幕間14 生存
「ふむ……、まあ、歳相応ならこんなところかの?」
と、和装の片袖をはだけて、右腕のみを露出し、純白のサラシを巻いた胸の片方を表に見せているクラオカミが、肩に抜き身の薄く白光を放つ白刀を肩に担いだままで独り言のように呟いた。
「じゃ、じゃあ、訓練終了ぅ、ということですかぁ?」
「うーむ。難しいところじゃのう?
お主ら、前衛としては全く技量に劣り、武装もバラバラで連携行動に不向き、そもそも指揮官役のルーディスが最前衛でありながら視界が狭い、と。
儂が前線指揮官なら戦場に出す以前の問題なのじゃが」
シェラが、地面に突っ伏した姿勢から片腕で顔を喜びに染めたものの、その返事を聞いて再びがっくりと地面に伏せ、顔を絶望に染める。
「まあ、しかし、同年代の騎士とは比較にならんほど実戦経験は積んだであろうし、良質の経験を積んだ故に、間違っても全滅するような事態にはなるまいよ。
良縁があって良かったのう? カムスサさまと娘さまたちと対戦するなど、儂ですら行ったことがない。
十分すぎるほどの戦闘経験であろう」
……そのクラオカミの言葉を思い出したのか、地獄の高密度戦闘訓練を受けている最中であった女王親衛隊の面々がわなわなと震え始める。
カムスサこと、神須佐能袁命、つまり暴虐神スサノオと相対して生き残った人間である、というだけで既に大陸に名を残すほどの偉業なのだが、その点には誰も触れないのが何とも。
ちなみにスサノオさんの認識では「兄弟神の暗黒神タクミの部下の子息だから多少揉んでやるか」程度で、全力の数兆分の一程度しか使っていない。
これが暗黒神タクミその人だと「手加減が苦手で殆ど出来ない」ので、うっかりやらかしちゃう場合がほんとに有り得たり。
ある意味、信仰する神と相対するより安全だったのである。
なお、女王親衛隊の面々は親である聖神軍団やヴァルキリア騎士団と同じく暗黒神タクミを信仰しているので、全員ミドルネームにタクミの名の一部が入っている。
「訓練期間の二週間の期日がそろそろ終わるでの? 今日が最終訓練日だったのじゃ。よくぞ生き残ったのう、伊達にあの親たちの子息女ではないということか」
「……それは、殺意があった、という風に受け取ったらいいんでしょうかね?」
恐らく全員が胸中に抱いた疑問を代表し隊長のルーディスが尋ねたが。
「儂に殺意なぞあるわけがなかろう、儂は人のために身を粉にして働く珍しき水神ぞ?
……ただ、まあ、戦闘に関して手抜きするのは信条に反する故、『生き残れるかのう』という疑問は常にあった、とだけ教えておこう」
「――普通の人間ならとっくに死んでるのよ……」
「水魔法治癒術の達人でぇ、腕が飛んでも足がなくなっても一瞬で治癒されてしまうんですものぉ……」
「おかげで多少の傷なら痛くも痒くもないレベルで外傷に慣れちまったよな……」
隊員のルーナ、シェラ、サラディンが虚ろな目でぶつぶつと呟く。わずか13~14歳の身の上で、随分と荒んだ目をするようになっていた。まるで、歴戦の戦士の目つきである。
なお、彼らの父母はそういうつもりでクラオカミに訓練を依頼したのではなく「そのうち初陣を経験する子たちだから、初めての戦場でパニックを起こさない程度に軽く戦闘経験を積ませて欲しい」程度の意味合いだったのだが。
――頼んだ相手が悪かった、の一言に尽きる。
この水神クラオカミ、現在世界最強の戦士と名高いアルトリウス王国初代国王と数百回戦って一度も負けたことがない上に、世界最大の神力を持つ暗黒神タクミ相手に213勝した経験があるのである。
魔法剣士、つまり侍としての戦闘経験は世界最多と言っても過言ではないのだった。
本人的にはほんとに「軽く稽古を付けただけ」の認識だが、初陣前の少年少女騎士たちには今後の生涯で経験する全戦闘を予想しても、これほど経験豊富な強者と戦闘する機会は恐らく訪れまい。
……というか、ふつー、なんぼ国民を護る使命を持つ騎士っつっても、人間の身で下級とはいえ神そのものとガチでタイマンする機会なんかそうそうあるもんじゃなかろう。
あと、戦ってる相手に手足吹き飛ばされた状態で、そっこー治癒されて「手足がにょきにょきと生えてきて」、そのまんま戦闘続行、とかある種トラウマモノの経験である。戦闘の無限地獄的な。
なお、過去にクラオカミに戦闘訓練を受けた人間も神も、口を揃えて「もう二度と受けたくない」と身を震わせながら語ることが通例となっている。
――当然、女王親衛隊もその一員となるであろうことは想像に難くない。
「うーん、おばーちゃんともこれでお別れなのかあ。ククリはちょっと寂しいのだ。サクヤもレアも先に帰ってしまったし」
「ほっほっほ。サクヤ姫もレア姫も、王女としての務めがあるからのう?
