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運送屋の交流記  作者: ねんねこ
第3話
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06.

 橋の前に辿り着いた時にはすでに日は暮れかけていた。トレヴァーさんは割とどうでもいい話から、本当にどうでもいい話まで様々な与太話を聞かせてくれたが、残念な事にあまり頭には入って来なかった。変わり身の早さに脱帽せざるを得ないというか、得体の知れない相手と対峙しているような感覚がずっと消えなかったせいだろう。


「あー、今日ももう終わるなあ。何か忙しい1日だった」

「はぁ、そうですか……」

「お、橋渡し発見」


 片手を挙げて車を止めたトレヴァーさんにポン、と背を押される。


「いやあ、色々あったけどさ、年端もいかない女の子を軟禁状態で軍管理なんてやりたくないからね。今日あった事は忘れてあげるよ」

「ど、どうも」

「あ、あとね。お前、もっと上手くやんないと。すぐ死ぬぞ」

「え」


 最後のゾッとするような一言は私が橋渡しの車に乗り込んだすぐ後だった。茫然とする私をよそに、車のドアがバタンと盛大な音を立てて閉まる。

 何事も無かったかのようにグラン・シード内へ戻って行く大きな背を見つめながら、私は一瞬だけ上がった動悸を押さえるべく、深く息を吐いた。恐らくあの人、最近出会った人達の中で一番恐い人だった。


 ***


 橋を渡ってすぐ、人目に付かない場所から機械の国・ダストターミナルまで移動した。荷物は未だ手に持ったままである。アラーナさんに依頼が失敗した事を伝えなければならない。

 ギフトのお陰で比較的、失敗の少ないギルドライフを送っていた私には『失敗を報告する』事にあまり免疫が無い。何せ、今まで配達を失敗した事は片手で数えられるくらいしか無いからだ。端的に言うと、死ぬ程気分が重い。

 立て付けの悪いドアを強めに叩く。成功していれば、日付が変わった次の日の午後くらいに荷物を届けた終わったと報告しに行くつもりだったが、翌日にこの陰鬱な気分を引き摺りたくなかった。ああ、これがトレヴァーさんの言う『上手くやれ』に通じるのか。1日で行って帰って来られる距離じゃないし。

 はいはーい、と中で返事があったのを確認し、自らドアを開く。アラーナさんはお歳だし、あまり立ったり座ったりさせない方が良いと思ったのだ。


「こんにちは」

「あらあら、早かったのねぇ。最近はどこへもこのくらいでいけるのかしら」

「……あの、すいません、アラーナさん。息子さん、どうやら引っ越してしまってるみたいで」


 俯けていた顔をそうっと上げる。アラーナさんは特に驚きはしていない顔だった。諦念を漂わせているというか、むしろ私より申し訳無さそうな顔をしている。


「そう……ごめんねぇ、うちの子、定住したと思っていたのだけれど……まだふらふらしてたんだねえ」

「いえ、届けられずすいません」

「いいのよぉ、住所先にいなかったんじゃ仕方無いからね」

「……すいません。あの、この荷物――」

「運送屋さん、それ、貰ってくれるかしら」

「えっ?」


 箱を返そうとしたところ、逆に押し戻された。


「私一人じゃそんなに食べられないからねぇ。迷惑でなければ、ギルドの方達と一緒に食べてね。あ、干物や漬物はよく保つから。野菜から料理して食べるんだよ」

「でも私、荷物を届ける事が出来なかったし――」

「わざわざ、水の国まで行ってくれたでしょう?一杯食べて大きく育たないと。運送屋さんはまだまだ育ち盛りなんだから」

「や、ちゃんとお昼とかは摂ってるんで。……でも、嬉しいです。ありがとうございます」

「いいのいいの。ああ、やっぱり孫がいたらこんな感じなのかねぇ」


 ――孫がいたら。逆に、私にとっては祖母がいたら。


「私も――私も、祖母がいたら、アラーナさんみたいな人が良いです」

「あらあら、気の利く子ね」


 ***


 アラーナさんと少しだけお喋りして、ギルドには寄らずにそのまま家へ帰った。何と言うか、今日1日で数ヶ月分の感情を磨り減らしたというか、とにかく刺激的な日だったと言えるだろう。

 彼女に持たされた荷物の一部はギルドのメンバーと分け合う事にして、早く食べた方が良いと言われた生もの類は今日の内に少しだけ減らしてしまおう。幸い、今日食べるものの食材は買い込んでいないし、この新鮮採れ立て野菜で野菜炒めでも食べよう。

 一人で箱を漁っていると、どうしても寂しそうな顔をしていたアラーナさんがチラついてしまい、集中出来ない。

 ――もしいつか、依頼先でアラーナさんの息子さんとやらに会う機会があればアラーナさんの家にまで引っ張って行こう。来て帰るのだって『移動』を使えば一瞬だし。

 そこまで考えた脳内に、今度はトレヴァーさんの一言が割って入って来る。

 身動きが取れないような息苦しさに、私はぐったりと頭を抱えた。


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