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運送屋の交流記  作者: ねんねこ
第4話
28/83

06.

 それは言いようのない不安を覚えさせる出で立ちだった。所々煤を被ったような古ぼけたエプロンドレスに、俯いていてよく伺えない顔。一点を凝視したように動かない首は空間に固定でもされているかのようだ。

 ――というか、根本的な問題として、いつからここに?入って来た時は彼女の姿は無かったし、人が移動するような物音も聞こえなかった。

 異質な空気を感じ取り、言葉を発するのも忘れる。相応の静寂が洋館の中に満ちた。


「―――い」


 ボソッと侍女がそう言葉を漏らす。何と言ったのかはよく聞こえなかった。そんな私の僅かな疑問を汲んだかのように、侍女はもう一度――一度とは言わず、二度、三度と同じ言葉を口にした。


「――になりたい。鳥になりたい。鳥になりたい鳥になりたい鳥に――」

「ひっ……!?」

「あっ、ちょっと!!」


 気付けば玄関からは反対方向へと駆けだしていた。少しばかり慌てた様子のイザークさんが私を追って来る足音と――そして、華奢な侍女からは想像も付かないような重いドスドス、べちゃべちゃという足音。

 耐えられなくなった私は、手近な部屋に飛び込んだ。ドアを閉めようとしたが、すっかり忘れていたイザークさんが部屋へ滑り込んで来た為一度中断する。

 ドアを閉め、鍵を掛けたところでやっと落ち着きが戻って来た。


「あのさ、逃げるのは結構だけど、人の事忘れるなんて酷いんじゃないの?」

「ご、ごめん……でもどうしよう。あんなのいたら、外に出られないよ」

「適当に窓を割って外に出ればいいでしょ。この部屋には――窓、無いけれど」

「普通、部屋って窓があるものじゃないの!?」

「無いものは無いんだから、騒いだって仕方無いね」


 少なくとも1回はこの部屋から出て、もう一度玄関を覗き込む事になるのか。と言っても、あの侍女がまだいるとは限らないが。というか、いなかったらいなかったで恐ろしい。移動してしまったという事になるのだから。

 試しにもう一度ギフト技能を使用してみたが、音沙汰無し。久しぶりに全力疾走したので、すでに身体は疲れ切っていた。運動不足の症状がありありと出ていて泣きそう。


「――出ようか。ここに籠もってても仕方無い」

「ええー……」

「君が全く使えない事はよく分かったから、僕の邪魔だけはしないでよね」


 言うが早いか、イザークさんは部屋のドアをあっさり開け放った。ただし、その手は得物の柄に掛かっており、完全に臨戦態勢である。


「――いない」

「いない?じゃあ、今のうちに逃げようよ!」

「気を抜かない方が良いんじゃない?安心した所で、っていうのはホラーの常套だよ」

「上げて落とすの止めて!」


 しかし全く冗談とも思えない言葉だったので、踏み出した私の足は目に見えて勢いを失った。だって気が抜けた所で化け物なんかに襲われたら絶望感が凄まじいだろうし。

 周囲に注意を払いつつ、玄関にまで戻ってきた。侍女の姿は無かったが、玄関の壁に何か赤いものでメッセージが書かれているのを発見。恐ろしい事に、そのメッセージだけが古びた洋館の中で一際異彩を放つ程に新しいものだった。


「何……?『私の身体が、ずっとずっと手招きしている』?どういう」


 意味なんだろう、と言葉にするより早く、イザークさんが外へ出る為の扉を焦ったように押した。しかし、入る時は掛かっていなかった鍵が掛かっていたらしく、上手く行かない。

 内側にいるのだから鍵を開ければいいのでは、そう言おうとしたが、よくよく観察してみれば鍵は掛かっていなかった――


「外から押さえられてる?」

「え!?ど、どうしよう!やっぱり窓を探した方がいいのかな!?」


 イザークさんが扉から大きく距離を取った。しかし、どこかへ逃げるという感じではない。身体は未だに扉の方を向いたままだからだ。

 次の瞬間、運動するには手狭な玄関でイザークさんが力強く床を蹴り、助走を付けた状態で扉に肩から体当たりした。耳をつんざくような破壊音と、思わぬ暴力的な手法に目を白黒させる。

 蝶番ごと外れた扉が外向きに倒れた。

 ――誰か扉を押さえていた人物がいる、と思われたが、外は完全に無人である。

 とにかく、館内にはいたくないので外に出る。


「何だったんだろ……」

「知らないよ。やっぱり碌な依頼じゃなかったし、もうこれは放置で良いんじゃないの?」

「あの人達って住人だったのかな」

「さぁね。深入りしない方が良いでしょ。それで、そろそろ帰りたいんだけど」

「何故上から目線……」


 何だか依頼とは関係の無いところで非常に疲れた。ギルドへ帰って、コハクさんにでも今日の話をしよう。彼女は博識だし、何か知っているかもしれない。


「――あれ、運送屋さん?どうしてこんな所にいんの?」


 どことなく聞き覚えのある声。ハッと我に返ると私達が来た道から男性が一人やって来ていた。ひらひらと手を振るその顔には見覚えがある。

 ――いつかの依頼人にして犯罪組織オルニス・ファミリーの構成員。指名手配犯のアルデアだ。


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