48話 地上最強の戦士さま
最初から最後までかなり残虐な描写があります。
「頼みましたぞアルトリウス侯! ご健闘を!!」
「俺たちゃ、なんとか推進力を削ってみるわァ!」
砂塵の上で急反転したグロール、ルースの戦車から石盤の牽引ロープが切り離されるのを確認し、アルトリウス侯フープは怒涛の揺れに立ち上がることもままならぬながら、なんとか頷きのみを返すに留めた。
すぐに、惰性によって砂丘から後方に長く尾を引く砂塵を引きつつ空中に飛び出した諸王国連合軍騎士20数名が乗る石盤は束の間の安定を得、フープを先頭に騎士たちは咄嗟に立ち上がり、前方先端の先に大きく迫り来る砂上艦の大きなマストに向かって駆け始める。
「諸王国連合軍! 突撃!!」
先頭のフープが石盤の先端を蹴って空中に身を躍らせると同時に、後続の全員が臆することなくそれに続き、空中に飛び出し、低速で移動する砂上艦の甲板上に降り立った。
――何人かは着地に失敗しそのまま落下したようだが、下は砂地であり敵に歩兵はいないため、最悪でも骨折程度で済むだろう。
フープたちを乗せていた石盤はその勢いを緩めぬまま、砂上艦の上方構造物をその重量と勢いで薙ぎ倒しつつ、斜めに傾いだ状態で最上甲板に折れ曲がったマストを押し付ける形で質量の半分以上を艦上に残し停止した。
当然ながら、数トンに達する石盤そのもの、および石盤の破壊され吹き飛ぶ上部構造物に弾き飛ばされたり、押し潰された魔道士たちは悲惨な運命を辿っただろう。
しかし、有効かつ最大限の攻撃となった石盤攻撃だったが、その先の進路には上手く上方にジャンプさせるような地形は存在せず、連撃は不能と見ても良さそうだった。
「純粋物理攻撃力で言えば僕たちの方が強い、二人一組で互いの死角を埋めて戦え! 敵は魔道士だから騎士道など要らない、問答無用で首を刎ねろ!」
総司令官フープの冷徹な命令だったが、魔道士相手の戦闘では両手両足を拘束しても詠唱のみ、脳内詠唱による無詠唱魔法攻撃などが有り得るため、戦闘力を奪うためには首を刎ねることが常道となっており、それは既にここに至るまでに歴戦の勇者揃いとなっていた諸王国連合軍の騎士たちも十分に承知していた。
「聖神軍団! やはり回頭力が海上船舶とは比較にならないほど鈍い、進路上に石盤を撒いてくれ! 浮力が足りない上に、上に乗っかった石盤を引きずってる状態、回避するにせよ乗り越えるにせよ、十分に進行速度を削ぐはずだ!」
高速の浮遊戦車を駆る聖神軍団の幹部たちが、舷側に片足をついて身を乗り出してまで伝えられたフープの命令に片腕を上げて答え、中断された工事現場へ引き返して行くのを見届けて。
フープは自軍兵士らと首輪や足枷で拘束された全裸のエルフ奴隷ら、それを鞭を片手に使役する帝国兵との大乱戦ごしに、船首方向から強烈なプレッシャーを感じ、そちらに向き直る。
そこには、予想通り……、全力で精霊魔法を展開中故か、両目を輝く金色に光らせたシルフィン・フェイが、悠然とフープを射抜くように見つめていた。
「……驚かないのね? ここで出て来ることを予測出来ていたのかしら?」
「ええ、まあ。しかし、これ一隻しか用意出来なかったのは悪手というか、この手の戦術は大艦一隻での侵攻よりも、小規模船舶の多数運用で機動力を重視すべき、と思いましたので、母様がこの手を用いるとは意外でした」
周囲の戦闘での喧騒を他所に、さして大きくもない声で語り合いつつ、相互にお互いへと歩み寄る。
その会話内容も、憎しみや不審などとは全く無縁の、親子の会話と呼べるべき穏やかさだった。
――それぞれが持つ戦闘力の大きさを考慮しなければ。
「そろそろあなたが私に届く頃だから、負債をまとめておいてあげよう、という親心よ。私も、そろそろ疲れたの。レムネアも殺し損ねてしまったし、国境にあんな運河まで作られてしまっては、もう侵入が困難だわ。困った子よね、あの末っ子は」
