16話 国境紛争
「まさか、ゲートが作れないとはな? 盲点だったぜおっさんにゃ」
「すみません……、見たことがないものを作るのは苦手でして」
「いやいや、何でも即出来ちゃう、うちの大将が異常すぎるんだって再認識したとこでさあ」
「ごめんねフィーナちゃん、大丈夫、狭くない? これ二人乗りだから膝の上でごめんねほんと」
「あっ、いえ大丈夫です! わざわざ送って貰ったりして、こちらこそごめんなさいです。……重くないですか?」
「全然っ、軽い軽い! もっと食べなきゃ、おばさんこれでも鍛えてんだからね? 伊達にヴァルキリア騎士団じゃないのよー」
ムーンディア王国首都セレスティアから、女王親衛隊の魔道騎が集結中の西方国境まで移動する必要性が出て来たフィーナ=アリサが転移魔法を一切使えないことが発覚し、合流のために街道を移送することとなり。
聖神軍団の予備戦車二台のうち軍団幹部ギュゲスとヴァルキリア騎士団リッティの担当となる組がフィーナを同乗させて移動することになったのだった。
ギュゲスとリッティは軍団随一の射撃巧者であるが、リッティの魔力量が少ない方で集中短期決戦に投入されるタイプであるための予備戦車扱いであり、また、後席のリッティが身長140センチ台で全戦車中で最も後席容量に空きがあり、同様に150センチ台で小柄なフィーナを同乗させて三人乗りで移動出来る故の人選である。
他戦車を使用した場合は後席を降ろさなければ同乗不能で、また後席人員を下ろすと戦車主砲が射撃不能になってしまう関係もあり、それに外部積載は戦闘発生時に危険すぎるということでも戦闘力を削がずに移動可能なギュゲス・リッティ組が選択されたのだった。
「でも、一度見たら何でも覚えられる、っていうのは凄い特技だよねー?」
「えっ? いえ、そんな凄くは? タクミさまだってすぐに出来るみたいですし」
「いやいや、フィーナちゃんの方が凄ぇんだぜ? 大将が<重力渦>習得に掛かった期間、なんと二ヶ月だからなぁ」
「えっ?! えっ、だって、神なのに??」
シートベルト代わりに抱き抱えたフィーナの腹に両手を回すリッティと、軽く振り向きを繰り返しつつにやにやと笑うギュゲスふたりの言葉に、フィーナが驚きの声を上げる。
「大将も最初から万能だったわけじゃなくってな、暗黒神になったのはほんの五年前でさ?」
「最初は拳闘のみからステップアップしてったんだってね。ヴァルキリアが初めてお会いしたときは――ええと、ツインダガーでかっこよかった」
「ははは、リッティそれ墓穴」
「あっ、戯曲で聴きました! ヴァルキリアの皆さんと一人ずつ戦ったんですよね? 後にタクミさまの奥様になられるティースさまが途中からタクミさまを庇って前面に出てくるシーンが大好きで」
「うっ、あっ、ええっと……、の、ノーコメントで」
「……?」
前席のギュゲスが大笑いし、リッティが言葉に詰まっている様子から察するに、どうも事実と吟遊詩人の歌う戯曲とは細部が異なるらしい、という辺りの事情を察し、フィーナはそれ以上の追求を避けた。
脳内でアリサが「ライバックさん最高ー!」とか絶賛し始めたがそれも華麗にスルーする。このヴァルキリア騎士団がタクミと初めて出会う戯曲では最強の忍者ライバックもタクミの仲間として登場し、アリサはライバックの大ファンなのだった。
