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06話 竜神 後編

フィーナちゃんの一人称です。

「おばーちゃん! 今日は新人を連れてきたので紹介するのだ! これがアリサ=フィーナ、ククリの新しい侍女で親衛隊なのだ!」


「おうおう、ククリさまはいつも元気じゃのう。アリサ=フィーナか、良い名じゃ。儂はクラオカミ、こことエイネールで水脈と墓地を管理する竜神じゃ。まあ、何もないあばら家じゃがゆっくりして行きなされ」


 そんな風にククリさまに紹介されて、アリサちゃんが慌てたように魔道騎姿のままで頭を下げるだけの男性のような礼を返すのが判った。


 わたしたち――というか、わたし、フィーナと、同じ身体に同居している異世界からやって来た精神存在のアリサちゃんは平民の出身だから、他の親衛隊の女性たちのような優雅な貴族子女の挨拶は教わったことがないので出来ないのよね。


 この先、こういう風にククリ女王陛下の侍女として紹介される機会もあるんだろうから、そういう礼儀作法は最低限身に付けておいた方がいいのかも?


 アゼリア王国は昔から傭兵王国で、わたしの生まれたムーンディア王国ほど礼儀には厳しくないし、貴族と言っても領地で年度成果がないと国から報奨が貰えない、という感じでかなり実務的で実利に偏っている印象を受ける国だけど。


 それでも、公式、非公式問わず『女王陛下の側近』として給与を頂いている身なんだから、それなりに働かないと失礼よね?


 何故か皆さん、わたしたちに特別に便宜を図ってくれることが続いているけど、……アリサちゃんはそんなに深く考えてないみたいだけど、何か裏があるんじゃないかなあ、ってわたしは心配事のひとつに数えてる。


「ふふ。性別は違えども、アリサはここを初めて訪れたときのタクミどのとそっくりじゃの。生まれが異世界出身というだけではなく。何か、武術を修めておろう? 歩法と体重移動がそのように見えるが」


「えっ? あっ、一応、蟷螂拳とうろうけんを二年やってたんですけど、途中までで」


 竜神クラオカミさま、と名乗られた、黒いローブを羽織った金髪の美女の方が、そんな言葉をアリサちゃんに投げかけられて、アリサちゃんの心拍数が上がったのがセンサーに出てくる。こう見えてアリサちゃん、意外と小心なのよね。


 普段はあれだけ豪快で大雑把なのに、こういうときは緊張しちゃうんだよね。アリサちゃんの方が七年年上らしいけど、こういうところは可愛い、って思っちゃう。


「ほうほう。それは先が楽しみじゃのう? 拳法なら『この世界では』タクミどのかクルルさまに師事するのが良かろうぞ、あの方々は教える方も神級じゃ。――タクミどのは絶望的に手加減が下手じゃがな」


 クラオカミさまの最後の一言を聞いた途端に、びくん! とアリサちゃんの全身が跳ねるのが分かる。大丈夫アリサちゃん、わたしもタクミさまのあの一撃は思い出すだけで身体が震えるくらいに怖かったし。


 タクミさまの『魔王』って二つ名には、銃棍や弾丸を発明して攻撃魔法の在り方を一変させたり、逆呪文系統の知識を広めて魔法の可能性を広げた「魔法の王」って意味と、「神々の頂点に立つ王」って意味が含まれている、っておとぎ話があるんだけど。


 実際に会って話した感じだと、深謀遠慮というか、どこか遠くの目的に向かっていろいろな物事を少しずつ組み立てているような印象を受けたなあ。


『わたしたちに対する経験知識の与え方』も、それに関わってるんじゃないかな、という感じがしてる。――ハヤヒさんのことも含めて。


 アリサちゃんはこういう頭脳労働にはかなり疎い方だから、年下でもわたしの方がしっかりしてないと。


「さて、あちら(・・・)はそろそろ佳境のようじゃし、こちら(・・・)もそろそろ始めようかの? まずはその鎧を脱ぎなさい。魔力がダダ漏れしすぎておる、そこから調整せねばな」