「自慢の弟ですからね。僕としては、『最後の相手に僕を選んだ』というのが不思議です。てっきり、タクミくんを選ぶものだと。僕はタクミくんを鍛えるために用意された捨て駒かと理解していました」
ふふっ、と軽く口元を笑みに歪めて、シルフィンは不可視の風刃を周囲一帯に展開させる。
不幸にもその見えぬ刃に触れた敵味方双方が謎の攻撃に絶叫を響かせ、全身から噴血し、強い砂風が吹く船上に血煙を彩った。
「僕らの周囲半径10メートル以内に近づくな! 敵軍総大将との一騎打ちを行う!」
「――ふふ、いつからそんなに優しくなったの? 血煙で風刃の位置を把握出来た方が有利でしょうに。あの子の影響?」
「そうですね。……たぶんそうです。あの弟くんというのは全く、理詰めでも理解しづらいし行動は稚拙で幼く、それでいて中身は最強の神でありながら力の使い方をよく知らないままの、駄々っ子ですらある。――だから、僕の心を捉えて離さない。……だから。母様をあの子のところへ行かせるわけには行かない」
「全く。『兄』のライバックが嘆くわよ? そんな風に育てた覚えはない、ってね」
「10歳で別れた兄のことなんか覚えてませんよ。最後まで戻って来なかったしね。最後が自爆というのは苛烈なあの兄らしい、とも思えますが」
フープは左腕の義手で構えた片手剣に、右手を軽く備えた状態で正眼の構えから、シルフィンの喉元に剣先を向ける。
「ライバックは良く働いてくれたわ。この浮かぶ船もそうだし、エルフ奴隷の利用法も、スサノオの情報も探ってくれた。でも、予想外だったのは、全ての戦闘技術を伝授する相手にあなたを選ばなかったことね。おかげで、楽しみがひとつ減ってしまったわ」
「その分を手加減してくれるのでしたら大歓迎なんですが」
お互い口調も声量も変えぬままで、戦いは既に始まっていた。
矢継ぎ早に全周囲から降り注ぐかのように自身を襲ってくるシルフィンが放つ風刃の精霊魔法を、正眼から晴眼、星眼と構えを移行させつつ鋭く正確に風精霊の核を切り裂くことでフープは自身へその刃の影響が及ぶことを防ぎ続ける。
「本当に、あなたはエルガーを彷彿とさせる天才戦士だわ。初めて見る風刃をそんな方法で防ぐなんて。見えてないはずなのに、どんな感性してるのかしらね」
「種明かしはもっと後ですね。早々とネタばらしするほど引き出しは多くありませんから」
とんっ、と軽く跳躍した風にしか見えなかったシルフィンは、軽やかな身のこなしで、それでいて瞬速、と言っていいほどの速度域にまで急速に加速し、同じく迅速に身を躱しつつ刃を振るったフープの鎧の全身に無数の筋状の溝を穿ちながらその側を通過し、通り抜けた先で減速、優雅に振り返ってフープを見据えた。
たった一度の通過と同時に為された、シルフィンの全身を取り巻く無数の風刃の洗礼により、フープの全身鎧の各部表面はヤスリをかけられたかのように荒く細かい傷がついており、顔などの素肌の一部にも影響を受けたのか、うっすらと血が滲んでいる。
「偶然じゃないわね? 綺麗に隙間を通り抜けた。どういう理屈なのかは分からないけど、間違いなく視認出来ているもの、と見たわ」
「ちょっと狭すぎましたね。この通り、久しぶりに顔に傷をつけてしましました。嫁に怒られるので、次からはもう少し広めにして下さると助かります」
「そうだったわ、結婚したんだったわね。ティースの出産にも立ち会えなかったし、悪い母親だわ、私って」
あらやだうっかり、などという主婦然とした母親の表情を浮かべながら、その間も諸王国連合軍の騎士に追われて至近に飛び出してきたエルフ奴隷を、軽い腕の一振りで敵味方まとめて全身柘榴の肉塊に分解してしまう様子は、正に狂気を感じさせるには十分だった。
憎しみも敵対意識も既になく、ただ『会話の邪魔だった』という理由のみでの瞬殺に相違なかったからだ。
どちゃり、べちゃっ、ぐちゃっ。
