幕間2 『第一回奥様会議』
【2017/03/07 05:46】改題しました。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ……」
地平線の向こうまでどこまでも四方に続く柔らかな芝生の生えた平坦な地面と、抜けるような碧天と、じりじりと肌を焼く強い日差しの下で。
「うううううぅぅぅぅぅぅぅ……、うがぁぁぁぁぁ!」
タクミは羞恥心と絶賛葛藤中であった。
「なーんであんなことしちゃったかなー……。いや、クルルのことは今でも愛してるし、永久に一緒に過ごしたい、って思ってんのは変わらないんだよ。それは本気と書いてマジなんだけど」
ぽわん、と脳裏に真っ白な肌を流血で汚したリュカの素肌とその感触が思い出されて。
逆にその汚れのせいで記憶の中では余計に艶めかしさが強調され、再度タクミは絶叫しつつ周辺を転がり回り、脳裏に焼き付いたその光景を追い出そうと努めた。
「うおおおおぉぉぉぉぉ、俺のあほー……。クルルは許してくれたけど、ティース姉やクシナダさんになんて説明を。
っつーか、身体は一個なんだからスサノオやタキリちゃんたちにも説明せにゃいかんのか?」
まさにその光景を見た際に衝動的に『そこから先』へ進むことを止めてくれたのがクルルなのであるが。
その後の対処はあっさりとしたもので。曰く。
『タクミくんが本気で愛してあげるって決めたのだったら、クルルは反対しませんよ?
万年億年を共に生きる伴侶のたかだか百年以下の年月ですから。
……でも、弱く寿命も短いヒト族に愛を囁くと決めたのだったら、その生涯が終わる最後の瞬間まで全身全霊で愛してあげて下さいねっ?』
……とのことで。出来た伴侶の達観に頭の下がる思い、という奴をまさしく実感したのであった。
正妻宣言は伊達ではなかった、ということか。
「ってーか、順番的にはティース姉の方が先っぽかったのにリュカの方に傾いちゃうとか俺ってさいてーじゃん……。
うあああぁぁぁ、クシナダさんとスサノオの方もどうしよう……」
「あー、相棒。事後承諾で悪ィけどよ、俺様とクシナダはときどきオマエが寝てる間にやることやってるから問題ねェぞ?」
「聞いてないよ兄貴!! 何勝手に致してくれちゃってんのよ!?」
いつの間にか真後ろに立って、転がり回り続けるタクミの様子を苦笑して見下ろしていた、タクミの分身姿でありつつ、この場所――、タクミの脳内の仮想共用空間では義手義足の姿ではなく、クルルが作ったタクミの五体満足な肉体をベースとしながらも、本来の肉体の影響なのであろう髭と一回り以上大きな筋肉を身に着けた美丈夫となっているスサノオが言った言葉に、俊敏にタクミが反応してその場に起き上がった。
「兄貴はやめろっつの、生まれた順番で言ったらツクヨミ姉貴やアマテラスの更に前に生まれてる相棒のが長兄になんだろうがよ」
「じゃあリア充の兄貴! 誰が何と言おうとスサノオは兄貴、異論は認めないっ!」
「異論って……、まァいいか。ってかよォ、俺様とクシナダは神だから、なんっつーか、その、『身体を重ねて交わる行為』ってな必要ないんだぜ?」
「ほえ?」
その場にあぐらをかいて座り込む様子を見せたタクミの前に、相変わらず苦笑を浮かべたままのスサノオがどっかと座り込む。
「相棒もウズメ……どうも言い慣れねェな、許せ。クルルと融合したときからずっと感じてんだろ?
なんつーかよ、全身に漲る幸福感ってか、熱量ってか、そういう感覚?」
「ああ、確かに! あれ、これが神々の愛情の現れとかそんな感じのやつ?」
「まァそんなもんだ。だから、いいとこ交わっても接吻程度のもんだっつーの。それ以上は俺様にはやる必要がねェし、クシナダの方も求めて来ねェしな」
「そうか、そういうもんなのか……、神々すげえ」
うんうん、とかなんとか妙に納得してる風のタクミに、更にスサノオが言葉を続ける。
「そんな相棒が『神々の幸福感』を人間に分け与える、っつーんだったら俺様は別に異論ねェしよ?
