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幕間4 ある日の王国宰相執務室

「ねぇ、エルガー。聞いてよ、笑っちゃう夢見ちゃってさ。

 そこではね、もうエルガーが死んじゃっててさ、ボクが900歳超えの神器になってて、みんなも全員居なくなってて。


 ボクがひとりでこの王国を切り盛りしてたんだよ?

 ――それにさ、なんでだか知らないけどシルフィンは敵になってて、戦場でボクとシルフィンが一騎打ちとかしちゃうしさ。


 おかしいよね、ボクとシルフィンは姉妹みたいに仲がいい、ってエルガーも言ってくれたのにさ。

 ……みんな、そんなに笑わないでよ、そりゃ、エルガーが言う通り、ほんとの姉妹で双子なシフォンと比較出来るわけないじゃないか。


 でも、ボクたちの女の友情ってやつは永遠なんだからね?」


 ……と、そこまで言い募って、レムネアは周囲が真っ暗になっていることに気づいた。


 たった今まで笑いながら自分の話を聞いてくれていたはずの、エルガーや仲間たちの姿もなく。


 いつもの黒壇の執務テーブルで、暖炉の炎がぱちぱちと弾ける音が聞こえるのみの、たったひとりの王都執務室の中で。


「んー? 寝ぼけたかな。懐かしい夢だったなあ。――まだエルガーが王冠に慣れてなかったっぽかったから建国初期だなあ。みんな、ずっと待たせちゃっててごめんよぅ?


 っていうか、無茶な条件をボクに押し付けたまま逝っちゃったタケミカヅチが全部悪いんだよ。『次代の人界の王』なんてそう簡単に見つかってたまるもんか。エルガーの代わりは誰にも出来ないよ」


 むぅ、と当時を思い出し機嫌を損ねたものか、眉根を寄せて腕を組む。


 と、どうやら書類整理中にうたた寝していたためか右手に羽ペンを握りしめていたことに気づき、憤慨しつつそれをテーブルの上の書類の上にぽんと転がした。


「むー。こんな夢見るのも、エルガーがどっちに決めるかはっきりさせないまま逝っちゃったのが悪いんだよ。そう、ボクは全然悪くない。


 まったく、ぜーんぶ人任せで何もかも忘れてさっさとそっちに行っちゃってさ、気楽な王様も居たもんだね? 宰相閣下はお怒りですよ、王様」


 薄暗い部屋で革張りによくクッションの効いた柔らかい椅子の背もたれにふんぞり返りながら、正面の扉の上に飾られている、巨大な国王肖像画を見上げる。


 900年という時を経て居ながら、レムネアの記憶に基づき定期的に画家に色彩の修正を行わせているため、その絵画は色褪せを知らない。


「ボクは900年も苦労してんだよ、王様。あなたはたった三年で逝っちゃったから、ボクがそっちに行ったら897年分は借りを返して貰うからね? たーっぷり、みーっちり甘えるんだからねボクは」


 呟いて、ふっ、とため息をついて、テーブル下から秘蔵のラム酒を取り出す。


「なーんか独り言増えたよなあ。姿形は変わらないからずっと若いつもりなんだけど、脳みそは老化しちゃってんのかなあ。まあ確かに昔みたいに純粋に物事見れなくなってる自覚はそりゃあるけどさー」


 ぽん、と小気味よい音を立てて、コルク栓を抜くと、おもむろに瓶に直接口を付けてラッパ飲みを始める。


 ……と、唐突にけたたましい音を立てて扉が開き、女の悲鳴が響き渡った。


「あーっ!! やっぱりサボってたぁ!!! ああん、これでシンディさん三連敗です。また厨房のみんなにクッキーごちそうしなきゃ。

 レムネアさま、どうしてお仕事に真面目なって下さらないんですかしくしく……」


 さすがに予想しなかった闖入者に、質問を向けられている側のレムネアは鼻水まで流しながら酒にむせ返っているところだった。


「ぶほぇっ、ごほっ、ぷしゃっ。あのね、シンディさん?