そんな音を立てて周囲に飛び散った大量の血塊を撒き散らす臓腑肉塊を意に介さず、奇跡的に傷を残さずして転がった美しいエルフ娘の首を無造作に片足で蹴り飛ばし、再度、シルフィンは優雅に跳躍し、今度は加速せずに風の精霊力に身を任せて宙に浮き、じわり、じわりとフープの方へ漂うように迫る。
「高速で切り刻むよりは、肉の断面が抉れて損傷する様子をじっくりと観察して記憶に留めながらの解体が好きなのよ。特に、それが愛している我が子なら尚更」
「前々から言ってるじゃないですか、母様のその嗜好は変ですよ、って。少なくとも僕は御免だし同意出来かねますね。あの双子の妹さん相手ではダメなのですかね?」
「あの子はやり過ぎるとすぐに気絶して面白くないのよ。あなたなら今際の際まで全力で楽しませてくれそうなんだもの? ね?」
「母様のその笑みは、可愛くないというか怖い以外の何物でもないって知ってましたか? 正直、僕もティースも母様がその笑みを浮かべているときに近づくのは怖くて堪らなかったんですよ」
言いつつも、今度は絶望的に隙間がないことはフープも理解していた。
周辺に大きく広がる不可視の風の刃は、『見るからに明らかに』フープを包囲しており、どのように移動しようとも、隙を見つければ全体が一斉にフープの全身に向けて襲いかかり、狂った風の精霊はフープを切り刻んで数秒を経ずして物言わぬ肉塊に変貌させるだろう。
そう確信しつつ、フープは待っていたのだった。必ず訪れるであろう、そのタイミングを……。
それは、正に。
フープが覚悟を決めて身体の至近まで迫った風刃の核を斬り飛ばそうと気合の息を吐いたその瞬間に発生した。
「?!」
砂上艦が何かにつまずいた、との表現が的確であろうか?
全長30メートル級、マスト長は20メートルにも達する三本マストの巨大帆船であった砂上艦は確かに、推進力機構はそのままでありながら、何かに躓いたかのように前進力を強制的に停止され、船体全体から軋みを響かせながら、巨体を前方に沈めつつ持ち上げられようとしていた。
船上の全域で白兵戦を繰り広げていた誰もが、前兆なきその突然の衝撃に備えられず、一斉に船体前方へ向かって傾斜を深めていく敵味方の区別なく甲板を転がり落ちて行く。
その瞬間を逃さず、『風魔法』で両足を瞬時に加速し自身の損傷も厭わず、前方に展開していた薄い風刃の膜を突き抜けたフープは、シルフィンの胸に深々と片手剣を突き立てていた。
「間違いですよ、母様」
「――?」
「ライバック『兄さん』は確かに、僕にも教えを残してくれていましたよ。『絶対に母様を信頼するな』ってね」
「ふふ。こほっこほっ、あの子は天邪鬼だったわね、そういえば。風の縮地も、『精霊眼』もあの子ね? 全く、二人して母親を騙すなんて、こほっ、――なんて悪い子」
胸を貫かれ、口からは止め処なく吐血を溢れさせたシルフィンを、強まる傾斜により、フープは胸を貫く片手剣の両手の力を緩めず、やや自身よりも上方に持ち上げつつあった。
シルフィンの口から漏れ出す大量の肺腑から送られる新鮮な鮮血の赤色が、風刃を無理やり通過したことによりフープの顔面全体に無数についた細く深い傷から流れ出る赤と混じり、フープの上半身を真っ赤に染める。
「……スして?」
「?」
「……キスして? 地上最強、の、戦士、さま。……私を――、愛してる?」
既にシルフィンの眼は虚ろになりつつあり、フープはその目線の先にある自分を、自分として見ていないであろうことに気づく。
それ故、フープは母と慕ったエルフ女性の華奢な身体を抱き留め、惜別の念を込めて、口づけた。
……さほど長くはなかった最後の接吻を終わらせ、ますます傾斜を強める船上で、胸を貫いた自身の片手剣を母の胸から抜くこともなく静かに横たえたフープは、正立することも難しくなった戦場で手近なロープに右腕を伸ばし身体を支えつつ。
傾斜に逆らうことなく他の肉塊、死体、血流とまぜこぜになって力なく転がり、赤い濁流と化し船首方向へ流れ落ちていった、かつて母だったものの死骸をじっと見つめ続け、軽いため息と共に、呟いた。
「愛していましたよ、シルフィン。妻になって欲しかったくらいにね」
