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13話 画策

「……姿隠して入る必要あったのか? 館自体が偽装の塊なのに」


「かーっ、フェルは相変わらず女心が解ってないねえ? これで左腕なんだから、我が盗賊ギルドの層の薄さも致命的だよまったく」


 <光学迷彩(オプティカルカモフラージ)>を解いたフェルに対し、同様に術の掛かった全身系のローブを脱ぎ去って姿を表したニアが顔をしかめて応じた。


「周囲じゃなくてフィーナちゃんに警戒心を抱かせないように偽装してたんだっつーの、誰相手だと思ってたんだい?」


「……そうか。ミリアム姉さん辺りかと」


「ばーか。曲がりなりにも剣聖で六王神騎をたかが姿隠した程度で誤魔化せるわけないだろ、ミリアム姉さんだって、館の主なシンディ姉さんだって了承済だっつの。換気のためとか言って、あたしらが入る時間を開けといてくれたんじゃないか。――そうだよねミリアム姉さん?」


 同意を求めてミリアムを振り返ったニアの目に、苦笑しつつ口元に指を一本立てて、安らかに寝息を立てるミツハをベッドに寝かせて毛布を掛けるミリアムの姿が映り、慌ててニアは口元を押さえた。


「おっとっと。そうだった、ミツハさまが同行されてたんだったよ、静かにしないとね」


「……防音結界で階下と仕切られてるとは言っても、下でまだシンディ姉さんとフィーナたちが入浴中だ。あまり騒がないに越したことはないだろう。ニアは普段からうるさすぎる」


「お前がっ……! 寡黙すぎるんだよ馬鹿っ。なんでそれで諜報員やってられるんだか、盗賊ギルドの七不思議って言われてんの知ってんのかい?」


 大幅に声のトーンを潜めつつ、真面目に顎を片手で支えて考え込んだフェルの後ろ頭をすぱんっ、と軽く叩いたニアだったが、角度が絶妙だったのか、フェルの頭に軽く巻かれていた白いターバンを弾き飛ばしてしまう。


「……人目がないから構わないが、迂闊すぎじゃないか? これが人目に触れて困るのは姉のニアも同じだろうに」


「その程度で剥がれるような軽い締め方してるお前も迂闊だろ、油断しすぎなんじゃないかい?」


 あくまで常にフェルが全面的に悪いに違いない、という断定口調を崩さない姉のニアに肩を竦めて見せて、フェルは久方ぶりに外気に当たった己の額に生えた二本の角を軽く擦ると、床に落ちたターバンを拾い、解いた上で丁寧に角を隠すように頭に巻き付け始めた。


「……他の鬼族にはとうとう会えなかったな。北方にいるとは思えないし、この世でたった二人きり、最後の鬼族かもしれないな、ニア姉さん」


「神聖帝国が東進してるっつったってまだ獣人連合の方にも足を伸ばしてないんだから、簡単に諦めんじゃないよ。もしかしたらそっちで繁栄してるかもしれないじゃないか」


「……俺たち姉弟が最後の二人だった場合、どうする? 俺の方は別に構わないが」


「こっ……の、馬鹿弟。アタシの身体はハインに捧げてんだよ、アンタなんかお呼びじゃないんだっつの」


「……まあ、それも自然の摂理か。子孫は無理でも、せめて鬼族の名だけは歴史に刻みたいところだな」


「――いいぞ、ふたりとも。ミツハの周囲の空間を分断した。音は完全に遮断される」


 どうやら剣聖の名の通り、空間を斬ったのか、振り終えたらしい二本の剣を腰の後ろに同時に納めようとしていたミリアムが普通の音量で、声を潜めて言い争っていたニアとフェルに声を掛ける。その必要も別にないのだが、ニアはやれやれ、と言った風に大きなため息を吐き出した。


「……思うんだが、ミツハさまに隠す必要はないんじゃないか? 恐らく、オカミさまも既に気づいているだろうに」


「ミツハは知識と知恵がまだアンバランスだからな、シンディの口癖ではないが、どういう行動を起こすか予想がつかない。フィーナのためにここに付いて来たことも予想外だったしな。わざわざハインとアマテラスが身を隠して護衛していた意味がなくなってしまったし」


 フェルの疑問に苦笑して返答を返しつつ、ミリアムはきつく縛って結い上げていた髪を解き、軽く頭を振ってそれが背に流れるに任せた。長時間縛っていたために髪に縛り跡がつき、軽いウェーブを描いた赤い髪がミリアムの全身の胸ほどまでをさらりと覆う。


