60話 原初の力
――クルル、予定通り指揮交代! 全力俺サポートよろしくっ!
『了解っ、――タクミくん頑張れっ!』
クルルに飛ばした指示に対する返事で、初めてクルルが俺に敬語を使わなかったことに気づいて、こんな時なのに俺の両頬は少々緩んでしまう。
前の旦那だっていうサルタヒコさんに対するクルルの態度が、俺とはまるで違って、ほんとの夫婦みたいに気安くじゃれ合ってたのに嫉妬しまくりでさ、つい『敬語使わないで』なんてお願いしちまったけど、それを受け入れてくれたみたいで。
……これが嬉しくならないわけねえっつの!
「おおおおぉぉぉぉぉらぁ!」
ついつい気合溢れて怒声と同時に、眼前に立ち尽くすアマテラスに向かって型もへったくれもない中段パンチを叩き込んじまったけど。
それは、いつ動かしたのかも見えなかったアマテラスの左の掌で軽々と受け止められていた。
「礼を言おう、ヒルコ、アメノウズメ。数百年ぶりに思考がクリアだ。身体も軽い。穢れを祓ってくれたのだな。おかげで自由を取り戻したようだ。礼をせねばな」
「ああ、礼には及ばねえって。まだ全然途中なんだし。まあ、最後まで大人しくしとけよ?」
口調は丁寧だし、全体の神力も減少してるのは確実だろうけど。それは逆に、凶悪さを増したってことだ。大味な攻撃がなくなって、この先は本気でコンパクトで速い致死性の攻撃が続くんだろう。
「なぜだ? 貴君らの目的は我から穢れを祓うことであったのだろう? 既に我が身に穢れはなく、我こそが三貴神筆頭、純粋なる光輝の神、天照大御神である。大義であった、控えよ」
アマテラスの口上の間も、俺は神力を駆使して攻撃を加え続けてるけど、アマテラスは相変わらず俺の攻撃に対して腕だけ瞬間移動してるみたいに高速でブロックし続けている。
なるほど、これが「光速動作」と「神力相殺」ってやつか。――光速での動作と、攻撃力に使用された敵の神力を読み取って同じ量の神力で相殺するアマテラスの固有能力。
確かに、そこら辺の神相手なら、これをやらかしたら神力量で最大規模のアマテラスに勝てる神はそうそう居ないだろう。……そこら辺の神、ならな!
『リュカさん、今です!』
《あいよ、待ってたぜ!!》
アマテラスの両腕を俺の両腕での攻撃でブロックさせた瞬間に! リュカの、俺の背中を踏み台にして飛び越えた、両拳を重ねての振り下ろしの豪快な一撃がアマテラスの脳天に叩き込まれる。
それは瞬時に、アマテラスの脳天を起点に全身に亀裂を発生させ、アマテラスは俺の両腕から手を離し、両手で顔面を押さえてよろめきながら後退した。
「クルルの予測通りだ。大きな神核を変形させて全身の核にしてやがる。身体は天叢雲剣、腕足にタヂカラオとタケミカヅチ、頭にアメノウズメってとこか? それに……」
苦鳴を続けるアマテラスに大股で歩み寄りながら、俺は、その全身の亀裂から立ち上る陽炎みたいな真紅の揺らめきを見逃さなかった。
「神核の中までカグツチの炎に侵されてる。こりゃ、ぶち壊すしかねえよな?」
「馬鹿を申すな、神核を破壊すればこの世に実体を維持出来なくなるのだぞ!? いいのかそれで、神器たちよ! 貴様らの神使の加護も消えてなくなるのだぞ!!」
「小物みてェな台詞抜かしてんじゃねェよ、何のために俺らの体内に神使が入ってると思ってんだよ」
同じように、俺の左後ろに続くリュカが嘲るように言葉を吐き捨てる。
「その神核を失っても、わたくしたち神器の身体そのものが神核。消滅の危機などありませんわよ」
右後ろにティース。
「そもそも、神核など必要ないのですっ。神核に固執していること自体が、創造神の制御の中に在る証明」
