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転生したら神になれって言われました  作者: 澪姉
第四章 帝国篇
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42話 決闘

セーフ。お風呂でのんびりしてたら日付回るとこだった。危ない危ない。

【2017/3/12】ミリアル⇒ミリアムに改名しました。

 しゅる…しゅる…しゅるしゅるしゅるしゅる!


 ……耳慣れない飛翔音を響かせながら、真っ黒な砲弾が高速回転しつつ時間差を開けて扇状に、大量に落下して来る。


 見慣れないそれ(・・)は今までに見たどの攻撃魔法とも違い、弾頭の移動中に魔法効果が発現することもないし、移動中は高速移動に特化した流線型の形状になっており。


 飛翔中にその効果を判断することは不可能に近く、着弾・炸裂してからは効果範囲が広範囲すぎて人間の足で効果範囲外に逃れることも殆ど不能であり。


 ある程度の魔力を持つ戦士、騎士系統であれば精神力を消費して魔法効果に耐える魔法抵抗マジックレジストを行う他に手段がなかったが、それを行ってすら弾頭に込められた魔力はあまりにも膨大で、魔法抵抗に成功するのは、ほんの一握り。


 事前に説明のあった通り、確かにこの砲撃魔法は大陸の戦争を一変させてしまう可能性を秘めた新技術だ、と理解した。


 ――しかし。


 演習用弾頭に超圧縮された「お湯」を頭から浴びてずぶ濡れになった諸王国連合軍の騎士たちは、同じく大量に水を浴びて足が埋まり抵抗が大幅に増えた状態になった砂地で、飛散する砂を濡れた全身に貼り付けて動きを著しく鈍くする不便に悪態をつきながら、自陣に戻ろうと悪戦苦闘していた。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「いや、ごめんね? 速度と効果を実感して貰って食らっても安全、つったら弾頭を水にするしか思いつかなかったんだけど。

 まさかそういう二次効果があるとは予想外で」


 へらへらと笑いながら謝罪する、先程の砲撃を指揮した眼帯の少年――、諸王国連合軍最高司令官であり、ディルオーネ王国貴族となった『鷹の目』フープ・ディル・アルトリウスの義弟、と説明を受けたものの。


 どうせお優しいアルトリウス様に無理難題を持ちかけてカネや義理人情で無理やり奪い取った義弟の立場に相違ちがいない。


 聞けば先だってのアゼリア王国南部国境防衛戦で著しい戦果を挙げた神器だとも呼ばれているが、本当かどうか。


 だいたい、身障者で盲目の神器など聞いたことがない。どうせ嘘を付くならもっと真実味を持たせろ、と思う。


 アルトリウス様も含め、皆がこの軽薄そうな土木作業者に騙されているに違いないのだ。


 既に遠隔地となった故郷ムーンディア王国での帝国との紛争において、アルトリウス様に劣勢の死地を救って頂き、現在は御恩に報いるべくアルトリウス様の盾たる親衛隊の筆頭として。


 ――また女性騎士として奥方のシェリカ様のお世話をさせて頂いている侍従でもあるこの私、ミリアム・ムーン・シーレンドゥームが、この男の化けの皮を剥がさねばならぬ。


 であれば、この男が財に明かせて作り上げたというこの駐留拠点も、聞けば地下百メートルの岩盤を穿ち水脈に管路を通しただの、射程3,000メートルに達する固定大砲だのと胡散臭い話が多すぎる。


 どこまでが作り話なのか全て明らかにすれば、この男を我が陣営から追放し、この拠点を我が諸王国連合軍が接収、晴れてアルトリウス様の名を冠する栄えある拠点とすることが出来よう。


「いやいや、やっぱり演習やってて良かったよ。アレだね、僕らの機動力は馬頼りすぎたね。機動力全滅だよ、この砂地じゃ。

 ……全員馬から降りて歩兵戦力だけ、になると、あっちの主力なラクダに対抗出来ないんだけど。どうしようね?」


「ラクダは馬よりも気性が荒く、扱いは難しいですから、騎手が馬からすぐに乗り換える、というわけには参りませんでしょうしなあ。


 今からラクダを買い集めることは出来なくはないですが、そもそも調教済みのラクダは砂漠民の命綱であり最大の家族資産でもあります故、譲り受けようとするなら馬一頭などとは比較にならぬ資金が必要ですし、物々交換制ですから破格の交換レートで足元を見られますぞ?


