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幕間15 忘却

「朝から、精が出るね」


「あっ、おはようございまーす」


 久し振りに戻った王城で、女子寮のある東尖塔のテラスにて毎朝日課の蟷螂拳套路を練習していたアリサが、まだ夜闇の残る暗がりからそっと現れたタクミに挨拶を返した。


 裏側のフィーナは起きてから暫くは使い物にならないレベルで寝ぼけているので「起きてはいるがマトモな受け答えは不能」状態が数時間続くため、起床してからの数時間はアリサが単独になる唯一の時間帯である。


「フィーナちゃんに弾勁を伝えておいたんだけど、教わったかな?」


「はいっ! 目鱗だったです、道場の先生からは『最初はとにかく遠く、強くを意識して打つ』って教わってて、その先へ進めないままこっちの世界に来ちゃったので」


「いや、ほんとに最初はそれでいいんだよ。最初からそういうのを意識して練習すると地力がつかないからね」


「なるほどー、奥が深いですねー。――元の世界のあたしも、やっぱり同じ時期に上達したんでしょうか。タクミさん、元の世界で成長したあたしを知ってる風に言ってましたよね?」


「……ああ、一応確認のために見てきたけど。帰りたくなった?」


「あっ、いえっ、単なる興味で! フィーナのお姉さんやってるアリサちゃんはここで終焉する覚悟でっす!」


 大仰に元気よく、びしぃっ! と片手を挙げて宣誓するポーズを取ったアリサに、タクミは吹き出してしまった。


「ハハッ、ほんとに元気のいい子だね。

 そうだね、元の世界の君、というか君が15歳時点の橘亜里沙の分身なんだけども、亜里沙さんは17歳のときに最終的に結婚することになる男性と知り合って、拳法を辞めてしまったんだよ。

 ――だから、上達はしていないね。代わりに、料理や裁縫とかが上達したみたいだよ」


「えっ?! ――がーん、あたしそういうの全然ダメだぁー……」


 額に青縦線を刻んで絶望を表現したアリサに、更に笑いながらタクミは言葉を続けた。


「今からでも覚えられるかもしれないよ? 元の世界の同じ存在が習得出来たんだし?」


「……ええっと、何というか、実は新しい物事って覚えるの凄い苦手で。最近なんかそういうの顕著で、『新しいことをひとつ覚えるたびに、何かひとつ忘れていく』ような気がしててですね」


 照れながら後頭部をぽりぽりと掻くアリサに、タクミは微笑みを浮かべつつ、その150センチ程度と低い位置にある頭を軽く撫でた。


「ふぇ?」


「……そうだね。いろいろと覚えるのに苦労はあるけど、本来は覚えることは楽しいものだから、そういう気持ちを忘れないで欲しいかな。

 ――ああそうだ、こっちに居るのは俺の奥さんの一人でリュカって言うんだけど、知ってるかな?」


「あっ、奥さんでしたか! 初めまして(・・・・・)、リュカさん、アリサです! リュカさんも何か武術やってるんですか? すっごい鍛えてますよね??」


「――ああ。一応、足技メインの武技をやってる。昨日の昼に、奉納舞で演武したんだけどな」


 タクミの横にいつの間にか並んでいた金髪のリュカが、少々面食らったように歯切れの悪い返事を返した。


 その様子に小首を傾げつつ、アリサはにこにこと笑顔を絶やさないまま、朝食前に汗を流すための入浴と着替えを行うことを二人に告げ、その場を辞する。


 その後ろ姿を見つめながら、リュカが呟く。


「……ほんっとに覚えてないんだな、アレ。オマエに模擬戦で吹き飛ばされたあの子をオレがフォローしたことも忘れてんじゃねえのか?」


「模擬戦自体の記憶がないかもね。もしかしたら、昨日の昼に貴賓席から見た奉納舞や演武自体、記憶出来てない可能性も出て来た」


「ヤバイんじゃねえのか?」


「そりゃヤバイさ。重要性のない人物の記憶を丸ごと無意識的に選択消去してる状況なんだもん」


 夜明けの朝日を浴びる二人の横顔がオレンジ色に染まる。そんな二人を見つけた女子寮在住の女性たちが黄色い声や声援を送ってくる様子に軽く手を振ったりして答えつつ、タクミとリュカは女性たちに背を向けて密談を続けた。


 ――どこかの整備士くんと対応が全く違うのは、タクミがこの王城の主であるククリ女王と王国宰相ティースの縁故者であり、割りと頻繁に女子寮最上階の女王と宰相の居室に出入りしているほか、そもそも、あわよくば五人目の妻の座を狙う女性が多いからである。


「クルルの予想だと、ああいう症状が出てくるのはもっと後だったはずなんだけど。何かファクターが狂ったなこりゃ。……あー、もう、いろいろ絡みすぎなんだよ、泣けて来るわ」


「オマエのその悩みは<源力>のないオレにゃわからねーけどよ、オレにも話せない秘密なのか?」


「……今話してんじゃん? 秘密でも何でもないんだけど、この時間軸ではリュカにとっては俺は一人で、この会話も初めてだよね。

 でも、俺とクルルにとっては、ここでアリサちゃんやリュカに会うのはもう40数回目だったりして。<源力>を持つ、ってのはそういうこと」


「……満足行く結果になるまで、時間を遡って繰り返してる、ってことか?」


 否定も肯定もせず、軽く笑ったタクミはテラスの端にあるベンチに腰掛け、隣に付いてきたリュカの腰を抱いて自らの太ももの上に座らせた。――なんか周囲から悲鳴のような歓声が上がったけど気にしない。


