたし達がちゃーんとあんたの面倒は見てあげるから!エーベルハルトの護衛優先もミソラだし、一応イザークもいるじゃない!」

「何ですか、一応って。俺だって恐らく脳味噌お花畑のあなたよりはずっと使えますよ」

「相変わらずね、イザーク。歳上にも容赦無い毒舌っぷり、いっそ清々しいわ」


 頭が痛くなってくる。アレクシアさんは決して虚弱な方の人間ではないが、人を護衛するのには向かない。誰かに護って貰うのを期待するのは筋違いで、危険管理は私が自分自身ですべきだ。人に頼り切るのが一番危険である。

 それにしても、とエーベルハルトさんは興奮でやや頬を上気させながら言う。


「騎士2枚盾の危険な調査……!心が躍りますね、ミソラさん」

「本当に戦闘狂なんですね、エーベルハルトさんって。吃驚しました」


 夕暮れの国の時には全く覗かせなかったバーサーカーぶりには困惑を隠せない。ただし、現段階ですでに色々と許容範囲を超えているのはラルフさんだろう。まだ何も始まっていないのに完全に頭を抱えてしまっている。


「まあ、こうしていても仕方ありません。中へ入りましょう」

「落ち着きを持った人間がそう言うのであれば問題はないのだが……」


 うずうず、という表現がピッタリのエーベルハルトさんを前にラルフさんは溜息を吐き、ようやく迷宮の入り口へと向き直った。


「あ、そうだミソラ。これをあんたに渡しておくわ」

「――ああ、私ってメモ係も兼任なんですね」


 ペンとメモ帳を渡された。事前に言っておいてくれれば私が自分で用意したのに。うわ、とイザークさんが顔をしかめた。


「大丈夫?君、調査とか出来るわけ?とんでもない報告書に仕上がりそうな気がするんだけど」

「だ、大丈夫だよ!やれるよ、多分……」


 今回の目的を確認する、とラルフさんが半ば強制的に私達の世間話を終了させた。


「俺達の目的地は地下2階。極寒の地らしいが、まあミソラとアレクシア、エーベルハルトはバリア持ちだったな?俺とイザークは誰かのバリア圏内に入って、寒さを凌ぐという事で」

「え、結構持ってる人いたんですね」

「まあ、バリア員は調達出来る。珍しいギフト技能じゃないからな。ただ、空中歩行の確保が難しかった。と言っても、2階では使わないだろうが……」


 アレクシアさんは特殊系技能をたくさん持っているらしかったので、『バリア』持ちでもたいして驚かないが、繊細さとはある種無縁のエーベルハルトさんは意外だった。

 ちょっと、とアレクシアさんが不満げな顔をする。


「ラルフ、あんた遠足じゃないんだからさっさと中へ入んなさいよ。あたし達は1回、ここに来た事があるでしょ。口で説明しても訳分かんない事だらけなんだから、中に入って随時注意した方が早いわ」

「……ミソラ、アレクシアの事はアテにしない方がいいぞ」

「あ、はい。了解」


 ラルフさんの後に続き、迷宮の中へ入る。

 ここは1階だが、目の前には上から下へ透明な液体が流れている。その液体はというと、1階に留まること無く空いた穴から地下へ地下へと流れ込んでいた。

 これは何だろう。

 水ではない、やや粘性のある――水飴より滑らかな液体。よく見ると光を吸い込んで内部でキラキラと輝きを放っている。全く見た事の無いものだ。


「ミソラ、それは触ったものをぐずぐずに腐らせ、溶かす作用のある液体だ。少しでも触れれば手が無くなるぞ」

「えっ!?」


 ゾッとして私は大袈裟にそれから距離を取った。こんなに綺麗な液体なのに、猛毒というか有害物質だったのか。

 しかし、エーベルハルトさんはと言うと、それを見てうっそりと目を眇める。


「使いようによっては非常に使えるとの事で、何人もの学者がこの液体を持ち帰ろうとしたそうですよ。ですが、瓶も、バケツも、鉄のトレーも。全てを溶かし崩してしまい、持ち帰るには至らなかったそうです」

「ここから持ち出すのは、今の所不可能ね。勿論、バリアも突き抜けるし、物体移動のギフトも溶かされたらしいわ。その地面に空いてる穴も、その液体が溶かしたものだって照明されているらしいし」


 1階からすでに迷宮の洗礼は始まっていたのだと痛感する。もうさっそく、訳が分からない。この液体が1階より上のないこの場所のどこで生成されているのかも分からないし、全てを溶かし崩すこの液体が、地下何階まで存在しているのかも分からない。

 とにかく、うっかりこの場所に手を着こうものなら、最悪死に至りそうなのでやはり大仰に距離を取った私はラルフさんの背を追う。彼は慣れた手つきで流れる液体の裏へ回り、階段の前に立っていた。


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