「……さて。三人乗りでバランス悪かったし往来だし、でそこまで速度出さなかったけど。ここから先はどうしようかねえ?」
「現在地はー、ファーラン王国とクラウティア共和国とムーンディア王国とディルオーネ王国の四カ国国境最接近ポイントー、だねっ」
「うっわ、やる気満々で接近しまくってんじゃん? ありゃちょびっと国境超えてんじゃねーの?」
「もう街道挟んで対峙してるよねアレ。――さあ選択しなきゃっ? いちー、高速で突っ切る。にー、ゆっくり突っ切る。さんー、事情を話して理解して貰って通過ー」
手早くフィーナを左腕で抱き抱えたまま、右腕一本で空中にいくつもの情報ウィンドウを投影して殆ど前が見えず視界のない後席内部に居ながら状況を完全に把握したリッティの提案に、三者がううん、と頭を捻る。
「とりあえず、三番はなし、だなあ」
「うん、あたしもそう思う。言ってみただけ」
「信用してくれなさそうですもんね」
「じゃあ、一番か二番の二択。――一番しかなくね?」
「二番だと通過中にめっちゃ刺激しそうだしねー?」
「どうやっても刺激するのなら、早めに済ませた方が」
「「よっし、じゃあフィーナちゃん案で一番に決定!」」
「ええええ?! だって今おふたりとも一番って!?」
フィーナの弁明に笑い声で応え、ギュゲスは戦車の前傾姿勢を更に強めて、四カ国の国境守備隊の集団が集結する一触即発の現場をひとっ飛びに飛び越えた。
――――☆
「おかえり。……って、僕が言うのも何だか変な感じだね。えっと、特別任務があるんで、僕も一緒に飛ぶことになってる」
王都奉納祭以来の顔合わせとなる女王親衛隊の仲間たちが歓迎するムーンディア王国西方の国境監視所の一角で、懐かしさすら感じる待機姿勢の飛行魔道騎の横に、ハヤヒが待っていた。
「お久しぶり、です。お元気でしたか?」
「――王城の尖塔にも会いに行ったんだけどすれ違っちゃったね。アリサちゃんやフィーナちゃんの方こそ、忙しさで体調崩したりしてない?」
「大丈夫、です。……あっ、アリサちゃんに交代しないと、ですね」
「ああ、うん、そうだね。久しぶりの装着になるけど大丈夫?」
「問題ない、です。……交代しますね」
緊張のためか赤面しつつぎこちなく返答するフィーナの様子にハヤヒが少し怪訝そうな顔を浮かべたが、アリサを前面に出すことは必要事項であるので黙って交代を見守る。
フィーナが深呼吸して目を閉じると、自分で切っているのであろう不揃いに切り揃えられた前髪や後髪がふわっ、と下から微風を得たかのように軽くさざめき、全身に薄い光が頭頂部から足元までさあっ、と走ると同時に、開かれた両目は弱いながら確かに赤い光を放っており。
「あっ、やっ、えっ、んと、お久しぶりですハヤヒさんっ! うあっと、そう、飛行魔道騎乗るんですよねっ! 急いで乗りますっ!!」
……フィーナに輪をかけて挙動不審なアリサが出現していた。
《わたしも緊張したけどアリサちゃん動揺しすぎだと思う》
――フィーナだって心臓ばっくんばっくん言わせてたじゃんっ! 責任転嫁ずるーいっ!!
《いや、なんていうか、裏側に来たら落ち着いたというか。ああ、わたし物凄くハヤヒさんに会うの緊張してたんだなあ、って理解したっていうか》
――あたしだって緊張しまくりだよぅっ!
