61話 帰還
「ってなわけで、タクミはそのまんま、この世界の枠を超えて、アマテラスごと異世界に行っちまった。あれから、もう10年も経ったってのにまだあのバカは還って来やがらねえ。いいか、レア、ククリ? あのバカが還ってきたら、今教えた通りに一撃叩き込むんだぜ?」
一緒にタクミが移動するのを見届けたククリはともかく、レアが異様に目をきらきらさせて毎回この話をせがむのが気になるんだよなあ。嫌だぜオレは、レアが第五夫人の座に就くなんて。あの天然タラシ、こんな問題まで残して行きやがって。
「さ、オレはそろそろ作業に戻らなきゃ。レア、ククリと組手しときな。後でまたオレも相手してやっからさ」
「レア、わかった! リュカ、頑張って! アミーン・メラ・レ!」
「うむ、ククリはレアと遊ぶのだ! あとでリュカママとも一緒に遊ぶのだ!」
元気良く返事したレアとククリが手を繋いで表に飛び出してくのを見送って、オレは魔導板を取り出しつつ自然と頬が緩んで笑みが出てることに気づいた。
初めて出会ったときの背格好がだいたい一緒だったせいか、あのバカが居なくなった後、クーリに戻ってからはレアとククリは自然と仲良くなって、今じゃ親友みたいな間柄になってる。レアの片言の共通語もククリとオレの真似して覚えたもんだしな。
そのまんま神族なククリの成長度合いの方がレアより若干早いみたいで、今はククリの方が10歳くらいの誰もが目を瞠る美少女になってることが気に入らないみたいだけど、レアもあと50年もしたら同じくらいに成長するんだろう。だいたい今100歳くらいらしいし。
レアの正確な年齢はいろいろ問題あって解らなかったけど、ドワーフ王国のエルフの森の生まれじゃないことは確からしい。あそこで生まれたんだったら必ず共通語とドワーフ語を教えるらしいからな。それに、世界樹の原木からじゃないとエルフは生まれないって言うんだから、エルフ奴隷の中で生まれたわけでもないらしいし。
――女性しか生まれないエルフだけでどうやって子供作るんだよ、って話だけどさ。いつか、レアがもう少し大きくなったら、オレと一緒に世界を旅してレアの故郷を探すのもいいかもな。お互い、寿命がないんだし。まあ、そのうち。
ククリは自力でレムネアさんが遺した竜弓を極めちまった。竜弓にレムネアさんの記憶が残ってて、ククリをびしばし鍛えてくれてるらしい。姿は見えないんだけどな。神剣と同じく、あれも単独で弓神の一種みたいだ。
で、ククリの方は、竜弓と一緒にあのバカと同じく拳法を覚えたかったらしいんだが、オレやミリアムも少しだけ教わったっつったって、せいぜい即実戦用の小技だけだから、教えられなかった。
震脚っつーんだっけ、一撃に全身の力と同時に全体重を乗せる技法と、元々はライバックさまから教わったっていう風魔法の加速術で急速に距離を詰めたり退いたりする移動術だけだ。ああ、あと擒拿術つったっけ、立ち姿勢からの関節技もな。
ククリの外見が、あのバカもきっと帰ってきたらびっくりしまくるだろうってレベルの美の化身みたいな超絶美少女に育ってるんで、無制限だった神力の殆どをティースやオレに封印されてるのもあって、オレらや聖神軍団のおっちゃんたちがこぞって護身用にって武術教えまくってるもんなあ。
――どうもククリは……、神なのもあるんだろうけど、タギツちゃんと同じで一度覚えた技法を絶対に忘れないタイプみたいなんで、そのうち俺らの誰よりも強くなるのかもな。なんつったって、あのバカの娘なんだし。
オレはあいつの作った街を護る役目の方を取ってここ、クーリの領主館に残ったけど、もうひとりのあいつの奥方でオレの親友、ティースはアゼリア王国の王都アグアに住んで、女王代理宰相として王国全域を治めてる。役職以外でもタケミカヅチの神器で女王ククリの母だから、ティースに真っ向から逆らえる奴なんて居ないだろ。
先代の宰相だったレムネアさんの神器を受け継いでるんだから、恩に報いて遺志を継ぎたい、ってことだったんで、オレらも同意して送り出した。まあ、お互い神器なんで神力ゲートでいつでも会えるんだけどな。
