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幕間5 土木職人の一日

もちっとしたら第四章はじまりますー。

 土木職人の朝は早い。


 新アバートラム要塞建築現場では、要塞防衛戦にも多大な貢献を果たした重力魔法の達人である傭兵団がそのまま土木職人も兼任し、現在も建築現場で日夜汗を流している。


 熟練の職人でも一日で最大4~5本程度しか基礎杭は打てないものだ。だがここ、新要塞建築現場では団長タクミの指揮の元、徹底的な高効率化と合理化が同時に進行した結果として。


 建造物建立予定地域内の3,000本にも及ぶ基礎杭打設工事はわずか二ヶ月で完了、また作業合理化により各隊に小分けされたそれぞれの得意分野を持つ職人集団がローラー方式で担当現場を分担施行しつつ終了毎に交代していく制度により従来よりも早い進捗が可能となっていた。


 資材管理部、運搬部、各担当実務部、総合指揮者などの幹部の入念な進捗管理・相互連絡の徹底がその進捗速度を支えている。


「やっぱり、入念な報告、連絡、相談のほうれんそうと魔導板の活用ですね。これで進捗速度が三倍は変わりますし、安全性を犠牲にせずに日数を短縮出来るメリットは計り知れないですよ」


 そう、とある若々しい眼帯の職人は語る。


「これを覚えておけば、まずどこに行っても食いっぱぐれることはないでしょうし。何より、自分の持ってる技術が世の中の役に立つっていう実感を目に見える形で残せるっていうのは、建築職人の強みだと思うんですよね。まあ、何の職でもそうなんでしょうけど」


 さりげない笑顔で語るが、そこには年季に裏打ちされた経験と、確固たる揺るぎない信念が見えた。


「嬉しいのはやっぱり、仕事の出来を見て喜んでくれる人が居ること、それに尽きますよ」


 別の職人は可愛らしい三童女の声援に全力で手を振って応じつつ、語ってくれた。


「こういう声援を聞くとね、思うんですよ。ああ、この仕事やってて良かった、この人について来て良かった、ってね。砂漠から象と一緒に戦争で移動して来たときとは大違いです。もっと早くこの職に就きたかったな、って。あと幼女かわいい」


 職人の顔や身体には前職場でのものであろう無数の刀傷があった。現職と前職の違いをしみじみと語ってくれた職人の表情からは、現職に対する情熱が伺えた。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



 職人たちの朝はまず、幹部の集合による当日の作業日程確認・相談から開始される。入念に各担当職人たちがそれぞれの担当現場と作業予定時刻、交代時間や入用資材、排出残土量などを検討し、相互確認の完了後に各班にそれを持ち帰る。


 各班員への説明に活用されるのはクレティシュバンツ商会謹製の魔導板だ。


 現在、王国全土で急速に普及しつつあるこの魔道具は小さな半透明の魔導結晶で構成された板をいくつか重ねて作成されているものを基本版として、それぞれの用途に応じて板を入れ替えることで文字入力、表示、複製を可能としている。


 注目すべきは誤操作による誤消去や書き損じなどの誤記が標準対処法を持っている点で、羊皮紙と違い、魔導板での誤記はごく簡単な操作でそれを誤記前の状態に戻すことが出来るほか、何回かの加筆・修正履歴を記憶しておりいつでも以前の状態に戻したり、逆に先に進めたりすることが出来る。


 この機能により書き損じの羊皮紙やインクが無駄に廃棄・消費されることがなくなり、また魔導板は近在端末に対する相互文書通信機能を搭載しているため、事務所で入力された文書を即時的に部下や上司、現場各所に伝達可能であり、この点も伝令員を不要にする点から現行の紙書類制度依存より脱却する新技術として注目されている。


 なお、職人は現場で使用するにあたって「象が踏んでも壊れないレベルの頑丈さ」を要求しており、クレティシュバンツ商会はこの要望に応え、かの南部国境防衛戦で多大なる貢献があり、近く昇進叙勲が予定されている聖ヴァルキリア砲撃騎士団による大砲射撃にも耐える魔導板を作り出し、また、もちろん象さんたちにも踏んで貰ってその頑丈さを証明したという。