 何より、買い取った後はその遊牧民や部族に便宜を図らねば、早晩餓死させることにも繋がりますし」


 おのれ、うぬが正にその敵性民であり帝国臣民たる砂漠の民の代表であろうが、グロールとか言ったか、オキタ侯の腰巾着め!


 アルトリウス様のお話に茶々を入れおって、美声のお言葉が中断されてしまったではないか。


 そもそも敗軍の将でありながら、容易く自軍を裏切り敵将につくとは何事か、騎士道を知らぬのか蛮族め。


 どうせこそこそと我らの背後から刃を貫く算段を練っているのであろう、蛮族の考えそうなことよ。


 いずれ公明正大に不正を暴き、その素っ首叩き落としてくれるわ、首を洗って待っておれ!


「うーん、いずれ緑化計画推進したら徐々にこの街に移住して貰うことになるだろうから、早めに遊牧民集めてもいいっちゃいいんだけど。

 ……まだ居住地建設が間に合ってないから生活基盤の取っ掛かりが揃うまでは一般人は入れたくないんだよねー。


 水と明かりは出来てるから、あと耕地と流通ね。こういうのは盗賊ギルドが強そうだよなあ」


 オキタ侯め、馬脚を表したな!? 敵対勢力と組んで久しい盗賊ギルドの名を出すなど、我らを陥れようとする敵勢力であると告白したも同然ではないか!


 やはりこの男、我が連合軍に害成す存在であること既に明白、早急に弑するべきであろう!


 聡明なアルトリウス様であれば当然お気づきであろうが、何、アルトリウス様のお手を煩わせるまでもない、我ら親衛騎士団が成敗してくれる!!


「うーん、そうなんだよねー。盗賊ギルドが明確にあっち側についちゃったもんで、僕らの方も流通がガタガタでねえ?

 軍需最優先にしてるから民需の要望に対応しきれなくなっちゃってねー?


 一度焼かれて盗賊ギルド勢力が一掃されたエイネールや、その影響で海路貿易がいっぺん全滅したアゼリア王国の方が立ち直りは早かったね、独自貿易網に取り掛かれたから」


 ああっ、やはり心に響く美声であります、アルトリウス様。


 しかしご謙遜なさるものだ、エイネールを始めとして盗賊ギルド不在となり流通混乱が引き起こされた諸王国連合内で、独自貿易流通網を再構築したのはアルトリウス様お一人のご功績によるもの。


 その莫大な功績を引っ下げて堂々と宗主国ディルオーネ王国宮殿に乗り込み侯爵位を得て軍指揮権を獲得した上で、すぐに緊張が高まりつつあったフィーラス帝国と我が祖国でありディルオーネ王国の衛星国家でもある我が祖国ムーンディア王国にて我が父王を配下に収め国軍を率い、数に勝る帝国西方軍を一撃で貫き敗走させたあの手腕!


 まさに、英雄の名はアルトリウス様にのみ相応しい!!


 しかし、アルトリウス様が苦労して構築された内海の湖上貿易路に厚かましくも割り込んで来て戦費の前借りと補給物資の融通などという無理難題を突きつけた、あのレムネアとかいう雌狐も許される所業ではない。


 たかが下賤な盗賊出身であり、騎士道すら知らぬ卑しき傭兵の分際でありながら、傭兵の貸し出しを担保にアルトリウス様の提供した補給物資をただ同然で強奪、南部国境防衛戦に利用した恩義がありながら。


 その見返りとして貸与した兵力が、このオキタ侯を始めとする土方集団だとは、業腹ぶりに呆れるわ。


「うーん。やっぱ、俺らが先に出てある程度の交通路舗装するしかなくね? 昔の大陸公路だっけ、交易路なんか全部砂で埋もれちゃってるしさ?


 だいたい、他の地域でも見たけど殆ど補修されずにでこぼこしてるし年月経ちすぎちゃってるから、新規で掘削オーバーレイかました方が早く敷けると思う」


「馬鹿なことを。大陸公路は大陸全土の当時の国家が結集して二年がかりで敷いたもの。たかだか2,000程度の傭兵団が、何十年かけるつもりか?

