58話 聖なる光の邪神
「とりゃとりゃとりゃとりゃぁぁぁぁ!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、ククリの構えた竜弓から放出された数千本にも及ぶ極大の神力を秘めた光の矢は空間を乱舞しながら弧を描いて、広大な空間に鎮座するアマテラスに向かって飛翔した。
……が、退屈そうに玉座に片肘をついて座るアマテラスの片手のただ一振りで、その全てが消失させられたのだった。
「何用か? 朕は天照皇大神、全ての神々の頂点に立つ三貴神の長兄。不遜であるぞ?」
「神々の頂点は原初の神、天之御中主神であって貴方は違うでしょう。不遜なのは頂点を詐称する貴方のほうでしょうにっ」
クルルの鋭い指摘に、アマテラスは答えず、思案顔で玉座から立ち上がる。
――その、ただ立ち上がる、という動作のみでタクミたちが侵入した清浄すぎる一筋すらも穢れの存在が許されぬ真っ白な無限遠の空間がぶるり、と震えるように視界が歪み、アマテラスの全身から目を射抜くほどの強烈な光芒が発生し、影の存在を一切許さぬかのように無限の空間全体を白光が圧し包んだ。
「――あっれー、タクミくんじゃーなーいかー? お久しぶりー? なーんだこっちに来るんだったら教えてくれたら盛大な歓迎するって言ってあったでしょうにー、水臭いなあーもうっ、照れ屋さんだね末弟くんー」
……そのような莫大な光の神力を放出しながらも、がらりと口調を変えたアマテラスがにこやかに片手を振ってタクミら一行に近づこうと足を踏み出す。しかし、足を踏み出した姿勢のままでその場に突然停止してしまっていた。
「末弟じゃないし、ほんとの末弟のスサノオはまだここには着いてねーよ。あれはめっちゃくちゃ面倒見のいい人情家なんで南部で人間の軍の面倒見まくってるし。つーか、順序で言えば、ヒルコの俺はお前らより先に生まれたお前らの兄だっつの」
呆れたように投げかけられるタクミの言葉にアマテラスが答える様子はなく、目だけをぎょろりとタクミの方へ向けると、口を開き――。
「わたしは高天原を統べる三貴神であり。あり。ありり。ありりりりりりり……、朕こそが神皇大日孁貴神みみみみ……、みーーーーーー、わーわーわーれれれーれれーれーれーーーれーーれ」
ばしぃぃん!
「……ダメですね。吸われました。思うに、私たちの神力では全て吸われてしまうのではないかと」
ククリを胸に抱き、極大の雷神由来の神力雷撃をククリの持つ竜弓から発射したティースだったが、その言の通り、その攻撃意思を含んだ一撃は空間にイオンの残臭を残すのみで、最初のククリの一撃と同じくアマテラスの身体に届く前に霧散、空間に吸収されてしまっていた。
「確かに、オモイカネの言うとおり、重なりすぎですっ。56億7千万の並行存在が全て一体に重合してしまったのが、このアマテラス。このせいで、地球も穢れに満ちて滅びました。恐らく、他の平行世界も、全てっ」
「アマテラスの本来の役割ってのは穢れを集めて光に変換し戻す役割で、その真逆なのがカグツチだ。あっちは清浄な光を炎に変換して穢して拡散する。どっちが欠けても世界のバランスが崩れる。だから、地球はカグツチの影響力が強くなりすぎて自滅した」
タクミは腰の後ろからツインダガーを取り出しつつ、クルルと並んで前に進み出ながら呟きを続けた。
「――どこかの時点で、この世界のアマテラスはカグツチの影響を受けて、一切を変換しないまんま穢れだけを集める存在になったんだ」
「クシナダさんと分離した前でしょうね。穢れを集める男神の部分だけが残って、それを制御して浄化するクシナダさんが分離したことで制御不能になったのだと思いますっ」
前に進むタクミを見送るように、その場に立ち止まってタクミとの間に神力を凝縮し始めたクルルが、タクミの言の後を引き継ぐ。
「だから、他の神々たちから神核を集めないと力を振るえなくなった。制御不能の穢れた生命エネルギーの塊、それが今のあなたですっ」
「アマテラス。柄じゃねえけど、助けてやるよっ!」
