14話 大戦勃発
「フィーナちゃーん! こっちもおねが~い!」
「はぁい! すぐに!!」
ディルオーネ王国とクーリ公国・ムーンディア王国連合軍との開戦の報がもたらされてから、フィーナを含む女王親衛隊は予備戦力としてムーンディア王国首都でありフィーナの生まれ故郷である月都セレスティアに正式に駐留していた。
と言っても、戦闘の主力はクーリ公国自慢の魔道戦車部隊であり、宣戦布告直後、即座に王国に対して反旗を翻したディルオーネ王国最東端の港町エイネールに通じる、目下輸送用途でフル稼働中の鉄道線路がアゼリア王国の資金援助で敷設されたものなので、これの護衛、という名目で駐留しているだけである。
魔道戦車部隊は騎馬など比較とならない最高速度時速300キロに達する上に生半可な攻撃は全て弾いてしまう強力な魔道防護壁を展開可能で、主兵装の大砲と銃棍の射程距離は最大一キロに達するという現時点までで戦闘不敗の戦力なのだが、欠点として。
『搭乗者の魔力消耗が激しく、行動可能範囲が極端に狭い』
……という運用上の問題があるため、定数10台のうち2台を予備、残る8台が四交代で前線と後方補給所を鉄道利用で往復する、という戦略を取っており。
同盟締結国で、クーリ公国東端の港町ミナトと最前線エイネールを結ぶ中間駅となっているムーンディア王国首都の月都セレスティアが目下最大の物資集積拠点となっていることもあり、養母シンディの頼みもあって個人的にも戦闘に協力することとなったフィーナたちの忙しさは目を回すような様相となっていた。
「んーと、えっと……、はいっ、重力コーティング終了ですっ!」
白銀に朱色の線が入った傷だらけの鎧を身に着けた騎士風の女性が浮かべていた<氷塊>の魔法を、やや不慣れな調子でフィーナが重力魔法による結界で封印し、手のひらサイズで長さ10センチ程度の円筒形の黒い塊に圧縮すると、少々重そうにそれを両手で抱えた女騎士は満面の笑みを浮かべてフィーナに礼を述べた。
「うわっ、速ぇ! うちの大将並みの魔力じゃね? すげえなお嬢ちゃん、さすが『俺ら――聖神軍団の妹分』の称号は伊達じゃないってか」
「あっ、いえっ、まだ慣れてないのでタクミさまほどでは……、それに、その称号で呼ばれるのはちょっと……」
補給物資でごった返す駅の片隅で、魔法による魔道弾頭の生成を手伝っていたフィーナの重力魔法の行使の様子を見ていた、戦車の整備を行っていたどうやら搭乗員らしい男性が驚きの声を上げていた。
「いやいや、謙遜しちゃだめよフィーナちゃん? 大丈夫、疲れてない? あ、あたしはヴァルキリア騎士団のマニ、そっちは聖神軍団であたしの旦那のイラーヴィルね」
マニとイラーヴィル、と名乗った初老の騎士夫婦がフィーナを気遣う間にも次々とドワーフ王国運行の列車から似たような弾頭や食料などの物資が荷降ろしされ、手際よく周囲に積み上げられ整頓されて行く。
どうやらフィーナが呼ばれた場所は戦車の回送所となっているのか、現在最前線に出ている二台以外の全ての戦車が集結し、整備を担当するずんぐりむっくりの背丈のドワーフたちが整然とそれらを並べ整備開始していた。
「戦車、と名前だけ聞いていたので車輪がついた車を想像していたんですけど。浮遊戦車なのですね?」
「ああ、そうだね。車長の俺が戦車への魔力供給に移動、操縦と銃棍の射撃担当、後ろのコイツが大砲の給弾と防護膜の展開担当でね。
――もう15年も乗ってるから、そろそろ魔道騎に譲って交代する時期だよなあ、って思ってたとこにこの戦争だもんなあ」
「ほんとに。でもまあ、引退記念で最後のお役目、って考えればこれもまた一興かな、ってね。あたしらはとうとう子種に恵まれなかったから、この子が我が子みたいなもんかなあ。
この子とも15年連れ添ったけど、そろそろお役御免だねえ。若い後輩たちに搭乗員代わって、まだまだこの子は駆け続けるんだろうけどさ」
仲睦まじくお互いに片腕を腰に巻いてぴったりと連れ添いながら、あちこちに傷をつけた歴戦の戦車を眺めるマニとイラーヴィルの様子が何だかお似合いすぎて、フィーナは我知らず微笑んだ。
浮遊魔道戦車、と呼ばれている戦車の外観はやや細めの四角錐の形で、オープントップで前後にやや高さの違う座席が並ぶ複座タイプで、前席の左右脇を二門の銃棍が貫き、前席の真下から前部を貫通するように大きな大砲の長銃身が突き出している。
大砲の給弾口が後席と前席の間に口を開けており、どうやら後席の人員が座席脇に積まれた大砲弾を給弾して前席が発射する形式らしかった。
「危なくないんですか、体が晒される状態で?」
