幕間6 出会い
「聞いたか、シーベル?」
「はい、ルシリア様。あの話、でしょう?」
「うむ。まずいぞ……、どうしたものか」
声を潜めたルシリアとシーベルは深刻な顔を突き合わせて口々に言うが、その後の会話が続かない。
テーブルに並ぶシンディ特製の新作氷菓子「ミルクアイスクリーム」に、鉄製のスプーンを突き刺して口に運びはするものの。
初めて食べた際はそのまろやかな甘味と赤道に近い高緯度の地域でありながらも氷を食せるという新感覚で、主にヴァルキリアを始めとした女性陣の胃袋を掴んで離さぬ皆の好物となるまでそう時間の掛からなかったアイスクリームですら、ルシリアとシーベルの眉間の皺を解消させるには至っていなかった。
「グロールさまとセリス、レイリーさまとミラがそれぞれ婚約した、という話だったな……」
「ルースさまとクーナもですよ、ルシリア様。……これで、ヴァルキリアで独り身は、このシーベルとルシリアさまのみ、ということに」
「皆まで言うな! 仕方なかろう、出会いがないのだからな!」
「しっ、誰が聞いておるか分かりませぬ。それに、その事情は同任務に就く、このシーベルも同じであります」
――集団見合い、というわけではないのだが、たまたま聖神軍団幹部とヴァルキリアの人数がほぼ同数であり。
元々はお互いに、アバートラム防衛戦で激戦を戦い抜いた仲間であり、また聖神軍団幹部たちの最前線での勇猛果敢さは既に王都を始めとしてさまざまな場所で吟遊詩人たちがこぞって詩歌を作って歌い継ぐほどの勢いで広まり続けており。
ヴァルキリア軍団長であり聖神軍団参謀をも兼任するティースおよびクシナダの方針により、大火力で発射間隔の長いヴァルキリアの大砲と速射性に優れるが大砲と比較して威力の弱い聖神軍団の大砲を組み合わせて同時運用することは軍団の決定事項で。
そんな事情もあり、詩歌にも謳われるほどに絶大な人気のある聖神軍団幹部と共に訓練を重ねる、自身らも戦闘職であり元々強い男性に憧れる属性が強かった女性集団であるヴァルキリアたちが幹部男性たちに惹かれるのは当然と言えば当然の成り行きで。
テテルヴェア占領戦を経て前線任務がほぼ終了し、聖神軍団主力が土木工事メインの任務に切り替わったことで動員体制を解かれたヴァルキリアは後方待機となり。
戦局の落ち着いたこの時期に、新たにそれぞれのカップルに一軒ずつ与えられた新居にて居住することを決定、婚姻することになったのだった。
家庭を持ってもお互いに軍属の身、有事にはもちろん男女ともに前線に従事するし日夜の砲撃訓練義務も残るが。
懐妊、育児などの家庭の事情は考慮されるということで、既にタクミの親衛隊隊長ルースの妻となるクーナが懐妊し、定期訓練から免除されている。
他のメンバーも後に続くのは時間の問題だろう、ということもあり、シンディの連れてきた魔道士ギルドの二人の小姓が試験的にヴァルキリアの補欠として射撃訓練を開始する計画が練られているらしい。
「ああっ。出会い……。なあシーベル。なぜ我々だけが前線から外されて補給護衛任務なのだろうな……」
「補給も最重要任務であることは理解はしているのですけども……。私もルシリア様も『タクミさまを裸に剥く恥辱を与えた』という身ですから、斬首されてもおかしくはなかった身の上。
重要任務に就けて下さった温情に報いねば、とも思い、こうして粉骨砕身して働いてはいるものの。……出会い……。うう、ぐすっ」
ずううん、と背景に縦青線を背負った二人は、誰も居なくなった、閑散とした広い食堂でたった二人、既に半ば溶けかけているアイスクリームをつつき続けた。
と、そこに。
「ふぃぃ、やっと終わっただよ。暫くは回るドリルは見たくねえだな、アトール?」
「ああ、本当だよ、ゲルドの言うとおり。初日からずーっと続けてたからな?」
「そんなになるだかなあ? どうにも、誰とも会わんと日付の感覚がおかしくなっちまうだなあ」
「おう、俺もだ。もう団長たちは、俺達のことは忘れてしまってたのかと思ってたよ」
聖神軍団の7番隊隊長ゲルドと、8番隊隊長のアトールが、上半身裸のままで水を滴らせつつ、がしがしとタオルで頭を拭いながら入ってきたのだった。
「「きゃあっ?!」」
「おおっと!? こりゃすまんこってす、ヴァルキリアの綺麗なお嬢さん方。この時間に人が居るとは思ってなかったんだわ、油断しとっただよ」
「ああ、俺たちは今の今まで水場で水脈を掘っててね。
水仕事だったんで、こうして上着なしで仕事してたものだから、上着は持って来てないんだよ。
悪いけど、メシ喰ったらすぐに出ていくんで、少しの間だけ我慢してくれないかな?」
「あっ、いや、大丈夫だ、問題ない。突然で驚いただけのこと……」
「さすが歌に謳われる聖神軍団の幹部さま、素晴らしい筋肉ですな……」
赤面し顔を両手で覆いつつも、訛りの強い二人の言葉をなんとか理解したルシリアとシーベルは、屈強、と呼んでも差し支えないであろう、二人の巨漢の身体を覆う分厚い筋肉を纏った見事な逆三角形の体躯を、指の隙間から食い入るように見つめていた。
ゲルド、アトールはふたりとも、仕事の邪魔にならないように短く切り揃えた短髪からぼたぼたと水滴と汗の混じった男性の香りを漂わせており、大きく息を吐きながらルシリアとシーベルの手が届きそうなほど至近距離にて、爽やかな笑顔で席に着いたのだった。
「しかしまた、地獄の残業から戻ったらば、こんな大層な美人さんと出会うとは驚きだっただのう、アトールもそう思うべさ?」
「おお、こんな残業ならいつでも大歓迎だね。
お嬢さんたちはなんでまたこんな時間に?
