54話 ティース
ここで第四章終了でっす。次から幕間をちょっと挟んで最終章の予定ー。
「タクミさん……、分かりますか?」
「――うん。解った……。おかえり、ティース」
それほど長くもなかったと思うキスを終えて、俺は、そんな一言を、ティースに。
「いろいろと気づくのが遅れてしまって申し訳ありませんでした……」
「いやっ、クシナダさんが謝ることじゃないってか。ほんとなら俺がずっと側についとくべきだったのに、忙しさにかまけちゃって……」
深々と頭を下げてくれたクシナダさんに俺は慌てて手を振った。
ほんとにそうなんだ。俺やクルルの事情を優先させて、出産したティースのことを後回しにしたせいで。
ティースは、死んでしまった。それで、俺と同じ身体に。
「ああ……、神器の身体というのは凄いですね。これが、わたくしが生前憧れて止まなかった神力。ふふ、こう言ってはおかしいですが、今なら星をも割れる気がしますね」
「ほんとに出来るからやらないでね!?」
両目を閉じたまま、ベッドで半身を起こしてるティースが、鬼のような圧力を感じさせる雷神の神力を結集させた雷球を眼前に浮かべてるのを見て、俺は慌ててティースに告げたけど。
ティースはにこにこと笑いながら雷球を片手に移して、空いた手で少し大きくなったように見えるククリを抱くのが見えた。
「足と目は、治らなかったのね」
これも俺には知らされてなかったけど、ティースは随分前から半身不随になってて、呼吸が止まる前には視力も失ってたそうだ。
「タクミさんのトラウマと一緒ですね。――『神器になった時点で状態固定される』ので、『死んだ直後に神器になった私たちは、ずっとそのまま』なのでしょう」
「うん。……俺もそう思う」
クルルは奥に引き篭もったまま、呼びかけても出て来ない。
――クルルの万能性ならこれも予測出来てたと思うけど、『何か制限があって』教えてくれなかったか、教えられなかった、と理解してる。
……忌々しい謎制限だな、くそっ。
「タクミさんに<神眼>を教わることが出来て良かったですわ。<魔力探知>でも周囲の様子は伺えますけど、やはり精度が違いますし。……ふふ、こう言っては何ですけど、わたくしはこうなって嬉しいんですのよ? ですから、そんな悲しそうな顔でわたくしを見ないで下さいな」
いつものようにベッドに腰掛けて、半身を起こすティースにもう一度キスして。それから、ティースが片腕に抱いてたククリを受け取って横抱きにする。
「やっぱ、ちょっと育ったよね? 重くなってる」
「クシナダさんのお話ですと、10歳前後までは数ヶ月程度で急速に成長して、そこから再度成長速度が遅くなるそうです。こういうときは大先輩ですわね、お世話になります」
「いえ、新たな『人界の王』となる神子をお産みになられた方に、そのように畏まられると私も困るというか」
苦笑するクシナダさんに、俺とティースは顔を見合わせて小首を傾げた。
「そう、それ。リュカもドワーフ王国でムギリさんに聞いたって言ってたけど。『人界の王』って、何?」
「えっ? クルルさんに聞いてませんか? ――おかしいですね、古神であれば当然ご存知の筈なのですが……。話題のタイミングが合わなかったのかしら?」
怪訝そうな面持ちで居ながら、クシナダさんは丸椅子に腰掛けて先を続けてくれた。
曰く。『人界の王』というのは「無条件にヒト族から愛されて尊敬を一身に受ける器」のことで。
一時代に一体しか生まれない貴重な神子、らしい。
「無条件に愛される」ってのは、昔、俺がアマテラスに与えられた「魅了眼」みたいなもんだろうか? あれも、出会う人が無条件に俺にだけ優しくなる効果、って言われてたっけ。
でも、『人界の王』っていう固有能力の効果は強力すぎるのと、それを持ってるのは所詮ただのヒトだったから。大抵はごく短期間で暗殺や謀殺みたいな感じで殺されちゃって、寿命を全うした過去の王は存在しないらしい。――今までは。
ククリは史上初の「神」で「人」で「人界の王」だから、事実上殺す手段がない……。
これも初めて聞いたけど、実体全身が神核そのもので常時神力を完全無制限で使い放題、かつ常時俺と同じ状態変化無効が強力に発動してる状態だそうで。
なんで、力の使い方にはほんとうに注意させないと、うっかり大陸吹き飛ばすとかやる恐れがあるんだとか。
我が娘ながら怖ぇなそれは。なんか制限掛けた方がいいのかも?