「単に繰り返すだけならすぐなんだけど。毎回あの手この手で因果律を組み替えて、出会う人間や話す内容や作るもの、動かす手順、あれこれ変更して繰り返してる。

 ――なかなか、『全員が幸せになる未来』って場所に到達出来なくてねー。

 力任せに無理やり動かす手もあるけど、それをやると戦争が長引いて死ぬ人間が増えるんよ」


「この体勢になる必要性がどこにあったんだよ、バカ。注目浴びまくりだっつの」


「たまには俺だって奥さんに甘えたい時間はあるんだよー。リュカちゃん愛してるよー」


「オレだって愛してっから、場所を弁えろっつの!」


 その叫びで余計周囲から全力で歓声を送られる結果になってるのだが、リュカの方は突然人目も憚らず夫婦のスキンシップを求め始めた旦那に抵抗するのに精一杯でそれどころではない。


「だいたい、なんでオレにばっかこの手の手段でやるんだよ!」


「ティースやクルルにこれやるとどこでも本気で答えてくれるんだもん。リュカの反応がいちばん楽しい」


「バカだろオマエェ! くっそ、嫁の反応で遊んでんじゃねェ!!」


 なんとか片腕だけ自由になったリュカが、大規模な神力を込めて背後に居るタクミの後頭部に向けてショートレンジからの肘打ちを放つが、それは第三者によって止められてしまい。


「あらあら、何か騒がしいと思ったら、飛び出してったっきり帰って来ない旦那様と妹分の子が、朝から仲のよろしいこと?」


「ほんっとに仲がいいですねえっ。でもっ、正妻を差し置いて順番飛ばしてそういうのはルール違反ですよっ?」


 相変わらずの浮遊椅子によって移動している第二夫人のティースと、正妻クルルの姿がそこに。


「オレが一方的に捕まってんだっつの、状況見ろよ!」


「あんまり大声出すとレアちゃんが目覚めちゃいますよっ? 会わせたくなかったんじゃなかったですっけ?」


 クルルに指摘されて、慌てて口をつぐむリュカ。養女で愛娘のレアは昨日の奉納祭でリュカと共に、世界唯一の現役銃把棍の使い手として毎年恒例の演武を披露し、そのまま女子寮に宿泊しており。


 いつでも神力ゲートで移動可能とはいえ、本来のリュカとレアの住居はクーリ公国の領主館であり、昨晩は異母姉妹であり普段は別れて暮らしているククリとレアが離れたがらなかったことで、同じ寝室で宿泊させたのだった。


 なお、レアはどういうわけか位置づけは父となるタクミを異様に慕っており、本気で第五夫人の座を狙っているようで、第三夫人のリュカはなるべくタクミと直接会わせないようにいろいろと裏で手を回している。


「会わせないから余計、幻想が暴走してるんじゃないでしょうか?」


「会わせて暴走が止まらなくなるよりマシだろ? コイツ、今でも本気で無自覚タラシなんだからよ」


「アリサちゃんもこっちに転んでもおかしくなかったからねっ。ハヤヒくんと会うタイミングが違ってたら困ったことになってたしっ」


「……あー、君たち。俺もさすがにそれなりに自覚はあるので、その手の話はその辺で。それよか、アリサちゃんの話に戻したいんだけど」


「「「……ここでこれ以上は無理じゃないか」のでは」でしょうっ」


 珍しく嫁三人に否定されて、漸く周囲の状況にタクミは気づき、顔を見回すと。


 そこら中のありとあらゆる窓から身を乗り出した女性陣が、タクミと三人の妻たちに熱い目線を注いでいる状況があった。


「……あるぇ?」


「あれ、じゃねーよ、クーリ公国大公さまと、四人目はまだ母親の居室で寝てるっつっても奥方集勢揃いで騒がれないわけねーだろ。オマエ、自分の立場解ってっか?」


「あれれ? いや、ほんとはこの時間くらいまではまだ騒がれずにみんな寝静まってるはずでさー? なんかみんなが早起きする要素があったのかなあ。クルル解る?」


「んとね、昨日ハヤヒくんがうっかり不法侵入しちゃったんで、女子寮内の24時間巡回警備が設定されたみたいだよっ」


 予想外の回答に虚を突かれた顔になったタクミが、「ハ~ヤ~ヒ~くーん、やってくれるぜ……」などと呟きながらすぐに苦笑を浮かべる。


「若い男女の恋路と聞いては黙っていられませんわね? 早速クシナダさんと策を練っているところですわよ」


「……それ、前回はムギリさんとミリアムちゃんのときに引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、五年も掛かったんだよな結婚に漕ぎ着けるまで?」


「一応、あれはあれで割りと短期のルートでしたよっ? 二人っきりで放置すると最長200年くらい掛かってたルートが」


「……なんぼお互い不死っつっても気ィ長すぎだろ……」


 なんだか明後日の方向に話題が進みつつ、とりあえずも注目を浴びすぎた神々四柱は、女子寮の女性陣に諦めたように手を振りつつ次々に瞬間移動で姿を消した。



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