 言われて、アリサちゃんが素直に頷きながら魔道騎装着解除の手順を行い始めたので、わたしも少し急いで魔道騎の頭部から精神をわたしの身体に戻る。


 別に多少の距離なら魔道騎とアリサちゃんが動かす肉体とで分離出来るんだけど、やっぱりわたしの精神だけが魔道騎に取り残されて、わたしの身体にアリサちゃんだけが入っている状態だと、あとで合流したときにすごく疲労感が残るんだよね。


 それはハヤヒさんとの試験で判明したことで、どうやらアリサちゃんの精神存在はわたしの持ってる魔力に依存してて、ていうか、魔力と肉体の所有権はやっぱりわたしの身体なのでわたしの方にあって、アリサちゃんはそれを決まった時間内で間借り出来るだけ、ということなんだって。


 大体の予測だと、アリサちゃんが表に出て「アリサ=フィーナ」として活動出来る時間は六時間程度で、その後には八時間くらいの休息を挟まないとアリサちゃんの精神力が削られてしまって、しばらく疲労が残るんだとか。


 道理で、ハヤヒさんと一緒に暮らしてたときにやたら疲労が溜まってたわけだ、とわたしは納得。なぜかハヤヒさんのことを考えるとちくちくと胸が痛むのでなるべく考えないようにしてたけど、アリサちゃんってばハヤヒさんの近くにいるだけで心拍数上がりまくりの緊張しまくりで休まる暇がなかったんだもんね。


 ――フィーナ、交代いい? あたし、魔法全然分からないから。


《あ、うん、わかった!》


 そうだった。これからクラオカミさまに水魔法を教わるんだった。ティース宰相閣下のご指示で、ティースさまのお師匠でもある竜神クラオカミさまを紹介して頂いたんだし。


 アリサちゃんと交代してわたしが表に出ると、瞳の色が緑色に戻る感触が感じられる。


「なかなかに面白い魔力を持っておるな、――今はフィーナじゃったな?」


「はい。緑色のときがフィーナで、赤色のときがアリサです。なぜ変わるのかは分からないのですが」


「……ふむ? 本当に全く理解出来ぬかの?」


「あっ、いいえ、一応、推論のようなものなら……」


 くすっ、と薄い笑みを浮かべたクラオカミさまがわたしのことを値踏みしてるように見てくるので、わたしはとりあえず、そんな曖昧な返事を返した。先を促すように軽く微笑まれたまま頷いて下さったので、その曖昧なわたし独自の推論を話し始める。


「ええと、多分ですけど、わたしの精神が持つ固有魔力と、アリサちゃんのそれとが波長は近いけど少し違っているもので、わたしたちは精神を切り替える時点で既にそういう系統の魔術を無意識的に発動していて。……それで、普通の魔道士の方の魔力発動と同じ理屈で、わたしたちの瞳の色は精神交代すると発光する色が変わるのだと、そういう風に考えています」


「――うむ。ほぼ正解じゃの。国元で魔道士に師事しておったそうじゃが、よく鍛えられておるの」


 クラオカミさまから殆ど賞賛に近いようなお言葉を頂いたので、わたしは嬉しくなって、つい照れ笑いのようなものを浮かべてしまった。そしたら、クラオカミさまも軽く笑ってわたしの頭を撫でてくれる。


 なんとなくだけど、たぶん、この方は子供のことがすごく大好きなんだろうな、という印象を受ける。国元の師匠と一緒のことをしてくれて、なんだか師匠のところに顔を出しに行きたくなったり。


 ――ああ、あのお師匠さま。今頃何やってるんだろうね? また新しい食材開発してるのかなあ?