でも女王になったククリに負担を掛けないようにしたい、ってことで、10年経った今じゃアゼリア王国は象徴王位制っつーんだっけ、女王が居る代わりに政治には口を出さない、ってことにして、ククリはこうしてオレの居るクーリに来たり、王都で遊んだり、他の場所に行ったりって感じで割りと好き勝手に遊び回ってる。
まあ、あれでも女神なんで、神力ゲートでどこにでも一瞬で行けるんだけどな。
クシナダさんは宮廷魔術師の地位に就いて、アバートラムで王国技術省を興して、ドワーフ王国と共同で<電車>の設計や敷設計画と運用をやってるみたいだ。なんでか物凄く生き生きしてるのは気のせいだろうか。
<電車>はまだ大陸公路に沿って王国内とクーリ自治領内、それにドワーフ王国とアルトリウス王国の一部主要都市を結ぶだけだけど、そのうち<電車>だけの単独線路を敷設したい、とか言ってたな。<電車>のおかげで一般人の移動速度もぐんと上がったし、商人の商売用の貨物や農民の作る作物の移動にも役立ってるみたいだ。
今のところ、馬車業者とかとの兼ね合いもあって一般人の乗車賃金は馬車より高めに設定してあるそうだけど、魔導二輪みたいな完全に非武装の一般の乗り物が発売されたそうだし、そのうち馬で移動するのは消えてくのかもな。
でも、電車も魔道二輪もレールや舗装路がない悪路だと馬よりも遅くなるから、完全には居なくならないかもな。
ティースとクシナダさんとムギリさんがたまに、息抜き、とか言ってケタケタ笑いながら怪しげな兵器類を開発しまくってる様子を見たときは、「魔女の酒宴に酒精ドワーフが参戦した」って印象しか抱かなかったんだけど。息抜きレベルのはずなのに、どんどん王国の軍事力が上がりまくってるのが恐ろしい。
シンディさんは王都にあった実家のクレティシュバンツ商会を継いで、魔導板や魔道二輪にアイスクリーム屋とか甘味処、なんて具合に販路をどんどん手広く広げてる。――っていうのは表向きで、裏の顔は魔道士ギルド長で魔道諜報部隊を率いてる冷酷な諜報魔道士。
あの、表の顔のシンディさんっていう笑顔のよく似合う人好きのする女性の姿は「どういう人格だったら警戒心を抱かれづらいか」って計算の元に作られた人格で、本来の姿は智神オモイカネの並行存在なんだってさ。
まあ、並行存在なんで神力は極端に低いし魔力もあまり持たないんだけど、魔法陣系統や言霊系神言呪文系統の魔法が、魔法を最初に考えた始祖のクシナダさんを遥かに超えるレベルで完熟してて、ある意味この世界で最強の魔法使いらしい。
でも、本人割りと本気で甘味の開発にドハマリしてるっぽいんだけどな。あと商売にハマっちゃってるというか。人間相手のそういう行動は計算の他に経験が必要なんで、裏表なしに本気で面白いと思ってるみたい。神でも変わり者っているんだなあ、って感想。――最強の変わり者はあのバカだった、そういえば。
神の記憶力を活かして、歴史書みたいなもんも作ってるって言ってたな。そのおかげで、王都の図書館はすごい勢いで魔導書や歴史書が増えてってるらしい。オレも武術書とか残した方がいいのかな。でもオレ、文章書くの苦手だからダメか。
グロールさんとかルースさんとかの聖神軍団幹部とヴァルキリアたちには次々に子供が生まれて、一時は出産ラッシュで仕事が手につかなかったくらいだ。その子たちもみんなだいたい歳が近くて、そろそろいい歳に育ってきたから、もう少ししたら女王親衛隊みたいなもんを作ってそこに全員放り込んで、全員で鍛え上げようか、って話が出てた。
みんないい歳なのに、まだまだ現役引退できそうにないな。
ヴァルキリアのルシリアとシーベル、それに聖神軍団幹部のアトールとゲルドは4人全員が王国武器指南役になって、今や王国全土に普及した銃棍槍術の槍術師範として王国の騎士たちに槍術を教えてる。普段からいつも厳しい態度で新兵たちに恐れられてるけど、家に帰ったら「ダーリン」「ハニー」で呼び合うくらい仲睦まじいそうだ。
