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17話 音速告白

挿絵(By みてみん)


「ふわぁっ?! やっ、はっ、速っ?!」


「だいじょうぶ、ぶつかるものって鳥くらいしかないから。3,000メートルくらい上がったら鳥すらもいないし」


 初めて体験する高速の世界に慌てるアリサに、先を飛ぶハヤヒは努めて落ち着いて注意事項を語りかける。


《現在時速、490キロ、高度1,380メートル、上昇率、分速330メートル……、はやーい、すごーい!!》


 こちらはどうやら先に高度と速度に順応してしまったらしいフィーナで、飛行魔道騎に積まれた全魔道センサーを自分自身で操作・記録出来る関係か、アリサほどのパニックには陥っていない。


 当初の予測では異世界人であり飛行機や電車の加速度に慣れているアリサの方が順応性が高い、と思われていただけに、この結果にはアリサを搭乗員にすることを強く推したハヤヒも苦笑するしかなかった。


「大丈夫だよ? ええとね、下を見るから怖いんだと思う。……よっと、これでいいかな? 僕だけを見つめてて?」


 相変わらずおっかなびっくりでふらふらと姿勢を乱すアリサの駆る<飛行魔道騎(ネルララフン)>の対面になるように回り込んで背面飛行状態になったハヤヒがアリサの視界から地面を隠し、その両手に自らの両手を重ねて自分の方に引き寄せる。


「えええっ?! あっ、はいっ、ハヤヒさんだけを……、見てます……」


「……? あれ? 大丈夫かな? おーい、アリサちゃん? 気絶とかしてないよね?」


「……大丈夫、ちゃんと見てますぅ、ふぇぇん」


《アリサちゃん心拍数すごいよ……》


「言っちゃダメー! ばかフィーナぁぁぁ!!」


 ネルララフンの重装が内股で身悶えする様子はなかなかに異様な姿だったが、当のハヤヒは会話内容の原因に理解が及ばなかったようで、にハヤヒは薄い透過ゴーグル越し視線をフィーナの宿るネルララフンの外部視界センサーへ向けた。


「んんん? まぁ初めての高空だろうし緊張もするよね。じゃあレクチャー開始ね。フィーナちゃんのセンサーではたぶん、速度、高度程度しか把握してないと思うんだけど」


《はい。速度、高度共に上昇中です》


「う? よくわかんない」


「あー、アリサちゃんは操縦士だからそこら辺は感覚優先で。で、フィーナちゃんのセンサーで捉えられるかは分からないんだけど、もう少し先に進むと気流があるんだよね。捕まえられるかな?」


《??? 分からないです。……というか、外圧センサーにいろんな反応があるのはあるんですけど、どの数値が何を示しているのかはまだ手探りで……》


「うーん、ハヤヒさんだけを見る、ハヤヒさんだけを……」


《呼吸も荒くなってるよアリサちゃん……》


「いちいち報告しちゃらめぇぇぇぇ!」


「あー、姿勢を大きく乱すと危ないよー」


 何が原因かはよく分からないまま、とりあえず暴れそうになるアリサの両手を強く掴んで飛行姿勢を維持させ、ハヤヒは更に翼を広げ、それは、全身の数十倍まで広がる大きな膜となって周囲に展開される。


「じゃ、レクチャー開始。フィーナちゃん、飛行パックへの魔力切って?」


「……えっ?? だっ、ダメダメ、落ちちゃう?!」


《飛行パック魔力供給カットします。……大丈夫ですか? 結構重いですよこれ?》


「あたしそんなに重くないもん!」


《……いやアリサちゃんじゃなくて、外側……》


「きゃっ?!」


 飛行パックへの魔力供給が徐々に絞られ、全面カットされたことでネルララフンの飛行推力が完全に途切れ、アリサはネルララフンの外装越しに、真下を飛んでいたハヤヒに外装ごと抱きすくめられる形になる。