 前髪を軽く両手でかき上げつつ粗末な木製の丸腰掛けに腰を降ろし、少々疲れた表情を浮かべたミリアムは二人に向かって言葉を続ける。


「さて、フィーナの了承が得られれば良いが、得られなければ少々面倒になるぞ。首尾の方はどうなっているか、確認しよう」


「エイネールはムーンディア王国に付くよ。まあ、あそこはアルトリウス后シェリカさまのお膝元で、今でも飛び地領土みたいなもんだし、ディルオーネ王国の端で内地の恩恵全然受けてなかったから当たり前っちゃ当たり前さね」


「……開戦から程なくして、西方諸王国連合の中でクラウティア共和国、ファーラン王国、アスラ王国の三国が中立を決め込む。戦闘民族のアスラ王国はこの機会に領土拡大を狙う腹だろうが、南のクラウティア共和国、ファーラン王国はいずれアルトリウス王国の共存圏に入りたい意向だそうだ。南方大同盟の繁栄を羨んだ結果だろうな」


「南の二国はムーンディア王国から西方四国へ伸びるの鉄道経由での貿易が主流になりつつあるからな、もはや西方諸王国連合として宗主国ディルオーネ王国の裁定を待つより、独自路線で南方に貿易販路を構築した方が発展性が高いとの判断だろう」


 言葉を続けながらミリアムは太もものホルスターから手のひらサイズの<魔道板>を取り出し、ニアとフェルのそれぞれの報告をに入力し始めた。


「クラウティア共和国は鉱物産出国だからねえ? 隣のディルオーネ王国一国に限定して鉄や錫(すず)を売るよりも、人口も大増して産業革命真っ最中の南方大同盟に参加した方が儲けが見込める、って算段らしいよ。宮廷魔術師の見立てじゃ、同盟参加して最初の一年で今までの10年分の貿易黒字が見込めるって計算が出てるってさ」


「……隣のファーラン王国は逆に農業国家だから、急速に灌漑整備と緑化が進んで働きやすいアルトリウス王国の方に農民の流出が止まらないってことで、西方諸王国連合を脱退して大同盟に参加して、国家間相互流通と近代化を含む中間貿易化を鉄道で高速化したい、って話だったな。

 こっちはディルオーネ王国と隣接してないからほっといても独立路線を取っただろうが、後々の旨味がありそうだから大戦に噛めるなら噛みたい、って話だった」


「――なかなか良い首尾だな。初代盗賊ギルド統主、ハイン・ディールオンの双腕の名は伊達ではないということか」


「暴走した相棒のアマテラスにうっかり取り込まれて200年ほど過ごした危機管理のなってない統主なんでー、右腕にも左腕にも苦労かけ通しなんだけどねー」


 瞬時に幼児アマテラスを肩車したハインがミリアムの背後に立つ位置に現出したが、慣れているのか先に居た三人は驚いた風もなく、ニアはハインの肩からアマテラスを受け取り、フェルは懐から黒い背表紙の手帳を投げ渡した。


「あの最後の戦いの時から、どうやったのかは知らないが、お前の人格だけは生存しているのではないか、と思えるほど自由意志が目立っていたがな? タクミどのはその人格が大層お嫌いな様子だが」


「大したことじゃないんだよー。自分の全身を光に変化させられることが出来るようになった最初期に、自分自身の完全コピー情報を神力魔法式ベースの並行存在に記録する方法を教わっただけなんだよー。……記憶がなくなる前の、マトモだった頃のこの子にねー? だから、取り込まれた後も分身として本体とは別個に活動出来たわけで」


 わけも分からない風な子供の表情でニアの栗色の髪を口に入れ、よだれまみれにしているアマテラスの頭を軽く片手で撫でて、ハインは完全に過去の記憶を無くしていることを残念がるように唇を歪めた。


「まあ、この子が過去にやらかしたことを全部精算したら、存在を完全消滅させられてもおかしくなかったところをー、『世界の理(ことわり)』に全面的に従う約束で僕まで同時に復活させて貰ったんだからー、タクミさんたちに恩義は返さないとねー」