 アルトリウス様は一ヶ月後にはテデルウェアに到達しようと仰るのであるぞ? その方らは計画を理解される能もないのか」


 私の言葉に、諸王国連合の幕僚からどっと歓声と失笑が沸き起こる。そうだろう、この男の発言内容は荒唐無稽で馬鹿げている。


 土木組の下賤な傭兵たちが気分を害したようだったが、知ったことか。


 だいたい、我ら諸王国連合貴族と同列の円卓に座ること自体がおかしい。小国の下等貴族の分際で、分を弁えることを知らぬとはなんと哀れなことか。


「うん、一か月の予定だったみたいだけど。そうだな、多めに見積もって二週間で行こうよ?」


「ハハッ、二週間とは強気に出たね? 馬が通行可能な道路を敷いて、前線までの移動速度向上と、敵に故意に攻めさせて戦闘区域を限定させる狙いもあるね、それ。どっちの立案?」


「そりゃもちろん、産休中の俺らの頼れる家族、ティース。――仕事してないと逆に落ち着かないって言うんだから、あれ間違いなく仕事中毒だよ。誰だろうねそんな風に妹を育てたのって」


「全力で妹を愛でてきた僕じゃないことは確かだね。……じゃあ役割は決まった。アゼリア王国アバートラム侯オキタ侯爵麾下の工作部隊が最前列、僕ら諸王国連合がこれらを護衛し敵襲に備える。


 道路敷設工事の進捗がそのまま進行速度だ、敵軍の位置を偵察把握してちまちま潰してく行軍よりも圧倒的に早いだろうし、何より馬が使用出来て拠点との往復速度が早まることは携帯する補給物資の簡素化、軽量化に繋がるから行軍速度が向上するし。


 あとは直接戦闘部隊でない輸送隊護衛に割く人員が減って単純に軍の戦闘力が高まるし、分隊単位で敵軍偵察を出すより固まって襲撃に備えてる方が戦域が狭まるし、作戦目的が単純化して疲労度が楽だ。

 ――何か質問は?」


 納得は行かないものの、『鷹の目』の異名を取るアルトリウス様に意見具申するなど我らに出来ようはずもない。


 私達は揃って一様にアルトリウス様に向かって承服の意を示しつつ頭を下げた。が。


「ミリアム、キミは僕の弟でありアゼリア王国アバートラム侯のオキタ侯爵に無礼を行った。


 ――キミが誰をどう見下そうと、腹の中で思っているうちは僕が表立ってそれに構うことはないが、公共の場でそのような発言を誰に憚ることなく発することは我が諸王国連合軍の品位を貶めるものであり、我らが高慢で他者を下賤な者たちと軽んじている事実を公言したも同然だ。


 ……思ってても口に出しちゃダメだよ、馬鹿だねえ? だから信賞必罰のことわりに基づき、キミを処断しなければならない」


 続くアルトリウス様の言葉に、目の前が揺らぎ、私の心中を愕然とした衝撃が吹き荒れた。


 何故だ!? 私の思いは諸王国連合軍皆の感じていた疑問だったはずだ!


 弾劾した私が糾弾されるなど、有り得ない……そうか! これもこのオキタ侯の仕組んだ罠か!! 奸計に長じたこの男、全く油断ならぬ!


「先程笑った君ら、諸王国連合幕僚も全員同罪である。……故に、僕は謝罪と再発防止の意味も込めて、オキタ侯爵を僕の直属に置く。以後、オキタ侯爵に対する要望は必ず僕を通すように。破れば軍規に基づき、例え国王であっても厳罰に処する。

 ――国王の地位に有る者は、王位継承を行ってから楯突くように。即時斬首も有り得るからね?」


 なんという屈辱……!


 今後軍議に参加出来ぬようにする方策ということであれば確かにアルトリウス様直属部隊である他の補給物資輸送と護衛関連部隊、それに奥方シェリカ様のお父上であらせられるトーラー様率いる忍者軍団もこの場に責任者の姿はなく、理に適っているとは言え。


 この不快な少年の顔を見なくなることで一瞬喜びもしたが、しかし、我ら王侯貴族軍を差し置いてアルトリウス様の直属になるとは、下賤なる下等貴族の分際で!


