女王陛下
魔法使いリュドミラが家に来てから数日が経った。魔法使いだと知らない町の住人は普通に接しているのを見て自然と笑みが浮かんだ。
町の案内がてらリュドミラに必要なモノを買い揃えようと言う事で、俺、リュドミラ、ラニウスの三人で買い物をしていた。
それを隣で見ていたラニウスはため息を吐いて呆れたように言葉を放った。
「アンタ、命知らずっていうか、お人好しっていうか、人は見かけによらんもんやなぁ」
「ああ? 人は見かけで判断出来るほど簡易に出来ちゃいねぇよ」
「はぁ、魔法使いかぁ……まぁうちは洗濯とか家事をちゃんとやってくれんのやったら誰でも歓迎やわ。誰かさんは全くせんしな!」
「誰かさんとは誰の事だ?」
「ストロー鼻から突っ込んでミニマム脳みそチューチュー吸うたろか?」
「うるせぇ」
メアリーはリュドミラが家に住むようになってから全く顔を見せなくなってしまった。騎士の本部で顔を合わす程度で以前のように理由も無しに絡んでくる事は無くなった。
どうやら魔法使いを町の中に入れたのをかなり心配しているのだろう。俺の事は信用してくれているっぽいがリュドミラの事は未だ信用出来ない、と言った所だ。
「……阿久津……阿久津……これ、これ何?」
「ん、どれだ? っておいおい……」
リュドミラが指を指していたのは女物の下着、所謂ブラジャーというモノだ。もしかしてこいつ──
「お前、それ着けてないのか?」
「……?」
何の事だか分からない、と言ったような雰囲気で首を傾げて頭の上にハテナマークが浮かんでいそうな顔でこちらを見てきた。
流石に俺が教える訳にも、確認する訳にも行かず仕方なくラニウスに確認させる事にした。
「お前な……まぁ、ええわ。ちょっと拝見……」
そういってラニウスはリュドミラの服を上から覗き込んで深い深いため息を吐いてすぐに試着室にリュドミラと数着の下着を手に取り入ってしまった。
どうやらしていなかったらしい。
「アンタなぁ……ノーブラはあかんやろ!」
「のーぶら?」
「とりあえず測るで! うわ、無駄にでかいやんけ! ちょっとは寄越せ!」
試着室の中から聞こえる声は楽しそうでリュドミラの声も会った時とは違い楽しそうなそれになっていた。
そして楽しそうな声とは別に一般人がこちらを見ていることに気付いた。いや一般人ではないな。黒服、と言っても良い姿をしている。黒のフード、黒のマント、別段不思議な恰好ではないが目つきが鋭すぎる。
「……昔舎弟がやらかした時の捜査官にそっくりの雰囲気だな」
あまり長居はしない方がいいかもしれない。それに当分の間は外出も控えて家で大人しくしておいた方がよさそうだ。
気に入った下着があったのかリュドミラは数着買うとあまり変わらない表情をほんの少しだけ綻ばせていた。
「それにしてもほんま変わった子やなぁ……」
「まさかブラをしてねぇとはな」
「せやけど、魔法使いゆうて恐れられるよりあっちの方が年相応ってもんやない?」
「まぁな、お前は見た目のわりにおばさん臭いけどな」
「あ?」
「ああん?」
「誰がおばさん臭いじゃ」
「てめぇだよてめぇ、て、め、ぇ!」
「こいつしばきまわしたんねん!」
その後、軽く食事を済ませて先に二人を家に帰らせて一人で歩いていると案の定、先ほどの黒服達が行く手を遮るように目の前に現れ声をかけてきた。
「阿久津だな」
「だったらどうするストーカー共」
「女王陛下が貴様の事を呼んでいる。我らと同行願おう」
女王陛下、そういえばここは王国だったな。騎士になったと言うのに国王に挨拶の一つもしていない事を思い出し相手の要望、と言うよりも命令に従い城に赴く事になった。
城は一言で言うならば豪華絢爛、成金の邸宅のような趣味の悪さだ。壺やら絵画やら、高価であろう代物がずらりと並んでいた。
「女王陛下はこの奥にいらっしゃる。ご無礼のないように」
「あいよ」
城内の奥へ進むと大きな扉が静かに佇んでいた。ふむ、少しは緊張してきたな。
「……女王陛下、ね。成金趣味のご尊顔、拝見しに行くとしようか」
扉を開け、そこに目にしたのは女王陛下、には見えない、小学四年生くらいの女の子であった。
「よくぞ参ったな」
「……お前が女王陛下?」
「うむ、如何にも、カーチャ・ストレリツァーヴァだ」
「……小学生じゃねぇか。佐々木の妹より年下じゃねぇか」
かつての世界での仲間が持つ中学一年生の妹より年下だ。こんな幼女に国を任せて大丈夫なのか、と心配せざるを得ない。
そして俺は一番の疑問を投げかけた。
「で、おままごとでもしたくて俺を呼んだのか?」
「ふふ、女王を前にしてのその口、嫌いじゃないぞ」