「ええっと、たぶん脳内会議中だと思うんだけど、戦闘中はあまりやらないようにね? 状況把握が遅れて危ない、ってクルルさんやタクミさんから指示があったので」
ハヤヒの言葉に、はっ、と我に返りつつ、アリサは頬を朱に染めて飛行魔道騎の搭乗手順を無言で行う。
手早く脱いだローブをひと纏めにして魔道騎のシート下に押し込み、リラックス姿勢でシート前に構築されている神鉄製の人体神経線を模した針金細工のようなものの前に立つ。
アリサ=フィーナの発する魔力に自動反応した針金細工がしゅるしゅる、と音を立てて全身に巻き付き、同時に外装鎧部の各部が反応して足元から全身に装着されていく。
最後に、アリサが口にくわえていた身分証代わりの冒険者カードを首を動かして首前のスリットに差し込むと同時に、背の後ろ側に折れ曲がっていた頭部がきゅううぅぅぅん……、と駆動音を発しつつアリサの頭部へ180度回転し、飛行魔道騎の頭部が緑色に光ってフィーナの精神体が頭部外装へ移動完了したことが示される。
「この冒険者カード、これ以外の使い方したことないよね、そういえば」
《そういえばそうだね? 買い物にも使ったことないし、冒険者ギルドは王国内にはなかったし》
「ふふっ、こっち方面にはまだダンジョンがいくつか残ってるから、状況が落ち着いたら旅するのもいいかもね。――で、特別任務を説明するよ」
と、アリサの装着状況を確認していたハヤヒが言葉を発するのを見て、フィーナの操る飛行魔道騎の頭部センサーが全てハヤヒの方を向く。
《えっ?? えええっ?!》
「って、何、それ、どうやってんですか?!」
「ああ、そうか。内緒にしてたんだった。ごめんね。
――僕の本当の名前は照彦火明櫛玉饒速日命。
……長いからただのハヤヒでいいよ? 風神です」
――空中に瞬時に出現した全身の各パーツがハヤヒの全身を瞬く間に覆っていく様子に、アリサとフィーナ双方が驚愕の声を上げていた。
魔力ゲートではなく、神力ゲートでパーツ単体ではなく微粒子レベルにまで分解された光り輝く砂粒のようなものがハヤヒの全身をくるくると回りながら外装が装着され、更に装着されて以後も光を失わず更に強く輝く様子は神秘的ですらあり、ハヤヒが自身を風神と名乗った驚きにも納得してしまう。
「ほんとに今更なんだけど、クシナダさまのご厚意で、今更ながら光神の眷属になったんだよ。それで、若干ながら使える神力が増えて……。
だから、というか、本当に何を今更、という感じなんだけど……アリサちゃんとフィーナちゃんを僕の神器にしたい、と思ってます」
「神器、っていうと、あの、神の使徒的な?」
《ティースさまや、リュカさまが神器ですよね》
「うん、まあそんなとこだね。僕はそんなに強い神じゃないし、というか武神ではないから、あそこまで強力な加護は使えないけど。
ただ、『肉体時間固定』は使えるので、……今更も今更で今更すぎるので、この任務が終わるまでに考えてくれてたらいいな、と思ってる。
……後でまた同じこと訊くね? 知ってると思うけど、神器契約は後でも破棄出来るから。それで、任務だけど」
言いながら、ハヤヒはその背に巨大、かつメカニカルな翼を展開し始める。十二枚の純白に銀色の線形の模様が入った翼はハヤヒの本体の何倍ものサイズに展開され、その威容に、周囲からどよめきが沸き起こった。
「ええっと、指示されてる任務は、ここから直近のフレンに始まって、右回りにロウズ、ディール、トーティ、ラバト・ウェベルの五都市を周回して『神殿の炎上尖塔を切断すること』なんだ。
これはほっとくと炎神カグツチの力を助長する構造物なので急務、と指示を受けてるので、飛行魔道騎の使用が命令されてる。
――そろそろ飛行魔道騎に名前つけようか? 呼びにくいよね」
「えっと、ちなみに、ハヤヒさんのそれはなんて名前なんですか?」
「これ? これは<天磐船>だよ。あまり顕現させないんだけどね」