 それにこの男、貴族となると同時に二人の嫁を娶り、また暴虐神スサノオの娘とされる三人の幼女を手元に置く幼女性愛者との噂もあり、この拠点にも既に手を付けているのであろうお飾りの女性騎士団を同行させていることもあり。


 女癖の悪さが既に大陸中にて噂になっておるのも気づいておらぬのであろうか? はっ、まさか、私の美貌が最初から目当てか?!


「ね、オキタ侯? この子めちゃくちゃ解りやすいだろう?」


「解りやすすぎるっていうか、アルトリウス侯が心配するのも分かるっつか。確かにこの子はうちの組で預かってた方が良さそう。こんなハッキリ全部考えてることが表情に出る娘さんって珍しすぎ」


 アルトリウス様が私を見つめてお言葉を掛けて下さっておられたことに今更ながら気づき、私は慌てて前髪などを直してしまった。失礼な顔をしていなかっただろうか?


 しかし、同時にオキタ侯にも視線を向けられたことは不快すぎる、大方私の美貌に見とれたのであろうが、私はそう簡単にこの身をくれてなどやらぬぞ!


「一応ムーンディア王国の第一王女で王位継承権かなり高位にある子なんで断りきれずにここまで連れてきちゃったんだけどさ。ここから先はちょっと厳しいなってことなんで、正直オキタ侯のとこで引き受けてくれるなら願ったり、って感じだった」


「うん、俺の方もドワーフ王国との交易路交渉でそれなりに身分の高い諸王国連合の人の同行を願おうかなって思ってたんで、渡りに船って感じ。この子最前線から引き抜いても、戦場指揮に影響ないんだよね?」


「私はアルトリウス様の筆頭親衛騎士でありシェリカ様の侍従だ! 貴様ごとき下賤な新興の下等貴族に命令される筋合いなどない!」


「……あー、ミリアム。彼の言葉は今後、僕の命令だと思って聞くように。――キミはどうも自分の立場が解ってないみたいだね?


 もし今後一度でもオキタ侯に無礼な発言を行った場合、僕は僕の定めた軍規に従って、キミを本国に強制送還するし、キミの軍規違反の事実を以て利敵行為と断罪し、貴族階級を剥奪して一般市民以下の奴隷階級に落とすことを現ムーンディア国王に命令する。


 そうなれば、キミの王位継承権はなくなるし、特権階級どころか奴隷階級ではスラムに放り込まれて一日で殺されるだろうね?

 元おエライ最上級王族のお姫様が奴隷に落とされるなんて国家規模の醜聞だよ。歴史に名を残せるいい機会かもしれない」


 なんと、冷たいお言葉か!? アルトリウス様は既にこの男に洗脳済みであるのか、口惜しい。


 スラムに裸同然で放り込まれるなど、下衆どもにこの玉の柔肌を陵辱され慰み者にされ、恥辱の限りを尽くされるということではないか。


 それであればオキタ侯の慰み者になった方が――いや、私は何を考えて?!


「……アレだね、この子、想像力もめちゃくちゃ豊かだと見たよ、俺?

 今、目まぐるしく赤面しながら表情変えてた間にだいたい何考えてたか解った気がする」


「うん、そこが可愛くて手放しづらくてここまで連れてきちゃったんだけど、今後はやっぱりねえ?

 あと、シェリカのお気に入りでもあるんだけどね。ああ、ドワーフ王国の方にはシェリカと忍者軍団も同行させるんで、ひとつ技術系の話と交換でよろしく」


「アルトリウス侯にそういう意味で気に入られるとはお気の毒。

 ……あー、砂漠じゃシェリカさんたち活かせないもんな、遮蔽物ないし屋外昼間戦闘がメインだし。

 細かい話はまた夜に詰めるってことで、承り。こっちのタギツちゃんの話もよろしくね」


「お待ち下さい、アルトリウス様! お願い出来るならひとつだけお話が! 私めの戦闘力が他の殿方の騎士たちや、奥方であらせられますシェリカ様にも及ばぬのは理解しております!

 しかし、そちらにいらっしゃいますオキタ侯は戦場にまで女性を侍らせる女狂いの噂が名高き御仁であります、それはお聞き及びでございましょう?」


 ぶほっ、とオキタ侯が噴き出すのが目に映る。やはり知っておったな、本性がこの場で明らかにされて驚いたか!


