魔法使い
ラニウスとの連休を終え、騎士団の本部に顔を出すと何やら慌ただしい雰囲気で走り回っていた。何か事件だろうか。そうラニウスと顔を見合わせるとメアリーがこちらに気付き指でこちらに来い、と促してきた。
「休み明けですまないが、近くの草原地帯に魔法使いが現れた」
鋭い眼差しと真剣な口調、どうやら魔法使いというモノは相当危険な存在なようだ。聞くと魔法使いが一人いれば町は壊滅し、二人いれば国が滅亡し、三人いれば世界が手に入る、とまで危険視されているようで、現在確認されている魔法使いは六人との事だ。
そして件の魔法使いは新しく確認された魔法使いだ。
「魔法使いは本来この世界に存在しないモノだ。危険なのだ。即刻退治しなければならない」
「うちも聞いたことあるで、ずっと西の方の帝国が魔法使いに滅ぼされたってなぁ。あれほんまやってんなぁ……」
「……でもよ、一人の奴を大軍で囲んじまうってのはいけ好かねぇな」
「……そう言う事をしなければ勝てない相手なんだ! そうしても負けるかもしれない! 阿久津! お前は一人で勝てると言うのか!?」
初めて聞くメアリーの怒号、だがそうなってしまうほど魔法使いというモノは危険なのだろう。だが、だからどうした。俺はこれまで筋を通してきた男だ。危険だろうが何だろうが関係ない。
「いいだろうやってやるよ」
「ちょっ、おま、何ゆーてるん? 頭おかしなった?」
「うるせぇ」
ポカーンとして呆れたようにため息をつきながらバカにするラニウスはさておいて、険しい表情のメアリーはこちらを睨みつけるように見つめ最後に深いため息を吐いた。
「私はどうなっても知らんぞ……」
「任せとけ」
暴走族をしていた時のノリと勢いもここまで来るともはや頭がおかしい、としか言えない。と自分でも思うが一度口にした事は覆さないのが男というモノだ。
「漢阿久津! 魔法使いを馬のケツに括り付けて市中引き回しの刑に処してやるぜ!」
そんな冗談を言いながら本部を飛び出して魔法使いが確認された草原地帯へと馬で向かう事なった。
だだっ広い草原の入口には魔法使いを迎撃する為だろうか、大勢の騎士が配置されていたがそのままスルーし草原の真ん中へと馬を走らせると遠くの方にゆっくりとこちらに近付いて来る影を確認した。アレが魔法使いなのだろう。
「…………」
「……てめぇが魔法使いかぁ!」
相手の服装がわからない距離で、相手に聞こえるように大きな声でそう問いかけるとピタッと立ち止まり何かをこちらに向けていることに気付いた。
一瞬黒い光が見えたと思うと、すぐ後ろから爆音と振動が襲ってきた。振り向くとそこには隕石でも落ちたのかクレーターのようにぽっかりと穴が開いていて、思わず二度見してしまった。
「え……えぇぇぇぇぇっ!? ちょっ、いや、待て待て待て!! 別にシメる為に来たわけじゃねぇって! 話! トーク! なっ!?」
馬から降りて両手を上に上げてゆっくりと魔法使いに近付いていくと理解してくれたのか構えるのをやめて向こうもこちらに近付いて来た。
「……話……って何」
女魔法使いか。厄介そうだ。
元々クールな性格なのか冷ややかな表情でこちらを見る魔法使いの目を見ていると昔、とある組の若頭に喧嘩を売ってヤクザに追いかけ回された時のような感じを思い出す。つまりはすんげぇ怖い。
「いや、別に、なんつぅか、俺はさ、敵意なんて無い訳よ。それなのにね、君はね、隕石でも落としたのか? ねぇ、あの穴何? 殺す気?」
「うん……」
殺す気まんまんかよ。だが何とか接近出来る事は出来た。これで話をする事も出来るだろう。とりあえずは奴さんの癇に障るような事は言わないようにしなくては、あの地面同様大きな穴を開けられることになるだろう。いや、穴ならばまだ可愛いモノだ。爆散してしまう。
「おまっ……まぁいい。今回俺が来たのはな戦う為じゃねえぇ。さっきも言った通り話し合う、為だ」
「話し合う……? 何……を?」
「そりゃぁお前……なんで人を」
「アナタは一つだけ勘違いをしている……」
「勘違いだと?」
俺の言葉を遮りそう言った魔法使いは静かに頷きじっと俺の遥か背後に展開している騎士達を見据えていた。そして目線をこちらに戻した。
「……アナタは……自身の存在が他人と違うと言うだけで差別されたら……どうする?」
そんな質問、簡単だ。ふざけているのかと相手の顔を見たがどうやら本気のようだ。
だがそんな事許される訳がない。他人と違うと言うだけで産まれた事を否定されるなどあっていいはずが無いし、あってはならない。
「んなモン……」
「アナタは謂れの無い事で暴力を振るわれたらどうする……? 自分は何もしていないのに、自分と同じような者がそうであったが為に……自分を否定されたら……どうする?」