「ん? ああ、今は整備中だからね? 戦場では前方から後方まで防護膜展開して覆って走るんだよ。
何しろ速度がケタ違いに速いからね、それやらないと土埃巻き上げちゃってすぐに前が見えなくなっちゃってねー」
しげしげと初めて見る戦車を観察していたフィーナの質問に、イラーヴィルが応じる。その後をマニが継いだ。
「むかしは極限に薄くした半透過のミスリル装甲を使ってたんだけどね、薄いって言っても鋼材だから重くてね。今はあたしが防護膜張ってるからこの子からは降ろしてあるんだよ。
斜めに張る防護膜はまっすぐ立てるよりも効率的に何でも弾けるからね、覚えとくといいよ?」
「あっ、ティースさまのお書きになられた本に書いてありました! 避弾経始ですよね?」
「……そんな名前だったっけ?」
「そんな名前ですよ、あなた? 戦車の外形が四角錐形状になったのもそれが理由でしたでしょう?」
「そんな気もするけどなあ。うちの大将、基本的に何でも気合でどうにかしちまうタイプだからどうも、俺らはそういう細かい理論が苦手でなあ? よくもまあ細かく覚えてるもんだな、お前?」
「あたしたちの尊敬する軍団長のティースさまのお書きになられた教本ですもの? あたしたちは教本が破れるほど読み込んでいるのですよ、あなた」
突如始まった長年連れ添った夫婦のイチャイチャっぷりに、少々未成年には刺激が強かったのか、赤面してしまうフィーナ。
そこに他の戦車搭乗員も集い始めて、フィーナの魔法がどれだけ素晴らしいかをイラーヴィルとマニたちに吹聴されてしまい、フィーナとしては覚えたてでまだ満足に使いこなせない秘術<重力渦>を実演し、他の聖神軍団の元祖の同じ術の使用法に関する講義が始まってしまったとあっては、既にその場を退出する機会を失ってしまい、初老から老境に差し掛かった歴戦の戦士たちの話の肴となってその日を終えたのだった。
――――☆
「エイネール方面では早速、ディルオーネ王国の都ロウズの東20キロまで西進したそうだ。
戦車の威力を見たことがない新兵が多かったそうだが、ここ、フレン方面はそうも行くまい。
――あちらは第二次神族大戦に参加した古参兵たちもまだ多い。当然戦車の弱点である行動範囲の狭さを突いて来るだろう」
セレスティアの西、フレン湖の南岸に構築された国境警備所の見張り尖塔内にある作戦指揮所にて、シンディは呟くように告げた。
「……まあ、そうだろうな。実際、国境挟んで街道でムーンディア王国の国境警備隊とあっちの騎士団が差し向かい合ってんだし」
「しかしまあ、あちらさんも、弱兵で知られるムーンディア王国守護騎士団じゃなく、ここに最新兵器の魔道騎が来てるなんて思わないんじゃないかい?」
作戦卓上に広げられた高精細な地図を食い入るように見ながら、フェルとニアが答える。
地図に魅入られているのは、この地図がクーリ公国から届けられた衛星写真なのだが、写真と衛星どちらの知識も持たないニアとフェルからすると一体どんな手段で描かれた地図なのか見当がつかないオーバースペックの代物だからである。
「そうだな、兵器の質では勝っているが、数で劣るのが小国の痛いところだ。
それに、魔道騎に乗るのは少年少女の初陣兵であるし、虎の子の飛行魔道騎のパイロットである我が子フィーナはセレスティアで補給魔道士として従軍中でこちらには来ていない。
いささか戦力不足の感は否めないな」
他人事のように言ったシンディに、ニアがじろり、と音の出そうな冷ややかな目線を向ける。
「冷酷、冷徹で鳴らした暗殺魔道士、アゼリア王国魔道諜報団長シンディ・クレティシュバンツが日和ったとはね。我が子を最前線に出したくなくて後方に下げたでしょ?」
「憶測に過ぎない。元々永世中立国のアゼリア王国が積極的にこの『侵略戦争』に手を貸すわけには行かない。大義名分はあろうとも、『現時点では、まだ』これは人界の戦争だ」
「……だが、飛行魔道騎とその整備士ハヤヒは既にここに到着している。アリサ=フィーナだけが後方に残っている理由を弾薬補充と聞いたが、弾薬は後方からの輸送でディルオーネ王国全土を三回焼けるほどの量がセレスティアに到着していると」
二人の鋭い視線に、ふう、と息を吐いたシンディは軽く両手を降参するように挙げて。
「――認めよう、確かに我が子フィーナのみ後方に下げている。
しかし、理解して欲しいのは、あの子は年齢に比例せず精神性は未だ幼く未成熟で傷つきやすい。
あれだけの魔力を持つ器が、一度の戦場体験で使い物にならなくなる可能性が大きい不安材料であることも考慮せねばならない」
「そりゃフィーナちゃんに限らず、ここに来てる女王親衛隊とやらの子どもたちも一緒でしょうに?