『人界の王』の存在目的としては大陸全土のヒトの営みの安定で。アゼリア王国の初代国王、エルガー王ってのが先代の『人界の王』だったそうで、その人がレムネアさんの冒険者パーティのリーダーで。
それで、冒険の果てにヒト族をひとつに纏めて統一したのがアゼリア王国の始まり、かつ冒険者ギルドの創始、ってことらしい。
でも。味方のはずだったエルフ王国に裏切られて、大陸全土が統一されたのはたった三年間だけで。
それから897年もずっとレムネアさんは殆ど一人っきりでアゼリア王国の「王権代理宰相」として、ずっとエルガー王の跡継ぎを待ち続けながら、国を護って来たんだって。
そのレムネアさんも、俺達に後を任せて消えてしまったそうで。レムネアさんが持ってた神器の力を移し替えて貰ったのがティース。
――恩に報いたいってことで、ティースが王国の宰相になるのはもう決定事項だそうだ。
ってか、レムネアさんがそういう風に消える前に根回ししてくれてたからか、かなりスムーズに新体制に移行出来るみたい。
まあ、貴族院とか領主とかが居るみたいだけど、俺ら全員「神」だもんなあ。
……そして。まあ、まだ名目上のことで別に実権とかがあるわけじゃないんだけど。ククリがそういうことで『アゼリア王国の二代目女王』ということになってるらしい。
もともと、アゼリア王国の国王になる条件が『人界の王』であること、なんでレムネアさんもずっと王権代理だったんだってさ。
「あれ? じゃあ俺の立場ってどうなるんだろう。ククリの父親な俺って」
「名目上はアゼリア王国軍総大将、の立場が相応しいかと貴族院の会議では話し合われていたのですが……。タクミさん、現場、離れたくありませんでしょう?」
ティースの言葉に、俺は強く頷いた。
そりゃイヤだよ、せっかく転生してやっとニート生活脱出して晴れて現場に戻れて、そんでバリバリに働けてるってのにまた職場失うとかさー。
「ですから、この際ですし、アバートラムを離れて南部拠点に移動して、そちらをタクミさんの領土にする自治区にして。
自治区領主、の形で名目上の高い地位を得ることで、行動の自由度を得たままで強力にアゼリア王国の権益を保つ位置がいいのではないか、という話に落ち着きました。
自治区制にすれば王国からの出張や派遣は命令ではなく要請になりますから、タクミさんの事情を優先できますし。
それに、聖神軍団は今や大陸最強戦力ですけども、自治区の収入面で見るなら、出張建築集団での収益がメインになることは容易に予測可能ですから?
現場作業を主にやりたいタクミさんの思惑とも合致しますでしょう?」
にっこり笑って言ってくれたクシナダさんに、ククリを抱いたまんま、俺は頭を下げる。
うーん、こういう話はやっぱ奥方たちに任せるのが一番だな。俺はそういうこと全然分からないし。
「そして。神国にはわたくしも同行しますわよ? これでやっと、何の心配もなくタクミさんと行動出来ますわね」
「……うん。――そうだ、そうだよね。でも、ほんと無理しないでよ? 俺なんか『不老不死、無敵の神器!』なんて思ってたのにこんな体たらくだし」
苦笑しつつ、俺はティースの前で義手の手をひらひら振ったら、その手を掴んだティースが俺の手の甲に軽くキスして。
「わたくしも、次に死んだら、タクミさんやレムネアさんと同じく消滅してしまう身ですし。お互いに護り合いましょうね。――この子のためにも」
「――そうだよね。この子が育ったとこを見たいし、この世界で伸び伸び生きてくとこを見たいから。だから、どうしてもアイツを斃さなきゃ」
うん、とひとつ頷いて、無邪気に俺の髪とか掴んで笑ってるククリの唇にキス。
……世の中の娘さんのファーストキスはたいていそこの家の親父が最初に奪ってる、って話があるけど。
すげえ良く分かるなー。俺、たぶんこの子に男出来たら全力で叩き潰すし。
あ、スサノオの兄貴がタギツちゃん泣かせたドワーフ王国を潰そうとした気持ちが理解出来たわ。
もし、次があったら止めないかも?