言い放つなり、数多の距離を一足飛びに飛び込んだタクミは、半身で右正拳を大きく突き出しつつ左拳を腰溜めにした姿勢の上段突き、冲捶を放つ。
それはアマテラスの前方数メートルで不可視の障壁にぶつかり、空中に波紋のようなエネルギーの円輪がいくつも描かれ……、それはある時点で波紋の向きが逆転し、タクミの拳に向かって急速に集中すると、タクミの拳に発生した波紋の全てが吸い込まれた。
「あー、言いたくねえ、こっ恥ずかしい……。『暗黒神』ヒルコの俺が、お前の身の内にある並行存在を全部吸い取って元の位置に戻して。
清浄で正常な単一のアマテラスに戻してやる、ってことでいろいろチャラにしてやらあ。
殺してやりたいけど、それやるとこの世界が滅びちまうからな。ただし! 穏便な方法で済むとは思うなよ!?」
防御障壁が粉砕したことによる反応か、空間を揺るがせたタクミの巨大な神力を含む怒声に反応したものか、アマテラスの周囲に大小さまざまの、これまでに無数の神々から奪ってきた神核が無数に展開され、そのひとつひとつから強力な光線が無数に発射される。
それらの放つ強烈な光線はタクミとクルルをすり抜け、後方に取り残されていたティースらの方へ伸びた。が、あらかじめタクミが展開させていた重力渦にことごとくが吸収され、また、その光を吸収する毎にその重力渦は巨大に膨らんで行くのだった。
「俺の女に手出すなっつの!」
もはや型も技もなく、力任せにアマテラスの実体に力任せに叩き込んだタクミの拳は姿勢を変えることなくただ呆然と立ち尽くしているアマテラスの腹部にめり込み、衝撃と同時にその打撃点から無数の光の粒が放出され、ややその場を漂った後に、タクミとクルルの間に出現していた巨大な重力渦に吸い込まれるようにして消えていく。
目にも止まらぬ速さで繰り返されるタクミの打撃はアマテラスの実体の全身に対し先の宣言通り所構わず炸裂し続け、その度にアマテラスからは光の粒となった本来の身体からの余剰エネルギーが噴出し、それがクルルが全制御を担当する、タクミとクルルの神力共同による巨大な次元重力渦から他世界に返されているのだった。
「数が多い、リュカ! ミリアムちゃん、タギツ! 周囲の神核を全部ぶち壊して!」
「あいよ!」
「了解しました!」
「はいなのです!」
新たにそれぞれタヂカラオ、アメノハバキリの神器となったリュカとミリアム、それに元から神であるタギツはタクミの要請に応え、タクミの両脇を駆け抜け光芒を放ち続ける神核群を破壊し始める。
「タクミくん、二割を超えました! そろそろですよ!」
「解ってる! みんな、逆呪文系統で! 光系は力を増すだけだから!」
クルルの注意喚起にタクミが応え、皆に更に細かく指示を出したとき――、ほぼ無抵抗だったアマテラスが姿を大きく変えたのはそのときだった。
「GRRRRRRAAAAAAAAAAAWWWWWWWWWWWWWWOOOOOOOMMMMMMMMMMM!」
既に人語ですらない咆哮を叫び、全身の皮膚を食い破るように増殖を繰り返す肉塊が現れたかと思えば、その新たな肉体を食い破って新しい歯と口が現れ、更にそれをも大きな口が内部から、と、全身に口を出現させた元アマテラスであった何かは、その全ての口から一斉に何かの言葉を吐き出し始めた。
『神言呪詛です! 聴覚カット、タクミくんの異空間経由の念話で対処!!』
――無効化はクルルに任せた! リュカ、ミリアム、タギツ、神核の破壊に加えて本体も削って! 前面は俺らで受ける! ティースとククリは遠距離から上面狙って!
《簡単に言ってくれやがるぜ、後できっちり礼は貰うからな! オレは左っ!》
<了解でありますっ、神言の一部はアメノハバキリが斬れます、私は右から!>
〈あいっ、タギツは後ろに回るのです!〉
(さあククリ、父上のお役に立つのですよ? 闇の矢20,480弾、三斉射!)
[かーちゃん、それはいくらなんでもキツイのだ……]
ククリの弱音も含みながら、一斉に開始された神力全使用の総攻撃は巨大な肉塊に膨れ上がったアマテラスの全身に着弾と破裂を繰り返し、アマテラスの総身を覆う邪悪に穢れ果てた光の神力を削り続けた。




