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幕間13 鈍感

「きゃああぁぁぁっ、そっちに逃げたわよ!」


「こっちじゃないわ、あっちよ! ほら、足跡がっ!」


 ……などという女性たちの叫び声を聞きながら、ハヤヒは深々とため息をついていた。


 ――なぜ、こんなことに。


 そんな思いばかりが胸中を巡る。自身は単に、何故か理由不明ながら王国工房を去ってしまったアリサに理由を問おう思っただけで。


 そして直せる部分ならば直そう、そして謝罪しようと考え、現在アリサ=フィーナが居住する場所である、女王親衛隊の面々が住む王城東尖塔に訪れただけ、のつもりだったのだが。


 ……中庭の工房に研究室兼専用住居を持つハヤヒは知らなかったのだが、実はこの尖塔、東と西ではっきりと居住区分が男女別に別れており。東尖塔は女王以下、女性専用居住区であり男子禁制なのである。


 元々騎士以上の貴族階級しか出入り出来ない王城内の区分であり、用向きがあれば各区画門番が対応するために「普段であれば」ハヤヒの侵入も門番に差し止められたのであろうが。


 間が悪いというか何というか、本日は毎年恒例の王城お花見ライブステージの初日であり、王城内でもメインイベントである三童女の奉納舞を視聴するために職務を放り出して、王城外郭上の特等席へ殺到する人員が続出。


 結果、ほぼ無人の門番区画をそうと知らずに女人専用、男子禁制区画へ侵入成功してしまったハヤヒが、「絶対秘密! 女の花園の実態!!」を目撃しまくった後に、半裸でうろうろしていた居住者の一人に見咎められてしまい。


 瞬く間に全居住者に男子侵入の情報が知れ渡ると同時に、「見てはならない女の舞台裏」を知ってしまった男子抹殺の使命感に燃えた女性陣たちに区画内を追い掛け回される現状と相成っているのだった。


 ……その、当の本人は女性と接した経験が非常に薄いもので、ほぼ下着姿の半裸で往来をうろうろしてる女性たちがいたり、そこら中に勝負下着が放置されてたり、屋外でトップレスで豪快に大の字で寝てる女性が居ても「そういうものなんだ?」程度の思いしかないのだが。


 もはや、そのような申し開きが既に許されないような雰囲気は確実に形成され、また、時間経過と共に事がどんどん大きくなっているような実感もあり。


「どうして、こうなったし……」


 我知らず呟いた問いに答える人間は不在であった。というか。


「居たわよ! ここよ、ここに男が!!」


 物陰に潜んでいたハヤヒの呟きは自身が思うよりも大きく響き渡ってしまっており、呟きを耳聡く聞きつけた完全重武装の女性騎士の叫びで、女性一個連隊が重量感のある地響きを響かせながら殺到し始める。


 しかしながら、狭い物陰であったため、そこに至る通路を並んで通過しようとした女性騎士たちは、ぷぎゅるっ、という感じで重装備と長柄銃槍のままで挟まってしまい。


 そこに機を見出したハヤヒは、謝罪の言葉を叫びつつ地に片手をついて変形のクラウチングスタートのような姿勢から、一気に風魔法で自身の全身を加速して一足飛びに女性騎士の頭上を飛び越えると、その向こう側に箒やらフライパンやらで武装していた一般文官の半裸女性たちの中に着地、高速を維持したまま圧倒的な体術を駆使しつつその集団内を中央突破し、更なる逃走を図った。


「あんっ、変なとこ触られたあ?!」


「胸よ、胸を触ったわ!?」


「お尻になにかが触れたわっ!」


 ……とかなんとか移動経路上で叫び声が上がりまくるのは致し方ない。元々神力がそれほど多くない下位神格の風神、饒速日ニギハヤヒであるので、上空を軽々と高速で突っ切る、などという真似は出来ないのだった。


 そもそも、この東尖塔は世界最大の神力を保持するククリ姫の居住塔であるため、母ティースなど王城在住の神族関係者らが執行した強力無比な神力封印結界が張られており、ハヤヒが神力を多少なりと魔力変換し風魔法を使用出来るのは、単に保持神力が少なすぎて結界の隙間を通過してしまうからで、ある程度以上大きな神力は使用不能な状況なのだった。


