幕間1 恐怖の魔女
グロールさんの名前が何故か「グローリー」になってたので修正しました。
ごめんよグロールさん、本編再開したら出番増やすから許してね。
「……??」
「どうしたのです、サヨリちゃん? きょろきょろしてたです」
「視線を感じたのですタキリちゃん。タギツちゃんも感じませんでしたか?」
「――誰もいないのですサヨリちゃん。気のせいではないですか?」
そのように愛らしく大きな子供の頭を振って動き回りながら無人となった周囲を伺っているのは、タキリ、サヨリ、タギツの三童女神であった。
要塞移転工事が開始され、現要塞と、新たに一夜にして出現した国境川――まだ名はなく、仮にアバートラム要塞の名を取ってアバートラム川、と呼ばれている――付近の新要塞建設予定地との間は忙しく王都から呼び寄せられた建築職人や現地雇用の職人経験者、資材運搬の馬車などがずっと忙しなく往復しており。
また人手の需要が急に増したことで前線周辺に展開されていた仮の宿泊施設や飯場などは恒久施設となることが予想され、それらの地域の拡張工事なども開始されており。
戦死者の弔いも終わり無人の沼地を多く含む戦場地域であった場所が侵略の危機が薄れたことで、それらの地域は農地として一般民衆に開放することも伝えられ。
沼地を埋める工事と同時並行して測量も進められているところで、早くも割り当てが決まった農民が現地視察に訪れるなどしており、その点でもアバートラム要塞は既に新しいアゼリア王国の農耕都市としての道を着実に歩みつつある中途だった。
「でも、おかしいのですサヨリちゃんタギツちゃん。あんなにたくさんの人がいたのに、今日に限って誰もいないのです?」
「それはタキリちゃんの言う通り、サヨリもおかしいと思ってたのです。でも、ととさまが待ってる川のそばの現場に早くお弁当を届けないといけないのです」
「サヨリちゃんの言う通りなのです。早く届けないと、お昼になってしまうのです。お昼を過ぎたら父上がお腹を空かせて困るとタギツは思うのです」
改めて顔を見合わせ、大きな使命感に大きく頷き合った三童女は、決意を新たに何故か無人となっている道を目的地に向かってちまちまと駆けたのだった。
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「やっべぇぇぇぇ、気づかれるとこだった。さすがちびっことは言っても神、まさか上空10キロからの超遠視魔法に反応するとは」
「危なかったですわね、見つかってたら全ての計画が台無しになるところでしたわ」
「見かけは子供でもあの子たちは何の制限もなく生まれながらに全神力を自由自在に使用していますから、反応はかなり鋭いですよ」
ティースの遠視魔法を大勢で覗き込みながら、そんな言葉をタクミ、ティース、クシナダはそれぞれ交わし合った。
超遠距離からの拡大映像ながら、魔法術式展開はクシナダ、実測微調整はティース、魔力と神力の同時供給はタクミ、と得意分野で分担されたその映像呪法は完璧に効果を発揮し、完璧に三童女の動きを把握していた。
「なあ、オマエら。ここまで大事にしなくちゃいけなかったことか、これ?」
一人、やや後方から『オマエらに心底呆れてるんだぞ』という表情を浮かべたリュカが、既に何度めかとなった同様の問いかけを行うが。熱気を帯びた周囲の人間たちの誰一人として、その質問に答えようとする様子がない。
タキリたちの目的地として設定されているアバートラム川横合いの建設予定地には既に重力魔法を駆使可能で元大工、という経験者である『暗く重き渦』傭兵団の副団長レイリーが中心となって測量や図面設計を同時並行しつつ予定地を掘削する、杭打ちするなどの基礎工事に入りつつあるところだったのだが。
本日決行のこの計画案に基づき、全作業員納得の上で作業休止日とした上で、計画に関わった幹部クラスのほとんどが作業監督小屋に押しかけ、遠隔魔法から三童女の一挙手一投足を真剣に……かつ、我が子を見守るが如く注視しているのであった。
「だいたい、『お弁当を届けに来る』んだろ? 作業も何もしてなかったらさすがにバレるんじゃねェか?」
「抜かりありませんぞ、リュカさま。我らお付き衆が各所で待機しておりますので、念話の合図で作業開始する手筈となっております」
「さまはやめろって言っただろ、一応同じ団員なんだからさ、グロールさん」
「しかし団長タクミどのの奥方になられるお方に、様を付けぬのは不敬かと」
片膝をついて臣下の礼を崩そうとしないグロールに不思議そうに問われたリュカは、無言で羞恥に悶えつつ、謎の創作舞踏を舞い踊るかのような素振りを見せた。