そういえば、ヴァルキリアと聖神軍団で最初にカップルになったギュゲスとリッティは、ティースとクルルに直接射撃指導を受けた唯一のコンビ、ってことで、今は王国の射撃指導役になってる。こっちも、銃棍が民間の狩り用や一般冒険者たちの冒険用に普及し始めてることもあって、軍隊以外でも民間講師としてあちこちを飛び回ってるみたいだ。
シーベルたちもリッティたちも、子供はまだ居ないけど毎日充実してるみたいだな。
そうそう、シュラーデンのツクヨミ騎士団に居た父親たちに全員勘当されてた件だけど、今や王国最強戦力だし子供も生まれたとこもあるのにいつまでも勘当状態ってのは醜聞だ、ってことで勘当はとっくに解かれてるらしい。「祖父母になった親たちがびっくりするくらい甘々な顔になってた」なんて聞かされたけど、どこの親でもそんなもんじゃね? オレだってレアの世話してるときはそんな感じらしいしな。
スサノオさんとタキリちゃん、サヨリちゃんたちは、「世の中を見て回って来る!」なんて言い残してかれこれ5年、未だに帰って来ない。神力ゲートで全世界どこでも瞬間移動の癖に、本気であっちにふらふら、こっちにふらふらって具合で歩き回ってるらしい。あのバカの放浪癖が似たんじゃないだろうな。魂の兄弟なんだし有り得るかも。
毎年桜が舞い散る季節にだけ、王都の桜並木を見るためにタキリちゃんとサヨリちゃんだけがゲートで帰って来る。なぜかそのときだけアルトリウス王国のフープさん以下近衛騎士団や聖神軍団がいろんな仕事片付けたり無理や無茶を押してでも幼女のタキリちゃんサヨリちゃんの姿を見るためだけに王都に集結する不思議があるけど、まあ、オレも毎回会うのが楽しみになってる。
その当のタギツちゃんは、あのバカと結婚した当時のままで成長を止めてしまった。全身があのバカの好みにフルヒットしてる自信があるんで、変化したくないそうだ。オレももう少し胸が成長してから神器になるべきだったかなあ? なんか悔しいんだけど。
シェリカ姉がアルトリウス王国の王都アヴァロンで興した医療士ギルドの初期講師をやった後は、王都に戻って医療士ギルド支部長と王国典医をやりながらあのバカの帰りを待ってる。何年かに一度、スサノオさんが顔を出すんだ、って嬉しそうに語ってたな。
ミリアムちゃんは次期国王の座を手放し、弟に王位継承権を譲って、ドワーフ王国に正式に嫁いだ。告白するまで2年、婚姻するまでに3年もかかってオレらをやきもきさせたもんだけど、お互いに不老不死の神器とドワーフ王ってことで、関連近隣諸国全土でお祭り騒ぎが1年も続いたんだよな。
剣神の神器で剣聖のミリアムちゃんが舞う剣舞は先代剣聖の命日とムーンディア王国の初代国王の命日、それにドワーフ王ムギリさんとの結婚記念日の年に3回舞われることになってて、開催されるときは会場のチケットが争奪戦状態になるんだよな。ほんっと可愛いんだもんなー、ミリアムちゃん。中身は相変わらずの天然全開なんだけどな。
天然って言えば、アルトリウス国王になったフープさんとシェリカ姉との間にも子供が生まれて、ククリの2つ年下でサクヤ姫って言うんだけど。ミリアムちゃんと全然関係ないはずなのに、なぜか姉妹みたいにそっくりな天然さんに育ってて、早くもフープさんにおちょくられる宿命になってるみたいだ。
天然さんに加えてかなりぼーっとしてるおっとりさんでもあって、小さい頃からククリに連れ回されていろんないたずらに加担させられてるせいか、それに謝って回る不幸な星も背負ってる気がしないでもない。
――でも、武術教師がトーラー頭領とシェリカ姉っていう忍者でも最高レベルに近い師範が揃ってるせいか、体術だけならもう昔の、アバートラム決戦時のオレくらいのレベルにまで達してるんだよな。まだ8歳なのに、末恐ろしいぜ。