「このままじゃジリ貧だなあ……、困ったなあ」


『――そのまま十三階まで飛翔出来ますか?』


 指向性の風魔法による範囲音声が、後続する女性軍を引き離しつつあったハヤヒの耳朶を打ち、周囲を見回して、中央尖塔の十三階窓にひとつだけ鎧戸が開いている窓を発見。


 迷わずそちらへ向けて細く強く絞った一瞬の跳躍の風魔法により高くジャンプすると、周囲の気流や放物線落下の物理法則を上手く使って飛び込んだ。


「……あらあら、ハヤヒくんじゃありませんか? 珍しいこと、男子禁制の女子尖塔に侵入するとは、お目当てはアリサちゃんかしらフィーナちゃんかしら?」


「――クシナダさまでしたか。お久しぶりです。……男子禁制だったんですか?!」


「今年も、門番が居なかったのですね? 毎年のことながら、うちの娘たちもファンが多くなって大変なこと」


 口ぶりからは全く大変だとは考えて居なさそうに嬉しげに微笑んで、どうやら調理の途中だったものかシミひとつない純白のエプロンを外しつつ、クシナダは身振りでハヤヒに着席を勧めた。


 テーブルの上には四人分の空のカップと皿が並べられており、どうやら現在王都正門表通りで奉納舞を踊っている最中のクシナダの三人娘、タキリ、サヨリ、タギツの昼食を用意しつつあるところだったようだ。


「済みません、家族団欒の時間になるはずだったのですね。無用な騒動を起こしてしまいました」


「いえいえ、本来であれば正当な用件ではきちんと門番の案内付きで通過出来ますから、門番の責ですし、大元はと言えばうちの娘達が引き起こしている大騒動ですから、親の私にも責任の一端が。

 ――そうですね、そろそろ遠隔視聴可能な魔道鏡製品の一般販売を行ってもいい頃合いかしら?」


「『また』地球からの技術移入ですか。そろそろ、やり過ぎなのでは?」


「一応、この時間軸では細心の注意を払って移入しているのですけどね?

 ……あちらはあなたも知っての通りの結末――最終核戦争による自滅を一度やらかしてしまいましたから。

 時間を巻き戻して念入りになかったことにしてしまいましたけども」


 ハヤヒに向かって一瞥を向けたクシナダは、意味深に微笑みを深くしつつ、ハヤヒの前に置かれたティーカップにティーポットの中で適温を維持していたらしい紅茶を注ぎ入れた。


「白砂糖もミルクも陶磁器も紅茶の元となる茶葉も、基本的にはあちら――地球から移入したものですから、今更というものですよ。

 いずれは、戦闘機なども作られることでしょうね」


「それだけは絶対に許しません! 空は、武器を許さない平和であるべきなのです」


 だんっ! とハヤヒが拳をテーブルに叩きつけたため、整然と並べられていた食器類が歪んでしまったテーブルクロスに引きずられ、やや配置を乱す。


 それを着座せずテーブルの横に立ったままのクシナダは軽く配置を戻しつつ、言葉を続ける。


「武装のない航空機に夢を持つのはハヤヒくんの願望でしょうけど、技術は軍事によって最大限に進歩するものですし?

 北東の神聖帝国が使役する戦闘飛竜たちの脅威に対抗するために、現在のヒト族に切迫して求められている技術はそれでしょう」


「それは、解っているのです。ですから、飛行魔道騎の開発にも手を貸していますし」


「――飛行魔道騎自体がタクミさんの温情だと理解していますか?