「あっ。そうだ、砂上艦にガン積みされてたっぽいエルフ奴隷ってその後どうなったの?」
「ああ、あれはうちの旦那様とタキリ、サヨリが合わせて轟沈させてしまいまして。その後に生き残りのエルフ奴隷を保護して、南部拠点に移送して保護しています。
ただ、殆どの方が大陸公用語をあまりよく理解出来ませんでしたので、ムギリさんとドワーフ王国を通じて大陸全土のエルフに協力を求めているところです。
事情を話しましたら、エルフ奴隷の保護と通訳もですけど、その後の亡国のエルフ王国国土の緑を復活させる、という今後の作業に非常に理解を示して下さいまして、精霊魔法で助力もしてくれるそうです。
ただ、精霊力はその精霊が居ませんと働きが弱いですから、先に水路網を広げませんと……」
言い淀んだクシナダさんに、俺は親指を立ててサムズアップサインしてみせた。
「りょーかい、舗装路敷いて、併設して拠点から水路も敷いて各オアシスに繋げちゃおう。それで道路網を起点に間を埋める感じで緑化帯を広げて行こうよ」
「そうですね。資材の移動にも道路整備は必須ですから、水路併設ともなれば中間に宿場街や小拠点が民間形成されるかもしれません。
それと、拠点の初期の農耕は砂地でも育つ作物を予定していますが……。
砂漠の遊牧民を受け入れつつ、緑化を進めることで、千年近く培われた砂漠の民族文化を破壊して生活スタイルを一変させることに繋がりますので。
この辺は砂漠民の英雄であったグロールさんが各部族の意見を纏めることになっています。
――南部の方の砂漠帯は一部を故意に残すことになるでしょう。砂の飛散などの問題も残りますが、生活スタイルを変更させるというのは難しい問題も孕みますしね」
「それでいいんじゃないでしょうか。元々を辿ればエルフ族の緑豊かな王国が下敷きになっていることですし、そこら辺のお話は当事者同士で解決して頂ければ。
ただ、全土が砂漠、極度に少ないオアシスを占拠した部族が全権を握る。
――というフィーラス帝国の体制が国としていびつなことは既に砂漠民も骨身に滲みて理解出来たと思いますので。今のところ、緑化に対して反対を示す部族は確認されておりませんわね」
あれ。ティースのお見舞いと現状確認に来ただけの筈だったのに。
いつの間にか「アゼリア王国の魔女」ふたりに挟まれてお仕事の話に。
「帝国兵は降伏しませんでしたので、アルトリウス侯フープさんのご命令で全員斬首。降伏を是としない固有文化があるようでして。
こう言っては何ですが、糧食を消費しないし捕虜収容施設の新設も必要ないので補給物資担当としては助かっております。
砂上艦は木材として解体利用して、とりあえずテテルヴェアと拠点との間に中間資材置場を作成しました。
少し半端な位置ですけど、あそこに飯場を置いて鉄都ローンドーフなどと結ぶ街路交差点を敷いても良いかもしれませんね」
「そこら辺はお任せで。俺らは作るだけ、建設計画は『魔女』たちで、施工設計はドワーフ王国、資材運用はシンディさん。……で、纏まるんじゃないかなあ?
てか、なし崩し的に俺らが全部やっちゃってるけど、実際ほんとはこれやらなきゃいけないのはフープ兄んとこだからね?
俺ら元のフィーラス帝国国土まるごと占領するつもりないんだし。そこまでやったら手が足りないもん」
「魔女とは酷い言い方ですわね? わたくしたちはこんなにもタクミさんに尽くしておりますのに?」
口では疑問調だけど顔が笑ってるよティース。クシナダさんも。
「あっ、そうだ。工事途中で俺、現場抜けちゃったけど大丈夫だったかな?」
「ええ、グロールさんとレイリーさんが上手く引き継いでテテルヴェアの占拠後は元の街路に舗装路を繋げたそうです。
元の街路と勾配が変わってしまったので街の手前から大幅な下り坂にしてしまったとのことで、ムギリさんとタクミさんに最終確認を求めていましたよ?」
あっ、そうか。拠点の高さに合わせて敷いてったけど、テテルヴェアの等高線確認してなかったもんな。
下り勾配の傾斜率でまた手直しやるかもだけど、まあとりあえず開通したんだったらいつでも出来るだろ。上出来上出来。
「えーと。あと何が残ってたっけか。フープ兄んとこの進軍状況と補給は? フープ兄だから心配はしてないんだけども」
「ええ、確かに。あれはきっと英雄譚になりますね。常に寡兵で数に勝る帝国兵を打ち破っておりまして。
