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10話 現状認識

 ――うん! 難しいことは解んないからフィーナに任せるよ!


 ……というアリサの一言で、フィーナ=アリサに関する神々の対処は身体の所有者当人であるフィーナに一任されることになったのだが。


 そもそもの発端である異世界転生者のアリサ当人が難しい内容の理解の一切を当初から自分で放棄してしまうこの丸投げ対応に、居合わせた人間全員が派手にコケるしかなかったのだった。


「いや、アリサよ? 主はそれでいいのか? 曲がりなりにも主の処遇に関する話なのじゃが……」


 ――だって、あたしの話でもフィーナと一心同体なんだからフィーナが判断すべきでしょう? あたしだけおっけーでもフィーナが違うなら、あたしはフィーナに従うだけだよ。姉妹だもんねー?


 クラオカミの指摘にもマイペースさを崩さないとあっては、一同も苦笑するしかなく、当のフィーナも恐縮するやら、アリサが姉妹という認識を持っていることに嬉しくなるやらで、普段は動きの乏しい表情筋が喜怒哀楽に動きまくっている。


「とりあえず現状を説明するのです? 一応結界は張りますが、神域結界ほどの強度はないので各自他言無用を心がけるのです」


 言うなり、軽い柏手ひとつで場の空気を清浄化し、かつ全員が入れるいつもの上級宿の室内を外部から完全に隔離してみせるタギツ。


「では、敬語は要らんとは言え、暫く共に過ごす冒険者仲間じゃ。改めて自己紹介と行こうかの? 誰からやるかの」


「それは我ら新参の二柱からが筋であろう。何より、私は厳密に言えば他国人だからな。――フィーナには告げてあるが、私はドワーフ王国である『鉄輪王国』の鉄輪王ムギリの妻、ミリアムである。皆には六王神騎の五、『神刃しんじんの剣王』または剣聖の方が解りやすかろう」


 円卓で自然と話題の中心となるフィーナを上座に、フィーナの後ろに立ったクラオカミの言葉に、その左右に着座していたミリアムとタギツが応じる。そこから左回りに、という流れで改めて自己紹介の流れとなった。


「おばーちゃん、正式に? ――ではアゼリア王国女王、『人界の女王』ククリヒメ、なのだ! ククリで良いのだ!」


「……アルトリウス王国第一王女、コノハナサクヤヒメ。ただのサクヤでいいの。13歳」


「レア。森のエルフ、エアイン(eryn)エゼリン(edhelin)。――『疾風の武王』リュカの養女、ククリの異母姉。たぶん107歳」


「ルーディス・タク・ルース準男爵。アゼリア王国女王親衛隊隊長を勤めていますね。こちらのルーナの兄ですね。14歳」


「ルーナ・タク・ルース準男爵、アゼリア王国女王親衛隊副隊長でこっちのルースの双子の妹なのよ。14歳」


「シェラザード・タク・アトール。アゼリア王国女王親衛隊所属騎士。シェラでいいですぅ。13歳ですぅ」


「サラディン・タク・ギュゲスだ。アゼリア王国女王親衛隊所属魔道士。地属性。13歳、ほんとだぜ?」


「暴虐神スサノオの三女、タギツなのです。アゼリア王国典医で医療士ギルド所属、アゼリア王国支部長をやっているのです」


 自己紹介が円卓を周回し、フィーナの右隣に着座していた最後の順番のタギツがそのように自己紹介するなり、女王親衛隊の四人が椅子に着座したまま器用に全力で後ろに引き下がった。


「暴虐神スサノオって、あの、炎神カグツチと殴り合って大陸を割ったっていう、伝説なのよ?!」


「ええ、父上がそういう伝説になって残ってるのは知ってるのです。――というか、タギツの夫のクーリ公国大公タクミさんはそのスサノオの兄上にあたる方なのですが……、なるほど、ご存知なかったようなのです」


 タギツの言葉に滝のような汗を噴出させた四人を見やりつつ、タギツは事務的な表情を崩さずに淡々と告げるだけに留めた。


「やれやれ、今からそれでは先が思いやられるのう? 水龍神クラミツハの妻、『水龍姫』竜神クラオカミじゃ。これなるは我が兄にして未来の夫、クラミツハ」


「こらっ、我の自己紹介の番を取るでないオカミ! 水龍神クラミツハである、平伏して奉るが良い!」


「これは生まれ変わったばかりで意識と肉体が乖離しておるでの、あと50年ほどはこの幼児体型のままじゃし、不死の神族と言えども全盛期の力を取り戻すのにあと500年は掛かる。じゃから、これのことは気にせず良い。……最後はフィーナとアリサか」


 円卓の上によじ登って「しゃきーん!」と腕組みでふんぞり返ったところをあっさりとクラオカミの両腕で捕獲されたクラミツハが不満の言葉を述べ始めたが相手にせぬまま、クラオカミはフィーナの肩に軽く手を添えて順番を促した。


「……ええっと、ミリアムさまと同様にムーンディア王国出身の平民で、いまはククリさまの「ただのククリで良いのだ!」……、えええええっと、じゃあ、ククリちゃんの侍女で女王親衛隊の末席、フィーナです。15歳になります」


