51話 クルルの特別講習
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「そおおおぉぉぉぉぉぉぉいっ!!」
可愛らしい気合の声とは裏腹に、真の『神速』で振り回されるタギツの持つ銃棍は、ただその棍による打撃の威力のみで洞窟に住み着いたコボルト、オークなどの人形の魔物は元より、スライム、大蝙蝠などを視界に入る端から叩き落としており。
「はぁぁぁぁ、すげぇもんっすね。正直、タギツちゃんがここまで神力なしで戦えるとは、あっしは予想外でしたわ」
「うんうん、リッティちゃんもびっくりです。前衛がミリアムちゃん一枚じゃ抜かれるかも、ってびびってたんだけど」
重力弾頭の弩を使用するギュゲス、魔力大砲のリッティは共に中衛・後衛の立ち位置であり、お互いに欠点をカバーすることは出来るものの、魔法重視で身に着けた装甲が薄いため突進して迫る敵は苦手としていたため、タギツが前衛として役立つのであれば先の展開予想が変わって来る。
「タギツちゃーん? 左前方ちょい上、三連斉射っ」
「あいっ!」
タギツの頭の上にちょこんと座ったミニクルルによる銃撃指示に元気良く答えたタギツが片手に持ち替えた銃棍を勢いを付けて背中に振り上げ、そのまま背中の上でくるくると高速で棍を回転させつつ、銃棍の先端がクルルに指示された方向と合った瞬間に射撃すること三回。
発射の反動で背中から浮いた銃棍を左手に逆手に受け取り、反動をそのまま利用して唸りを上げて更に高速に回転させる最中、空中からミリアムに向けて襲いかかろうとしていた大蝙蝠の群れを貫き攻撃を散らす。
そこをミリアムが同じく、伸びやかに伸長した全身の回転力を活かす伸身前転しつつのミスリル宝剣の速度に任せた一撃で、低空に追い落とされた大蝙蝠の残敵と、その向こうに突撃しようと身構えていたコボルトをまとめて剣速のみで切り裂いた。
「はぁー、鮮やかなもんっすね。って俺っち、さっきから驚きっぱなしであんまし仕事してねえっすね。火力支援しねーと」
「それはリッティちゃんも同じなのですがーっ。こう、あんまりにも速すぎて撃つ暇がないというか」
「クルルさま? クルルさまが、ギュゲスさんたちの方をお手伝いした方が経験が活きるとタギツは思うのです?」
「むむっ? ああ、そうかギュゲスさんたちは銃砲の使い方が上手くないんですね? じゃあそうしましょうか。――ギュゲスさん頭の上借りますよっ?」
「へいっ、汗くせえかもしれやせんが……、こんな頭でよろしければ」
タギツの言葉に従い、ギュゲスの側に歩み寄ったタギツの頭から、ぽんっ、と軽く空中回転しつつギュゲスの頭に飛び乗ったクルルは、短く切り揃えられたギュゲスの髪の上にちょこんと足を揃えて正座姿勢で座った。
洞窟に潜ってそろそろ三時間ほどが経過しているが、クルルの指揮により前衛となっているタギツ、ミリアムの二人だけで飛翔している魔物をも含み駆逐してしまうため、正直に言うならギュゲス、リッティは後ろを付いて来ているだけ、の状態であり未だにただの一発も発砲していないのであった。
「ええっと、じゃあミリアムちゃんは下がってお休みの時間でー? ミリアムちゃんの剣技的に仕方ないのかもですけど、スタミナが持ちませんねー、動きに無駄がまだまだ多いですねっ。素手のリュカちゃんといい勝負かもですー」
「ふーっ。有難く休憩時間頂きます、ご指導有難うございました! 確かに、人間相手と魔物相手では勝手が違います! 経験しに来て良かった、と心の底から思えます」
滝のように汗をかいたミリアムが、クルルに礼を述べつつ宝剣を鞘に収める。
「三時間近くもずっと前衛を努め続けたんすから、それで十分のように思えますけどねえ?」
「いえいえ、本職の冒険者の前衛であれば最悪の場合三~四日は洞窟内で過ごすことが有り得ますから、一度の戦闘であんなに疲れていてはまだまだです。
……ミリアムちゃんの剣技は剣速が命なので、大振りで振り回す技を多用しがちになるのは分かるんですけどっ?
それだとスタミナの方が持ちませんから、一度の大振りから開始される斬撃をそのまま他の技に繋げて行かないとっ。
最終的には全部の技が滑らかに繋がること、ですねえ?
