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04話 女王親衛隊

「あっ、気が付いたのです?」


 ベッドに寝かされていることに気づいたフィーナは、現状を認識出来ず、目線を真っ白な天井から、自身に掛けられたと思しき女性の声の方へ移した。


「貧血で倒れちゃったのです。まだ起き上がらない方がいいのです? ハヤヒさんが大慌てで連れて来たから何事かと思ったのですけど」


 猫耳爆乳に白衣をまとった女性が、ふふっ、と軽く笑いながら<魔道板>を片手に、フィーナの寝かされているベッドサイドに移動して来る。


「えっ? ……あれっ、わたし、練兵場で試験してて……?」


「生理痛の貧血ですねー。タギツには来ないので分からないのですが。フィーナちゃんはちょっと重いみたいですね。今日は休日にしといてあげたので、ゆっくり休むといいのです」


 言いながら、タギツ、と名乗った、どうやら女医らしい女性はフィーナの額に手を当てて熱を計る。


「ちょっと発熱もしてるし、その目の下のクマは寝不足もあるでしょう?」


 手早く<魔道板>に金属製の棒で何か文字を描き込んでいるのが見える。どうやら、フィーナに関するカルテ代わりの書類を表示しているらしかった。


「――生理痛だけでなくて、ストレスもあるのではないのです? 最近のタクミさんは話も聞かずに強引すぎますから、タギツにいろいろ相談するといいのです。タギツも喧嘩中ですけどね」


 やや眉を潜めつつ、少し怒ったような表情を作ったタギツが、サラサラのフィーナの頭を撫でながら優しく声を掛ける。


《フィーナ、ちょうどいいし、アレ、相談してみたら?》


 ――うん。アリサも限界?


《うん、ハヤヒさんは気にしないって言っても、やっぱり男女だしね……》


 アリサの返答に、フィーナも深く頷いた。……そう、最近の寝不足と調子の悪さの主原因は、中庭ガレージ内の隣り合った部屋で同居生活するハヤヒにあるのだった。


「ええと、相談というか、これ、ハヤヒさんには内緒にして頂きたいのですけど……」


 ――その後にフィーナの口からタギツに語られた内容は、タギツを納得させるに十分すぎるものであり、善は急げ、とその当日から、フィーナ=アリサの身柄は女王親衛隊女子寮に移され、安静に寝かされているフィーナ=アリサに代わってタギツが少ない荷物の引っ越し作業などを請け負ってくれたのだった。


 なお、ハヤヒの方はその内容に思い至らずフィーナとアリサの機嫌を損ねたものかと思案を重ねていたのだったが、ハヤヒに向けてタギツが放った「鈍感」という心底呆れを込めた一言でも理由が掴めず、現在でも思い悩んでいるらしい、とタギツからその後を聞いたフィーナ=アリサは話を聞いて安堵のため息をついたという。




――――☆




「これが――、ククリヒメ女王陛下専用の魔道騎、<女王騎>ですか……」


 重度の貧血で起き上がれず、結局そのまま医務室で一夜を過ごしてしまったフィーナ=アリサが、フィーナたち専用魔道騎の扱いとなっている飛行魔道騎をハヤヒが不在のときを見計らって中庭で装着しそのまま飛翔してククリ女王の住む西側奥の尖塔に移動、中庭に居た真紅の魔道騎を発見しそこに降り立ったのが現在である。


 驚きに飲まれつつ、アリサはフィーナが操る視界画面のたくさんの情報を受け取りつつ、ようやくその一言を絞り出すのが精一杯だった。


 初めて見る他人の魔道騎であることも驚く理由のひとつであるが、目の前に立つ真紅と漆黒の二色で彩られたククリの全身を包む魔道騎が、世の吟遊詩人たちがこぞって唄う『六王神騎の英雄譚』に現れるうちの一機なのである。


 英雄譚に曰く、



『汝、世に謳われし世界の護り手、アゼリア王国の六王神騎を知らんや!?