 アルトリウス様も笑って先を促されておられる、遠慮なく続けされて貰おうっ。


「この駐留地にも奥方であるリュカ様を同行させておられますな? 私がリュカ様と一対一で正々堂々と決闘し、見事私め勝利したならば、我らより弱兵であることを潔くお認めになられ、数々の嘘偽りを含む全ての奸計を明らかにすること、お約束して頂けませんでしょうか!?


 その為ならば、私のこの身をオキタ侯に差し出すことも厭いませんぞ?!」


 ふっ、この申し出は予想外であったであろう。シェリカ様と違い恐らくお飾りの奥方、なればオキタ侯の弱点に相違ない。


 こと戦場に於いては、単なる奥方と言えども戦闘員のひとり。軍規に則り行われた正式な決闘であれば断れぬであろう?


 なに、私も鬼ではない。ただ見目麗しいだけの女子相手に本気で戦うなどみっともない行いなどせぬ、少し脅せばすぐに涙を見せるであろう。


 この場に於いて恥を晒しても良いがな!


「うぇ。こりゃ予想外。うーん、リュカは手加減上手いからいいかなあ……? みんな、どう思う?」


「そうですな? グロールの見立てでは少なくとも、ヴァルキリアとの訓練よりは良い見ものになるのではないかと思いますぞ?」


「そっちの娘っ子さんハ、タブン、正規騎士の訓練ハ終わってると見たネ? 立ち居振る舞いが剣士のソレになってるヨ」


「まーぁ、兄弟の思った通りでイイんじゃねェのかァ?」


 全く、下賤な下等貴族どもが好き勝手言ってくれる。どうやらリュカ様も少しは戦えるようだが、所詮は田舎兵のお遊戯。


 実力の差、というものを教えてやらねばいかぬようだな。


「ああ、オキタ侯の兵が使ってる練兵場があったよね、整地済の。そこでやろうか。

 リュカ様には悪いけど、いい見世物だと思って付き合って頂こう。僕も実はリュカ様の格闘技は見てみたかったんだ」


「あれ、そうか。アルトリウス侯は見たことなかったっけね。おーい、誰かリュカに話つけて呼んできて?

 たぶん部屋で自主トレやってると思うから」


 この期に及んでまだ、私が手心を加えるに違いないなどと誤解しておるな、この男? 生憎と、この私ミリアムは悪を断罪するのに一切の躊躇などないぞ?


 そうこうしているうちにとりあえずは合同軍議解散となり、以後の案件はそれぞれの陣営に持ち帰ることとなったのだった。


 この後に開かれるリュカ様と私との決闘の結果で、今後のオキタ侯の立場が決定的となるであろう。


 未だ自身の足元が崩れる様を自覚出来ぬとは、まったく、平民出の貴族とは哀れなことだ。知能が最初から全く足りておらぬ、それを今に思い知ることであろう。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「……んで? だいたい何分くらい持たせりゃメンツが立つんだ?」


 などと、嘯くその女は、やはり平民の出か、現状すら理解出来ぬとは。このムーンディア王国に伝わりし宝飾輝く宝剣が貴様の腹を貫けば死ぬのだぞ?


 全く、いくら私が女子に優しいとはいえ、鎧すら身に着けず決闘の場に出てくるとは。


 このような決闘の知識すら持たぬ平民出の偽貴族なぞ、リュカ様、などと敬称を付けるのもおこがましい。馬鹿女、で十分であろう。


「早いとこ終わらせてティースの見舞い行こうぜ、元々身体が弱いっつったって産後一か月近くも起き上がれないって普通の衰弱じゃねェぞ?

 っとに、オマエはそういうとこに気が回らねェんだもんなあ、たぶんククリ産んだときにいろいろ吸われてんだぜ? 様子見てやんねーとヤバイって」


「戯言はそこまでにして頂こう! 開始の合図前に余裕の様子だが、オキタ侯の軍は礼儀を知らぬと見える!」


「あー、クシナダさんがついてるから心配はしてないんだけど、そういうことなんだろうね。

 何しろ人の身で神を生むなんてここ数千年なかったことらしいんで、クシナダさん様々だよ。


 うーんとね、そうだな、観客多いし『現実を見せる』って意味も含むらしいから、一分で」


「あいよ、一分な。……ええっと、ミリアムさんだっけ? オレはこの場から一歩も動かないから、合図なしで好きに攻撃してくれていい。

 逆に、一歩でもオレを動かせたらそっちの勝ちでいいよ? ――タクミ、砂埃遮断してやれよ!