「ぐほっ。生身の部分で支えると結構効くなあー。――じゃ、レッスンです。ここで、僕も飛行推力をカットすると、……どうなるでしょう?」


「ダメっ、落ちる、落ちちゃう、きゃーっ、きゃーーっ!!」


《放物線軌道で落下するもの、と思います……?》


「うーん、どちらも外れ。あー、アリサちゃん、しがみつかれるとちょっと苦しいので勘弁して欲しい。で、ここでこの状態で推力を切るとね?」


 宣言通り、ハヤヒが推力を全カットすると、超巨大、と言ってもいいほど大きく広げられた翼と羽根の皮膜全体を包んでいた青白い光がカットされ、がくん、という軽いショックで、ハヤヒはアリサたちの乗るネルララフンを抱き抱えたまま落下を開始する。


「きゃーっ、きゃーっ、きゃあああああぁぁぁぁ!」


《落下速度増大中、毎分160メートル、180メートル、220メートル、高度2,300、2,150、1,940…………、あっ??》


「――タクミさんが『女の子の悲鳴が気持ちいい』なんて言ってたのを聞いたときは趣味が悪い、なんて思ったものだけど、ちょっとだけ僕も判った気がする。

 ……大丈夫だよ、繰り返さないからね? フィーナちゃん解ったかな? これが、『気流を捕まえる』ということ」


 全身を使って自分に強くしがみついてくるアリサに微妙な表情を返しつつ、間近に寄せられたセンサーアイに向かって、ハヤヒは説明を続けた。


 その説明通り、二機の落下は継続中であるものの、落下速度は徐々に減衰し、ややもすれば水平飛行と近い状態を不安定ながら繰り返しつつあり。


《上昇気流、ですか?! すごい、二機合わせて三トン近くあるのに、空気の力だけで!?》


「……ふぇ? 落ちない?」


「――いや、ほっとくとそのうち落ちる。僕もさすがにネルララフンを浮かせるだけの『揚力』は稼ぎ出せないから。

 確か、フィーナちゃんは『一度見たものは即座に理解して同じことが出来る』んだよね? じゃあ、真似してみてくれるかな?」


 間近に迫ったハヤヒの問いかけに、精神体状態で肉体から離れている状態であるにも関わらず、なぜかどぎまぎと心拍数が上がるような錯覚を覚えつつ、フィーナはハヤヒの現状と同じように翼に折り畳まれて内蔵された魔力皮膜を限界まで展開してみる。


《アリサちゃんごめん、ちょっと姿勢を水平維持で。――こっちから操作するね》


「えっ、あっ、ダメぇ!? こわっ、落ちっ?!」


 アリサが怖がって抵抗するのを見越して、身体の一部操作を機体全体管理のフィーナ権限で奪って、飛行パックの舵角限界位置まで戻して身体姿勢を水平になるように調整し、翼面が地面に対して水平になるように調整する。


「ふえぇっ?? なんか、浮かぶ力が……、あっ、やっ、ハヤヒさんダメぇ、イッちゃやだぁ!!」


「大丈夫だよ? ほら、手は繋いでるから。僕が離れてるんじゃなくて、アリサちゃんが浮かんでるんだよ」


《アリサちゃん、落ち着いて? 風の力を感じてみて? 後ろから魔力で押されてるんじゃなくて、自分の翼が風を捕まえて浮かび上がってるの……わかる?》


「風……、風が? ――あっ、解る! あたしが、風を掴んで、風の中を飛んでる!」


 ハヤヒから目を離し、下方に落下中とはいえ、垂直落下、放物線落下には程遠い状態で少なくない上昇気流の力に乗ってより遠方に落下する状態を自覚し、アリサは興奮に叫んだ。


「うん、正解。これが、上昇気流――上向きに動いてる空気の力を利用して、揚力を稼ぐ、ということ。

 上昇気流の他にも気流は降下だったり偏西風だったりって違いがあるんだけど、『一度見て理解した』フィーナちゃんなら、空気密度や上層と下層の流速の違いを検知出来るよね?

 具体的には、高解像度センサーでその層の中に浮かんでる微粒子の速度を測ってもいいし、密度や温度検知でも解るはずだよ」


《はい! 複合センサーで検知可能です、これをアリサちゃんに視覚化指示すれば!》


「んー、なんかよくわかんないけど、たぶん、こう!」


 叫ぶなり、軽く身を左右に捻り始めたアリサの機体が、左右方向に蛇行を始める。


 速度が一定状態のとき、翼を水平から左右に傾けると、左右の翼が気流を通過する際に揚力の不均衡が発生するため、揚力が低くなった側へ向けて旋回し始める。


 それを、体感で理解しているのがアリサ、理論で理解しているのがフィーナ、であった。同体姉妹故の理解方向性の差、と呼んで良いものか。


「うん、いいね! じゃ、ほっとくと墜落しちゃうから、徐々にパワー上げて行こう。速度が付くと揚力は大きくなってくから、スピードが上がると勝手に上昇してく。だから、――こんな風に、徐々に皮膜を縮めてバランスを取ってね?」