 ……話が逸れた。



 各班作業員への当日作業工程説明が終われば、各装備の相互指差し呼称を経て、ようやく作業が開始される。


 徹底的な合理化を進めておきながらも安全性を疎かにすることはなく、例え重力魔法を修めた一人前の大工職人であってすら、現場内高所作業では安全帯の着用が義務付けられていると共に、全作業員が頭部防護のための半ヘルメット着用が徹底されており、巡回の三童女にこの違反を発見されると厳罰に処されるという鉄の掟が出来上がっている。


 職人たちはこれを「(K)われちゃうぞ(Y)女に運動」と呼んでいた。


 昼になれば、昼食および休憩時間が取られ、中には作業進捗の関係で時間が前後する班はあれども、基本的には全班が必ず昼休憩を取ることが徹底して義務づけられている。


 連続作業により集中力が落ち、施工が疎かになることを嫌う職人たちは必ず休憩を自主的に取る。何より、三童女が作るお手製の昼食は職人たち全員の癒やしだ。


 昼休憩が終われば、再び午後からは作業が開始される。この頃にはあらかじめ前日に発注をかけていた外部資材なども現場に到着し、現場内は資材運搬員と担当作業を終えて別の場所へ移動する班などが入り乱れて通路や資材置き場が煩雑となってくる。


 この対策には団長の妙案により、現場に入場する作業員は青、移動中の作業員は緑、搬出する作業員は赤色を魔導板にて表示させ、常に青>緑>赤の優先度を義務付けたことで搬入・移動・搬出優先度を確認する手間を減らし、また魔導板の活用用途を広げた。


 夕方までに各作業が終了しなければ手の空いた作業員が相互に担当作業を手伝い合うことで、夕食に間に合わなくなる事態をなるべく避け、また退場後の安全確認、全作業員退場確認後の施錠処理を各隊長がそれぞれで行うことで無人現場内での事故可能性も減らしている。


 皆が一同に介しての大食堂での食事は圧巻だ。美少女揃いのヴァルキリアたちが腕に縒りをかけて作り出す数々の絶品料理に職人たちはそれぞれが舌鼓を打ち、談笑にて互いの施工技術や進捗を称え合う光景があちこちで見られる。そこにあるのは高い信頼と互助の精神だ。



 食事が済めば、職人たちは腹ごなしとして練兵訓練を行う。



 お忘れかもしれないが、職人たちは全て先のアバートラム防衛戦で特に高い戦功を得て旧アバートラム要塞、現新興街路拠点として開発発展中のアバートラム領の新領主であり職人たちの頭領であり団長、オキタ・タクミ侯爵の配下私兵軍団に所属しており、一応ながら軍事も担当している。


 腹ごなしとして行われる練兵訓練には団長オキタ・タクミ侯爵およびその奥方様たちとの個別戦闘訓練も行われることが通例になっており、最後に見本として行われるタクミ侯爵とリュカ様との個人戦は職人たちのみならず、新たにアバートラムに住み着いた開拓民たちにすら伝承されるほどの素人目にもそうと分かる高度な技の応酬に興奮し、感嘆するのが常だ。


 腹ごなしが終わればアバートラム自慢の公衆大浴場にて、貴族・平民の区別なく誰でもがいつでも自由かつ無制限に使用可能な冷水・湯を利用しその日一日の汗を流し、職人たちはお互いの筋肉自慢を始めるのが慣例だ。


 水の自由化を指導し貴族のみならず平民にまで無制限の利用可能を決定し、そのために私財を投げ打ってまで街に水道を引いたタクミ侯爵の功績は末代まで語り継がれることだろう。


 夜半も過ぎ、記者もそろそろ就寝することとし、ここで筆を置く。


 魔導板ならクレティシュバンツ商会へ、新規入居の案内はアバートラム領主オキタ・タクミ侯爵の館にて受け付けている、興味があれば訪ねてみるのも一興だろう。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「……って取材旅行記が王都でバカ売れらしいぞ。オマエ、自分が貴族になった自覚あるか?」