 ククリに敬語の使用を拒絶されて更に困惑の顔色を濃くする。他国人とはいえ、ただの平民で他国の象徴とはいえ国家元首を呼び捨てにする発想はフィーナには難しいものだった。


「えっと、えっと……、じゃあ最後はアリサちゃんに交代っ」


「――ふぁっ?! なんでわざわざ……、えっと、正式にか。困ったな。橘亜里沙、異世界人です。……死亡年齢が15歳で、それから意識的には停止しているのでたぶん永遠に15歳ですねっ」


 唐突かつ強制的に交代され、瞳が赤く変容したアリサが、とりあえず日本式で深々と頭を下げる。それで、この場に集った全員の自己紹介が終了した。


「さて、今後の方針じゃがの。この場でぶっちゃけてしまうとじゃな、女王親衛隊の面々は親である聖神軍団員と聖ヴァルキリア砲撃騎士団の方から正式に、儂の方に訓練要請が来ておる。ちょうど儂もエイネールから離れられん身の上ながら、冒険者カードを持っておるでの、暫くククリと共に冒険者をやる予定じゃった。

 故に、女王親衛隊も自動的に暫くは冒険者稼業じゃ、嫌とは言わさんし、帰さんぞ? 覚悟を決めるが良い」


 にこにこと満面の笑みながら、言っている内容は最後通牒に等しく、クラオカミの言葉に喜ぶ三人娘と、絶望の顔色を浮かべる親衛隊の四人が対照的だった。クラオカミの戦闘訓練は的確かつ高度なものだが、その方針は先日も全員が体験した通り「死ななければ何でもやる」「死ぬ寸前までやる」「死ぬことすら許されない」的な徹底的な超スパルタ訓練であるが故のことだった。


「うむ、生死の境界を行き来してこそ歴戦の勇者足り得る。得難い経験となろう、訓練に励むが良い。――私は神器になるのが早かった故、死地を踏んだことがなく、正直に言えば死地に踏み込んでまで生死を賭けた訓練を行える貴君らが羨ましい」


 言っている内容は真剣なのだろうが、噛み砕けば「死んだ気になったことがない」と同義で、あまりの才能の違いに軽く嫉妬する女王親衛隊だった。そんな彼らの視線には気づかず、ミリアムはフィーナの方を振り返って言葉を続ける。


「――我らはフィーナとアリサの護衛、と聞いておるが。そのついでに、これは私のわがままでな、ここから我が母国ムーンディア王国までは徒歩でも移動可能な近在である故、五年ぶりに里帰りしようと思っている。

 ついでなのだが、恥ずかしながらドワーフ王国に嫁いで後、ムーンディア王国首都セレスティアがどのように変化したかも知らぬ故な、同郷のよしみで案内も頼まれてくれると有り難い。

 どうだろうフィーナ、私のわがままを聞いてくれるだろうか?」


 ――あっ、はい! ミリアムさまの道案内なぞ、一介の平民だったわたしに出来るかどうか分かりませんが、光栄に思います!


 アリサに交代したままだったため、念話で返事したフィーナに、ミリアムがその精神を宿らせているアリサの方へ微笑んで見せ、軽く頭を下げた。


「ええっと、じゃあ行き先が決まったところで、核心ですね。……なんか逆の気がするのです」


 言いながら、タギツがぱたぱたと猫耳を動かしつつ、巨大な質量の胸の双丘を円卓に預け、赤瞳のアリサに顔を寄せつつ告げる。


「今はアリサちゃんですね? アリサちゃんもなのですが、アリサちゃんとフィーナちゃんが抱えている莫大な魔力は、ごく簡単に説明すると約一億六千万人分の魔力と同等で、魔道士の人数に換算すれば、大陸全土の魔道士を集めても足りないくらいに大きなものなのです」


「……フィーナ、交代おね」


 相変わらずのアリサの理解放棄の速さに、タギツは即座に円卓に突っ伏した。


「もうっ、だから、これアリサちゃんにも関係ある話なんだってば……、ああっ、ごめんなさい、タギツさんっ! フィーナに代わりました!」


「……なんだか女の子のタクミさんと話してる気分なのです。嫌いなことは徹底的に嫌う感じとか。

 ええっと、ですので、フィーナさんに魔術教育を徹底させているのは最低限魔力制御を完璧にして自衛出来るようになって欲しいことと、魔道士教育関連でしたら当初の希望通り魔道士ギルドで受け入れたいのですが、国際情勢的に戦争が近くてですね」


 言葉を切って、席を離したままだった女王親衛隊たちにも円卓に戻るように告げて、タギツは話を続ける。


「もうフィーナちゃんは解ってると思いますが、そこまで一般人とはケタ違いの魔力を持っていると、どんな初級魔法を使ってもつぎ込める魔力の底が見えませんので、一人で戦局をひっくり返してしまう最終兵器扱いで使い潰されるだろう、というタクミさんの判断で、魔道士ギルドへの配属を禁止したのです。ここまではタギツも了承しているのですが」