《……有り得るかも。あの、変な味の食材を作る趣味さえなければ凄くいい女性だったのに》


 そう、文字や生活知識や一般作法を教えて下さったお師匠さまの唯一の欠点が、変な創作料理を作ることで。


 計算に従った理論構築は弟子のわたしたちから見ても神様レベルの達人だったのに、その料理には綿密な計算は生かされなかったらしくて、よく失敗作の処理を担当することになるアリサちゃんが青い顔してたのをよく覚えてる。


 そして。ごめんねアリサちゃん、精神的耐久力が低いわたしも割りといろんな理由つけてアリサちゃんが表に出てるときに創作料理に当たる順番に調整してたりして。これだけは一生守り抜かなきゃならないわたしの秘密。代わりに甘味が食べられる回数たくさん譲ってるから、バレても許されると思いたいっ。


「では、基礎魔術から順に見て行こうかの? 理論知識をどれくらい得ているかを見る試験じゃて、その有り余る魔力で力任せに結果だけを同じにする方向性はなし、でな? 地水火風光闇で<矢>をひとつずつ最小限単位で実施してみよ。目標は……、そうじゃな、適当にあちら(・・・)に撃ち込んで良かろうて」


 言われて、クラオカミさまが軽く目線を向けた『あちら(・・・)』に視線を向けてみる。


 ――異空間展開されて入り口がぽっかりと部屋の壁に開いている状態で、カムスサさま、と紹介された、タクミさまにそっくりの男性と、その娘さんでいらっしゃる二人の童女が、笑いながらククリ女王陛下やレアさま、サクヤ姫さまと、更に新しくわたしたちが所属した女王親衛隊の四人と戯れている光景が……。


 戯れている、というのは正確ではないかも。実際には、戯れているのはたぶんカムスサさまと童女とククリ陛下とレアさま、サクヤ姫さまだけで、女王親衛隊の方は完全に翻弄されて、ときどき巨大な爆風で吹き飛んだりしている様子が痛ましい。


 ……痛ましいんだけど、正直『あそこに参加せずに良かった』としみじみ思っているのは内緒の方向で。アリサちゃんは残念がってたけど、わたしはあんな人外の方の戦闘訓練に積極的に参加するのはほんとうに遠慮したいです。


 人が三人も入ったらいっぱいになってしまいそうなこじんまりとした洞窟最下層に流れる川のそばにある水路監視所に住むクラオカミさまはやっぱり外見からは想像も出来ないくらいの魔術の達人、かつ剣術の達人で、毎月訓練としてククリ女王陛下以下、親衛隊の方々が戦闘や魔法の訓練を受けに来ることが決まってて、次回からはわたしたちもあそこでアレに参加することになっているそうで。


 今日はたまたま、ククリさまやクラオカミさまの恩人でいらっしゃるカムスサさまがご来訪されておられる、ということで、普段使っている異空間をカムスサさまたちとの対戦訓練に使用している状態で。おとぎ話や英雄譚には出て来ないけど、カムスサさまはタクミさまのご兄弟であるそうだ。


 ――もしかして、カムスサさまのお名前って偽名なのではないのかな? という疑問が浮かぶけど、とりあえず偽名を暴き立てて不興を買ってもいいことはなさそうなので、ここではわたしは黙っていることにした。


 なんとなく、見当はついてるんだけど、その『神さま』の不興を買って、わたしはここを生きて出られる自信がないくらいには恐ろしいので。怖い怖い。


 そういうわけで、わたしはティースさまから事前に通達があったそうで、こうして魔法訓練で別授業を受けてるのだ。


「あちらが気になるかの? しかし現状でお主らにあそこで何か出来ることはないのう。いろいろ方策はあるが、まずは目の前の第一歩じゃ。さ、矢を打ち出すが良い。一本ずつ、丁寧にな」


 笑みを含みつつ優しく諭されて、わたしは軽く頷いて、軽く目の前に上げた両手の間に10センチほどの<地牙アースファング>を作って、思い切りよくカムスサさまの方に撃ち出す。


 と言っても、単純で長い尾を引きながら飛ぶ威力の弱い基本中の基本の攻撃呪文なので、カムスサさまを守護しているらしい、周囲を飛び回りながら飛び道具の攻撃を全て防いでいるらしい、シフォン、って呼びかけられてる小さな妖精族ピクシーに防がれて、それは空中でぺちん、と軽い音を立てて弾けた。