他のヴァルキリアの訓練時間とは外れてるだろうに?」
「ええっと、我々は補給任務が終わったところで、移送護衛でこちらには食事で立ち寄っただけのことでして」
「あー! そうだっただよ、いつもこの時間に来てるべさ? 食堂の明かりがこの時間だけ点くんを不思議に思っとったけんども、お嬢さんたちが食事しとったんだなやあ。
したっけ、俺らの掘削がいつも、もう少し早く終われば会えてたんだべなあ? 今日はたまたま早く終わったんだべよ」
「あっ、我々が再出発するにはまだ余裕がありますし……、よろしければ、明日から夜食をご一緒しても?」
「そうです、暫く輸送任務は続きますので……。そちらがよろしければ、なのですが」
言いながら、ルシリア、シーベルはふたりとも、両目を爛々と輝かせていた。やっと見つけた出会い、である。ここを逃しては、次にいつ出会いがあるか。
他のヴァルキリアに置いて行かれてはなるものか! という気迫が全力で篭っていた。
「ああ、そりゃ少しも俺らは構わないんだけど……。
でも俺ら、ほんとに毎日こんなだぜ?
こんな俺らとあなたたち美人のお嬢さんたちが食事をして楽しいもんなのかね?」
「ええ、もちろんです! ずっと二人っきりで会話するだけの食事に比べたら、殿方と会話出来るなんて夢のようですから!」
気迫のルシリアの一声だった。
顔を見合わせて、にっ、と爽やかな笑みを浮かべた薄く無精髭を生やしたゲルド、アトールのふたりはすっ、とルシリア、シーベルに片手を差し出し。
ルシリアとアトール、シーベルとゲルドは固く握手を交わしたのだった。
――――☆
「上手く行ったっぽい?」
「ええ、目論見通り、ですわね」
「あー、良かったぁ。全員俺の命令でずっと黙々頑張ってくれてたからさー、なんとかくっつけられないかなって思ってて」
拠点の中央に建てられたタクミたち一家とスサノオたちが居住する、他の家々とは違い小城郭並みの偉容を放つ鉄筋と石造りを組み合わせた半端に現代的な領主家の一角の自室にて。
ティースの映し出す<遠見鏡>で四人の様子を垣間見ていたティースに声をかけつつ、タクミは大きく安堵の息を吐いた。
「ほっといてもいずれ出会った気がしますけども? 元々幹部の終業予定時間と輸送護衛の到着予定時間はかなり近く設定してあったのですけどね?」
「いやいや。ティースは職人のことをよく解ってないよ。職人って人種はねえ、仕事に満足行かないと、時間なんか気にせずに満足行くまで仕事をやめられない漢たちなんだよなあ」
うんうん、と頷くタクミに、ティースは軽く笑って、自由の効かない両足を乗せて座っている椅子ごと宙に浮かび、タクミの額に口づけた。
「ふふふ。では、この先も上手く行くかは本人たち次第で分かりませんけども、タクミさんの懸念はとりあえず解消、ですわね?」
「うん、まあそうかな。本人たちに内緒なのは悪かったけど、銃棍と大砲の技術はなるべく一般にも他国にも漏らしたくなかったんで、出来れば団内でくっついてくれればなあ、って思ってたのと。
俺のわがままで本国離れてこんなとこまでつき合わせちゃってるんで、みんな早く幸せな家庭築いて落ち着いてくれればなー、って思ってたし」
「アゼリア王国クーリ自治領領主、オキタ・タクミ公爵はお優しくいらっしゃいますことですわね。だからわたくしたちは皆、あなたが大好きなんですよ」
ティースの告げる言葉に、照れたように笑ったタクミは肩を竦めて、ティースの両頬を自身の両掌で包み込んで優しくキスを返した。
一番時間食ったのはアトールさんの五島弁翻訳。