むしろクシナダはティースと仲良くなってんだし、喜ぶとこだと思うぜ? 俺様の娘たちもな」
「――ん? なんでタキリちゃんたちが喜ぶんだろう?」
「相棒、ほんと自分のことにゃ全然気が回らねェんだな? そんなとこも相棒の魅力なのかもな。
……相棒がその身体を通して人間と交わるってのはよォ、よーっく考えてみろよ?
相棒の神力や、その幸福感の一部を人間の身体に注ぎ込むってことじゃねェか?
そしたら相棒の嫁たちは神族に近い体質に変わってくってことだろォがよ、同じ神族の俺様たち全員が祝福しねェ理由がねェよ?」
言い終わる前に、タクミがまた七転八倒していた。
「いや、そんな、注ぎ込むとか、うわぁああああぁぁぁぁぁ」
「なんでそんなウブなんだよ相棒……。――まさか、もしかして。生息子か?」
「ぐああああぁぁぁぁ、わざわざ古い言葉にそんなルビまでつけて指摘しなくてもいいだろ兄貴ィ!」
「お、おぅ、悪ィ。そりゃ俺様にはどうにもなんねェな。でも、言っちゃ何だが、もう嫁になる女に手ェ付けまくってんじゃねェか、今更だろ」
「――ほえ? 手つけたって、まだキスしか」
「相棒。俺様のさっきの話聞いてたか? 俺様は言ったぜ、『神々の愛情表現にゃ接吻程度でも絶大な効果がある』ってな?
同じ神族同士でコレなんだから、ただの人間なら接吻だけで一溜まりもねェぞ? ――骨抜きだ」
がふっ、と息を吐いて悶絶したタクミに、更に追い打ちの言葉が襲う。
「なんっつーかよォ、俺の三人娘たちも相棒の接吻でめろめろだっつーの。ぶっちゃけ、相棒の神力容量ってなクルルやタヂカラオなんて古き神々なんざ比較にならねェっつかよ?
全神族中最大最強なんじゃねェか、って思えてんだよな、俺様からしたらよォ。そんな絶大な神力持ってる相棒が無意識でも神力混じりで接吻しまくってんだから、とんだ女たらしかもなァ?」
「……もっと早く教えて欲しかったよ兄貴――。もう手遅れじゃんいろいろ……」
「ハッハァ、女を活かすのは男の甲斐性ってなァ、心配すんな相棒、俺様の娘たちのことも頼んだぜェ?
俺様の神核戻って分離出来たら盛大な祝言上げっからなァ?」
「待って兄貴早まらないで!! あの子たち全然子供じゃん、早すぎるっての!?」
慌てふためいたタクミに、スサノオは真顔で首を傾げた。
「年齢で言えば俺様の娘はそろそろ1,800歳くらいか? まだ若すぎるなんてことはねェはずだが」
「そうだった、神様なんだった……、って、なんか倫理的にヤバくね?? 外見的にいろいろと」
「ってェか、手遅れだろ相棒? もう俺様の娘たち全員に接吻しまくってんじゃねェか。
――俺様にゃ一度もそんなことしてくれたことねェのによ。これが男親の寂しさって奴か。
まぁ相棒だから許すけどよォ、他の男だったら全神力結集して全『神』全霊で叩き潰してやるとこだったんだがなァ」
「……この世が滅びるのでやめて下さい兄貴、割りとマジで」
真剣にスサノオに懇願して、ふと、タクミは気づいた。
「あれ。俺と兄貴がここに来てるってことは。もしかして表の身体ってクルルが一人で動かしてんの?」
タクミの実体の容量関係上、表に出られるのは常に二神に限られるため、あぶれた一柱はここで暇を潰すなり寝るなりの交代制になることをあらかじめ約束している。
現在のように二柱がこの場に来て単独で身体を動かすことも可能で、スサノオが単体で不可視結界を張ってアマテラスの監視を逃れて動く方策なども考慮してのことである。
「ああ? 今更だな相棒、そんだけ混乱してたってことか。でも相棒もしばらく戻れねェぜ? 今、表じゃ会議中だからな」
「……会議って、誰と誰が、何の?」
「『第一回奥様会議』だとか言ってたぞ? クルルとティースとリュカと、あとついでにクシナダとタキリ、サヨリ、タギツだなァ?」
――精神体の身でありながら、タクミの顔面は蒼白となり、全身からは滝のような脂汗がどっと吹き出た。




