47話 迫り来る巨艦
「諸王国連合軍、撤退! あれに銃棍みたいな範囲火器は効かない、剣も甲板まで届かない、弓矢構えて立ち止まってたらいい的、僕らは役立たずだ! 被害を増やす前に下がれ!!」
フープ兄の決断は早かった。
俺も同感、30メートル級の木造船つったって、水に浮いてるわけじゃないんだから、ちまちま穴開けたって沈む要素がない。
――そもそも、空中に浮かんでるあいつを、どうやって沈めるんだ?
「やっべ、こんなことならこっちで先に実用化するんだった! 工事中断、一般作業員は下がれ! あっちは上から撃ち下ろしだから見た目より遠距離まで届く、防御幕張ったまんま退却! 幹部とヴァルキリアは二人一組で撤退支援!!」
俺もフープ兄と同様に指示出して、早々と現場放棄を決断。
だって、沈められないんだったら、きっと止められもしない。
ばっかでけえ図体自体が兵器なんだ、あれ。
帝国の艦隊が居るのは南部海岸だけ、つってたから、わざわざ南部海岸から浮遊させて持ってきたのか?
道理で、フープ兄が砂漠に侵攻して一年以上も経つってのに帝国の動きが鈍かったわけだ。
アレの実用化と移動に掛けた時間なんだろう。
でも、鈍いと言えばあいつの速度もかなり鈍い。いいとこ時速10~20キロ程度か?
砂地だからやたら速く見えるけど、実際の前進速度はそれほどでもないし、水上じゃないんだから舵も効きにくいって考えれば小回りも効きにくそうだ。攻めるならそこか?
『クルル、そこんとこどう?』
『えーっと、そうですね、タクミくんの予想通り、速度は多少前後しますが平均時速20キロ程度ですね。
あとはー、甲板上からの魔法射撃が主なんじゃないかと思いますけど、あれは単発攻撃魔法なので、今のところ有効火力になるのは戦車だけでしょうか?
たぶんですけど、普通の船の喫水線下で竜骨付近が死角だと思いますね。
ただ、それは誰でも予測可能なので、何か罠があるかも……?』
『聖神軍団聞いてた? 死角に俺が単独で接近してみるんで、戦車はそのまんま付かず離れずで大砲で嫌がらせ続けて。
方向変えればめっけもん、回頭速度が分かるしコイツの進路が植林地や拠点の方角からずれる。期待薄だけどやるだけやってみるんで援護よろ。
戦車以外のペアは諸王国連合軍とウチの作業員の撤退援護、自分らも忘れずに下がってね。
作ったもんは時間かけりゃいつでもまた作り直せるけど、キミらは死んだら生き返らせらんないので。
こんなつまんないとこで死なないで、コイツをどうにかする算段が出来るまでは命大事に、で』
幹部連中から口々に了解の返事と、あと諸王国連合軍から謝辞と謝罪の返事が念話で帰って来る。
『いやいやこんなんお互い様、全部終わったら諸王国連合軍総大将さまには肩もみとかでお返しして貰うんで問題ないな』
念話でどっと笑う気配が。レムネアさん直伝のユーモア炸裂だ。緊張もほぐれたとこで、俺はライバックさん直伝の風魔法の縮地法で、砂上艦までの一気に一キロ近い距離を一気に縮める。
前にティースの加速魔法でこれくらい加速したことあったけど、こっちの方がやっぱ実戦向きっつか技術がこなれてるよなー。教えて貰って良かった。
つか、アイツ、他にもなんか変なとこあるよね?