 あの機体に積載している飛行パックは重力魔法を応用して故意に大魔力を使用しないと浮遊出来ない仕様にしてあるものですから、現状では聖神軍団幹部クラスの魔力の扱いに長けた魔道士でなければ運用不能。

 それに、戦闘機を持ち込むことがオーバースペックであることはタクミさんも理解しているからこそ、民間の技術向上を願ってエンジンと成り得る魔道雷球やそれを利用した魔道二輪など陸上走行車両の普及を促しているのですし」


「……初耳でした」


 クシナダの言葉に、ハヤヒは驚きを隠さず答えた。


「紅茶が冷めますよ? 冷めないうちにお飲みなさいな、オレンジペコーですよ。

 ――日本で飛行神社に祀られて全航空機の神として過ごした風神の饒速日命ニギハヤヒノミコトくんですから、飛行機に賭ける思い、戦場を駆ける戦闘機への嫌悪感、というのは私たちも理解していますので無理強いはしませんけども……」


 ハヤヒに紅茶を勧めながら、クシナダは相変わらず着座せず、バスケットに入れられたアップルパイを行儀悪く手づかみで一口ぱくりと齧り、くすくすと笑いを漏らす。


「飛行魔道騎に拘らず、『一般人でも飛行可能な実用航空機』を開発すれば良かったんですよ。今からでも遅くありませんし」


「えっ?」


「既にパイロットとして選定されて運用試験中のアリサちゃんたちの世話は継続しなければいけませんけど……。

『航空可能だけどエンジン出力の関係で武装が積めない』くらいの性能に抑えれば、非武装にしなければならない正当性は保てますよね。個人飛行用途であればその程度の出力で良いでしょうし」


 アップルパイを咀嚼しつつ、汚れた手と口元をナプキンで拭ったクシナダは言葉を続ける。


「そのように申請すれば、王国技術庁は予算、出しますよ?

 このところ情勢がきな臭いので忘れられがちですけども、元々王国技術庁はドワーフ王国、クーリ公国の三国合同で『ヒトが快適に過ごせる魔道技術』を追求するための部署ですから?」


「兵員輸送程度に限れば非武装にする理由にも?」


「軍事を嫌うのに、軍事発想から離れませんね? 空を飛ぶ喜びを分かち合うため、でも構いませんでしょうに。兵員輸送も偵察飛行も立派に軍事行動ですから、頑なになりすぎても本末転倒。

 ――そうですね、例えば『曲技飛行隊をこちらでやりたい』という理由でも良いと思いますが。何というか、あの、空に煙で星を描くやつとかですね」


「……スタークロス。ブルーインパルスの得意技です」


「そんな名前なのですか。それをやるためには、フィーナちゃんのような、ともすれば下級神を超えるほどの莫大かつ殆ど無限の魔力を持つ娘だけが飛行出来るような飛行魔道騎ではなく、多人数の一般人の誰でもが飛行出来る一般民生機が必要で……」


「僕にしか作れないですね。――揚力、抗力、誘導抵抗に推進機、設計技術に機体加工技術、材質……、ああ、なんで僕はこんな回り道を」


 現時点でも非武装での基礎技術導入が可能なことに気づいて愕然とした様子のハヤヒに笑みを浮かべ、クシナダは食べかけのアップルパイをそっとハヤヒの前の皿に置いた。


「清浄加工してますからハヤヒくんでも食べられますよ。食べかけで失礼、この後に甘味暴食三人娘が襲来しますので、あまり量を減らせませんので」


「あっ、いえ、お構いなく。ここを訪れたのは、アリサちゃんかフィーナちゃんに会うためで」


「あら、万難を排して愛する女性への逢瀬のためでしたか。これは聞き捨てならないことを聞きました」


「えっ?! いやいや、あんな美少女が僕みたいな冴えない整備士を相手にするわけがなく」


「ふふふ、王国の数々のカップルを成立させて来た魔女としてはお手伝いせずには居れませんね?」


 なぜか、そんなことがあるはずがないのに、ハヤヒの言い訳に全く耳を貸さないクシナダの両目が怪しい光を放った気がしたハヤヒは、顔面に脂汗を浮かべ始めたが。


 暇を持て余した魔女の追求がそんなことで止まるわけがなく、さほど時間を置かず部屋を訪れた三人娘たちの(特にフィーナたちにハヤヒに関する相談を受けたタギツの)情報提供もあって、ハヤヒに対する詰問は夜半にまで及んだのだった。





 ――結論としては「莫迦と言っても過言ではないくらい鈍すぎる」という寸評を受けたハヤヒは翌朝まで正座の刑を執行されたという。



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