たぶんいくつか剣舞の型があるはずですけど、全部、技の前後が他と繋がるように作られてるはずですよ?」
「そ、その通りです?! クルルさまはこの『覇王の剣技』をご存知なのですか?」
「いいえ、知りませんけど少しミリアムちゃんがやってる技を見ると分かりますよー。ミリアムちゃんは無駄な力を入れすぎて開始が速くて終了が遅くなってしまってますから、それを修正して平均速度をずっと保つように心がけましょうねっ?」
「……おみそれしました。国元の剣術師範に言われたことと全く同じであります。クルルさまは剣術も達人級なのですなあ……」
驚愕に目を見開いて、ミリアムはギュゲスの頭上でどうやら座り心地を直しているらしい小さなクルルの姿を食い入るように見つめた。
何度か念話の中だけで声だけは聴き覚えていたものの、クルルの実体を見たのはタギツ以外の全員が初めてであり、タクミなどからも『自分ですら敵わない』と事あるごとに聞いてはいたが半信半疑の思いで居たのだったが。
ここに至るまでの道中での的確な指示と洞察、探知力に正直に舌を巻く思いを新たにしていたのだった。
「さて。じゃあギュゲスさんとリッティちゃん。……ですけど、本来二人一組で射撃体勢でしたよねっ? じゃあ、ついでだから一緒にやりましょうか。いつも通りにリッティちゃんを抱えて下さいな? リッティちゃんおいでおいでっ」
「へいっ!! 頑張らせて頂きやす!!!」
「あうっ、うるしゃーい! クルルすごい近くなので大声要らないですっ。もうっ。……ええとですね、『撃つ暇がない』、『いつ撃てばいいのか分からない』というのは、見切りと予測がなくて、偏差射撃をしてないからなんですね」
「へんさしゃげき、ってなんでしょう?」
「んーと。ちょっとお二人の魔力を借りて『視界にガイドを出します』けど。ちょっと視界が変わりますよ、びっくりしないで下さいねっ」
ぷんっ、と軽い魔力起動音がクルルから発せられた途端に、ギュゲスと、ギュゲスの小脇に片腕で抱え込まれたリッティの口から驚きの声が漏れる。
二人が見ているのはタクミが普段見ている画面の超簡易版で、現在は空中を旋回している大蝙蝠にターゲットマーカー、その大蝙蝠たちの予測位置に射撃マーカーがじわじわと移動しているのであった。
「今は自分たちが止まっているので、ターゲットマーカーにいる大蝙蝠に当てようとした場合、射撃してから着弾までに弾頭の飛翔時間がありますから、大蝙蝠をよく観察して、移動先を予測して、射撃位置は大蝙蝠たちの前方、というか旋回方向の先に撃たないと当たらない、というところまでは理解出来ますね?」
「はい! これはティースさまからしっかりと習いました!」
「うぇ、俺っちそんなの今初めて聞いたぜ。俺っちのは連射叩き込んでじわじわ動き止める系の武器だからなあ」
ふふーん、と得意気に笑うリッティを、苦笑しつつギュゲスが見下ろして告げる。
「ギュゲスさんのは確かにそうですねー。だから一緒にやりましょうっ。
今の状態、『撃ったときと着弾するときの時間差で目標が進んでしまうので当たらない、だからあらかじめ予測位置に撃っておく』というのが、ティースさんが口を酸っぱくしてヴァルキリアに教えてる『偏差射撃』なのですが。
偏差射撃、という単語は使ってないと思いますけど、原理は一緒ですね。
この状態で、自分も移動すると当然『確実に当てるポイント』というのは自分の位置と相手の相互位置が変わりますから射撃マーカーがブレますよね?
ちょっとギュゲスさん左右に動いてみて下さいっ」
「へいっ。――確かに、ズレるっすね? こりゃ便利な魔法だなー、俺っちいつも勘で撃ってましたわ」
「リッティもです。これを教えて貰えるんでしょうか?」
「うーん残念っ、これは人間の思考では無理なので今回だけです。悪しからずっ。――で、自分も移動すると射撃位置がブレるんですけども。
大蝙蝠の動きに合わせて動いたら撃ちにくいし、相手の動きに自分が合わせる、というのも悪手ですから、今回は偏差射撃から一歩進んで、『相手の動きを自分たちで誘導する』というのを覚えましょうね?」
「へえ? なんだか魔法みたいに聞こえるっすね」
「そうですねー、使えるなら魔力を併用してもいいんですけどっ、ギュゲスさんはそれほど魔力多くありませんから、色気出さずにいちばん慣れてる弩の攻撃に特化してしまいましょうね。
策敵の方は後でリッティちゃんの方へ教えましょう。リッティちゃんの方が射撃間隔が長くて余裕がありますからね?
……で、ええと。今、青のマーキングと白のマーキングを出してますよね?