ディスプレイ上でみるみる近づいてくる砂上艦の船首を見ながら、クルルが船上甲板に無数にいるっぽい術士たちがこっちに向けて魔法をちまちま放って来るのをロックオンしてくれるんで、適当に左右に進路を振ってそれを躱す。
見えない精霊魔法主体の風系統魔法がやたら多いんで、上に居る術士の見当がついたような。それに。やっぱりそうだ。
『びっくりだ。重力魔法じゃないわ、これ』
『重力魔法以外で、この重量をどうやって?!』
ムームーちゃんのびっくり声が響いたんで場所を探したら、俺の後ろ、船首のずっと先付近で三番隊のファラージュと一緒にぐるぐる回ってて。
どうやら俺の方に向かう敵弾を引き付けてくれてるみたいだった。有り難いけど、無理しないで。俺は通常魔法相手なら無敵だから。
『風魔法メインで風力で船体を押し上げて、足りない浮力を船首付近から竜骨に至るまで砂を削ってる。
だから後方にあんなばかでかい砂煙を噴出してるんだ。
ただ、魔力が少なすぎるからたぶん精霊魔法だな。
……精霊核斬ってみる、バランス崩したらめっけもん』
視力を神眼から精霊眼に切り替えたら、やっぱりそこら中で風精霊が踊ってた。
船を支えてるっぽい風精霊をとりあえず魔力の届く端から斬ってみるけど、斬る端からずんどこ再供給されて、これは元を絶たないとダメだな。
『ダメだわ、コイツ、たぶん船倉いっぱいに数百人クラスで精霊術士詰め込んでるとみた。
風精霊散らしても再召喚がケタ違いに早すぎる。
俺が神力召喚でぶった斬ったり貫いたりすりゃ早いんだろうけど……、ごめん、個人的な理由でやりたくない。悪い』
念話に呆れと笑いがさざめく気配。ほんと、毎度苦労させてごめんな?
『不殺の神器ですから仕方ありませんな! 我らにお任せあれ、海賊船よろしく船上斬り込みしてご覧に入れましょうぞ!』
グロールさんか。セリスちゃんと一緒かな?
『やれやれ、ほんとに僕の弟は甘ちゃんなことだ、戦場にそんな安っぽい思いを持ち込むなんてね? でも僕は嫌いじゃない、10分でいいから何かで敵を引き付けて!
グロールさんとルースさんの戦車二台で石畳を引っ張って貰って、軽装備の諸王国連合軍が船尾から上に乗り込む! 諸王国連合軍、やっと剣が使えるよ、頑張ろうね!』
船尾方向……、地形的に砂丘のジャンプ台になってんのか! 衛星視点もないのになんであんなとこまで目が届くんだ、化物すぎんだろ鷹の目フープ!!
んーじゃあ、引きつける、引き付け……、いいや、ぶん殴れ!
思い切り良く、俺は目の前を低速で進み続ける砂上艦の船首に向かって、全力で――でも貫通しない程度に抑えて――渾身の貼山靠を叩き込んだ。……ぶるん、と船首を覆う板張りが波立つような感じで、船首から船体全体に勁が伝達されるのが見える。
一瞬だけ俺が居る左舷方向に数度ほど傾いて行き足が遅くなったけど、すぐに唸りを上げて多少散らした風精霊を再召喚した砂上艦は浮力を戻して、また前進を開始した。
こりゃ、何度もやるしかないな。
そんな風に思って、また目の前を通り過ぎつつある竜骨に向かって周囲をぶんぶん飛び回る風精霊の間を縫って、再度、鉄山靠を一発。
何回か繰り返しつつフープ兄たちの場所を確認しながらちょこちょこ移動してたら、それは唐突に上から降ってきた。
どさり、どさっ、どさどさっ。
なんて音で、精霊眼状態のまんまで周囲の状況が伺えてなかったことに気づいて、神眼に切り替える。
……ああ、ちくしょう。ごめんな、やっぱりだ。予想通りすぎて、全身が震える。
『帝国じゃエルフは奴隷以下、んでエルフは全員が女性で精霊術士……』
口に出すつもりはなかったんだけど、つい念話で全体に伝えちまった。動揺が広まらなきゃいいけど。
俺の背後に、たぶん船倉から直接捨てられたそれは。首輪や足枷から血を滲ませた、裸のエルフたちの死体だった。
『タクミくん! まだ息のある娘が!!』
クルルのマーキングで、すぐに俺はそっちの方向へ駆け寄ってその裸の少女を抱き起こす。……息があるつっても今にも死にそうだ!
