11話 魔道電車
「速い、はやーい!!」
席に膝立ちで窓に手を付き、流れる景色の速度に驚くフィーナを、微笑ましくミリアムが見守っていた。
「アイスが溶けるぞ、フィーナ?」
「あっ、はいっ!」
物珍しさに子供のようにはしゃいでしまったことを恥じ入り頬を染めつつ、慌ててミリアムの隣、簡易テーブルを開いた席へ着座し、駅で購入したカップアイスの蓋を開くフィーナ。
木ヘラの使い方が分からず右手に持って小首を傾げるが、すぐにミリアムがその右手に自身の手を添えてバニラアイスを抉ったことで使い方を理解する。
「済みません、わたし、アイスクリームって食べるの初めてで……」
「珍しいな? アイスの販売は15年前から始まっているのだが」
「ええっと、わたし、味音痴の師匠からそういう見たこともないものを食べさせられることが多くて、食べたことがないものにちょっとトラウマのようなものが……」
フィーナの言葉に、ミリアムは思わず吹き出してしまった。フィーナがますます恥じ入る様子を見ながら軽く頭を撫でて、ふと四人がけ対面シートの隣を見やる。
「ほええー……」
「速ぇー……」
「お前たちの分もあるのだが……、食べないのか?」
「えっ?! マジで? そりゃ頂くわあ、ニアちゃんうれしー、ミリアムさん太っ腹ー!」
「たかが銅貨一枚の氷菓子程度で太っ腹などと評されてもな」
ミリアムは苦笑するしかない。そのミリアムと向かい合って座るフィーナの隣に、エイネールで知り合った冒険者であるニアとフェルの姉弟が着座し、やや溶けかけていた自分用のカップアイスに齧り付く。
「バニラアイス最高だねっ。お前もそう思うだろ、フェル?」
「……俺はどちらかと言えばチョコチップスだな」
「全くへそ曲がりだねお前はっ。ここは姉を立てて同意するところだろっ?」
「……立てて俺に何か得があるのか?」
ぺしっ! と軽い音を立てて後頭部を叩いたニアの憮然とした表情から察するに、何の得もなさそうであった。
――現在はエイネールから離れ、ドワーフ王国の運行となる電車に乗ってフィーナ=アリサとミリアムの生まれ故郷、ムーンディア王国の首都であり月都セレスティアへ移動中なのであった。
15年前からドワーフ王国を起点に順次新設と延長を重ねて来た電車を通すための鉄道事業は今やミリアムが嫁いだ先であるドワーフ王国が外貨を稼ぐ主軸事業のひとつにまで成長しており。
その線路も大陸南部から南東部の大半を支配するアルトリウス王国のほぼ全土地域から車両設計を担当する大陸中央のアゼリア王国の北端までと延長し、西端は長らく月都セレスティアまでだったが、ごく最近、隣接するディルオーネ王国の港町エイネールまで鉄橋とトンネルを通してようやく開通したばかりというところである。
なお、ムーンディア王国は非常に小さな国土しか持たず、また国土の大半はエルフの住む森林地帯であるため、都市と呼べる都はセレスティアしか存在しない。
「まあ、エイネールに移動要請があったときに既に里帰りを考えていたのだがな。開通したばかりの魔道鉄道を利用出来て良かった、一時間と掛かるまいよ」
「本当に速いですよね。本来は物品輸送専用の貨物用途と聞いていましたけど……?」
「なに、馬車業者などの既得権益者のことを考えて人間の乗車料金を割高に設定しているだけのこと。
王族や軍人、大商人、急病人など、割高でも利用者はそれなりに存在する故に常に客車は接続してあるしな。
百年ほど後までには徐々に料金を値下げし、一般人の乗車用途に対応する予定となっている」
「ひゃく、ねん、ですか……、はぁぁ……」
「不老不死のドワーフ族が運用して決めることだからな」
年月スケールの大きさに少々面食らって目を丸くしたフィーナの頭を、再度微笑んだミリアムが撫でた。撫でる度に照れるフィーナが可愛くて仕方がない、といった風情で、その様子をにこにこと見つめるニアもどうやら同様に愛しく思っている風である。
「あっ、でも。ニアさんとフェルさんは同行して貰って良かったんでしょうか?」
