駆け抜けろ!
その日は複数の友人と共に単車で高速道路を流しながら一日を終える予定だった。だがしかし、その日の愛車の様子はおかしかった。回せば回すほど速度が上がる。始めは調子に乗ってどんどん速度を上げていたがある事に気付いた。
ブレーキが利かないのだ。百キロだなんてとっくに超えている。そして次に来るカーブを曲がり切れない事は明らかだ。
「やべぇ!! 止まらねぇ! うぁぁぁ!!」
壁に激突すると目を瞑った。
しかし衝撃や痛みは起きずそのまま気を失ってしまった。
「ん……」
次に目を覚ました時、そこには広大な草原が広がっていた──
「なんだここは……」
むくりと起き上がり、広がる草原を見回し近くに愛車がある事を確認しすぐに起き上がらせ傷がない事を確かめ今の状況を判断する事にした。
何処か現実味が無い雰囲気の草原にどうすればいいか迷っていた自分だったが、バイクが無事なのでとりあえず走り回る事にした。
「まっ、ここが何処だろうが構わねぇ!」
こんな広い場所を制限無く、それも邪魔な一般人や警察は居ない。走り放題じゃないか。
思い立ったらすぐに行動がモットーの俺はバイクに跨り広大な草原を駆け抜ける事にした。数時間か走り続けると遠くの方から数人の馬に乗った奴等がこちらに向かってくる事に気が付いた。
「馬とか……いつの時代だよ!」
一人でゲラゲラと笑いながらこちらもその馬の方に向かっていった。手に何か持っているのか片手は下げられていた。鉄パイプでも持っているのかと思い目を凝らしているとそいつらが持っていたのは鉄パイイプなんて生易しいモノではなく、よく漫画などで見る両刃の剣だと気付いた俺はすぐさまバイクを反転させてそいつらから逃げる事にした。
「やべぇ! なんか知らねぇけど俺の野性的な勘が警告してる!」
だがしかし、少し遅かったようで反転しバイクを出そうとしたが、何故か同じ格好をした数十人の騎兵に取り囲まれており剣を突き付けられていた。
「動くな! 怪しい奴め!」
どうやら言葉は通じるようだ。だが下手な事を言って叩き切られでもしたらたまらない、ここは静かにしておくのが良いだろう。
そう思い、相手の言う事を聞いているフリをしていた。
一人の騎兵が割って入って来て顔をマジマジと見つめてくると頭につけていた兜を取ると、訝しげな表情でこちらを睨んでいた。
女だ。それもかなり美人だ。髪は染色したような感じがしないテレビとかで見るガチの外国人が持つブロンドで瞳の色は青く、何処か人形のような雰囲気を醸し出す女だった、がその目つきはかなり悪い。どれくらい悪いかと言わると睨んでもいないのにガンを飛ばしたと言って喧嘩を売られるほどの悪さだ。女でなければ飛び蹴りの一つや二つをかましていた所だ。
「…………こいつ、気に食わんな……取り合えず王国に戻って牢にぶち込んでおけ! その妙な鉄の塊も回収しておけ!」
理不尽だ。
その後、数年ぶりに豚箱に入れられることとなってしまった。
空気は悪く、掃除もロクにされていない事は容易に理解できるほど汚い牢屋に入れられた。変な場所に飛ばされバイクをかっ飛ばして牢屋にぶち込まれる、あまりの展開に正直ついていけなかった。
「…………生きているようだな」
牢屋に入れられイライラしていると俺を監獄に入れた張本人である女が鉄格子の向こう側に現れた。
「あ……?」
「っ……ま、まぁお前の身元が確認でき次第沙汰を言い渡す事になっている! それまでは大人しく待っていろ」
無意識にそんな短い言葉と共に眉間に皺を寄せながら相手の方を向いた。その時、一瞬ビクっとした気がしたが気のせいだろうか。
それだけを言い残すとすぐに立ち去ってしまった。これからどうなるのだろうな。
それから数日後、マズイ飯を食べていると数人の部下であろう男達を連れて女が来た。どうやらこれから取り調べを行うようで牢屋から半ば無理矢理出され、外の馬などを繋いでいる馬小屋に連れてこられた。