 恐怖から飛行の快感を覚えつつあったアリサを既に問題ないと見たか、繋いでいた手を離し、背面姿勢のまま翼の皮膜を徐々に収納して加速、再上昇しつつあったハヤヒにやや遅れて、アリサ=フィーナもそれに追いつこうと飛行パックへの魔力供給を再開する。


 しかしその魔力量は当初ほどは多くなく、絞られた出力ながら、大きく広げた翼が風を切り裂いて発生する揚力をアリサの転生的な勘によって絶妙の方向へ導くことで、ハヤヒとの間に空いた距離を詰めることに成功する。


「いいよ、すごいね、巧いよアリサちゃん! じゃ、このまま、どんどんパワーを上げて、今度はネルララフンの名前の由来を体験しよう!」


「ふぇ? んっと、はいっ、ついて行きます!」


《……えっ?! 速っ!!》


 フィーナの返事を待たず、唐突に水平から急上昇する軌道を取ったハヤヒの機体、天磐船(アメノイワフネ)の極大出力に驚きつつ、フィーナは遅れること数秒、ネルララフンの出力を最大にする。


 しかし、己の全量を注ぎ込む勢いで魔力を注いでも、初速でついた差がなかなか縮まらないため、フィーナは双方の機体の性能差が機能的なものであることを考慮し、機体各部チェックを試み始めた。


 その間も、本能的に速度を稼ぐために空気抵抗を減らそうと考えたアリサが全身をぴんとまっすぐに伸ばしたり翼の姿勢を変えたりと試行錯誤を繰り返し……。


 ――あっ、そろそろアリサちゃんへの酸素供給量と暖房に注意してね。高度上げると空気が薄くなって寒くなるんだよ。いま頭部センサーに棲んでる(・・・・)フィーナちゃんは気づきにくいだろうと思うんだけど。


 既に豆粒ほどの大きさに遠ざかりつつある遥か高みを飛ぶハヤヒの機体から直接に念話通信がフィーナとアリサに届き、フィーナは慌ててアリサの乗る内部気温と酸素供給量をチェック、言われた通り徐々にどちらも外気からの供給が減りつつあることに気づいて供給増量を行う。


 と、同時に、飛行パックに使用されている魔法式が重力魔法であり、なぜか魔力ロスが多く非常に効率が悪い術式であることに気づき――、『今しがた、ハヤヒが使った魔力の利用術式を思い出し』、その場で術式を組み替えて高効率タイプに変更することを試みる。


《アリサちゃん、ごめん! 怖いかもしれないけど、30秒ちょうだい?! 翼八枚全部、内蔵魔力術式書き変えるから!!》


「ふぇっ?! ――うん、追いつけないんだね!? フィーナを信じる、やってみて!!」


 フィーナを信じ、落下の恐怖に耐えて全てを託してくれたアリサの想いに感謝しつつ、フィーナはいったん飛行パックへの魔力供給を全面カット、左端外側の翼から魔力術式の変更に入る。


 恐らくタクミが構築したのであろう、力任せに大魔力を消費するタイプの<重力渦>をメイン術式として使用したロスの多い術式を重力魔法で解除しつつ同時にハヤヒと同じ系統から更に精霊魔法まで動員して高効率化した術式に切り替えることを装備翼八枚分全てに行うことはフィーナですら骨が折れたのだったが。


 なんとか、上昇弾道飛行状態のネルララフンが落下に転じる寸前に、八枚全部の魔力再起動に成功し。




「《ネルララフン……、飛べぇ!!!》」




 じわじわと上昇速度を失い、その場に滞空状態になりつつあったネルララフンの飛行パックが緑色の光を強烈に放ち、蹴飛ばされたように加速を得たのはアリサとフィーナの叫びとほぼ同時だった。