 きっ! って感じでこちらを睨んで来たので首を竦めちゃったけど、クラオカミさまのご命令なので勘弁して欲しい。それに。


 ……そう、この種の呪文は本来、単発の威力は小さめでも、相手の防御圏を数と速度で押し切るくらい大量かつ同時に射出するのが基本で、一本だけではいいところ、そこらの野生動物をひるませる程度じゃないかなあ。


 思いながら、言われた通りに水、火、風、光、の順番で矢を撃ち放つ。でも、最後の「闇」だけは撃てなかった。


「どれもなかなかに良い精度じゃが、やはり水系統だけが威力があるのう。そういう属性洗礼を受けたのかの?」


「あ、いえ、魔術の師匠が精霊魔法も併用する方で、わたしたち、ムーンディア王国の出身ですので森と水の精霊力を利用する魔術式の方が少ない魔力と発動時間で効果を実施する起動が簡単で……、水特化タイプになりがちなのは、たぶんそれです」


「――なるほど。水系統であるが故に、相克するティースの風系統雷撃系と相性が悪かったのじゃな。しかし精霊魔法併用とは、なかなかに面白い術式を使うのう」


 言いながら、クラオカミさまが、なぜかちょっと辛そうなお顔をなされたのは気のせい? 精霊魔法に何か嫌な思い出でもあるのかな?


「闇系統は学んで居らなんだか。大事に扱われておるのう?」


「えっ? そうなんですか??」


 闇系統の矢が存在することだけは知識では知ってるけど師匠からは習わなかったので使わなかっただけなんだけど。クラオカミさまの話では、現在の魔道士ギルドに入る新人魔道士は、魔道王タクミさまを慕っている方が多くて闇系統の魔法をそれなりに修めてから弟子入りする方が多いそうで。


 それに、闇系統の魔法が使えると、アゼリア王国やクーリ公国の主力兵装の『銃棍』――長い筒の形をした槍や棍のような武器で、魔法を闇系統の重力殻で包んで固形化した炸裂弾を使用する飛び道具の弾丸を作成する作業に優先配属されるので将来がすぐに安定するんだとか。


 でも、今のところ、闇系統魔法を自在に使いこなすのはクーリ公国の聖神軍団だけなんだ、って聞いてる。……『大陸最強と誉れ高い歴戦の勇士にして最強の魔法兵団』なんて謳われてるような英雄兵団で、魔王タクミさまの直属配下だもんね。


 それに――。


「国元の師匠にも感謝するが良いぞ。闇系統の魔法を修めるには数年以上掛かる。もしその魔力量で重力魔法系統を使用出来たなら、配属先はククリさまの下ではなくタクミどの直属となってあらゆる戦地に投入されたであろうよ」


 そんなクラオカミさまの一言に、わたしは少し身震いしながら無言で頷いた。重力魔法は使用魔力が軽い代わりに凄く制御が難しい闇系統の術式で、その代わり、重力魔法系統が使えると他の属性の魔法が殆ど要らなくなるってくらい万能性のある魔法体系なので、もしわたしも最初から師匠に教わっていたら、すぐに戦場に出されてたんだろうな。


 それに。わたしにその即戦力になるだろう重力魔法ではなく、こうしてわざわざティースさまの魔術の師匠なクラオカミさままで紹介して頂いて、水系統を伸ばす方向性で鍛えて頂けるのは有り難いな、と素直に思ってしまう。


 なんというか、大事というか、徹底的に戦闘に関係のない技術を伸ばさせて貰ってる、みたいな。――どうしてなのかは理由が分からないけど、アリサちゃん絡みなのかな? 飛行術もきっかけはアリサちゃんだし。


 そう、飛行術――。ハヤヒさんのことを考えるだけで何故か胸が痛むので考えないようにしてたけど、わたし、実はちょっと空を飛ぶ爽快感には惹かれるものがあって。


 そりゃ、最初のあのやり方はあんまりだ、って思うけど、パニックになったアリサちゃんが飛行パックを動かしたことでわたしも飛べることに気づいて、全開で魔力を飛行パックに注ぎ込んで……!