そのトーラー頭領も、もう60代を超える感じで頭も真っ白になっちゃったんで、もう少ししたら正式に頭領を引退して跡目をシェリカ姉に譲るんだとか。でも、建前だけで隠居とかせずに影に潜って隠密諜報活動続けるつもりなんじゃないかなあ、なんて思ってる。そもそも忍者なのに有名すぎるんだよな、頭領。
っつーか、頭領が率いてる忍者軍団もそろそろ頭領と同じく50代、60代が増えて来てるんで、真剣にサクヤ姫に長く仕えられる後継者を探してんじゃないのかなあ。オレらの元々の出身地な忍者の里は、長いこと離れてるうちに里のお役目とか忘れ去られて全然普通の一般的な農村になってたから、アルトリウス王国で生まれた新しい時代の子どもたちが担ってくのかなあ。
まあ、オレも一応あそこの忍者軍団出身だから、長く見守っていこう、と思ってる。あそこの国には神が居ないから、あと100年も経ったらオレの役割になるのかもな。それもいいか。レアと一緒に行くことになるんだろうな。
アルトリウス王国の砂漠の緑化は順調に進んでて、各地に散ってたエルフたちが故郷に帰って来て成長を手伝ってるのもあって、すごい勢いで森林が再生してる。でもエルフの数自体がもうかなり少ないし、人間と共存する形になるから、ある程度まで森林が育ったら農耕の手伝いもしてもらうことになってるそうだ。
砂漠は元の神国の一部に残るだけにする予定で、全部緑化してしまわないのは、砂漠に特化して伝統や文化が出来上がってしまった部族や動物の移住地にする予定なんだとか。いろいろと大変だな、そういうのも。まあ、フープさんって切れ者すぎだし、全部任せとけばどうにでもなるんだろうな。
元の神国はあのバカが転移したあと、無人の砂漠になったんで、隣接してたドワーフ王国とアルトリウス王国で割譲して、遠い場所はとりあえず合同支配地、ってことになってる。そこが砂漠のまま残される地域な。
遠すぎるし利用価値もないからカネ使ってまで緑化する必要性もないし、都市作る必要性も高くないからしばらくそのまま、って話なんだってさ。
じゃあ、あそこに住んでたあれだけ強力な魔物たちもずっとあのまんまか。冒険者の腕試しにいい地域かもな、しくじったら死ぬだろうけども。
そういえば、エイネールの神殿で相変わらず墓守やってくれてるクラオカミさんに出産の兆しが見えてきた、って話してたな。ときどきスサノオさんが寄ってくれて、水龍神クラミツハの残滓な神力を全力で集めてクラオカミさんに注いでくれるおかげで、クラミツハの復活が早まってるんだとか。
――神力を口移しで注ぎ込むやり方って、スサノオさん発祥なんじゃないだろうな? タヂカラオの神器なオレは拳か蹴りだし、タケミカヅチの神器なティースは雷撃って感じでそれぞれの神で注ぎ方が違うのは理解したんだけど。オレの知る限り、口移しで注ぎ込むのはあのバカとスサノオさんだけだ。そんなとこも兄弟なんだな、変なとこが似てる兄弟だ。
クラミツハにあれだけ浮気を責めたのに、自分が今、スサノオと浮気みたいにキスを重ねてることで出産の手助けをして貰っていて、クラミツハとスサノオさんの双方に申し訳ない、なんてクラオカミさんが困ってたけど、スサノオさんの方にそんなつもりは一切ないと思うから安心していいと思う。奥さんのクシナダさんも全然気にしないだろうし。
ありゃ、無関心で粗暴と粗野を装ってるだけの、実は人情家で照れ屋で、しかも照れ隠しが壊滅的に下手くそなおっさんだから。
大陸中に点在してた鳥居は極端に数を減らしてしまって、シェリカ姉とフープさんが挙式したっていうサルタヒコの鳥居も消滅してしまったらしい。
でも、あのバカがこの世界に来た最初の場所だっていう神器の塔と、そのそばの森の中で発見されたアメノウズメの鳥居はまだ健在だっていうから。それが、アメノウズメ=クルル、オレたちと一緒であのバカの妻で、最強無敵の正妻さんがまだどこかの世界に存在してるっていう証拠。
その鳥居がある限り、あのバカ――オレが未来永劫愛する夫であり、この世界の神族の頂点に立つ暗黒の神、魔王タクミは、絶対に生きてる、っていう証拠。
――――☆