 っとに気が利かねえなオマエ、この子が視界悪くなって可哀想だろ」


 不遜すぎるであろう、決闘相手を前に雑談の続きなど! いや待て、この男、いま何をした?


 何かの魔法施術を行ったようだが、周囲の風が止んで……、なんと、透明な板で周囲四方を覆っておるのか?!


 なんという邪法の類か、このような魔法、見たことも聞いたこともない?!


「ば、ばかな! 合図もなしに開始するなど騎士道の名折れ! 誰か、開始の合図を!!」


 なぜオキタ侯を初めとしてオキタ侯麾下の部下たちが笑っておるのか、全く意味が分からぬ。


 オキタ侯の慰み者であろう、ヴァルキリアと言ったか、彼女たちなど赤面し顔を覆っておるな? この後の惨劇を想像してのことか?


 馬鹿女にああは言ったが、この女騎士ミリアム、女性の目に惨劇を映すなど本意ではない。


 多少の痛い目には合わせることは仕方なかろうが、手心は加えてやることを約束しよう。


「なんでこんな平和ボケ状態でここまでついて来れたんだろうねこの子……。始め!」


 アルトリウス様の合図! ああっ、アルトリウス様、御照覧あれ、私めがこの馬鹿女に現実を思い知らせてやります!


 と、腰溜めにした宝剣を前に構え、裂帛れっぱくの気合と共に突きを放った私だったが。


「ふゥン!」


 ごいん!!


「きゃあっ?!」


 まるで岩石の塊にぶつかったかのような衝撃に、私の手から離れてしまった宝剣はくるくると弧を描いて練兵場の地面にさっくりと突き刺さり。


 私の方はと言うと、みっともなく女子のような悲鳴を上げて尻もちをついてしまった。


「馬鹿な! 確かに突き刺さったはず?!」


「ただの魔力を全身に通した身体強化だろうがよ。見たことないのか?」


「な、何と? 神聖なる決闘の場で魔法を使用し決闘を汚すとは、何たる無礼と屈辱?!」


 確かに、馬鹿女の言う通り、宝剣が突き刺さったはずの細い腰にくっきりと縦に線が入った腹部の筋肉には傷一つ入っていないようだ。


 これが魔術の効果とは、これは妖術の類ではないのか? 最早人間相手であると思わぬ、妖術使いめ!


「アァ? 注文の多いお嬢さんだなあ。んじゃ次からはちゃんと避けるよ。あと何秒?」


「会話で無駄にしてる、あと40秒。39、38、37……」


 何のカウントダウンなのかは分からぬが、どうやら時間制限があるらしい。


 私は慌てて宝剣を拾いに走り、そのままの勢いで側面から渾身の力で宝剣を振りかぶり、馬鹿女の肩口めがけて斬り込んだ。


「ったく、こんなドシロウト戦場に連れて来るなんて、アルトリウス様も相当戦場舐めてんじゃねェのか? これ前線に出したら初日で帰って来ねえぞ」


「戯言をっ! 王国剣技大会で何度も優勝し王国に伝わる宝剣まで賜った私の剣技を愚弄するか!」


「そんな大会で満足してるんだったらずっとそこに篭ってりゃ良かったんだよ。生きるか死ぬかの戦場に出てくるにゃ千年早いっつの。息切れかあ?

 そんなごてごての宝剣とやらと重そうな全身鎧着けときながら、一戦持たせる体力もねえのか救いようがねえ」


 先程の宣言通り、軽く開いた両足は一歩も動かしていないようだが、それでなぜ私のこの剣技を駆使した斬撃を全て躱せるのだ?!


 何か私に悪い魔術をかけているのであろう、そうだ、そうに違いない! もしや、私は既に敵の術中にはまり、幻術の類を見せられているのでは!!


