05話 竜神 前編
「おばーちゃーん!!」
……強烈な存在感を感じさせる真紅と漆黒の二色に統一された重装鎧の外見、かつ身の丈ほどもある竜弓を携えた<竜弓騎>を纏うククリが、そのような幼女然とした台詞を洞窟の入り口から奥へ向かって叫ぶ姿は、ある種異様にアリサ=フィーナの目には映った。
「……いいから早く奥に入ろ? サクヤは眠いの。レアも思うよねー?」
「バイン。サクヤは正しい。レアもすごく眠い。ロスタデアニン」
隣に並ぶ、絹製品らしいさらさらの白地に青のローブを纏った、サクヤ、と自身を呼んだ少女が、言葉通りに眠そうに目を擦りながら告げる。それに、やや背丈の小さいエルフ語混じりの片言で喋るレア、と呼ばれた10歳程度に見える耳長のエルフ幼女が同意した。
「ククリ姫が寝坊する、と思ったみんなの予想は外れたね」
「外れたのよ。でも、やっぱりククリ姫は予想外すぎるのよ」
「普通そんな手段には及ばないのですぅ。ああ、眠いぃ」
「起きれないから徹夜するなんてな、廃人の発想だぜ? くっそ眠ぃ。午前四時に起こされて即、ゲートでこんな洞窟潜る羽目になるなんて今日は厄日だぜまったくよぉ」
――二番機の背部に搭乗するサラディンの嘆きが、一行の現状を正確に表していた。
「何故じゃ? おばーちゃんに会って遊ぶのは月に一度のククリの楽しみなのだ! 楽しみすぎて眠れなかったのでずっとずーっと起きてただけのことなのだ?」
「そりゃね、ククリ姫は神だから人間の睡眠不足みたいなものとは無縁でしょうけどね……」
「付き合い長くなってるのよ? そろそろククリ姫は人間を学んでもいいはずなのよ。――付き合わされるサクヤ姫や親衛隊は溜まったものではないのよ……」
ルーディスとルーナの呆れたような、諦めたような返答にも、ククリは真意は届かなかったようで、小首を傾げるのみだった。
《あっ、あのっ、初めまして! 昨日から女王親衛隊に入ったフィーナ、です! 今はアリサちゃんが表側ですけどっ》
「……最近の魔道騎は鎧が自分で喋るの? サクヤはこんな魔道騎見たの初めてなの」
「レアも初めて。珍しい。エハドセン」
「いや違くて! ええっと、今はアリサ=フィーナです、目が赤いときがアリサで、緑のときがフィーナで。魔道騎に入ってるときだけ二人同時に会話が出来て」
フィーナの自己紹介の声が魔道騎の頭部装着の外部スピーカーから聞こえることで盛大に勘違いしたサクヤとレアに、慌てたアリサが更に説明を加えるが、二人して首を捻る様子は納得した様子がなく。改めて、アリサとフィーナは二人が同時に喋れるこの状態が他人に受け入れられづらい状況なのだと理解した。
「違うのだ、サクヤ、レア! フィーナとアリサはひとつの肉体をふたつの精神で共有している娘なのだ! ――そういえばフィーナたちには紹介してなかったのだ。ええとだな、こっちがレア、リュカママの養女で、ククリと腹違いの姉妹なのだ。レアの方がお姉さんだな。今何歳だったか?」
「107歳。ランダ・オドグ」
「で、こっちがコノハナサクヤヒメ、うちのとーちゃんの兄君、アルトリウス王国初代国王フープ・アヴァロン・アルトリウスの一人娘、ククリの従姉妹なのだ。13歳だから、15歳のククリがふたつお姉さんだぞっ」
「……世話している時間はサクヤの方が長いのが不思議なの」
ククリが助け舟を出してくれたことで、誤解は免れたようだったが、レアとサクヤの興味がアリサ=フィーナに移ったようで、魔道騎の周りをくるくると周ってあれこれ質問して来ることで、自然と二人の世話の担当がアリサ=フィーナに落ち着くことになったのだった。……しかし。
《リュカママってクーリ公国の六王『疾風の武王』オキタ・リュカさまでしょうっ!? なんでこんなとこに単身でっ?!》
「てか、アルトリウス王国の一人娘って王女だよね? アルトリウス王国って大陸最大領土を征服してる軍事大国じゃん、やばくない?」
「あー、アリサちゃん? ククリ姫の神力ゲートでこの洞窟まで1,000キロ近い距離を一瞬で渡ってる時点で察して欲しいね」
「そうなのよ。ちなみに、この三人娘は頻繁につるんでるのよ」
驚愕の声を上げたフィーナやアリサに、慰めるように軽く魔道騎状態で肩ぽんして来るルーディス・ルーナ騎と、無言でうんうんと頷くシェラ・サラディン騎の姿があった。
「この程度で驚いてたらぁ、この先がまたびっくりするのよぉ?」
「これから月一恒例の巡礼でククリ姫が『おばーちゃん』って呼んでる『竜神さま』のとこに行くんだけどな、修行の一環ってことで道中魔物だらけだから頼りにしてるぜぇ?」
「あっ、戦闘あるんですね!? よぉしっ、サクヤ姫とレアさまの護衛はお任せ下さいっ!」
シェラとサラディンの台詞に、ほぼ全員魔道騎を着ている理由がそこにあると確信し、アリサとフィーナは魔道騎を着ていない二人を守り抜くことを決めて全身を奮い立たせたのだったが。……その想いはすぐに裏切られることになるのだった。