やばい、これは、『お前、放課後体育館裏来いよ』的な感じの奴だ。
「これは何だ?」
牛か何かと勘違いしているのかバイクを紐で柱に括り付けているのを指差された。その問いにキョトンとしながら問いに答ええた。
「……バイクだけど?」
「ばい……く? なんだそれは? 見た所、全身に鎧を身に纏っているみたいだが、こんな事をしては軽快な動きが出来ないだろう。それになんだこの足は、まるで車輪でもついているみたいだ。しかも鼓動も感じられない……何なんだこれは!!!」
教えるより見てもらった方が早い気がした。
バイクに跨りハンドルを小刻みに回し始めてエンジン音で音楽を奏で始めた。いわゆる『コール』というモノだ。
「……嘶きか? 凄いな」
「……いや、まぁ……そんな感じだ」
「ふむ、とりあえず、ばいく……とやらはわかった。お前の名前は?」
「名を聞くならまず名乗れ、そんな常識も知らねぇのかよカス」
そう言うと、それもそうだなと特に怒る事は無く非礼を詫びるように名前を教えてくれた。こいつ良い奴なんじゃないかと思ってしまう。
「私の名はメアリー・ロイヤルだ」
「俺は阿久津だ」
「あくつ……どこの生まれだ」
「生まれても育ちも日本よ!」
日本、と答えると腕を組んで考え始めた。どうやら日本を知らないようだ。ていうか思いっきり外国人なのに日本語流暢過ぎるだろう。
「すまんが、私は日本という王国を知らない」
「はぁ? 日本って言ったらお前、有名だろう。多分」
「知らないモノは仕方ないだろう……?」
どうやら本当に知らないようだ。見た感じ裕福そうな感じなのだが旅行などはしないのだろうか、そう考えていると驚くべき事実を聞かされた。
「このシークラマーナ大陸にそんな王国は無いし、多分、この世界のどこにもそんな国は無いと思うぞ」
シークラマーナ? どこなんだ一体、というかこの町に着いた時から変だとは思ったんだ。今時中世ヨーロッパ見たいな服装を来た人間やら馬やら騎士様やら、明らかにおかしい。
基本的にどんな事があっても、警察の車がワザとぶつかって来てケツ持ちをしている奴が吹っ飛んだ時も、後輩がヤクザの車に突っ込んでヤクザに追いかけ回された時も、のほほーんとしていてやや天然気味のお袋がレディースの総長を務めてた時でも動じない俺であったが、流石にあの事故で異世界に飛ばされたとあっては困惑する。
「……ふむ……お前が嘘を言っているようには見えないな……まぁ、いいだろう。だがお前、あんな草原で一人で居たと言う事は旅でもしていたのか?」
「旅? ちげぇよ気が付いたらあそこにいたんだよ」
「……記憶喪失か?」
「いやちげぇけど、この世界の事はなーんもわかんねぇ」
「……仕方がない。困っている人間を見捨てる訳にはいかんな。よしお前、私の家に来い、騎士団の新入りとして面倒を見てやる」
「はぁぁぁ!? いきなり訳わかんねぇこと……」
ふと思ったが、こんな世界で誰にも頼らず生きていけるのだろうか。否、無理だろう。中学生みたい理由で剣を突き付けてくる奴らがいるこの世界だ。後ろから意味もなくぶん殴られると言う事も簡単に起きるかもしれない。だったら屋根があって金も多分不自由ないだろうこの女の所に転がり込んだ方がいいかもしれない。なんか騎士団とかいうモノにも就職出来るらしいし、まぁ何とかなるか。
「……まぁ、お前がそう言ってくれるなら面倒になっちまおうかな」
「そうと決まれば早速騎士の一員として働いてもらうぞ! はっはっはっはっは!」
「え、ちょっ……は?」
どうやら暴走族の次は騎士団になるらしいぞ俺。将来の履歴書に凄い事が書けるんではないだろうかと、バカらしい事を考えながらメアリーに引きずられていき、俺の異世界での生活が始まる事となってしまった。