62話 炎神
「ハハハハハハァァァァァアアアアアアァァアァァァハハハァアハハハハ!」
そのような笑い声を発する巨大な赤竜が、炎の中に立っていた。
周囲は強烈な熱を発する業火に包まれ、既に動く者はない。
骨まで燃えて灰と化したものか、赤竜の足元にうず高く積もった灰は、ところどころから鉄製の槍や剣、鎧兜が見え隠れし、そしてそれもあまりの高熱により溶解を始めているところだった。
「炎神にして最高神、カグツチ! アマテラスの封印が消え、吾輩、ここに完全復活である! 砂漠を渡り海を渡り、長き時であった!!」
言葉に続けて、もはや誰も聞く者が居ないであろう城郭を容易く尾の一振りで粉砕し、ふとひとりごちる。
「やっぱり小箱から出てから泳ぐべきであったかのう。小箱だから浮くと思ったのであるが、よもや浸水により沈没するとは予想外であった。そもそも海はスサノオの領域、吾輩の力が届きにくいというのに忘れておったわ。まったく、予想外であったわい。まあ、海底を歩いて上陸出来たことであるし、良いか」
ふう、とため息をつくように急に真顔に戻ると、その巨躯を身震いするように揺すり、その脈動ごとに身体全体を凝縮させ、やがて、最終の凝縮の後には身体全体に紅く脈動する炎紋を躍らせた、筋肉の鎧を纏う美丈夫へと変貌する。
「やれやれ、ここまで滅ぼすつもりはなかったというのに、久方ぶりの戦いでやり過ぎてしまったわい。たかがヒト族の分際で神竜たる吾輩に挑むなど、不遜に過ぎるであろ。これでは下僕とするヒト族も近在には生きてはおるまいの。さてさて、どうしたものか」
呟きながら、全裸のままで軽々と跳躍し、尖塔の最上部に取り付くと、その全身から発せられる高熱により、尖塔の屋根を構成する鉄板が炙られ歪み始めた。
「相変わらず、ヒト族の作る建物はやわなことじゃ。さて、と……。おお、やはり、ここは王城であったか。なれば、周囲に在るは吾輩の餌となるヒトも馬も豊富であろうな。うむ、ひとつ腹拵えも良かろうて。下僕は吾輩が満腹になって後に、生き残りから適当に見繕えば良かろ」
うむ、と頷くと、カグツチは凶悪な笑みをその美貌に湛え、全身の神力を脚部に集約しつつ屈み込むと、一息に伸び上がると同時に高空に跳躍……、その頂点で再度巨大な赤竜に身を変え、その大質量のままに真下に捕らえた小都市の中央に落下し、建造物と、その巨大な顎の範囲に居た怯えに自身を見上げる人々を一息に飲み込んだ。
「おう、やはり、ヒト族は丸呑みに限るのう、喉越しに伝わる暴れる生命の感触が心地よい。――さァ、ヒト族の子らよ! 吾輩こそが炎神カグツチ、吾輩の食物となることを光栄に思うが良い! 我こそと思わん者どもは掛かって参れ、戦いの末に果て、我が身を覆う炎に焼かれ灰となり、ヒトの焼ける香ばしい香り漂う香料の原料となる栄誉を許そう! 繰り返す! 吾輩こそが神族の支配者カグツチ! 殺して殺して殺し尽くしてくれるわ、光栄に思え!!!」
――炎竜カグツチによる死者は5万を超え、大陸北東のカーン帝国およびその属国は、炎竜カグツチの襲撃により僅か一週間で滅亡した。
ここで第一部終了でっす。続きは転神II「転生したら空を飛べって言われました」の方で。