つーか、あの親衛隊の子どもたちの目を見たかい?
どんな訓練受けたんだか、目が荒んでたよ、まるで歴戦の戦士みたいな目だったし。ありゃ死ぬ目を経験してるね」
「……13歳から14歳の少年少女とは思えないほど洗練された動きをしていたな。あの練度で前線に出れば相当の戦果を挙げるだろう」
「――認めよう、我が子は敢えてその訓練を受けさせていない。フィーナの精神力では耐えられない。昔から、少しでも苦痛を感じると赤目のアリサに交代していた子であるし。
……アリサの方も、存在を滅してまでフィーナを補助する相互依存状態になっている。そちらを解決することが先決」
「冷たいことを言うなら、アタシらの目的にアリサちゃんは要らない子なんだけどね。
元々、魔道騎を動かす魔力はフィーナちゃんが供給するものだし、フィーナちゃんさえ慣れちまえばアリサちゃんに交代しなくても単体起動出来るんだろ、アレ?」
ニアの指摘に、シンディは答えない。代わりに、フェルが更にニアの後を続けた。
「……アリサの性根は得難く可愛らしいものではあるが、『我が国』の得るはずの国益と引き換えにするほどの重要性はない。
俺たちは故国ファーラン王国を代表して来ている全権代理特使でもある、そこのところを忘れて貰うと困る」
「――そのために、盗賊ギルドがディルオーネ王国に既に入っている。
明晩、ディルオーネ王国兵士たちがクーリ公国から盗み出した兵装技術である<銃棍>を大量使用し、盗賊ギルドの手引きにより、ムーンディア王国とクラウティア王国、ファーラン王国の国境が最も接近している中間点を超えてこの国境警備塔を分断し補給路を遮断する」
「……と同時に、フレンから南進したディルオーネ王国の正規軍がムーンディア王国に侵攻を開始する」
「で、その国境線侵攻とムーンディア王国の領土分断を協定違反として、アタシらファーラン王国とクラウティア共和国の二国が西部諸王国連合を脱退して、ディルオーネ王国に反抗する大義名分になる、って筋書きだったけどさあ」
淡々と計画を話すシンディに、鋭い視線で睨めつけるニア。
「捨て駒になって殉死する予定だった国境守備隊を助けるために、ミリアム姉さんに話を漏らしたでしょ?」
「……姉さんは本来はここに居なかった人員だ。計画のことを考えて身分を隠している点は評価出来るが、あれだけの特徴があって有名過ぎる六王神騎が戦場に出た時点でさまざまな協定が崩れる。我らの大義名分も霞む。――大誤算すぎる」
「なに、心配は要らない。究極的には、『神に逆らえるヒト族』など存在しない。『神の視点』でも、ディルオーネ王国は滅ぼす必要性が高い。いずれ解る」
「同盟国として、情報提供をして欲しいんだけど?」
「まだ同盟国ではない。貴国の戦争参戦時点で情報提供しよう。その頃にはディルオーネ王国の隠し持つ秘密がそちらにも伝わっていることだろうから、その必要性はなさそうだが。盗賊ギルド経由で諜報も送り込んでいるだろう?」
「……エイネール戦の勃発で民間人の移動が停止され国境封鎖が始まったため、ロウズから北の連絡員と連絡不能になっている」
「バカフェル! そりゃ言わなくていいんだっつの!!」
「相変わらず正直な性格で何よりだ、駆け引きには全く向かない性格であると未来の同盟国の特使殿に忠告しておこう。
――そうだな、予定外の人員として六王神騎の五、『双剣騎』ミリアムが来ていることはご存知であるようだから、未来の同盟国になる方々に、信頼の証として、もうひとつ情報提供しておこう」
ひとつ言葉を切って、乾いた喉をすっかり冷めきってしまった紅茶を一口啜ることで潤したシンディは、とんとん、と軽く衛星写真地図のエイネールの上を指で叩き、言った。
「――エイネールに六王神騎最強の神騎、『黒神騎』と『白神騎』が来ている」
……と。