────あぁ、そういう事か。こいつは、こいつらはそうだ。俺と一緒なんだ。タバコを吸っているから不良、酒を飲むから不良、髪を染めるから不良、家庭に問題があるから不良、社会から見れば俺達のような奴等をクズと呼ぶのだ。
だが、俺達はそう生きる事しか出来ない。それしか自分の気持ちを伝える事が出来ない。
「……やられたからやりかえす……死にたくないから殺す……そういう事だな」
「うん……そう……私に元々戦う意思なんて……人を襲う意思なんて無い……だけど、私はただ殺されてやる為に産まれた訳じゃない……魔法使いだからと言って……命を奪われるのなんて…………真っ平ごめんだね」
「お前のその気持ち、よくわかるぜ……んだよ、魔法使いがとんだ化け物見たいな言い方をされるからどんな奴かと思えば、俺達と変わらねぇ人間じゃねぇか」
はぁぁ、と深く長いため息を吐きながらその場に安心したように座り込んだ。
こいつがもし外道ならば俺も容赦はしない。だがただ一生懸命生きているだけの女じゃねぇか。だったら殴る理由もない。
「アナタは……私を殺そうとしないの……?」
「あぁん? んで殺さねぇといけねぇんだよ。胸糞悪ぃな。いいか、人の命を奪うってのはそいつが関わってきた全ての奴の人生を狂わせんだよ。家族も、友人も、恋人、全部だ。そう全部だ……それがどんなクズでも外道でもよ……死んで良い奴なんざいねぇんだよ……だから殺さねぇ」
「変な人……」
隣に座り込んできた魔法使いは安心したのか少し肩を震わせながらクスクスと笑った。誰だって命を狙われたら自分が生きる為に相手を殺してしまうだろう。
差別されたら歪んでしまうだろう。だから俺は社会から見放されたクズ共を集めてバイクに跨った。こんな薄汚れた、くそったれた世界でも、楽しい事はある。自分が楽しもうと思えば世界はいくらでも変わって見える。
昔からやんちゃだった俺はお袋に迷惑をかけながらも、お袋はここまで立派に育ててくれたんだ。そして、女手一つで無理が祟ったのか体を壊して死んじまったが、お袋はずっと俺の事を救ってくれていた。だからお袋に報いるためにも俺はこいつを救ってみせる。
「……お前、俺の所に来い」
「え……?」
「世界は充分楽しめる。どうだ、俺と走らねぇか? この世界はくそったれだ! 精一杯楽しんでやる! ってなぁ!」
「……私……魔法使いだか」
「だからどうしたぁ!? 魔法使い? はっはっは! 関係ねぇなぁ! 騎士だろうがぁ! 魔法使いだろうがぁ! 国王だろうがぁ! 俺にゃぁ関係がねぇ! 俺はただ一緒に居て楽しいと思える奴と居たいだけだからなぁ! そこに! 種族も! 身分も! 年齢も! 性別も! 一切合切関係ねぇ!」
俺はただ、楽しみたいだけだ。この世界で、魔法使いだろうがスラムの住人だろうが、俺の手が届く範囲に居るのならば笑わせてやる。
だから。
「来い」
「……後悔しない?」
「くどい」
「わかった……わかったよ……私の名前は……リュドミラ……」
「おー狙撃手っぽい名前だな」
「……遠くからの魔法の射撃は得意……」
そんなこんなでリュドミラと戦闘せずに帰ってこれたのは幸いだったが、やはり騎士達の目がとても痛い。それもそのはず、災厄とまで言われる魔法使いを易々と街の中に入れてしまったのだから仕方のない事だ。
少しするとメアリーが騎士を押し分けてこちらに歩み寄って来るといきなり頬を殴られてしまった。
「なんのつもりだ」
「何が? 俺はただ……おいおい……せっかく無傷で部下が帰って来たのに怪我させようってか?」
こちらを睨みながら剣を抜いて突き付けてきているのだ。流石にメアリーでさえ今回の事は許容できないみたいだ。
「……殺すなら殺せよ。易々と抜いたその剣でよ! てめぇらが誇りだと宣う騎士の剣でよぉ!!」
「…………すまない。私も気が立っていたんだ……お前が信用している者ならば私も信用しよう……町の住人に彼女が魔法使いだと絶対にバレるなよ。庇えなくなる」
あまり乗り気ではなかったメアリーだがしぶしぶ、と言ったような感じで何とかリュドミラがこの町で暮らせるようになった。
そして、俺はずっと疑問に思っている事があった。リュドミラに近付いた時だ。彼女の服装は高校生が着る制服だ。この世界ではまず見かけない。
こいつももしかすると俺みたいに何らかの拍子でこちらに来たんじゃないのか、と思っているが一度聞くか。
「なぁ、リュドミラ、お前は日本って場所を知ってるか?」
「………………日本……? 何それ……聞いたことも無い国……」
「そう、か……いんや知らなかったら構わねぇよ」
どうやら知らないようだ。
まぁ、ただたんに服装が似ていた、というだけかもしれない。記憶喪失って訳でもねぇだろうし────喪失? そういえば、何か忘れているような──なんだったか──思い出せないな──思い出せないと言う事はそれほど大事な事ではないのだろう。
俺はリュドミラを連れて帰宅する事にした。そのナニかを忘れたまま──