本当はククリもお勤めがあるのを、母親のティースが免除しておるのじゃぞ?
であるから、帰ったら母にたんと甘えるのじゃぞ」
大きな赤い眼帯で両目を隠しているにも関わらず――、いや、逆に言えば誰もが逆らえぬ魅了眼を隠してしまったからか、黄金比を保つ端正な全身から常人では抗い難い色気を発するようになったククリが、残念そうに俯きつつ祖母と慕うクラオカミに告げ、軽く笑ったクラオカミがぽんぽんとククリの頭を撫でつつ返答を返す。
「サクヤはともかく、レアはどうなのかなあ? とーちゃんにアタックするんだ、とか言って目をきらきらさせておったのだ」
「ほう、タクミどのに挑戦か。まだレア姫には荷が重かろうが、強者に挑戦する気概は立派なものじゃのう」
「?? そうか、あれは立派なのか。ではククリもとーちゃんにアタックしてみるのだ! ククリは作業着のとーちゃんがいちばん大好きなのだ!!」
「ほうほう、敢えていつもの姿ではなく作業中を狙うのか、ククリはなかなか戦略眼も持ち合わせておるのう?」
「? ククリが持つのは魅了眼なのだ?」
――全く会話が噛み合っていない様子にどう突っ込んだものか考えつつ、地面から立ち上がろうとしている親衛隊の面々がものすごく難しい顔をしてたりして。
タクミの妻の一人であるリュカの養女であるレア姫と、タクミの愛娘で実子のククリが、「レアが考えるところのアタック方法」で成就する可能性はないはずなのだが。
『神族きっての女狂い』などという異称を持ち、実際に四人の妻が全員神、という暗黒神タクミだったら娘たちに手を出しちゃうことも有り得てしまうのではないか、とか考えちゃった辺りで、全員神罰が怖くなってぶるぶると頭を振ってその考えを脳内から追い出したのだった。
「そ、そういえば、明後日から王都で花見奉納祭なのよ? だから、ククリ女王も親衛隊も王都に戻らないとなのよ」
「列席に間に合うように魔道騎も修理されたらしいね? 親父たちも全員集結するからね」
「親父たち……、まーた幼女狂いでお袋たちに張り倒されんだぜ、毎年凝りねえよなあ、全く」
「ああっ、憧れのタギツお姉さまの舞が今年も特等席で見れるぅ!!」
ルーナ、ルーディス、サラディンが、突如テンションを上げたシェラを冷ややかな目で見つめる。
――三童女親衛隊会員番号No.14万とんで57番、シェラザード・タク・アトール、13歳。百合属性にして幼女好きの豪の者。
「そういえば、魔道騎は次の実戦で使用する、という話を聞いたのう。良かったのう? ここで訓練を積んで、今や大陸随一の魔道騎搭乗者であろうて、お主ら」
「――良かったんですかねえ? 本来なら、ああいう武装は使わないに越したことはないと思うんですねえ」
「俺もルーディスに同感。だいたい、親父とお袋たちの戦車部隊だけでもう、そんじょそこらの騎士団なんか相手にならねえだろうし」
クラオカミの話に、ルーディスとサラディンが応じる。暴走しがちな女性陣の制御を担当する魔道騎搭乗者であるためか、割りと慎重派の男子なのだった。
「ほっほっ、所属の問題もあろうよ?