 あの、身体全体で風を切って飛ぶ気持ち良さは、それまでの落下体験なんか比較にならないくらいの怖さと気持ち良さが同居してる不思議な感じで。


 タクミさまに抱えられて像の頂上まで跳んだときは最大時速238キロ、地上のリュカさまと頂上のタクミさまとの間を強制往復させられたときは瞬間最大で時速261キロに達したけど。――初めて飛行したわたしたちが出した速度は、……時速394キロだった。


 飛行パックから広げられた翼が空気を掴んで、2トン以上もあるわたしたちの着用する飛行魔道騎を重力に逆らって空気が持ち上げてくれて。


 それぞれの翼の羽根に組み込まれた大量の魔力が推進力に変換される上級術式で、わたしの際限がなくていつもは出力に気を遣うだけ遣ってる魔力を惜しげもなくふんだんに使用して、自分の力だけで初めて飛行した王都アグアの空はとっても綺麗で、澄み渡っていて、鳥以外はわたしたちだけの空間で。


 ……気持ちよかったあ!


 ぺしっ!


「あいたっ!?」


「物思いに耽るのは帰ってからにせい」


 バレちゃった。態度で上の空になってたことに気づかれたみたいで、苦笑しながらおでこを叩かれてしまった。うーん、真面目にやらなきゃっ。


「水魔法は中級まで修めておるようじゃし、まだるっこしいのは儂も嫌いでの。なので、ここは反則技を使うこととする。――どれ、大人しくしておれよ?」


 言われるなり、わたしの頬を両手で優しく包み込んだクラオカミさまの顔がどんどん近づいて来て……きゃあああ?!?!


「ふむ。こんなものかの? ――さて、この湯呑みに入ったお茶を、『水魔法のみで』温度を上げられるかの?」


 ……わたしの額に少し長めの口づけを行ったクラオカミさまが、鼻と鼻が触れ合うくらいの物凄い間近からそんなお言葉を掛けて下さるものだから、わたしの胸の動悸がクラオカミさまに聞こえちゃうんじゃないかって心配してしまう。


 超絶美少女なククリさまを見慣れてるせいで美しいの感覚が普段から麻痺しがちだったけど、クラオカミさまもさすが竜神さまというか、こちらは精悍に鍛え上げられた女性美、って感じで。


 それに、細身な全身を漆黒の和装と同じく漆黒のローブで包む簡素な衣装の上からでも分かる洗練された所作と、目を奪われる眩しいくらいの美貌が、わたしなんかの額にキスして下さって、頬がどんどん火照ってくるのが解っちゃって。恥ずかしいぃー、ううぅぅ。


 ああっ、そうじゃないっ! ええっと、水魔法のみで湯呑みの中のお茶を温める……? 火属性加熱系? でも水魔法のみって。


「水属性上級術式の構成図式を伝授したからの? 落ち着いて、今持っておる自身の知識で考えてみるが良い。そうじゃな、アゼリア王国に住んでおるのであれば、普段から見ている魔道具もヒントになるであろうよ」


 相変わらず物凄く近い位置から、優しく諭すように教えて下さるクラオカミさまの様子に、わたしは顔も見たことがない母親の母性のようなものを感じて、なんだかくすぐったくなってしまう。こんなに無償で与えられる愛情のような慈愛があっていいのかな?


「ええっと。水魔法のみで。単純加熱でないのなら、質量変化系? ――あっ、判りました! アゼリア王国で無償配布されてる重力加圧魔道具! つまり、圧縮加熱系ですね!? でも、水魔法のみで……?」


 うんうん、と頷いてくれるので、基礎理論は合ってたみたい。でも、水魔法のみで、という部分の正解が分からない。ううーん、と頭を悩ませていたら、もう一度、予告もなしに軽く額にキスされて。……うにゃぁぁぁぁ、溶けちゃうよぅー、嬉しいけど恥ずかしすぎ。


 何の効果があるのか全然解らなかったけど、そのキスで途端に脳裏に加圧術式が閃いて。――あっ、水魔法で水分子の距離を縮めて加圧すれば?