 ボクは一応上司なんだし、シンディさんもボクの秘書になったんだから、げほっ、ボクの部屋ってか上司の部屋に入るときはノックのひとつくらいあってもいいんじゃない?」


「ノックしたら間違いなく逃走しますよね?」


 何を馬鹿なことを、などとごく当たり前の事実を述べるように素で答えたシンディに、レムネアは内心ぎくり、としながらも平静を装い言葉を続ける。


「な、何を馬鹿なことを。ボクはね、宰相、王国王権代理宰相、つまり国の最高執務官で、ついでにギルドマスター、傭兵軍っていう王国の主翼な軍事司令官で。

 ……ええと、とにかく責任ある立場の偉いヒトなんだよ? そんなとってもえらーい上司に向かって、その言い方はないんじゃない?」


「たぶん今逃走のタイミングを図ってるんだと推測しますが、無駄です。それに」


 書類の束を抱え直しつつ、黒壇のテーブルに真っ直ぐに歩み寄ったシンディは、その束をテーブルの上に手際良く並べ直しつつ、言葉を続けた。


「いいんですか? 今、シンディさんは新作のイチゴジャムとアップルティーを組み合わせたアイスクリームの製作中なんですけど?

 もしもですけど、出来が悪かったりしてお偉い宰相さまのお口に入れるのが無礼になりそうだったら、献上しないで厨房の料理人だけで処分してしまうかもしれませんね?」


 びびくん!! と、ド派手にレムネアの片眉が上下し、両肩が発言の衝撃に震えた。そのまま、おずおずと無言で右手を差し出す。


 約束事だったように、その右手には秘書シンディの手により羽ペンが差し込まれ、同時に新しい報告書がレムネアの目の前に差し出された。


 ついでに、シンディが軽く指を鳴らすと、シンディの後ろに控えていた複数の魔道士らしきローブ衣装の女性の一人が部屋に<光球ライト>の魔法を撃ち出し、それは天井付近に滞空しレムネアの書類整理をする手元を明るく照らし出した。


「……さすがシーンの村で実質一人でギルド運営を切り盛りしてた才媛っていうか、事務能力については疑いはなかったけどさ?

 秘書任命してからほんの数週間で筆頭秘書になっちゃってる上にボクの弱みっていうか胃袋握って、魔道士ギルドの子たちも使いこなしちゃってて。――キミはほんとにただの一般人なの?」


「身元調査報告書も提出しましたし、父母にも引き合わせましたし、そもそも神剣で検査もなさいましたし?

 厳密には貴族でいらっしゃるレムネアさまが平民のシンディさんをお疑いの気持ちは本当によく分かるのですけども……。


 平民の私に、これ以上自分を証明するものを出せ、と言われましても出しようがない、とお答えするしか……」


「いや貴族ってか王国運営上の単なる階級だし、っていうかボクは生まれはみなし子で盗賊シーフ出身っていうのは国民みんな知ってることだろ。

 そういう身分差別みたいなものじゃないんだけどね」


 諦めて手早く新たな書類の束を確認しサインしつつ、時には大きく×印を書き入れるなどの処理を進めていたレムネアが、傍らに控えるシンディと、更にその場でかしこまる魔道士ギルドの年少の女子をふと見つめる。


「よく、魔道士ギルドと提携しようなんて思いついたねえ? 冒険者ギルドに魔道士ギルド登録者が来ることは珍しくはなかったけど、あっちにはあっちの規律があっただろうに」


「同じ王国内にふたつの学習教育期間があるのは思想が違うのだからそれは当然でしょうけど……。

 それがどちらも戦闘力の向上、魔法力の実践使用時の経験向上、という似たような目的があるのでしたら、どちらもが歩み寄って同時に進めた方が資金的にも期間的にも合理的でしょう?