あの戦車は厳密にはクーリ公国の戦力、しかし魔道騎の所属はアゼリア王国で、対外的には均衡戦力としたいじゃろうから、今後も儂のところへ魔道騎の戦闘訓練要請が来るのじゃろうなあ。
逆に言えば、儂が我が孫娘ティースの手助けを出来るのはそこら辺が限界、ということじゃ」
「理由が分からないのよ?」
「どういうことでしょぉ?」
怪訝そうな顔を浮かべたルーナとシェラをクラオカミが両腕で抱き寄せたため、二人の頭がサラシで巻かれたそこそこの大きさを持つ胸の脂肪にやや埋まる形となる。
「あっ、いいなアレ」とかサラディンがもごもごと呟くのは聞こえなかったようで、クラオカミはそのまま言葉を続けた。
「神族協定というものがあってじゃな。
……神々が人間相手に力を振るうのは反則すぎる、という理由で、神が人に直接手を貸すのは戦闘に関与しない間接的な対処に限られておる。
例外が先の、タクミどのがアマテラスを打ち倒した第二次神族大戦で、相手にも神が居る場合のみ、ということでな」
クラオカミの言葉に、人間である四人はうーん? と難しい表情を浮かべる。実際に女神である女王ククリに仕える四人としては、判断基準がどうにも理解し難いのだったが。
ククリが全力を発揮すると冗談ではなく大陸全土が海に沈むような事態が勃発しかねないので、人間である彼らと接するときはククリ自身が力をセーブして遊んでいるのであるが、その全力を見たことがない四人としては神の力をそれほど実感出来ていないのが実情だった。
「ほっほっほ。実感出来ぬか。アゼリア王国は永世中立国で、まさしく神が治める国家じゃからのう、自治領クーリ公国も同じく神国じゃし。
まあ今は良い、いずれ嫌でも解るであろうからな」
「次の戦争で、でしょうかね?」
「伊達に隊長職ではないか、ルーディス。気づいておったか?」
「そりゃ、一応国家の象徴、女王ククリヒメの側近ですからね。戦力移動や糧食輸送とかを考えると、ここ、エイネールが最前線になるんじゃないんですかね?」
「ルーディスはずるいのよ、そういうことは全然ルーナたちに教えてくれないのよ?」
「教えてどうするんだっつの、一応軍事機密なんだからな、ルーディスの立場からすりゃ当然だろうが」
「それはそれでいいんですけどぉ。――里帰り中のアリサちゃんたち、戻って来れるのかしらぁ?」
あっ。そういえば、という感じで、全員顔を見合わせた。
ムーンディア王国にもアゼリア王国の諜報支部があるので連絡不備はないだろうが、アリサ=フィーナが里帰りでエイネールを離れてから一度も連絡がなく、というか親衛隊全員が戦闘訓練のため相互連絡する時間が全く取れなかったため、アリサたちの現状は不明となっていたのだった。
――結局のところ、王都花見奉納祭でアリサ=フィーナと再会した全員が『五体満足で生存していること』を喜ばれて、それはそれで確かな事実なんだけど、なんだか複雑な思いを噛み締めたという。
アリサ曰く、「フィーナの解析的には戦闘力が違いすぎて生存可能とは思えなかった」ということで。
アリサにバラされたフィーナはそれを恥じたのと、皆に失礼な予想を抱いていたことで反省し暫く表に出てこなかった、というオチがついた。