ティースの横を抜けて、俺の隣に並び立つクルル。
「恨みはありませんが、恩もありませぬ! 潔くなされい!!」
リュカの更に左を抜けて、ミリアム。
「父上への無礼を償って頂くのです!」
「とーちゃんの身体を奪った報いを受けるのだ!」
リュカと俺の間に、タギツとククリ。
「……別にお前は悪くないんだろうよ。ただ、ちょっと間違えたんだ。カグツチには会ったことないから解かんないけど、そいつも世界の理の一部で役割があって、お前の一存で消滅させられるような存在じゃないし、お前の神力をどんな方法で増やしたって絶対に出来ないことなんだよ」
アマテラスの身体の崩壊が進んで、内部から真っ白な輝きを放つ一本の剣と、その白い光に弾かれるように周囲をぐねぐねと這い回る邪悪な朱色の炎が現れる。
「とりあえず、俺の兄弟、スサノオの神剣、返して貰うぜ!」
言い捨てて、宙に浮くだけになったアマテラスの崩壊が進む腕足の妨害にお構いなしに、アマテラスの胴体だった部分に無造作に片手を突っ込んだ俺は、天叢雲剣を手にして一気に引き抜いた。
途端に、俺の手にある天叢雲剣は俺の神力の影響を受けて白い光が急速に真っ黒に変わり、真っ白だった刀身は漆黒に変化して、アマテラスの全身から放たれる淡い緑の光を吸収し始める。
「なんでこれをお前が持ってるのか。……クシナダさんと分離するきっかけ自体が、お前に勝ちたいカグツチの策謀だ。三貴神のバランスを崩してお前に神力が集中するように仕向けて、全体神力のバランス崩壊でお前が自滅するように仕向けたんだ。それにお前は乗っかって、カグツチの言うとおりにスサノオからこいつを取り上げてスサノオを封印した」
軽く漆黒の天叢雲剣を放り投げて、タギツに渡すと、俺は更に両腕を相変わらずカグツチの炎が暴れ狂うアマテラスの胴体だった場所に両腕を突っ込んだ。
「カグツチにも誤算はあった。スサノオを封じた時点で神族最高峰の神力を得たお前はその瞬間に、カグツチを封じたんだ。でも傲慢だったのは、小箱に封じて現世にカグツチの実体を留めたことだ。あいつの炎がどんな影響をもたらすのかよく知ってたくせにな?
そのときから人界にカグツチの影響が出始めた。あらゆる場所で人間が使う炎はカグツチに力を与えるもので、人界からカグツチにほんの少しずつ力を与える媒体――ゲートも同然だからな」
俺が説明する間にも、リュカやティースたちは俺とクルル、それにアマテラスの三柱を囲むように神力結界で覆って、光が漏れないように真っ黒な壁にすべくどんどん結界の色を暗黒に変えていってる。
「900年の時間をかけて、カグツチは少しずつ人間が使う炎経由で力を取り戻したり、その取り戻した力で更に神器を作って自分の神力を回復させる手段を講じてきた。その間にお前は何をしてたかって、説明できるか?
出来ないよな、自分の制御能力を超えて集めすぎた穢れに押し潰されて、他の平行世界の自分まで一身に集めてまともな思考能力を失ってたんだから。お互いに自滅したんだよお前らは。カグツチの方が一枚上手だっただけだ」
アマテラスの身体に突っ込んだ俺の両手の間に、神力とは別の力が漲るのを確認して、俺は隣に寄り添うクルルの顔を見て……、はにかむような微笑みで、クルルが俺の肩にそっと片手を添えたんで。
「じゃっ、ちょっと行って来るわ!!」
俺も笑顔になって、みんなに向かって叫ぶなり、能力ブロックを開放して使えるようになった、この世界では俺たちだけの特別な力――。
宇宙開闢原初の神力、<源力>を全開放して、アマテラスの残骸とカグツチの炎の残滓ごと、俺とクルルは異世界にジャンプした。