――――☆
「……仕事がない」
魔物との戦い自体は初めてではないアリサだったが、現状は何もすることがなく、ただ一行に付いて歩いてるだけ、という現状に、ぽつり、とアリサがぼやきに似た呟きを漏らした。
「ああぁ、落ち込まなくてもいいんですよぉ、アリサさん? あの三人娘が非常識すぎるだけなのでぇ」
「そうだね、正直僕らの存在意義あるのかってくらい常識がないんだよね、このお姫様たちはね」
「そうなのよ、アリサちゃんの疑問はあたしたちも常々思ってるのよ」
「そうそう、逆に考えて、こいつらに任せときゃ仕事しねえでいいと思えばいいんじゃね?」
《……それはそれで、女王護衛親衛隊としてどうなんでしょうか……?》
フィーナの言葉がそれぞれの機体内部の搭乗者たちの胸にぐさり、と突き刺さったようで、魔道騎三機は無言で、前方で繰り広げられる惨劇を見つめた。
――犬頭人や小鬼たちがまるで手毬のように集団で宙に吹き飛ばされたり、手足が吹っ飛んだりしている血と臓腑の宴。
行っているのは、本来女王親衛隊である自分らが護るべき対象であるはずのククリヒメ女王陛下と、その異母姉であるレア、従姉妹のサクヤ姫。
英雄譚にも謳われる神話の一節とも思しきククリの「竜弓騎」は、その名の通り、先代の使い手、先代宰相レムネアの像と同じく左手に構えた竜弓を半身に構えてやや上方を向け、親指だけを畳んだ右手を胸の前に軽く構えた姿勢から目にも止まらぬ速さで大量の<光牙>の呪文を撒き散らしており。
目標をきちんと選定しているのかどうかすら怪しい、半弧状の軌跡を描く光の雨は周囲一帯に降り注いで、その場に居合わせた大量の魔物たちを消滅させ続けている。
運良く光の雨を逃れても、前衛としてククリの前方左右に突出したレアとサクヤが無言のうちに綺麗に連携し、それらの個体を各個撃破しているのだった。
「レアさまのあの武器って、もしかして『銃把棍』ですか? あの、リュカさまがまだ人間だった頃に愛用してたっていう伝説の」
「そうだね、あれが、今のところリュカさまの娘で弟子なレアさま以外に使い手が居ない格闘術だね」
レアが両腕に装備している、ときどき破裂音と共に先端から銃弾らしきものを吐き出している様子の肘から手首の長さまでの棍状の武具に着目したアリサに、同じく手持ち無沙汰で隣に並び立っているルーディス・ルーナ騎の操縦士、ルーディスが答えた。
「本来は棍の部分が回転したり伸縮するって聞いたことがあるのよ」
「レアさまの体格に合わせてリュカさまが調整したらしいですよぅ」
「今は手甲代わりと、反動を利用して格闘することを学ぶ段階らしいぜ?」
《――魔法も併用しているようですね? お二人とも、動作の各所で風魔法の発動が確認出来ます。あれだけ各動作が速くなると、判断力や先読み能力もそれなりに持っていないと混乱しそうですねー。でも打撃そのものは、速い代わりに各ダメージが軽いみたいですけど》
ルーナやシェラたちも会話に混ざって来る。しかし、最後に持ち前の解析力を駆使して、瞬速の一撃を加え続けている二人の戦闘技法を解説したフィーナに全員の驚愕の目線が集中した。
「……っはー。すごいねフィーナちゃんね。事前にタクミさまからも聞いてたけどね」
「タクミさまや奥様方の仰る通りなのよ。アリサちゃんの身体能力に着目しがちだけど、フィーナちゃんも凄まじい解析力なのよ」
「私たち、ずっと小さい頃からあの三人と付き合いありますけどぉ、そんなの気づきませんでしたよねぇ」
「レアさまとサクヤ姫の技が似てるのって、リュカさまとサクヤ姫の母上のシェリカ后陛下が同郷だからだろ?」
何を当たり前のことを、といった口調で言葉を紡いだサラディンに、今度は皆の注目が集まる。
あまり注目を受け慣れていないのか、サラディンは搭乗する魔道騎の頭部センサーをせわしなく動かしながら突然の注目に狼狽しつつ言葉を続けた。
「いや、だって英雄譚にも出てくるじゃん? 『忍の里で生まれし二人の義姉妹、赤き旋風のシェリカと金の疾風のリュカ』ってさ?」
「あっ、『忍びの物語』ですねっ!? あたし、あのお話に出てくるライバックさんが大好きで!」
「「「「えっ?」」」」
綺麗に揃った二騎四名の疑問の声に、当のアリサも小首を傾げて見せる。
《アリサちゃんは天邪鬼っていうか、なぜか昔から物語の悪役に感情移入しちゃうタイプで……》
「ええーっ? だってライバックさんかっこいいじゃん? 忍者軍団副首領でスパイで魔王と互角に戦った『最強の忍者』の二つ名持ちだよ!? かっこよすぎじゃない??」
「僕らのアゼリア王国とクーリ公国、それに兄弟国のアルトリウス王国に甚大な被害を与えた大悪役なんだけどね……」
大はしゃぎでライバックなる物語の登場人物のかっこいい点を列挙するアリサに、全員がなんだか生暖かいものを見る目つきで見守る感じに移行するのに、さほど時間は掛からなかった。