 ものすごく呆れた、という苦笑を浮かべつつ、そこそこに広いベッドで横になったリュカが、タクミの腕枕に頭を乗せ、頭を厚くなった胸板に密着させながら、やや上に見えるタクミの顔を見上げながら尋ねた。


「あー、王都のレムネアさんの紹介で現場取材に来た男性の記者さん居た居た、確かに。

 ひょろっひょろの身体で朝から晩まで現場全域取材してたって作業員の間でしばらく噂になってたよ。記者魂ってすごいねえ」


「バカ。『食事が済めば、職人たちは腹ごなしとして練兵訓練を行う』とか書かれてんだぞ?

 オレら本来は民衆を守るための軍人扱いなんだからな」


 真新しい魔導板の表面を指で撫でて表示される文言をスクロールして見せながら、リュカは片手で軽くタクミの側頭部を指で突いた。


 腕枕を更に抱き寄せ、胸板と腕の間でリュカの頭を圧迫する仕返しをしつつ、リュカの持つ手の中で揺れ動く魔導板を受け取り、タクミは慣れた調子でその表面をスクロールして先を読み進める。


「いや、ほら、ちゃんと書いてんじゃん? 俺の私兵で軍隊だ、って。しばらくは軍事作戦ないんだから別に強調しなくたっていいじゃん、そんなことより目先のお賃金だよ。

 ここの王国の貴族は、毎年ちゃんと働いて実績上げないと給料出ない完全歩合給なんだからね?


 ねぇリュカ、ちゃんと分かってる? 俺って今や2,000人の部下と街の人間を抱えてる大社長なんだよ、稼ぎは大事にしなきゃ。

 あと、技術進歩もね」


「程度と割合を考えろってことだよ、元経験者なんだろ、好きでやってるんだからやめろとは言ってねェっての。

 作業してるタクミってかっこいいしな」


「……なんで目逸らして言うの、そろそろ慣れようよ結婚して一年も経つんだし」


「うるせェ、恥ずいもんは恥ずいっつの。そんなことより」


 持ち前のバネを生かして素早く起き上がり、ベッドの上で仰向けに寝転ぶタクミの上に馬乗りになったリュカは、そのままタクミに向かって顔を近づけ、囁くように告げた。


「ティースが産休に入ってんだし、そろそろオレにだって出来たっていいと思うんだよ。

 ……一応、同じ回数だけっつか、産休入ってからはオレの方が数多いんだしよ」


「――最初はあんなに恥ずかしがってたのに、変われば変わるもんだなあ……」


「うるせェ、競争やってんじゃねえんだし授かり物だってのは分かってるし、だいたい神様本人なんだし出来たってだけで全然普通の人間なティースがすげェ確率引いたってのは理解してんだけどよ?

 ――オレだって欲しいじゃん、オマエとの、その、なんだ、愛の結晶、ってやつ」


 目の前で赤面しつつ可愛いことを言い募る最年少の奥方に、タクミは愛しさがこみ上げてきてリュカをそっと抱きしめた。


「まあ、焦らなくてもいいんじゃん? のんびりやってこうよ。――まだ旅路は続くしね」


「――ああ、浮かれてたかも。ごめんなクルル、忘れてたわけじゃねェんだけど」


 ……行為中はさすがに同意ない限りクルルは精神世界に引き篭もってタクミの単独操作になっているため、この場にクルルは存在しない。


「ティースのお産が終わってからだね、旅路の再開は。その頃にはアバートラム川の架橋目処も立ってるかなって感じ。

 もちっとしたら橋梁設計のドワーフさんと会議しなきゃだし……」


「嫁と寝てるときくらい仕事の話から離れろ、この仕事人間」


 抱きすくめられたまま、軽くタクミのあごに頭突きして不満を述べた可愛い嫁に、タクミは苦笑して謝罪しつつ、お互いに笑って口づけを交わした。



ティース姉やリュカちゃんの初体験話は途中まで書いてたんですが。

――なんかものすごく生々しくなったので没に。

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