そこに、名前を呼んだらギュゲスさんは青へ三発、リッティちゃんは白を一発撃って下さい。わかりましたか?」
二人が強く返事するのを見て、満足げに頷いたクルルは先にギュゲスを、やや間を置いてリッティの名を鋭く叫んだ。
間髪入れずに狙った位置へ放たれた二人の弾頭は、ギュゲスの発砲により壁に着弾し弾幕となった進路障害物を回避しようとした大蝙蝠が急降下したことで、自ら着弾するリッティの砲弾効果範囲へ飛び込んで来るような形となって全滅し。
満足げに頷くクルルの下で、自分たちの放った射撃の結果にも関わらず、それに驚愕の目を向けるギュゲスとリッティが居た。
「はい、誘導弾幕の使い方、でしたっ。理解できましたよね?」
「へ、へいっ……、目から鱗っつか、俺っち命中させなくてもいいんすねえ……」
「えっと、えっと、じゃあこれ、リッティが先に高めに撃っておいて、ギュゲスがそこに追い込む、ってやり方でもいいんですよね??」
「そうですねっ、ギュゲスさんは当てるつもりがないときは魔力少なめで代わりに速射性と弾数上げて弾幕密度を濃くしてもいいんですよ?
元々それ――弩はそういう使い方のために長弓よりも速射性を上げた代わりに射程距離を犠牲にした武器なんですから、武器の長所は有効に活用しましょうね。
それから、うん、リッティちゃんは大正解ですっ。タギツちゃんクルルの代わりに撫で撫でしてあげてくださいっ」
「あいっ。なでなでー」
「ああんリッティ嬉しいっ。――タギツさま、ほんとに育ちましたよねえ? その、なんと言うか、胸の大きさとかシェリカさん並みで反則級だし、猫耳とかなんかあざといというか」
「あいっ、胸はクルルさまより大きくっ、猫耳はクルルさまの真似をしてみましたっ!」
元気よく手を上げるタギツは現在クルルが縮む前と同じく150センチ程度まで成長し、また、元の巫女衣装が小さくなったことから式典でシェリカが着ていたドレスを借りており。
いま、大きく右手を挙手したことで、V字に大きく開いた胸元からは形の良い中身が零れ落ちそうになっていた。
どたぷん、と音がしそうに揺れ動くそれにギュゲスの視線が吸い寄せられていることに気づいたリッティが、むっ、と口をへの字に曲げて、今しがた発砲したばかりで熱せられている大砲の砲身をじゅっ、とギュゲスのあご下に押し付ける。
「あぢぃっ?! いやリッティ、男ってなこういうときゃ見るもんなんだって?!」
「鼻の下伸ばしてたでしょー? やらしーぃ」
女四人に男性一人のハーレム状態でありながら、立場が最下級のギュゲスであった。
「ふふっ、タギツちゃんも新しいお嫁さんになれるのでしょーかっ? とりあえずスサノオさんの了解は得られてますからっ、あとはタクミくんを攻め落とすだけですねー?」
「シェリカおねーさまにいくつか『悩殺ぽーず』を教わったので自信ありなのです! タギツは頑張るのですっ!!」
「上手くいくといいですねーっ、クルルの正妻ポジションを奪おうとしたら『全殺しで永久封印』ですけどねー」
「ぴゃっ?!?!」
「おっとっと、つい本音がっ。弾幕の張り方や誘導にはいろいろ方法があるのでなるべくその二人一組のやり方で集中して試して見て下さいな。
魔物相手でなくても、狩りで動物相手でも演習や模擬戦でもいいです。二人一組で、お互いの意思が常に統一されるように。
一緒に住んじゃってもいいかも。阿吽の呼吸、というやつですねー。
二人別々に動いてもいいですけど、意思疎通に難が出ますから念話状態でないときはやらない方がいいですよー? 総合火力も落ちますしね。
――じゃ、次はミリアムちゃんですねー」
未だ肩で息をするミリアムが頭を下げるのを見て、クルルは軽々とそちらへ飛び乗った。
ほとんど質量を感じさせなかったクルルがミリアムの方へ移ったのを見て、ギュゲスとリッティが揃って深く頭を下げる。
まさに、射撃の極意を垣間見た思いからだった。
「んー。感覚的に次が最後の部屋ですね。その先に進むと『地竜に感づかれそう』ですから、ミリアムちゃんの講習が終わったら帰りましょうか。クルルの前借り分もそろそろ尽きそうなので、簡単に」
頷いて、ミリアムのみが単身下り坂を下り始めた。
――現在のクルルはタクミの内部に精神体を置いたままで、遠隔操作でタギツを依代に分体を飛ばしている状態の仮想実体であり、神力が尽きれば消えてしまうのだった。
故に、実体として存在しているように見えるが、実は『全員の視覚に働きかけるほんの少しだけの質量を持つ幻影』の状態であった。
「ふー、ふぅっ。教えを頂くのは大変有難く思うのですが、このミリアム、情けなきことながら既に疲労困憊でありまして、申し訳なく」
「あー、いえいえ、わざと疲れて貰ったというか、今からやる講義には力を殆ど使いませんので。えっと、ちょっと残ってる魔力と、身体の操作を借りますね?