「ああ、アタシらもムーンディア王国の方に用事はあったのさ。子供が気にすることじゃないよ、たっぷりお姉さんたちに甘えるのが子供の仕事さね」
出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ薄着の、しかしエロティックな印象よりも触れれば斬れるような、燃え立つような激しさを与えるキツめのメイクでバランスを取っているらしいニアが予告なく隣に座るフィーナの体全体を引き寄せて大きな胸に抱き寄せたことで、ちょうど食べきったところだった空になったアイスのカップを宙に飛ばしてしまう。
が、特に合図などもなかったにも関わらず予定調和のように空中でそれをキャッチしたフェルが、物のついでのようにそのまま自身とミリアムとニアの空カップに重ねてゴミをまとめると、両手に抱えて席を立った。
「……捨ててくる。ミリアム姉さん、入り口横のかごでいいんだったか?」
「ついでに人数分の飲み物を持って来て貰えると有り難い。ゴミかごの隣にある缶を四本」
「……わかった」
寡黙で居ながらフットワークの軽いフェルが姿を消すと同時に、にやり、と笑い合ったミリアムとニアが、とても男性には見せられないところまで悪戯を開始してしまう。
「えっ、やっ、あのっ、ちょっ?!」
「あー、このうぶな反応がかわええんやわぁー、ニアお姉さんちの妹にならないフィーナちん?」
「なんというか、私もフィーナのことは妹のように思っていてな? まあ見た目はさほど変わらないのだがな」
くすくす、と笑うミリアムの姿は言葉通り、神器となった15歳で固定されており、同じく15歳のフィーナと背格好も大した差はない。強いて言えばその身から漂わせる風格といった雰囲気的なものがごく普通の一般人のフィーナと比較すれば姉に見えるか、といった程度の違いしかなかった。
「……えーっと。どういう状況なのでしょうかっ? 急に起こされたと思ったらこの状態は……、ナニ?」
あまりの羞恥に耐えられず、緊急的にフィーナが強制的とも呼べる瞬時にフィーナの裏側で眠っていたアリサと交代してしまい。目を赤くしたアリサが表に出た瞬間は、女性二人が四本の腕をローブの隙間から侵入させていた状況で。
「……慣れろ。ニアに掛かると年下の女の子は大抵こうなる」
両手に二本ずつの缶の飲み物を持って、微妙に揺れ続ける客車内で器用に両足のみでバランスを取りつつ席に戻ってきたフェルが女性三人の惨状を見るなり、無慈悲な言葉を絶賛弄ばれ中のアリサに向かって投げ落とした。
――――☆
「おかえりー。早かったねー?」
「早かったな、アリサ! 我はもっと早かったがな!」
「えっ? あっ? ハインさんに、ミツハくん? あれっっ??」
月都セレスティアの駅に着くなり、ホームで待っていたのは、別の用事がある、と出発駅であるエイネール郊外のエイネール駅で別れたはずのニアとフェルの組んでいる冒険者パーティのリーダー、煌めく銀髪に全身を白く染めた衣装で固めたハインと、ハインの肩車を気に入って離れたがらなかった水龍神ミツハくん五歳の姿が。
しかし、確かに電車に乗って一時間足らずの距離を移動して来た自分たちの移動時間を考えて、目の前の状況が理解出来ず困惑の声を発するアリサを横目に、無言でハインに歩み寄ったニアが即座にハインに向けて鉄拳を浴びせるが、肩車したミツハの身体を支えながら笑いを堪えるような顔で、ハインはそのニアの拳を片手で全て受け止めきって見せたのだった。
「……ハインの定番ネタだ。この男は光の神アマテラスの神器で、光の速度でどこにでも瞬間移動出来るんだ」
「えっ? アマテラスって、神様の? ってそうか、神器って神の下僕なんだっけ?」
「下僕、ではないなー? どちらかというと運命共同体とか相棒とか言う方が近いねー」
アリサの疑問を含んだ言葉を軽い調子で修正しつつ、ハインは自らの足に隠れるようにして電車の自動ドアから出て来たアリサらを覗いていた小さな男の子をやや屈んで抱き抱えた。