魔王の神騎「黒神騎」――暗黒の魔王タクミ!

芸王の神騎「白神騎」――芸能の白王クルル!

電王の神騎「迅雷騎」――迅雷の電王ティース!

武王の神騎「疾風騎」――疾風の武王リュカ!

剣王の神騎「双剣騎」――神刃の剣王ミリアム!

女王の神騎「竜弓騎」――人界の女王ククリヒメ!


これら不殺不敗の六王神騎に逆らう愚か者は居るや!?


六王神騎在る限り、アゼリアの地に再び戦乱は訪れぬ!!』



 ……という、タクミの治めるクーリ公国の西にある小国であるムーンディア王国出身のフィーナでさえ知っている有名な英雄譚に出てくる末席が、今まさにアリサ=フィーナの眼前に在るククリヒメ女王の「竜弓騎」なのだった。


 なお、余談だがこの英雄譚を唄うとミリアムとククリ以外は羞恥に七転八倒してのたうち回る、との噂があり、そのためか王宮内でこの唄を吟じるのは固く禁止されている。


《すごいですね、魔力駆動ではないんですね? 見たことのないエネルギー数値がたくさん検出されてます》


「これでもククリは女神なのだ! なので、神力駆動なのだ!」


 フィーナの質問に答えて、真紅の魔道騎の両腕を腰に当て、器用にふんぞり返ったククリの声が響く。


「最近はとーちゃんがそのアリサとフィーナの魔道騎に掛かりっきりと聞いてな、ククリも構って貰おうと引っ張り出したのだ! 本来は儀礼のときにしか着ないのだぞ!」


 鈴のような耳にいつまでも残る美声でありながら、その言葉遣いは下町育ちの粗野な娘同然で、アリサ=フィーナの脳裏に『残念美少女』の五文字が躍るのにそう時間は掛からなかった。


 そして、アリサの疑問は別のところにもあった。


「日本語? きく……――えん??」


「むむ? アリサはこの文字が読めるのか? これはな、とーちゃんがククリの名前を書いてくれたのじゃ! 異界の文字で『菊理媛くくりひめ』と書いてあるのじゃぞ!」


《アリサときどきほんっとすごいよね、異界の文字が読めるんだ?!》


 左肩の真紅の肩当ての大きく毛筆で黒々と日本語で描かれた『菊理媛』の文字に、同郷であるアリサが反応したのだった。しかし、この世界ではどうやら、漢字を読めるのはアリサとタクミのみらしい。


「いや、いくらあたしがお馬鹿ちゃんだって言っても、文字くらい読めて当然――」


 言いかけて、慌ててアリサは口をつぐむ。識字率100%の日本と違い、この世界では学校教育は無償ではなく義務教育期間が存在しないため、孤児院で育ったフィーナは割りと最近まで文字の読み書きが出来なかったのだ。


 孤児院を出るための学習先として紹介された女性魔道士に弟子入りしてから、三ヶ月足らずという驚異的な短期間で初めて文字を習得したのである。


「っと、そういえば、この国で魔道騎って他に見たことなかったね」


「魔道騎はドワーフ王国でしか作られていないのね」

「だからまだまだ数が少ないのよ」

「魔道騎自体、ほんの五年くらいしか歴史がないのね」

「それに、一人乗りの魔道騎は珍しいのよ」


 さり気なく話題を変えたつもりのフィーナに向けたアリサの疑問に、二人乗りタイプの魔道騎を身に着けた少年と少女の声が割り込み、自然とアリサはそちらへと頭を巡らせた。


「えっと、ルーディスさんとルーナさんでしたよね? 今日からよろしくお願いします!」


「うん、よろしくね? 他にもう一機いるんだけどね、起動に手間取っててね。サラディンは低血圧だからね」

「よろしくなのよ? シェラザードがキレてる様子が目に浮かぶのよ。怖い怖いのよ」


 アリサ、フィーナの着る魔道騎やククリの魔道騎とは明らかに一回り以上大きな二人乗り用の魔道騎から搭乗者であるルーディスとルーナの声が発せられた。


 三メートル近い大きさの二人乗り四本腕の魔道騎は、前面に騎士、背部に魔道士が乗り込み、前面の騎士は魔道士の腰に座り胸部付近から操作用の小腕に腕を通しそれを操作することで、魔道騎本体の大きな二対の腕を連動して動かせるようになっている。