――――☆
「あンッッの馬鹿女ァ! どうしろっつーんだクソがァァァァァァ!!」
言い捨てながらも、スサノオは眼前を通り過ぎようとする砂上艦の船首に取り付き、単身生身でその船体の行き足を停止させることに成功していた。
神核抜きでの実体化状態で、希薄化が進む前にタキリ、サヨリを呼び寄せ身体維持にも成功しており、スサノオの莫大すぎる存在量を体内に宿らせた娘のニ柱で維持することで、本来のスサノオの神力を自在に振るうまでは行かずとも、身体強化程度の使用は出来たことからの単身船体停止の判断である。
突然の強制位置交換により砂漠に呼び出されたことは想定の範疇外で事情は上手く掴めぬものの、周囲を高速で動き回る聖神軍団の戦車群とそれに攻撃を仕掛ける船上のエルフ奴隷たちとの関係を見れば、タクミがこの船体と敵対関係にあることは明らかであり。
『ととさま、これを止めないとタクミお兄ちゃんが困るのです!』
『お父様、これを止めないとタクミお兄様のお仕事が止まるのです!』
「可愛い娘たちにお願いされて頑張らねえ父神なんざいねぇだろォォォォ、親父に任せとけっつーんだよオラァ!!!」
気合一閃、更に膂力を込めるスサノオの全身が一回り大きくなったかのように膨らみ、その場に存在する全ての者の臓腑を射抜く猛獣の咆哮の如き怒号はびりびりと空気を震わせて周囲一帯全ての者たちを驚愕させた。
その膂力は凄まじい威力を発揮し、数百トンに達するであろう船体を瞬時に急停止させ、ややもすると持ち上げるかの如く船体の前進力方向を捻じ曲げ、無理やりに地面方向へ誘導するかのような強制的な方向転換は「つまづかせた」という表現が適切か。
その背後から、そっと近づきつつある存在に気づき、スサノオはそちらへ首だけを巡らせ姿を捉えると。
全身に炎を纏う邪悪なエルフ――シフォン・フェイが、じりじりと船体に押されてそちらに下がりつつあるスサノオを待ち受けていたのだった。
「まァたオメエかよ、くっそめんどくせェ! 来い、フツヌシ!!」
「あはぁん? フツヌシって剣神? ないじゃないのよぉー、どーこーにー置き忘れちゃったのぉ? 好都合ってば好都合ぅー、前はよーっくも騙してくれたわねぇー? 炎が苦手なあの子と交代したのねぇー、またぁ? でもでもぉ、三貴神最強の暴虐神さまでもぉ、神核なしじゃ形無しねぇ?」
「ガタガタうるっせェんだよガキが、せめてもうちょっとばんっきゅっばーんと育ってから出直して来やがれ、男も知らねえ顔しやがってくっそうぜェんだっつのクソガキがァ!」
「あぁら、三貴神さまともあろうお方が舌戦で最後の時を伸ばそうだなんて、みっともないんじゃありませんかぁ? ばぁか、オマエごときがカグツチさまに楯突くなんて数千年早いってんだよくっそぼけがぁ?
前のときは油断したけどぉ? 今度はあたしに絶対有利、こぉんな采配用意してくれた姉様とカグツチさまに感謝感謝ぁ。じゃっ、そーろーそーろー、覚悟いいよねぇ?」
「覚悟もへったくれもあるかァ、てめェみてェな糞ガキの相手はこっちからお断りだってェの、フーツーヌーシー、早いとこ来ねェとばきばきに叩き折って鋳潰すぞ?!」
半身になり右腕だけで船首を抱え上げる格好になったスサノオが、右腕をシフォンの方に差し伸べながら、今はここにない剣神フツヌシへの呼びかけを声高に続ける。――が、その言葉に応える者は居ない。
「神様の行いは理解不能ぅー、だっけぇ? カグツチさまくらい聡明でいらっしゃればもっと潔い終わり方もあっただろうにぃ、ばかは最後までばかだったねぇ? 神界でカグツチさまの爪の垢でも煎じて飲んでろぉ、これがスサノオの最後だったぁー、って語り継いでやんよぉ!」
言うなり、シフォンは全身の炎を高く上に伸ばした両手に集め、強烈な熱量を持つ疑似太陽のような青白い光球を形成してみせた。
勝利を確信し、それを全身の力でスサノオに叩きつけよう、としたそのとき。それは、やって来た。
ぱんっ!