『くっそ、なんで俺は治癒魔法を使えねえんだよ! 死んじまう!!』
『タクミくん防護! 魔法がっ……!?』
クルルの強い警告に、俺は咄嗟に抱き起こした少女ごと全体に防御圏を張り巡らせる。……それで、魔法は、防げた、んだけ、ど。
完全に油断してた。風魔法ばっかり集中して見てたから、今度もそれが来るもんだと。
こういう人でなしな使い方をするに違いない、強烈にエルフ族を憎んでるエルフに最初から思い至っておくべきだったんだ。
全身を爆炎の魔法に包まれて、俺は情けなくも「トラウマフリーズ」しちまって。あっさりと意識を手放した。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
『緊急伝達、緊急伝達! タクミくんが炎でトラウマフリーズしましたっ、船上に「爆炎のシフォン」と「風刃のシルフィン」が居る模様、斬り込み隊は最大限の注意を!!
クルルとタクミくんはこの場を緊急離脱します、後の指揮はフープさんに!
全体念話が途切れます、ごめんなさいっ!!』
一方的に言うだけ言って、クルルはとりあえずタクミくんの全身操作権限を一時的に全て奪って、半抱きになっていたエルフの少女を抱え直してっ。
酷く邪悪な笑みを浮かべたまま、炎の精霊とカグツチの邪炎で全身を覆って迫ってくるシフォンの姿を認めて、すぐに――、タクミくんの半身にして魂の分身、スサノオの位置情報を神力の残滓から確認してっ。
タクミくんの有り余る神力を利用してっ、クルルはタクミくんとクルル、それにスサノオの相互位置を、強制的に交換しました。
「どわあっ?!」
「きゃあっ?!」
あ、至近距離にタギツちゃんとリュカちゃんが居たのですねっ!
瞬間的に真ん中に居たらしいスサノオの姿がタクミくんに切り替わったように見えたのでしょう、ふたりとも目を丸くしてびっくりしちゃってます。
あと、隣を歩いていたらしいシェリカさんや、ムギリさん、ミリアムちゃん、ギュゲスさんにリッティちゃんたちもっ。
「ああ、成功した。良かった……。ごめんなさい、いま、クルルがタクミくんの身体を操作中ですっ。
ちょっと油断して『トラウマフリーズ』させてしまって……。
クルルは『奥』に戻ってタクミくんの精神治癒に入りますのでっ、リュカちゃんとかタギツちゃんで外部刺激を行って起こして下さると助かるのですがっ」
事情はよく解ってない風でしたが、とりあえず一番近くにいたリュカちゃんとタギツちゃんに声を掛けたら、まだびっくり目のままでしたけども、頷いて下さったので、クルルはとりあえず安心して奥に戻ることにしましたっ。
こんな負荷の掛け方はしばらくぶりでしたけど、さすが最大神力を持つタクミくんっ。
神力容量的には全く問題なしに、あれほど莫大な神力を持つ神同士を強制位置転換する相互転移が成功して何よりです。
さて、クルルは頑張って殻に引き篭もってしまったタクミくんを起こさなければっ。
突然了解なしにあっちに放り込んでしまったスサノオもびっくりしたでしょうけど、まあ、三貴神なのですからどうにでもなるでしょうっ。きっとっっ。
「つーかよ、入れ替わったのは解ったけどよ。スサノオさん、コレ、置いてっちまったぞ?
――あと、なんで裸の女の子、ってかエルフか? 抱きしめてんだ?」
「あっ、そうです、この子も救わないと! シェリカさん診てあげてください、クルルはちょっと時間がないのでっ!」
戻り際にシェリカさんの声が聞こえたので、重要案件を伝えつつ、そちらにちらりと意識を向けましたらっ。
あら? そこには、なぜか溶鉱炉の下に差し込まれたままで放置されている神剣『フツヌシ』が。
……フツヌシって、実は神核ってだけでなく、意識あるスサノオに使役される剣の神そのものなんですよね。
なんだか凄い困ってる風な意識が伝わって来ます。
――何やら困ったことになりそうな気配がします……。つ、つまり。実体化するのに神核が絶対に必要なのに。
その神核が何故かここに置きっぱなしに。――た、たぶん大丈夫ですよっ、あれでも暴虐神なんですからっっ!!
深く追求を受ける前に、クルルはその場にタクミくんの肉体を座らせたまま、さっさと奥に引っ込むことにしましたっ。
……悪しからずっ!