「これが、神器の塔、ですわね。タクミさんたちから何度も話を伺っておりましたけど、実際に来るのは今日が初めてですわ」
アゼリア王国の西、アゼリア内海を挟んで対岸のディルオーネ王国エイネール港から更に北上したラフタール王国シーンの街の北西に位置する、垂直かつ頂点が見えぬほど高くそびえ立つ神器の塔は、ティースらが最初の旅に出発したときと全く変わらず、そこにひっそりと屹立していた。
「ティースの里帰りのついでに同行させて貰って悪いね。親子水入らずの邪魔しちゃった感じでさ。それに、ククリと一緒にうちのレアまで預かって貰っちゃって」
「何を仰るんですか、リュカさんだってわたくしの家族じゃありませんか。妹みたいに思ってますのよ、昔から?」
「ああ、オレも姉みたいに思ってるし。ティース姉、ってタクミが呼ぶのをちょっと羨ましく思ってた」
照れ笑いしながら隣に椅子ごと浮いているティースにリュカが話しかけると、ティースは意外そうな表情を浮かべて答えた。
「あら、今からでも呼んで頂いて構いませんわよ? リュカ『ちゃん』?」
「なんだよティース『姉』?」
しばしの沈黙の後、ややあって、堪え切れずにふたりともが同時に吹き出す。
「無理。今まで通りで」
「ですわね。同じ人を愛して同じように妻になって、今更でしたわね」
ひとしきり笑いあった後、改めてふたりは塔を見上げた。
「……オレ、レアやティースが居なかったら、ずーっとここでアイツの帰りを待ち続けたかも。ここ、エイネールのロッドの墓とも近いしな」
「あら、わたくしもリュカやククリが居なければ同じことをしたと思いますよ。お父様やお母様の実家とも近いですしね」
「――でもさ」
「――でも」
うん、とふたりは顔を見合わせて頷き合う。
「「そんなこと喜ばないよな」ですわよね」
声を揃えて唱和して、もう一度強く頷いて。塔に背を向けて、帰り道を歩き始める。
と、そこに。
ひゅぅぅぅぅううううう!!!
と盛大な風切音が頭上から近づいてくる、と思った刹那、それは神器の塔とリュカ、ティースたちの中間位置の地面に盛大な衝撃音と共にめり込んだ。
驚いて振り返るふたりの前に、すとん、と優雅に着地した猫耳に巫女服の見慣れた女性が、そのままその場にしゃがみ込んで、地面に空いた大穴の中を覗き込んで、告げる。
「学習しないのねタクミはっ? そこは前にも落ちた通り、地形の関係で軟泥だからちゃんと減速しないとめり込む、って解ってたでしょっ?」
「――減速っつか<源力>なんて滅多に使わないんだから出現場所間違っただけだしーーーー、そんだけ余裕あるんだったら止めてくれても良かったんじゃねーのかって俺は思うんだけどーーーー」
よく聞き慣れた、待ち望んだ声が、よほど深くめり込んだのか、残響を響かせながらやや歪んだ声として地の底から聞こえてくる。
「いよっ、と。ああ、やっぱりこの時間のこの場所を選んで良かった。上にズレちゃったのは予想外だったんだけど、まあご愛嬌」
一足飛びにめり込んだ底から飛び出して来たらしいその男は、全身を軟泥に汚しながら、笑顔を作って泥だらけの両腕を広げて見せる。
「……バッカヤロウ、遅すぎだっつの。何年待たせんだよ、このバカっ」
「ほんとうに、待たせすぎですわよ? 皆さん心配してたんですからね?」
「ごめんな? アマテラスのゼロからの再生とか、元の世界のカグツチの影響除いて時間軸修正で大戦起こらなくしたりとか、ほんっといろいろ雑用が次から次に雪だるまで増えてっちゃってさ?」
「「おかえり、タクミ!」」
苦笑しつつ、腕を広げた姿勢のままで二人が飛び込んで来るのを待ち受けていたタクミは、希望通り、くしゃくしゃに顔を歪めて涙を散らしつつ全力で飛び込んできた妻のふたりを広い胸に同時に抱き止め、抱きしめ返した。
それをタクミの後ろからやや涙ぐんだ風のクルルが更に抱き締め。
「ただいま。――キスしていい?」
そんな一言がタクミから告げられる前に、既に全員がタクミの顔中にキスの嵐を浴びせていた。