 言われて、フィーナは女王親衛隊と初ダンジョン戦に同行した際の自身の失敗を思い出す。水魔法初級の<水球(ウォーターボール)>を魔力調整に失敗して一面を水たまりに変えてしまったときのこと。


 あれは声を掛けられて失敗に気づき中断したが、中断せずに魔力を注ぎ続ければ、確実にダンジョン内部全てを水で満たすことも出来ただろう。自分の持つ魔力の全てを使わずとも、それが可能である確信は既にフィーナにもある故に、普段の状態であれば徹底的に魔力制御を行うのであるが、ここ数週間は魔力制御を失敗することが多くなっていた。


「それに、人間の身でそれだけの発散魔力があると自分自身で制御することも困難なのは解りますから、せめて自分自身で魔術制御が完璧になるまでの期間内は、最低でも神か神器がそばについて発散魔力を神力変換して拡散か回収すること、他国や邪神に存在や居場所を気づかせないこと、としての護衛だったのです。なるべくフィーナちゃんたちに不安を与えないために、これは秘密にしてあったのです」


 身分違い、かつ王宮でも新人すぎるフィーナ=アリサのそばに常に六王神騎級の神々が居た理由もこれであった。また、アリサと同郷のタクミが他国にまで出張って身辺を固めていた理由もここにあるのだった。


「ここからはタギツの独断なのですけども。水魔法の真髄としては、体内の魔力の流れを変えて整流したり代謝促進での治癒魔法も使用出来ますので医療ギルドへの配属を希望したのですが……、これは認められず、アリサちゃんの能力の兼ね合いもあって飛行魔道騎のテストパイロットに抜擢することになったのです。

 ――まだ理解していないと思いますが、飛行魔道騎は大陸国家で初めて実施される空へ軍事力を及ぼすテストのための機体で、いずれ始まる戦争の際に最初に使われる『空からの攻撃』を行う機体になるのです」


 衝撃の内容に、フィーナは息を呑んでしまう。


「……驚きますよね。タギツもそうでした。タクミさんは本来『不殺の神器』の異名を持ったことがあるほど、人死にを徹底的に嫌う神器だったのです。でも、『暗黒神』として覚醒した時期から、戦争を進める立場にシフトしてしまって。

 タギツはタクミさんの不殺を助けるために医療を学んだ医神、存在を拒絶されるような行いに、妻の一人としても非常に怒っているのです。

 ――神覚醒で未来が見えるようになったことが原因と聞いていますが、納得出来ませんので。ですので」


 努めて微笑んだタギツが、しかし目だけは真剣にフィーナを見つめ、問う。


「アゼリア王国から他国に出てみませんか? タギツ的には、医療ギルドの本拠地、アルトリウス王国に行ってみて欲しいのですが。タギツのお師匠様、シェリカ后にも会ってみて欲しいですし。それで、人を殺す道具になるのではなく、助ける道の方も考えてみて欲しいな、と」


「……えっと、今すぐには、ちょっと……。決められません、申し訳ありません」


「タギツどのよ、急がせすぎであろう。そもそも、その望みには同体のアリサのことが全く考えられておらんのではないか?」


 神格が下であるので形式上は敬語を使いつつも、はっきりと叱責の形でタギツを窘めたクラオカミに、当のタギツは不満げに口元をへの字に曲げてみせた。


「神核とまではいきませんが、魂を宿らせる何らかのアイテムでアリサちゃんは分離可能なのです……、タクミさんと父上は同魂現の一個の魂を共有しつつ分裂同時存在する兄弟神なのですし、たとえ人の身であっても、たぶん」


「それが僭越じゃと言うのじゃ。タギツどのが欲しいのはフィーナの方だけで、アリサの人格や願望なぞ分離して捨て置け、と言っておるのも同然であろう? なれば、アリサとフィーナの望みを同時に叶えようとしてさまざまに動いておるタクミどのやクルルどのの方がよほどアリサたちのことを考えておるわ」


「あなたもタクミさんの味方をするのですね!」


「それまで!!」


 いつの間にか瞬時に抜き放たれていた、青白い光を放つ真銀ミスリルの宝剣<シャープエッジ>が、フィーナを間に挟んで激論となりつつあったクラオカミとタギツの間の空間に煌めいていた。


「当のフィーナを怯えさせて何がフィーナのため、アリサのための話か。この話、剣聖の名に於いて剣王ミリアムが預かる。先の話の通り、ミリアムはこの後里帰りする故、フィーナの身柄は借り受ける。当人不在の間、双方頭を冷やすが良い。――さて、居心地悪かろう? 私の部屋においでなさい、フィーナ」


 顔を上げたフィーナの目に涙が潤んでいるのを見て取り、素早く腰の後ろの鞘に宝剣を納めたミリアムは、両手をフィーナの両脇に差し込むと、軽々と背丈のそう変わらないフィーナを抱き上げる。


 視線が強制的にミリアムの背に回ったフィーナが声を殺して嗚咽を漏らすのを感じ取り、その背を微笑みつつ軽くあやすように叩くと、気合一閃でタギツの封印結界を軽々と吹き飛ばし、一瞥すら残さず全員の残る部屋を後にし、自身の個室へと戻る道筋を歩いたのだった。



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