 そういった合理性の推進に過ぎないのですけども」


「ふうん? まあ、シンディが思ったり考えたりしたことは全部やっちゃっていいので。自由にしていいよ」


「そういうわけには参りませんでしょう? きちんと申請書に目を通して了解印を押して頂きませんと。


 ……それと、羽ペンでの裁可が紙資源とインク資源の無駄であり、魔導板を導入して頂けば、書類の移動に掛かる時間や命令認可の時間、手続きなども全て短縮化出来る、と以前から申し上げておりますよね?」


 びくっ、とレムネアの羽ペンを握る右手が震える。


 上目遣いにシンディを見ると、非常ににこやかに、シンディが言うところの『魔導板』を胸に掲げていた。


 ――シンディが冒険者ギルドの受付だった頃から愛用していた、魔法によるタッチタイピング可能な半透明の結晶構造の魔道具――魔導タブレットである。


 ただし、この魔道具は操作性が非常に難しく、若年層を中心に使用が広まっているものであるが、機能は数千枚の書類内容の記憶・表示・複製・変更履歴保存、サイン・印鑑の真贋判断、念波応用の空間を超えた通信・同期、時計表示、文字入力・メモ帳機能など現時点でも機能の追加・アップデートが頻繁に続いている総合機能魔道具でもあり、新たに操作を習熟するには難解を極める、という操作方法の習熟に半年をかけて挫折してしまった、疲弊しやつれた年配のギルド諜報員の報告はレムネアも既に受け取っている。


「えー、ええと、それは、ほら、君たち若い子は自由に広めていい、ってボク前に言ったじゃん?」


「ええ、快く認可頂きましたので、こちらの魔道士ギルドの書類決済などを始め、既に市政の決済や申請書もこちらに置き換わりつつありまして。

 シンディさんの実家な商会も主力商品としてとっても潤い……こほん。


 紙資源の消費を減らし各種部門間連絡の速度向上もあって王国の経済発展に貢献しておりますよ?」


「今本音出てた! ねえ、みんな聞いたよね! 私利私欲だったよね!?」


 レムネアの言葉に、しれっと目を逸らす魔道士ギルド所属侍従女子。ここにレムネアの味方は皆無だった。


「おっと、取り込み中でしたかな? 新要塞建築使用石材認可の追認依頼使者代理として、タクミ団長の命で参ったのですが」


 開け放たれたままだった扉を申し訳程度にノックしつつ、降伏武将でありながら最前線要塞建築指揮官の名代という公職を得ている敗軍の将代表でもあるグロールが、ひょっこりと顔を出す。


「グロールさん! いいとこに来た! グロールさんなら手書き命令書の方が有り難みとかなんとかとにかくそんな感じで魔導石版よりもいいよね!?」


「……ええと、お話がちょっと見えませんが。我が敬愛する主君『不殺の神器』の言を借りるならば。


『諦めてとっとと魔導化した方がコスト面でも機能面でも合理的で速いのに、いつも使いの人間を動かして裁決待ちの無駄な時間を過ごしてる下の人間の身になって考えて欲しい』と、仰せでしたぞ?」


「グロール! お前もか!? 正義は死んだ!」


 なお、タクミは魔導板が王国全土にサンプルとして無償配布された際に最初に操作を完熟した人材であり、魔導板の建築現場導入を積極的に推し進めた人材でもある。


 それもあって新アバートラム川要塞建築現場と王都資材管理部との連絡は基本的には魔導板経由に置き換わっており、レムネアに裁可を求めるのは王都以外の都市や内海を渡って取り寄せる外国資材の輸入に関するものに限られてしまっている。


「はいはい、レムネアおばあちゃん、大丈夫ですよ? 今日は小さい子も来てますから、一緒にゆっくり覚えましょうね? 怖くないですからねー」


「おばあちゃん言うなし! ボクはまだ若いんだい、全然現役ばりばりなんだからね!」


「ええ、レムネアおばあちゃんは全然若いですねー、羨ましいですねー。っさあ、最初は文字の入力から勉強しましょうね?」


「うわーんお勉強いやだー、助けてー!」


 ――今日も、王国は何事もなく、平和だった。



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