 また、基本的に自身の魔力だけで全身を動かしているアリサ=フィーナや神力で駆動しているククリとは違い、二人乗り魔道騎には両足と両肩、背部に合計五つの「魔道雷球」が内蔵されており、背部に乗り込む魔道士が魔道騎の状況に合わせてその五つの魔道雷球へ送る魔力の配分を変えて稼働させる方式なのだった。


 このため、事実上ほとんど無限の駆動時間を持つアリサ=フィーナやククリら六王神騎と違い、一般兵の乗り込む魔道騎には稼働限界時間があるのが普通である。


 機数が少ないこともあって、殆どの魔道騎は操縦者が決まってからオーダーメイドで一機ずつ手作りされるため、操縦者に合わせて内部形状を自動で変更するアリサ=フィーナの機体は特別製すぎるのであった。


「では、先に紹介しておくのだ! 騎士ルーディスと魔道士ルーナは、聖神軍団親衛隊長ルースの双子の息子と娘なのだ! ……一応爵位があったような気がしたな?」


「一応ながら準男爵ですね。僕、ルーディス・タク・ルースが兄ね」

「ルーナ・タク・ルース、女の子なのに準男爵なのよ。あ、歳はふたりとも14なのよ?」


 ククリの言葉に、がくぅっ! と器用にバランスを崩した素振りをしつつ、ルーディスとルーナは殆ど同時に答えた。それには構わず、ククリは更に言葉を続ける。


「うむ、確かそうだった気がしていたのだ。貴族の子だからの。

 そして、毎度のことながら起動が遅れている一機が、騎士シェラザードと魔道士のサラディンの乗る魔道騎じゃな。

 シェラザード・タク・アトール――シェラが王国槍術指南役で聖神軍団幹部のアトールの娘、サラディン・タク・ギュゲスが同じく聖神軍団幹部のギュゲスの息子でふたりとも13歳じゃな」


「ごめんなさいぃ、起動完了しましたぁ! 女王親衛隊二番機シェラ・サラディン機、只今到着です。――全くぅ、サラディンの魔力の立ち上がりってほんっと遅いんだからぁ」


 ククリの紹介が終わり切らぬうちに、全身に爪を突き出すような攻撃的な装飾の装甲を纏った、長柄戦槍を片手持ちした魔道騎が滑るように地面を這いながら駆け込んで来る。


「起動するまで待ってくれりゃ、俺の魔力強度はなかなかのもんなんだし、それくらいは多めに見ろよシェラ」


 シェラの苦言に、背部に乗るサラディンがやや不満げに応じる様子が見えた。


「うむ、揃ったな。では、皆の者。これがフィーナ=アリサなのだ。今はアリサ=フィーナか。

 今日より女王親衛隊三番機となり、正式にククリの侍女扱いとし、女子寮に住まわせること、ととーちゃんやタギツさまから承っておる。女子寮についてはルーナとシェラで案内するのだ。

 なお、瞳が赤いときがアリサ=フィーナ、緑目のときがフィーナ=アリサで、ひとつの身体にふたつの精神が宿っており、それぞれで交代できる珍しい娘なのだ」


 真紅の腕をアリサ=フィーナの魔道騎の方に指し示しつつ、ククリがアリサ=フィーナを紹介し始める。


「アリサは拳技でうちのとーちゃんと戦える腕前、フィーナは魔術でうちのかーちゃんとタメを張る腕前、と聞かされておったので、ククリはもう今日が楽しみで楽しみで眠れなかったのだ!」