「そりゃぁどうも」
「お前を呼んだのは先ずは魔法使い撃退についての事でだ」
やけに偉そうな口調なのは自分が女王陛下で俺が自国民で自分を敬っている、とでも思っているからだろうか。どちらにせよ、気に食わない。なんだか気に食わない。
「……はぁ」
「かの魔法使いを撃退したそうだな。それも単騎で、うむうむ私の騎士達はやはり有能だな」
「……それで? その有能な騎士に何の用だ?」
「……存外頭の悪い者ではなさそうだな。ますます嫌いじゃない。ここだけの話だが、以前隣国と小競り合いが起きてな……その時は大きな戦に発展せずには済んだ……しかしだ、昨日、少数ながら隣国の部隊が我らの国境を越えた、との報告が入った。装飾品ではない頭を持つお前ならこれがどういう意味かわかるな?」
なるほど。戦争か。しかもそれをメアリーでも他の騎士でもなく俺に伝えた、という事は、そういう事だろう。
入って間もない騎士に隊を預けるなんて狂気の沙汰だ。ただ魔法使いを撃退した、と言ってもただ説得した、だけだがな。
「……俺は人の命は奪わねぇ」
「ほう……ならばお前が隠しているマジシャンの事はどうなってもいいのか?」
こいつ、何処でリュドミラの事を──それより、気に食わねぇ。戦争なんざ気に食わねぇ。なんでも思い通りになると思ってるこいつが気に食わねぇ。
「……けっ、それが王様のやる事かよ……てめぇがやってんのは権力を振りかざして好き放題やる奴等と変わらねぇ……俺はそういうのが不愉快なんだよ!」
強制、それだけはしてはいけない。俺は強制されるのが大嫌いだ。大嫌いな奴は殴る、蹴る、ボコる。だが流石に女を、殴る訳にもいかないな。
「……あくまで拒否すると言うのだな……よかろう……お前の考えは頭に入れておこう。だが女王である私に逆らいこの国で生きていけると思うな」
「かかってこいよ。俺は俺を裏切る奴は仲間だってボコれるぜ。メアリーだとしても、ラニウスだとしても、関係ねぇ。んじゃぁな、成金趣味の性格が歪な女王陛下」
城を後にした俺はすぐに自宅に戻り頭を抱えた。
マズイ。非常にマズイ。いつもの癖で偉そうにゴタゴタ抜かす奴を相手にするような感じで話してたら楽しくなって相手が女王だって忘れていた。
「……どうしたの阿久津」
お風呂上りなのか真っ裸で風呂場からリュドミラにタオルを投げつけながら、ありのまま先ほど起こった事を話すと、あまり表情が変わらない魔法使いは呆れた様にため息を吐きながら体を拭いていた。
「…………バカ……としか言えない……阿久津は私の時もそうだけど……少し無鉄砲……というか後先考えずに動きすぎる……まるで猪みたい」
「バカ野郎。俺は関東の猪突猛進ボーイと呼ばれてんだぜ。後先なんて考えてられっか!」
「ちょちょちょちょちょっ!!! 阿久津!! お前何したん!? 兵士が物凄い数でこの家に向かって来とるで! あかんで! あの数はあか」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
窓から外を眺めると数百と言った兵士が隊列を組んで俺達が住んでいる家を取り囲んでいた。行動が早すぎるし、やり過ぎだろうが、女王陛下さんよ。
だが若い頃は300対100でチーム間抗争を勝ち抜いたことのある俺だ。
「さ、3対100なんて目じゃないぜ」
「勝手にうちらを巻き込むな!」
「……私はどっちでもいいけど……」
家の中でラニウスと取っ組み合いの喧嘩をしていると外から声が聞こえて窓から顔を出すと女王が得意げにど真ん中で仁王立ちをしていた。
「私はこれくらいの事はするぞ! さぁ! 諦めるんだな!」
「ざっけんじゃねぇ!! ふざけんじゃねぇ! だーれがてめぇの言いなりなんざ!」
「ちょっ! このドアホ! 相手は女王様やで!」
「知るか! 俺はお上がだいきれぇなんだよ!」
「おい聞こえてるぞ。全くまぁいい。とりあえずだ! 今日の所はここで退いてやろう。騎士団長に任せるとするが、あきりゃめた……」
噛んだ。噛んだぞ女王陛下。
「……ぷっ……だぁっはっはっは!! 威厳たっぷり凄んで噛んでりゃぁ世話ねぇな!!」
「……阿久津……阿久津……女王の顔……」
「~~~~~~!!!」
女王の顔は紅く、まるで梅干しのように赤くなり、バカにされたことが悔しいのか、言葉を噛んだ事が恥ずかしいのか涙を浮かべて走り去ってしまった。
俺はその後、兵士、という名のロリコン共に説教されてしまった。
「YESロリータNoタッチ!」
「さぁ貴様も復唱しろ!」
「いえすろりーた……のーたっち」
こいつら────マジだ。