「コイツもこっちのミツハくんと一緒で最近生まれ直したばっかなんだけど。アマテラスくん四歳、絶賛お勉強やり直し中、ってとこ。――前の自分の記憶を残したまま生まれ直したミツハくんと違って、この子はほんとに前世というか以前の自分の記憶が綺麗さっぱり消えちゃってる子神なんで、アリサちゃんも普通の人間の子に接する感じで接してくれると有り難いな?」
「それは、いいんですけど。……なんかミツハくんとすっごい仲悪いように見えるのは何でなんでしょう?」
「あー、それは生まれ直す前に出来た因縁みたいなものでねー。こら、ミツハくん、大人げないよ? お兄ちゃんでしょー?」
苦笑しながら、ハインは手の届く位置に来たアマテラスに掴みかかろうとする頭上のミツハをフェルに預け、少々泣きそうな顔になっていたアマテラスを抱え直した。
「さて、ミリアム姉さんはお忍びで、王城には戻らないんだよねー?」
「うむ、派手好きの上に見栄っ張りな父上のこと、一人娘の私が戻ったと知れば派手な大騒ぎになるに相違ない。故に、ここでは名と姿を隠すこととする。うっかり本名を呼んでくれるなよ?」
ハインの言葉に答えながらミリアムはハインに手渡された地味な茶色の深いローブをいつもの蒼銀の鎧の上からすっぽりと頭まで被って顔と全身を偽装する。
「じゃあ、名前はいつも通りのミーアさんと呼ぶことにしよー。アリサちゃんもフィーナちゃんも協力お願いね? そんなに長期間出歩くわけじゃないんだけど、いちおー」
「判りましたっ! そっか、王様すっごい派手好きっていうかお祭り好きだったもんなあ。突発のお祭りってあたし大好きだったんですよねー」
一般平民であったアリサにまで知られていては、その派手好きの王の一人娘であったミリアムとしては苦笑するしかない。
派手好きなことが国庫を浪費し施政を圧迫するほどではないのだが、小国故に自らの私財を叩いてまで祭りを主催しようとする性根は王族として如何なものか、と常々ミリアムは思っていたのだが。
アリサの反応を見るに、嫌われるほどではなく、むしろ好意的に見ていたということの証左、として受け止めることにしたのだった。
「そんじゃ、暫く根城になる宿に移動しよっかー。悪いけどアリサちゃんにフィーナちゃんも、交換条件ってことで僕らのお仕事手伝ってねー? 大した用事じゃないんだけどねー」
「あれっ? そういえば、ハインさんたちのお仕事って何でしたっけ?」
一斉に崩れ落ちる一同。小難しい話の内容は全て三歩歩いたら記憶を無くす、と事前にフィーナがアリサを評して言った言葉が全く正確だったことを思い出しつつ、ハインは少々頬を引き攣らせながら告げた。
「なんぼ異世界人と言っても、その物忘れの良さは超絶的だと思っちゃったよー?
えっと、ニアとフェルは冒険者ギルド所属なんだけどねー、僕は所属がちょっと違って盗賊ギルド側でねー? この街に来たのはそっちの用事のためだよー。
エイネールの用事が早く終わったから、ミリ……じゃなかったミーアさんと合流したのはほんとに偶然なんだけどねー」
「なに、私の方もハインに用事があったからな、ハインに連絡を付けられるニアとフェルをエイネールで掴まえられたのは偶然ながら運が良かった」
口元までフードで覆い、目だけを出したミリアム――ミーアのややくぐもった声の同意に、アリサはそちらを見上げつつやや小首を傾げて見せる。
「偶然? なんかすごいお互いに都合のいい偶然ですね? うーん? まあ、いっか。ええっと、宿とかはこれから?」
「……いや、エイネールと同じく定宿がある。そちらはアゼリア王国とは完全に無関係だから、少々不便は多いがな」
フェルの答えに、アリサは大きく頷いて人好きのする笑顔を見せた。
「フィーナが辛いから? ありがとフェルさんっ!」
言うなり、30センチ以上も差がある180センチ超のフェルに思い切り抱きついて感謝を示すアリサに、滅多なことでは表情を変えないフェルは驚きの表情を浮かべ、ややあってぐりぐりと自身の腹に頭を押し付けるアリサの髪を優しく撫でて。
「……なるほど、ニアやミーアが妹と思う理由が判った気がする」
と、述べると同時に、ニアとミーア、それにハインの笑い声が重なったのだった。