「その恩義の向かう先が、クーリ公国の滅亡に繋がる道筋、なのだから、全能神の考える理屈は全く意味不明に思えるな。……凡庸な下級の神器としては」


「あー、いやいや、一応世界最強クラスの光神の神器な僕にも理屈がよく分からないので神格は全然関係ないと思うよー」


 同じ神器同士でミリアムとハインが顔を見合わせ、殆ど同時に困惑混じりの苦笑を浮かべる。


「後の歴史にどう書かれるのかは判らんが、下手をすれば大恩ある国家に弓引く大罪人の汚名を被りそうであるな、我らは」


「タクミさんの話じゃ、未来の大陸安定のために必須な手順、らしいけどねえー? まあ僕は現時点で既に悪人オブ悪人ナンバーワンな盗賊ギルド統主なんで、今更だけどもー」


 芝居がかった調子で自嘲しつつ、ハインはフェルから受け取った黒い手帳を片手で広げて、内容を歌うように読み上げる。


「ええとぉー、ディルオーネ王国周辺国家への国家間工作、完了ー。女王親衛隊の戦力強化、進行中ー。フィーナちゃんの戦争参加の協力要請、進行中ー。

 ……『実際にフィーナちゃんに何の作業をして貰うか』が書かれてないんだけど、後で(・・)増える(・・・)んだろうねこれ。

 ――あれっ? 魔道騎の前線移動が増えてるけどー? 女王騎とか六王神騎以外の女王親衛隊の魔道騎って修理中でドワーフ王国なのでわー?」


「ただの紙の手帳なのにいつの間にか内容が増えるのが不思議だな、これも全能神の魔法故か。

 修理を請け負ううちの主人、ムギリ王によれば、今週中には修理完了して全機エイネールのククリの元へ戻す予定だったそうだ。

 ここにフィーナが居るので、飛行魔道騎だけこちらへ移動させねばならんな?

 あれは整備士のハヤヒとセットで移動する手間がある故、早めに連絡しておいて貰うか」


 言いながら、軽く伸びをしつつミリアムは剣の装備や鎧の各部を外し、テーブルの上に整理して並べ始めた。軽量な特製の蒼銀(ミスリル)装備とはいえ、身体に完全密着するように調整されたミリアム専用、特別製の鎧である故、見た目以上に芸術的に重ねて装着されているそれらは完全に脱ぎ去るにはそれなりに時間が掛かる。

 ミリアムに倣うように、ニアとフェルも本日の再外出はないものと踏んで外出用の装備を外し始めた。


「はいはいー、そちらは専門に任せるよー。僕らは国家間交渉だけで手一杯でーす。……しかし、最終的にクーリ公国がアゼリア王国の戦力を独断で勝手に動かす形にしなければならない、っていう手順がほんとに謎だねえ? 魔道騎使うんだから短期決戦をやるつもりなんだろーけどさあ?」


「ふん。戦争を起こすきっかけも『まだ手帳に現れていない』からな。しかし、準備だけは進めておけ、ということであろうよ。他の部署がどのように扱われているのかは知らんが、このような一方的な命令書だけでは、特にリュカさまがそろそろ怒っていそうでな、隣のクーリ公国領主館は大荒れであろうな」


 あー、という同意とも呆れともつかぬ声をハイン、ニア、フェルの三者が発し、お互いに気まずそうに目線を相互に巡らせた。


 クーリ公国大公タクミの第三夫人にして六王神騎の四、『疾風の武王』リュカは、対外的には豪気かつ豪快な人当たりで民衆に好かれる一方で、夫であるタクミに対してのみは非常に苛烈な対応を行うことでも知られており、また六王神騎の中で正妻のクルルを除き、唯一肉弾戦で六王神騎の一でもあるタクミと互角に戦えることでも知られている。


 ――過去に夫婦喧嘩で公都中心部にある領主の館を吹き飛ばした回数は片手の数では足りない。


「あの領主の館って吹き飛ばされるたびに大型化、巨大化してるらしいけどー。回数が二桁超えたら手足生やして歩き出したりしてー?」


「うちの夫が小躍りして喜びそうな工事ネタを出すのはやめておいて貰おう、いつの間にか施工されているかもしれないからな」


 冗談めかして言ったハインに、実現するかもしれない間近な懸念を込めてミリアムが念入りにツッコミを入れた。



――――☆



「――という感じであちこちから恨み言言われてるよっ、タクミ?」


「仕方ねえだろー? いい加減ぐちゃぐちゃに歪みまくりの因果律を解さないと。世界の王なんて勘違いしてるカグツチもだけど、『世界の理(ことわり)』が1,000年もメンテなしに放置されてて歪みすぎだしなあ」