 先程とは比較にならない速度で上昇を始めたネルララフンの外装はあちこちから真っ白な雲を引き、また一部は空気との摩擦で熱を持ち始め、フィーナはあちこちから鳴り始める警報センサーに対処することに忙しくなり、アリサもまた、固定魔道センサーが検知するさまざまな数字がめまぐるしい速度で上昇することに驚きを感じ。


 ――いつの間にか、先程と同様に真下に背面のハヤヒが占位していることに、ふたりとも気づかなかった。


『うん、合格。……なるほど、重力魔法を覚えさせたのはこのためか。

 ――悔しいけど、あの人、いやあの神、ほんっとに先が全部見えてるんだなあ。敵う気がしないよ。

 風神の領域へようこそ、アリサちゃん、フィーナちゃん。

 ここは、この世界で僕らだけが飛べる領域……、成層圏(ストラトスフィア)だよ』


 ハヤヒに念話で告げられて、改めてフィーナとアリサは周囲の光景に目を向け――、息を飲む。


 雲を遥かに下に置き、世界の丸みが視覚で確認出来るほど高層の高度三万メートル、地上で見るよりも遥かに深い群青色の蒼が支配する、生物非存在の世界――。


「ここが……、ハヤヒさんの世界?」


『そうだね。僕が支配するのは地上からこの更に上の宇宙との境目まで、空の領域全部。僕は、この空に兵器が存在することを絶対に許さない。だから、空に上がる兵器全てが憎い。

 ――けど、憎しみを持つこと、それ自体が空を憎しみに染めることで、道具は使う者次第で毒にも薬もなる、みたいなことを教えられてね。考えを改めました』


《――どんな考えに?》


『その前に、先にネルララフンの限界を見せてあげよう。

 ……風神の風魔法を読み解いて、風の最高魔法術式を構築しちゃう、なんて凄まじいよね。

 しかも、コピーしただけじゃなく大気中に存在する風の精霊まで組み込んだ超高速術式だし。


 ――これ、最高速度が(・・・・・)風神の僕(・・・・)よりも速い(・・・・・)からね?』


 言いながら、同速で飛ぶハヤヒはネルララフンを抱き抱えるように優しく前から背の飛行パックの推力を邪魔しないように両手を回し、己も含む機体全体を防御フィールドで包む。


『ショックコーンの影響範囲はだいたい先端から60度の同心円外。これだけ覚えておけばとりあえずフィーナちゃんなら一度経験すれば理解するはず。――それじゃ、行くよ(・・・)?』


 言うなり、先程の再上昇と同じかそれ以上の勢いで、ハヤヒと一体化したネルララフンが水平加速を開始、飛行速度の目安となる雲のような対比物が視界に存在しないため加速感が分かりづらいが、アリサの視界上に表示される対地速度センサーは凄まじい勢いで加速度を検出しあっというまにその数字は四桁を超え――。



『音の速度を超えた静寂の世界』



「えっ? あれ、でも、どーん、みたいな衝撃波とかそういうのは?」


『なかなかマニアックに詳しいね? あれはほんとは音速突破ではなく遷音速で出るもので……、まあ簡単に言うと、乗ってる人間には分からなくて、周囲や地上に居る人間が感じるものなんだよ衝撃波っていうのは』


《音の速度を超えた世界、ですから、自分に音が聞こえるはずがない、んですね》


「えっ? じゃ、いまあたしが喋ってる声がハヤヒさんに届いてるのはなんで?」


『ははっ、肉声は聞こえてないよ。フィーナちゃんが中継して送信してくれてるからね。

 じゃあ、ここで質問。僕は風神で、ここは風神の領域で、ここまで到達してこの速度に達するのは僕達だけ。……だから、僕はアリサちゃんたちを僕の神器として迎えたい。――了解してくれるかな?

 あ、あと、ついでの付け足しみたいでタイミング悪いんだけど、これも絶対言え、っていろんな人に怒られたんだった。

 ――ほんっとにこんなに三枚目な自分がこれ伝えていいのかまだ悩むんだけど。……愛してます。僕の神器になって下さい』


「《!?!?!?!?!?!?!?!!!!????》」


 ……恐らく、この世界史上、最も高空、かつ最高速度で行われた唐突な愛の告白に、伝えられた側のアリサとフィーナはほぼ同時に混乱状態に陥った。



書いてる最中に口から砂糖が出る奇病が。

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