「さっき豪快にいびきかいて寝てましたよね姫?」


「はうあっ?! ルーディス、それは内緒にしておかなければダメだったのだ!?」


「そもそもぉ、女神の姫って眠る必要ないんじゃないですかぁ?」


「何を言うシェラ、お昼寝しないとちゃんと大きくなれないととーちゃんが言ってたのだぞ!?」


「それ単に姫を大人しくさせるための方便じゃねーの?」


 などと、フィーナらの紹介を他所にククリを中心としてノリツッコミを始めた一同に、アリサは苦笑してしまったのだった。


「皆さん、仲いいんですね?」


「うん、女王親衛隊とは言ってもね、みんな小さい頃からの幼馴染だからね」


「幼馴染というか、姫のいたずらを止めたり付き合わされたりみんなで怒られたりの腐れ縁なのよ」


 アリサの言葉に、すぐ横に立っていたルーディスとルーナが答える。声に、やや呆れた調子が含まれていた。


「そうそう、アリサちゃんだっけぇ? アリサもフィーナも、この中じゃ敬語とか要らないからねぇ? でもっ、シェラはぁ、ちょっとだけフィーナちゃんに嫉妬してるんですよぉ?」


「あー、あんまし真面目に付き合わなくていいよアリサ=フィーナ、くっだらないことだからな」


 中に乗るシェラやサラディンの軽い口調とは全く合わない、威圧感のある見上げる大きさのシェラたちの魔道騎が自身にのしかかるかのように上から見下される形になり、アリサ=フィーナはどきどきしながらその魔道騎の単眼を見上げながら見つめた。


「タギツお姉さまの医務室で二人っきりで過ごしたんですってねぇ?! どういうことなのか説明して貰いますよぉ??」


「《……えっ? ええっ??》」


「だから言ったろ、くだらねえことだって。――医務室で王宮典医のタギツ姉ちゃんに診療されたんだろ? タギツ姉ちゃんって、シェラの父ちゃんのアトールさんの弟子なんだよ。だから、年下のシェラからしたら姉弟子ってこと」


 同じく眼前のシェラ・サラディン機の背面に乗るサラディンから説明があるが、アリサ=フィーナにはさっぱりシェラが絡んで来る理由が分からない。その疑問を、呆れたようにシェラの様子を見ていたルーナが一言でばっさりと解決した。


「つまり、『百合』なのよ」

「ああ、なるほど!」

《……? アリサ、百合ってなぁに?》


「フィーナはそのまま知らないままずっとずーっと純真無垢で居てね! だいたい判りました、あたしとタギツさんはそんなんじゃないです、っていうか――あの日、で、ちょっと貧血起こして倒れたときに医務室に運ばれただけですっ!」


 女性比率の多い場なので、一応オブラートに包みはしたものの、そのように述べるとククリ以外の女性陣が口々に「あら、重い方なの?」「用品買い置き足りてるぅ? 売店とか案内してあげるわよぉ?」などと親身になってくれたので、目論見は成功した、と言えるか。


 ――男性陣が非常に気まずそうな雰囲気になってしまったが致し方なし。


「むう、神で状態固定されておるククリやタギツさまには判らん話題らしいな。とりあえず、今日のところはこれで解散なのだ。明日は『おばーちゃんち』に遊びに行くので、魔道騎は明日も使うのだ! みんな寝過ごさずに起きるのだぞ!」


「姫がいちばん愚図りそうだね」

「きっと姫が寝坊するのよ」

「姫が寝坊しない方に賭ける人ぉ?」

「そんな分の悪い賭けに誰が乗るんだっつの」


「おまえら、いつもいつも酷いのだ! ククリは一人でちゃんと起きられるのだ!!」


 本当に仲のいいことだ、と思いつつ、アリサとフィーナは新しく仲間となった四人と一柱の掛け合いを見て微笑んだのだった。



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