「10秒前ー。あー、そうだリュカ、アルトリウス侯がリュカの技見たいんだって。銃棍技使ってあげてよ?」


「あん? いいけど防護幕強化しとけよ、流れ弾飛んでも知らねェぞ? そろそろかー?」


「三、ニ、一、ゼロ! 解禁ー!」


 オキタ侯の謎のカウントダウンが終わった、と思った瞬間、目の前にいた馬鹿女の姿が忽然と消えたようにしか見えなかった。


「ひゃっ?!」


 ばばん、という残響音を残す轟音が鳴り響いた、と思う間もなく、息を切らして立ち尽くす私の周囲を暴風が通り抜けたように感じられ、私は悲鳴を上げながら、周囲を見回すがやはり馬鹿女の姿は見えない。


 たった10メートル四方とは言え、走ってすぐに姿を隠せるほどには狭くない広さのはずだ。そんなことは熟練の騎士でさえ不可能だ。


「ミリアム、上だよ!」


「あっ、フープ兄ずっりぃ、教えちゃダメじゃん!」


 アルトリウス様の声に反応して上を見上げると、どうやって飛んだものか、両腕に装備した棍? のような棒状の武器の先端から煙を引いた馬鹿女が――いや、潔く実力を認めリュカと呼ぼう。


 リュカが私の方へ向けて超速で降下姿勢で片足蹴りの姿勢を取りつつ迫ってくるところだった。


 慌てて私は宝剣を両手で目の前に構え、リュカの蹴りに備えるが、そんなことは無駄だった。


 ばんっ、ばぁん!


 両腕を鷲の翼のように広げたリュカが、その棍の先端から連続して煙を吹かせると、その反動を利用した技なのか、リュカの身体が高速で回転すると同時に落下軌道が左右にぶれ、蹴りの軌道が分からなくなる。


 私はその辺の町娘のようにみっともなく悲鳴を上げ続けながら、がむしゃらにリュカに向けて宝剣を突き出したが、そのような不用意な一撃など易々と弾き飛ばされ、宝剣は再び遠くへ。


 痺れの残る両腕を抱えた私の身体の周りを、風のような蹴り技が掠めるように、幾度も往復するのが、目には映らずただ風の動きだけで理解出来る。


 ここまで全力で「手加減」して貰っては、この私も認めざるを得ない、このリュカの……、いや、リュカ様の動きは本物だと。


 アルトリウス様に戯れで稽古を付けて頂いたときと全く一緒だ、攻撃が速すぎて見えない。


「あー、ミリアムが戦意喪失しちゃったみたいなんで、リュカ様、その辺で許してあげて下さい。

 ……これを以てリュカ様の勝利とし、ミリアムの身柄をリュカ様付きとして今後の研鑽に当たらせるものとする。


 オキタ侯以下の方々にはそれで、先程のミリアムの無礼をお許し頂きたく、如何か?」


 周囲からわっと拍手が上がるのが分かる。ああ、私は負けたのだ。皆が私を笑っているのだ。なんと無念な。


「くっ! 殺せ!」


 ――しかし、勿体なくも、あれほどまでに腹の底で無礼なことを考えていた私に、リュカさまはこう仰って下さった。


「貴重な騎士戦力なんだろうが、殺すかよアホらしい。死にたいんだったらまず敵兵千人殺してから死ね、それが騎士の義務ってもんだろ」


 ぶっきらぼうな物言いながら、そのお言葉に溢れるお優しさが勿体ない。


 これほどまでの力量差がありながら、あれほどの無礼を働いた私をお許し下さるとは、感激の極み。


「お付きってなんだよ、聞いてねェぞ? ったく。……おぅ、女だからって舐められるこたねェんだぞ?

 だから、ミリアムっつったか、ミリアムもヴァルキリアと一緒で、ティースに弟子入りすりゃいいんだ。


 今、ここにゃ来てねェけどオレが口利いてやっからよ、安心しとけ?」


 ティース様とはオキタ侯のもうひとりの奥方だったか。


 産後の肥立ちが悪く、未だ前線に来られないものであると聞き及んでいたが。


 あのようなことを考えていた私にそのように今後の身の振り方まで思慮して頂くとは、なんと心の大きな女性だったか。我が身の矮小さが恥ずかしい。


 しかし、オキタ侯のその後の言葉は不可解すぎた。


「うわ、ミリアムさんチョロい。チョロすぎる」


 はて。チョロい、とは一体何の意味なのか?


 疑問が解けるには、まだしばらくのこの地への滞在が必要なのであろうか。


 私は内心頭を捻りながらも、目の前で勿体なくも私に向けて手を差し伸べて下さるリュカ様の手を取り、予想外の強い力で引き起こして頂いたのだった。



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