 眼下に広がる人の世の明かりを見下ろしつつ、始まりの地……、神器の塔の最上階の更に上、手すりも何もない屋上の縁に片膝を立てて座り、特に意味もなく眼帯越しの神眼で世界を見渡していたタクミが、隣に立つクルルの言葉に振り向くこともなく応じる。


「この時間軸のここでこうなるように組み上げた創造神の方に文句言えっつーんだよなあ、俺らまんまブラック企業に使われてる社畜じゃん? これだけ頑張って何も報酬ないんだからさあ」


「タクミの好みに100パー沿うように完璧に調整され尽くした正妻の猫耳美少女クルルちゃんが永遠に付き添う特典はあるよっ?」


「オマエはそんなことしなくても永久に俺の女だからいいの。それよか、アリサちゃんとかシンディの義理の兄貴とか、頭の痛い問題はまだまだあるんだし、どうしたもんかって感じじゃん?」


 両腕を万歳するように頭上に上げたまま、ばたり、と後ろに倒れて天を仰ぎ見たタクミの頭の横に膝を折って正座したクルルがにじり寄り、その頭を膝枕にそっと乗せる。


「アリサちゃんは兆候がちょびっと出てるねー、『新しいことが覚えられない事実』に周囲が気づくのはもう少し先だと思うけどっ」


「元々が本来の人間の精神のみのコピー存在だからね、経験や記憶を蓄積する記憶野の容量が少なすぎるんだ。しばらくは無意識的に重要でない記憶を削除する方法で容量確保しようとするだろうけど、ジリ貧だろうなあ」


「まあ、脆くて弱い人間の精神存在だけで他人の脳内で15年も自我を保ててたこと自体が奇跡的なんだしっ」


「――仮の肉体を与えて精神を分離しても、地球で成長してる本来の魂の、15歳時点でのコピー存在だから肉体に定着しないで摩耗消滅するよなあ」


「タクミと違って、アリサちゃんはフィーナちゃんの魂の中で明確な自分の領域の境界を持たない存在だから分離不能っ。無理に分離するとお互いに歪みが残るしっ。――ハヤヒが応じれば早いんだけど」


「あいつのトラウマも根が深いからなあ、俺も炎にトラウマあるまんまだしあんまし強く言えねえんだよなー。猶予は少ないから、いよいよってなりゃ全部暴露して選ばせるしかねえんだろうけどさ」


 ううぅぅぅー、などと唸り声を上げつつ、タクミはごろん、と寝返りを打って顔面をクルルの太ももにぐりぐりと押し付け始めた。苦笑しつつ、クルルはそのタクミの後頭部を優しく撫でる。


「タクミはちょっと優しすぎだと思うっ。全能になっても全部は助けられないんだよっ?」


「解ってるっつーの。伊達にお互い<源力(げんりょく)>持ちで未来が見えてるわけじゃねーんだからさ」


「……確かに、社畜だねっ。この世でクルルとタクミだけが保持出来る完全なる創造神の力で、他に分け与えられもしないし、今後も<源力>持ちは現れないし」


「だろ? そう思うべ? で、たぶん、そう思うのも創造神の予測のうちで、いろいろ総合的に考えると手のひらの上で踊るのがいちばん効率的、って結論に辿り着くまでがテンプレ」


「額に輪っかがハマってないのが不思議なくらいだねっ」


「じゃあ三蔵法師は誰なんだ、って話だよ」


 顔は合わせぬまま、お互いに深々とため息。


「まあ、何にせよ」


「予定通りには進んでるんだしっ、ちゃんと選択肢はいくつか用意したしっ?」


「対処可能な範囲内に限定した少ない選択肢、って辺りで俺は罪悪感でいっぱいだよ。あ、進捗手帳の書き換え進めてる?」


「さっき一斉更新しといたっ。全部自分の思い通りで世界最強の神々の王、なんて思い込んでるカグツチより全然マシだよっ」


「あー……。ありゃ俺らから見りゃピエロそのものなんだけど、っつか、あいつがバグったのが諸悪なんだけどなー、あれはあれですごい優秀な再生装置だから消すに消せねえし。――困ったもんだ」


「――困ったもんだねっ」


 再び寝返りを打って真下からクルルの顔を見上げたタクミに、鼻の頭にシワを寄せて苦笑したクルルは、相槌を打ちつつそっと顔を近づけて口付けを交わした。



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