 確信はないままに、湯呑みの周囲を飛び回っていた水精霊に働きかけながら、魔力を湯呑みの大きさに絞って、内部の水をぎゅっ、と縮める感じで水位を下げて……、あっ、出来た! 湯気が!!


「うむ、出来たの? 術式と構築論は理解出来たな? ただ状態を再現することと、理論に沿って実施する違いが分かるかえ?」


 わたしの頬から両手を離したクラオカミさまがにこにこと笑いながら、わたしの水魔法の効果で湯気を上げた湯呑みの中のお茶をずずっ、と啜り上げて、わたしはなんだかずっと頬を触っていて欲しかった残念さと、いやっ、そんなことしに来たんじゃないでしょっ、みたいな感情がまぜこぜになっちゃって軽く混乱してしまった。


「えっと、えっと。今のって、もしかして水系上級の<水位低下ローワーウォーター>でしょうか……?」


「そうとも言う。今の魔法術式で、何か気づかなんだかえ?」


「えっと……、水系統だけで、本来なら火属性を使用する加熱魔法と同じ効果を出せることが判りました。そして、どうやったのかはちょっと自分でも謎なのですが、今使用した上級魔法術式? を利用したら、他の属性の魔法も水系統だけで殆どが再現出来るのではないかな、と思ったりしちゃったり?」


「具体的には?」


「ええっ……と、風属性中級の<竜巻トルネード>や、火属性上級の<蒼炎旋風(ブルーワール)>なんかは、大気中の水精霊と水分子を動かして加熱回転させることで同じような効果を水魔法だけで作れそうな気がします。……そうか、自然界で最も多い元素って水素だから、火属性爆発や風属性浮遊も水属性だけで!?」


 自分で喋っていて、到達した結論にびっくりしてしまった。これって、魔術の真理なのでは? だって、どの元素系統でも同じ効果を作れてしまうってことは、どの系統を学んでも最後には全ての魔法効果を使えるようになる、ってことと同じで。


「……うむ。良い師に学んだようじゃの? 上位魔術式はいくつか種類があるが、どれを学んでも結局はその結論に辿り着く。起動式が違うだけじゃ。いま口移しで脳内に直接伝えた上位魔術式は儂が編んだ水属性魔術式じゃが、王国のクシナダさまの光系魔術式、ティースの風系魔術式も教わってみるが良かろう」


「えっ? でもわたし、水属性以外は不得手で」


「自らが使用出来ぬものでも、理論だけでも知れば、いずれ自らでオリジナルの術式が書けるようになる。儂の見立てでは、一年と掛からぬであろうがの。――これで、儂からの授業は終わりじゃ。善き魔法を編むことを祈るぞ、《精霊魔道士》フィーナよ」


 あのキスには、そんな意味が。確かに、いま使った術式の理論を思い出してみても、師匠に教わった術式にはなかった、私が今まで知らなかった基礎構築で、でも、そっちの方が理論的に遥かに効率的で水属性に特化していることが分かる。と、同時に、師匠が使ってた魔法術式が、極端に魔力を節約する術式だったことにも思い至る。


 そうか、師匠って魔力容量が極端に少ない人だったんだな、と今更ながらに気づく。でも、だから魔力を力任せに使うような大雑把な使い方をわたしがしなくなったんだな、って納得も。ほんとに、いいお師匠さまでした。


 そうか、ここってお師匠さまが居るはずのムーンディア王国にも近いんだし、時間があったらちょっと里帰りもいいかな? でも、国境ふたつまたいじゃうから、クルルさまのお忍びに同行してる今は厳しいかなあ?


 そんなことを思いながら、ふと戦闘訓練をやってる奥の方を見たら。――神以外は傷もつけられないはずの、神鉄ヒヒイロカネ製の女王親衛隊が搭乗している魔道騎が、見るも無残なくらいにぼっこぼこの傷だらけになりながらまた吹き飛んだりしていた。


 ほんとに、あっちに参加しなくて良かった。っていうか、神以外に傷つけられないはずだから、やっぱりあのカムスサさまは、暴虐神スサ……、いえっ、わたしは知らない、何も知らないっ、気づかなかった、地雷は踏みたくないっ!!



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