もしかしたらミリアムちゃんの使ってる剣技の型と少し外れるかもしれませんけどっ、自分の知ってる型に合わせて考えて下さい。
えーと、『クルルがミリアムちゃんに憑依して全身を操る』という教え方をしますっ。
クルルの残り神力的に一回しか出来ないので、済みませんけど一発勝負で覚えて下さいな。
大丈夫です、ミリアムちゃん筋がいいですし、覚えられなくても一度体験してしまえばそれに近づけるよう努力し続けることで上達しますのでっ。
でわっ。行きますよ?」
「くっ、クルルさまっ?! これは数が多すぎるのでは、応援を呼ばれた方が良いのではありませんか!?!?」
完全にクルルに身体の操作権を明け渡したミリアムが、坂を下りきった途端に悲鳴を上げたものの、既に全身の操作権を得て疾走を始めたクルルが止まる気配はない。
その眼前には、60を数えようかという大悪鬼がミリアムに注目しており、手に武器を構えて応戦しようと近づきつつあるところだった。
「えーっと、ミリアムちゃんの誤りというか癖というのは、今までずっと両手剣で叩き切る使い方をしていたことにあってですねっ。
それは今のこの宝剣の本来の使い方ではない、というのは頭では理解していても身体の動きが伴ってないんですねっ。
だから毎回剣を振るうごとに力を入れて振りかぶってしまったり、無駄に力を込めるから初速と終速が違ってしまう。
この剣は本来、こう使うはずですよ?」
振り下ろされる錆びた大剣や棍棒などの凶器を間近で見つめながら、ミリアムは恐怖と困惑の極地にあった。
確かに自分の身体が動いている感覚が全身にありながら、その操作は今まで自分が動いたことのある力の入れ方とはまるで異なる動き方であり。
確かに力を込めた、と感じられたのは最初に振り下ろされた大悪鬼の棍棒ごと身体を真っ二つに切り裂いたときのみで、以後はその最初の剣速を落とすことなく、歩法と回転を巧みに利用しながら、『最初に振り抜いた勢いを殺さずにそのままの剣速をずっと維持し続ける動き』なのだった。
「こういう歩法になるのかはクルルは剣技を詳しく知らないので分かりませんけども、これに近い動きになるもの、と思いますねー」
言いながら、やや力が込められた、と思うときは全身の力が均等にほんの少しの捻りや捌き、歩法の捩じり程度で利用することで剣速が更に上がり、ミリアムの身体を操作するクルルの動きが更に小さく、速く回転する駒のように加速して行く。
「こちらの方が効率的で、剣の鋭さに任せてただひたすらに速く速く振り抜き続けること、を目的にするだけで自分の動きが変わることは理解出来ましたね?」
夢見心地で眼前に広がる一方的な瞬速と虐殺の光景を目の当たりにしながら、ミリアムは既に言葉なくがくがくと頷いた。
「うんうん、やっぱりミリアムちゃん筋がいいですねっ。じゃあ、最後はひとりで頑張ってみましょう?
身体を返しますよー? ひとつだけ強くはっきりと心に刻んで下さい、『その剣に斬れないものはない』って。
修練のずっとずっと先に、神すら切り裂く強さを秘めた、神剣に手の届く位置にある物凄い剣ですよ、この剣は」
クルルにそう告げられるなり、全身の体感が自分に戻って来たことをミリアムは実感した。
先程身体を貸した瞬間と殆ど変わらぬ疲労感のまま、その目の前に、ほんの数瞬の間という瞬く間に60以上も居た仲間たちが全て斬り伏せられ、ただ一匹だけ残されたことで困惑の表情を浮かべる大悪鬼の姿があった。
「ああ。素晴らしいお時間を頂きました……。このミリアム・ムーン・シーレンドゥーム、先程のご教示を生涯忘れぬことを誓い、クルルさまに近づくことのみを目的に今後剣を振るうことをここにお約束しまする」
淡々と息を吐きながら告げると、奇声を発しながら襲いかかってきた大悪鬼に対し半身で交わしつつ、ただそこに宝剣を振るう、といった何気ない日常動作のような簡単さで軽々と振るわれた宝剣が、抵抗の様子すら見せず、易々と大悪鬼の首を跳ね飛ばした。
頭を飛ばした大悪鬼の身体が噴水のように黒い血流を噴出させつつよろよろとミリアムの後方を惰性のまま走り抜け、そのまま地に倒れ伏すのを見届けすらせず、クルルはミリアムの頭上からミリアムの頭を満面の笑みで全身を使って大きく撫でていた。