負傷交代で陣頭指揮は出来なくなったそうですが、ドワーフ王国が入れ替わりで参戦しましたので兵力、士気共に問題ありませんでしょう
……というか、うちの旦那とタキリ、サヨリが参戦してしまいまして。
『伝説の暴虐神スサノオに敵対したくない』ということで、帝国兵から寝返る兵や脱走兵が相次いでいるそうで、敵の士気は最低レベルに」
懐から魔導板を取り出したクシナダさんがぱたぱたと表面を撫で触りながらたくさんの書類を読み出し始めた。
「それと、事後承諾になりますが、ドワーフ王国の参戦によって、ドワーフに銃棍と大砲の製法が伝わりました。
良い機会ですし、今は私の魔法陣に頼っておりますけど、同盟国となったドワーフ王国の方である程度の技術発展を促して良いかと思いまして。
銃棍の方は重力魔法で破壊魔法を封印した弾頭がないといけませんので、これはこちらから弾頭を供給する代わりにあちらが銃身を生産ということで。
大砲の方は、威力を半分以下にした汎用爆発魔法陣の製法と引き換えに、鉄資材の供給で軍需交易を行おうと思いますが……?」
「あー、それは有り難いっ。当然おっけーで。俺、どーしても鋼鉄すら作れなかったし、餅は餅屋がいいと思うっ。
ああ、それと、ドワーフ王国でもスサノオが手伝って神鉄生産やるって言ってた。
まあ、スサノオか俺かティースとかの神力持ちが手伝わないとだし、神鉄の大元を俺らしか作れないからほんっと限定になるだろうけど。
これは神鉄生産で技術培う代わりに、ある程度ミスリル銀を供給してくれるそうなんで、戦車の高速化とかに活かせるかな」
「そうですね。現状ではテテルヴェアからの侵攻には一部の聖神軍団幹部が戦車を駆っておりますけども、大砲か銃棍を固定武装とすることで個人装備に出来ないか、と試験中です。
上手くすれば、騎兵の代わりに使用する個人兵装になるかも、と考えています」
そんな話をしてたらククリがぐずりだしたんで、俺はククリを抱えてリュカたちの元に戻ることにした。
魔女たちの相談事はいつまでも終わらないっぽいし、なんか遠距離連絡手段を用意した方がいいな。遠見鏡に音声付加して常時更新可能にするとか。
さすがにクシナダさんは王都に残らないといろいろ詰むだろうしなあ。今でさえシンディさんを拠点に連れ出しちゃってて王都の人材薄くなってるらしいし。
「あっ、一個だけ! シェリカさんに言われたんだけど、諜報機関みたいな組織がないから情報が遅れてるのがガンだって言ってた!
だからそこら辺も新設するとか話し合ってよろしく!」
ゲートを通りしな、それだけ告げると魔女たちが大きく真剣な顔で頷くのが見えたんで。あとは、任せとけば大丈夫かな。
――――☆
「わっせ、わっせ、わっせ、わっせ……、ふう。ふむふむ、なかなかに順調であるのう? 吾輩の思い通りに進みつつあるぞよ、シフォンを失ったのは予想外であったが、まあ、あのスサノオの現状を知れたことで良しとしようか。
しかし、先に出すのは足にすべきだったのう。両手ではどうもバランスがのう。わっせ、わっせ、わっせ……」
それは、そんなことを呟きながら、休むことなく砂上の移動を続けていた。
「アマテラスの小僧も予定通りに壊れて来ておる。もはや現状も認識出来ておるまいて。夢の世界に浸って幸せに消えてしまえ、忌々しき光の神め」
時折、憤慨するように大きく飛び跳ねたり転がり回りつつも、ひたすらに東へ向かって高速で駆け続けるそれ――ぎりぎりに人体が収まるかどうか、という小さな小箱から屈強な両腕を伸ばし、その両腕は休みなく、砂上に小箱を両腕のみで屹立した状態のままで砂をかいて走り続けていた。
正面には片目だけが見える状態で小穴が開いており、そこから覗き見れる内部には、ただ血走った爛々と真紅に輝く眼球が見えるのみで。
「大戦より900年。吾輩、ようやくこの箱から出られるチャンス、最早逃しはせぬのだ。ふふふ、殺して犯して殺して喰って、殺して殺し尽くしてくれるわ、忌々しき犬どもめ」
けたたましい嬌声を上げつつ、砂上を転がり回るように進む小箱は聞く者全てが慄く呪詛を吐いた。
「再び、この地上に有る全てを吾輩の炎で覆い尽くしてくれる! 香ばしいヒトの燃える香りと崩れ落ちる文化の残滓! あらゆる動植物を灰に変え、ただ唯一吾輩のみが居る究極の平和と統一! 吾輩こそが神族の真の王者にして唯一神、炎の権化、カグツチ!!」
狂気の哄笑は、日が残光を引いて西の地平へ沈んで後も、走る小箱から途切れることなく続いていた。




