幕間7 露天風呂
「おー。まさかこんな砂漠のど真ん中で露天風呂に入れるなんてなァ?」
「ええ、ほんとに。天気も快晴、お湯加減も良く。まぁ、何千年ぶりのふたりっきりでしょうね?」
全裸で背に神剣フツヌシを括り付けたスサノオと、透けるほど薄い和装な入浴用の肌着を身に着けたクシナダが、誰もが羨む仲睦まじさで、広々とした露天風呂の中央付近でぴったりと寄り添っていたのだった。
「そういや、風呂に二人で浸かるなんての自体も久々かァ。たまにゃ、ヒトの真似事もいいもんだなァ?」
「あら、私はタキリやサヨリと毎日入浴しておりますよ? 女の身嗜みは大切ですからね、お化粧も作法も……、あんっ、もう」
クシナダの言葉を遮るようにして、結び上げた髪の根元のうなじに舌を這わせたスサノオから、クシナダは軽く湯の中を滑るようにして距離を取り、対面してべっ、と鼻の頭に皺を寄せて舌を出した。
「神の身で何をどう嗜むんだァ?」
「男神には分かりませんことよ、お気になされませんこと。――無粋ですわよ旦那様? 神界随一の悪神が女子の嗜みに気を回されるなど、タヂカラオ辺りに笑われますよ」
「古神にゃ敵わねェっつの。俺様、タヂカラオに腕相撲で勝ったことねェんだぜ? 両手両足全部使って、タヂカラオの指二本に敵わねえんだからなァ? さすがにあんときゃ俺様も凹んだぜェ」
「古神に対抗しようと考えるあなたがおかしいのですよ?」
「男神の浪漫って奴だよ、うるっせェな」
……ここは元々は砂上艦を解体した際に発生した木材を集積した中間資材置き場、だったのだが。
タクミの発案で、道路脇に引いた水路の一部を地上に引き出して何重にも折れ曲がった管路を通しつつ太陽熱で温め、それを石造りの風呂に注ぐ掛け流し方式にした露天風呂を試作したところ、これが拠点とテテルヴェアを往復する軍人、商人に人気となり。
帝都陥落から数ヶ月を経て政情も安定しつつある現在では周囲に飯場施設なども開業し、新たに建国されたアルトリウス王国の観光名所となるであろうことは予測が容易であった。
「まあ、こんな広々とした露天風呂を俺様たちだけで貸し切り、ってなあ贅沢だよなァ? これで神酒がありゃ言うこたねェんだが」
「あなたは酒乱すぎます。お酒を飲まれると加減を知らなさすぎですから、自重されて下さいませ。また星を割られると困りますし」
普段の毅然とした態度と姿からは想像も出来ぬほどいたずらっぽい笑みを浮かべつつ苦情を申し立て、言葉と同時にびっ、と鼻先に人差し指を伸ばしたクシナダの手を。
自身の大きな手で包み込んだスサノオは、不満を示すようにその手を軽く湯に叩きつけ、むっ、と唇をへの字に曲げて見せた。
「アァ? ありゃちょっとしたものの弾みじゃねェかよォ、それに、ちゃァんと戻したじゃねェか」
「時間を巻き戻してなかったことにして、全部元通りに戻したのは私じゃありませんか。それも他には内緒にして処理して。苦労したんですよ、いろいろと辻褄合わせに。――まさか、耄碌しましたか?」
はああああ、と大きくため息をついたスサノオは、しれっとすまし顔のまま、湯で髪を撫で付けている隣のクシナダを唐突に抱き締め、乱暴に唇を奪った。
「勘弁しろよォ、姉君。ひさびさの夫婦水入らず、なんだぜェ?」
「水には浸かっておりますけどね? ……ごまかし方が下手すぎますよ、弟君。誘い方も一辺倒で。そんなだから、私以外があなたを誤解するんですよ」
唇を離した刹那、苦笑しつつ言葉を漏らしたスサノオにいたずらっぽく笑みを返したクシナダは、普段からは想像もつかぬほど情熱的に眼前に迫るスサノオの顔を両手で挟み込むと、その唇に吸い付き、自身の舌をねじ込んだ。
それに応えつつ、あぐらをかいた姿勢でいたスサノオはクシナダの薄着を手早く解き、湯の熱か、または身の内からの情欲によってかのいずれかで桜色に上気したクシナダの肌を外気に晒し、肩と腰を力任せに、自身の強靭な体躯の方へと抱き寄せる。
「何千年ぶりかねェ? また神が生まれっちまうかもしれねェぜ? 相棒たちに刺激されちまったかなァ、俺様も」
「ふふっ? 誰も困りませんし、よろしいじゃありませんか。――次は男の子が欲しいですね。女の子はもう立派に育て上げましたし。タギツはタクミさんの元へ嫁ぐようですが、上の二人はどうするのやら」
「あん? 上の二人も相棒に嫁ぐんじゃねェのかァ?」
「まったく、鈍くていらっしゃること? 上の二人のタクミさんに対する思いは親戚のお兄さんに対する恋慕程度のものですよ。抱かれたいとまで想い恋焦がれているのは末のタギツのみです。自分の娘でしょう、ちゃんと話し合われませ」
唇を離し、スサノオから与えられる刺激に歓喜の小声を漏らしつつ、クシナダの顔は湯で湿った髪を張り付かせ、艶かしく身を捩らせる。
スサノオとクシナダの身体から湯に飛び散る、淡く発光した上気した肌から滴る汗の粒からは神気を含む芳香が漂い、二柱の身を包んでいた。
「あー、そのうちなァ? 何にせよ、相棒以外を選ぶっつっても俺様にゃ異存はねェよ。ただ、生半可な野郎連れて来たら、俺様がたたっ斬ってやらァ」
「おやめ下さいませ、タクミさんに怒られますよ?」
荒い息の合間に交わされる何気ない夫婦の会話は子に関するものばかりで、二柱の子らに対する深い愛情を表しているようだった。
――――☆
「「立入禁止なのですー!!」」
その当の娘ら、タキリとサヨリは、というと。露天風呂の入り口から周辺一体を全神力で覆う神域結界を張り巡らせ、何千年ぶりかのスサノオとクシナダの二人っきりの逢瀬を邪魔する者がいないようにと、入浴希望者を追い返す役割を果たしていたのだった。
子が親離れする日は、まだまだ遠いようであった。
おかかさんのリクエストから、『スサノオさんとクシナダさんのイチャコラ風景』でした。