《……呼びにくさでは飛行魔道騎とあまり変わらないのでは……、ってああああ、外に漏れちゃったぁごめんなさいぃ》
どうやら独り言のつもりだったらしいフィーナの呟きを外部拡声器が拾ってしまい、皆に聞こえてしまったことを慌てて謝罪するが、その場に集った全員が緊張感をほぐす効果になったものか爆笑が一帯を覆った。
「はははっ、言われてみればその通りかもね? まあ、とりあえず、<ネルララフン>っていう名前を思いついたんだけども」
「どういう意味?」
《わかんない。エルフ語、かな?》
「エルフ語で『音速の翼』だな。――済まないなハヤヒ、我が娘たちをよろしく頼む」
「いえ、先に神器契約していれば早かったのでしょうに、申し訳ありません、こんな後になって気づくとは」
騒ぎを聞きつけたものか、国境監視所の指揮所から出て来たらしいシンディが、ハヤヒとアリサ=フィーナのいる集合場所まで歩み寄っていた。
改めて周囲を見渡せば、別任務となる女王親衛隊の面々は軽く手を振りながら魔道騎着用状態で遠ざかって行っており、他の兵士たちも忙しく動き回り、戦車で同行して来たギュゲスとリッティも今まさに正門を出て別の場所へ移動するところのようだ。
「……我が娘たち、母は本当に心配だよ。非合理的ながら、私が代わりに<ネルララフン>に乗りたいくらいだ。最弱の神力である知識の神の身では出来ないが」
「……はぁっ?! 師匠も神なの??」
《聞いてないですママ! っていうか全然人と変わらないのに!?》
「あー、タクミさんとかティースさんたちと比較しないで欲しい、切実に。あれはもう別格っていうか神族でも最強クラスだから。
僕やシンディさんが割りと一般的な普通レベルの神なので、そこんとこよろしく」
「……という事情だ。そばに寄っただけで神力酔いするほど莫大な神力を常時発散するのも無駄であるし合理的でないので、私達は元々神力をあまり使わないか、使っても魔力変換しているのもある。
――あれらは『常時発散している』のではなく『抑えきれないレベルで隙間から漏れ出ている』くらいの違いがあるだけだ」
《確かに、タクミさんと模擬戦したときも、神力や魔力の量も変換レベルも凄まじかったですし》
「……フィーナってそんなことしたんだ? 凄いね、タクミさんとタイマン? あたし怖くて出来ないわそんなの」
《……?? 模擬戦したのはアリサちゃんじゃない? わたし、そのときにクルルさまにディスプレイ表示要領を教わって》
「……んー?? ごめん全然記憶にない」
疑問の言葉を並べ始めたフィーナに、アリサは本気で不思議がる様子を見せる。
「どうやら猶予がないな。ハヤヒ、今一度訊くが、先に契約は出来ないのだろうか? 契約破棄の選択肢がある以上、そちらが合理的に思えるが」
「――アリサちゃんに選んで頂きたいと思います、任務中に話をしますので。移動経路からしても一日近く掛かる日程ですから、十分に話し合えるかと」
「……そうか。では任せる。そろそろ出発するといい、今なら大気の状態もいい」
「はい。……じゃ、行くよ、アリサちゃん?」
「あっ、えっ、うっ、はいぃっ!」
ハヤヒの背の巨大な十二枚の翼に薄く魔力が通され、無音のまま軽く浮かび上がると同時に、そのハヤヒが装甲越しに<ネルララフン>の手を取ったのだが。
ハヤヒに手を握られた事実に酷く動揺したアリサはガチガチに緊張しながら、なんとか飛行パックを展開し、透明な四対の大小八枚の羽根を広げつつハヤヒの隣に並ぶ。
「ついでなので気流の捕まえ方もレクチャーするから。それじゃ、移動開始」
あくまでゆっくりと手を引きつつ上昇するハヤヒと、おっかなびっくりの様子でそれに追従しようとするアリサ=フィーナの様子を、その場に残されたシンディは遠ざかる魔力の残光に目を細めながら――。
「相変わらず鈍い。……間に合わなかった場合、を考慮しないのは非合理的だ」
と、誰にともなく呟きを残した。