ひどく乾いた音を立てて、それはシフォンの身体の中央を通過したようだった。
不思議な感触に、両手の間の炎光球を維持したまま、シフォンは自身の身体を見下ろし。そして、驚愕した。
「なっ、あっ、あたしの! あたしの身体!! なっ、なんっでっ?!」
「アァー、オメェなァ、いっくら育ちの悪い幼児体型だっからっつってもよォ、絶望して自分の身体を消すこたねェんじゃねェのかァ? ハッハァ、いい子だフツヌシ、ちゃんとやって来たから溶鉱炉送りは許してやる」
差し伸ばしたスサノオの手に逆手に収まった剣神フツヌシが、怯えるようにぶるぶるとその両刃の剣身を震わせ、だくだくと脂汗にも見える水滴を垂らし始めるのを見て、小首を傾げたスサノオはその滴を長い舌で舐め取った。
そのフツヌシが、遠く鉄都ローンドーフの最下層、ドワーフの心臓部である溶鉱炉から岩盤を貫き音速を遥かに超えて、主君であり神核の主スサノオの命に従って飛翔して来たのだと、シフォンが『生前に』理解し得たものかどうか。
ぐりん、と白目を反転し空中からの落下を開始したシフォンは。
フツヌシの飛行軌道を立ち塞いでいたことにより胴の中ほどからで真っ二つに分断され、摩擦熱により臓腑を焼き焦がされ鮮血を砂上に散らし、数瞬の猶予の後に絶命したものだった。
両手の間に構えたままだった疑似太陽は魔力供給が途絶えたことで分解を開始し、莫大な熱量により真っ先に至近距離のシフォンの身体を焼き焦がし、そのエルフらしい上品な顔、髪、両腕を支える上半身を黒く炭化した単なる消し炭へと変化させていく。
そして。
遥かに遅れて到達した、耳をつんざく凄まじい爆音を伴うフツヌシの引き起こした莫大な範囲に達する音速衝撃波により、その消し炭へと変化した遺体はバラバラに分解され、シフォンの肉体はその存在の痕跡すら残さず風に吹かれて散り散りに消え去った。
「ったく、最後の最後まで糞ガキだったなァ。次の生はカグツチじゃなく俺様んとこに来い、ちゃぁんと最後まで可愛がってやらァ。――さて」
剣神フツヌシを軽く振るって疑似太陽の残滓を瞬時に分解・浄化したスサノオは、片腕で支えたままだった砂上艦の船首に目を戻す。
「アァ。上も決着ついたみてェだし。……しっかし、相棒にこりゃ見せらんねぇな。タキリ、サヨリ。相棒にゃ内緒にしとくんだぜ? アイツは繊細で傷つきやすい、古くて新しい神で人、でありながら――俺様たちを導き指し示す者。……アイツについて行くなら、覚悟を決めろ」
スサノオの宣言に、内部に居るタキリ、サヨリはどのように答えたものか。
スサノオはにやり、と笑みを浮かべて大きく頷くなり、裂帛の気合を発すると、大地を踏み締め、右腕を右回転させるがごとく振り抜き、その勢いのままで砂上に突き立ちつつあった砂上艦を膂力のみで砂上に横転させた。
あまりの勢いに船上から人々がばらばらと砂上に放り出される惨状を意に介さず、そのまま左腕のフツヌシを抜き身のまま肩に担ぎ、くるりと砂上艦に背を向けて歩き始める。
「寄り切りからの上手投げ、ってとこかなァ? さァて、今日のシンディのメシは何だろうなァ? 俺様、最近の楽しみは新開発のシュークリームって奴でよォ? オゥ、そーだろ、タキリもサヨリも大好きだろォ?」
どうやら脳内会議で我が娘らと同意を得つつ歩み去るスサノオの後ろ姿を、砂上に投げ出された生き残りの敵味方の全員が恐怖と畏敬の念を以て見送っていた。