「……ああ、ちくしょう、あんとき一体何人に見られてたんだよクソったれ。確かに寝室まで二人一緒に入ったみたいだけど、そこから別に何も進んでねえよ!」
「いや、ご安心召されい、団長の奥方であれば我らの忠誠も同様であります、決して他言しませぬ故に」
「とかなんとか言って、なんでみんな知ってんだよくそぅ……」
消え入りそうな言葉尻に、更に怪訝そうな表情を浮かべつつ、グロールは思ったのだった。
『いずれ団長の――何番目かの――奥方の座に収まることが確実な女性の詳細情報を広めて、失礼がないように周知徹底させることは当然であろう』と。
なお、グロールの部族を含む、タクミが捕虜とし自身が団長となっている『神撃の軍団』に編入することが正式に決定した砂漠の部族集団は基本的に一夫多妻制である。
他言しない、というのは団員と関係者以外の敵対者に対しての話だったが、ここら辺にグロールとリュカとの間で大きな認識齟齬が発生しているのは確実であった。――誰も修正しないだろうが。
「いや、確かに、幼女というのは国の宝ダネ。タクミが言ってる『YesロリータNoタッチ』だっけ、その教えは広めるべきだとボクも思うヨ」
「あーあ、確かになァ。兄弟に最初聞いたときァ、何言ってんだこのガキ、なんて思ったもんだったが、俺が間違ってた、許してくれ、この通りだ。
この映像の説得力ってなハンパねえぜ、俺っちみてぇな薄汚れた男でさえ、この子たちを守り抜かなきゃ、なんて殊勝なことを考えちまう。だよな、お前ら?!」
うおおおぉぉぉぉ! とかなんとか『暗く重き渦』の団長ルースの問いかけに応えた団員の皆さんが雄叫びを上げる。
その様子を見やりつつ、リュカは軽く頭を抑えてため息をつき、誰にともなく呟いた。
「ダメだこいつら。早くなんとかしないと」
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『本部! 本部!! こちら中間監視員レムネア! 目標が接近しつつあり!』
『ご苦労、監視員レムネア! こちら本部作戦総指揮官タクミ、目標の様子はどうか?』
『目標――、タキリちゃんは象に興味あり、乗りたがっている様子、サヨリちゃんはやや怖がり気味、タギツちゃんは飼い葉を与えようとしております!』
『了解、計画通り、いちばん大人しい調教済みの象に乗せ送り出すように! 健闘を祈る!!』
……敵フィーラス帝国の陣形を戦象部隊と歩兵部隊を分断する形で退け、その中間点に物理的に川を作ったため、帝国虎の子の戦象部隊をアゼリア王国が無傷で鹵獲した形になっており。
鹵獲した象たちは本来は非常に大人しい性格であり、また知能が高く人語をある程度理解し、力が強く重量物運搬に適した動物であるため、その愛嬌のある外見も相まって、短期間でアバートラムの人気者となっていた。当然、三童女も象に興味津々であった。
「あら、タキリちゃんたち、奇遇だねー? 今日はどうしたのー?」
「……なぜ総大将さんのレムネアさんが象さんたちの待機所にいるのでしょう? タキリは理由が分からないのです?」
「……なぜ王国でいちばん偉い宰相さんのレムネアさんが象さんをお世話しているのでしょう? サヨリは不思議です?」
「……なぜ王都にたくさん仕事を残してるはずのギルドマスターのレムネアさんがまだここに残っているのでしょう? タギツはわかりませんが?」
鋭い指摘のことごとくがレムネアに突き刺さり、見えない言霊の衝撃にレムネアはその場で自らの全身を抱きしめつつくるくると回って言葉の刃に耐えた。
「ぐっ、ぐふっ! お姉さんの体力はもうゼロだよ、そこら辺でやめといてね!? 間違ってもボクのことを『仕事から逃げ回ってる怠け者』だなんて思っちゃいけないからね!!
――えっと、ほら、そう、象さん! 象さん乗れるよ、この象さんすっごく優しい子で、三人を乗せて運んでくれるんだって!」
「「「わぁっ……、ありがとなのですレムネアさんっ!!」」」
……怖がりつつも喜びを全身で表してぶんぶんと手がちぎれんばかりにその場に残るレムネアに手を振りつつ遠ざかる一頭の象と、その頭上に乗せられた三人娘を軽く手を振り返しつつ、レムネアはどっと全身に滝のような汗を流し座り込んだ。
『……こちら中間監視員レムネア、目標は予定通り象さんに乗って移動中、確認されたし!』
『了解レムネア、ご苦労だった! なお、伝言を預かっている! 「王都の酒蔵から外交用最上高級酒と高級食材群が樽で消えた件について申し開きされたし、by貴族院」とのことである!
監視員レムネアの今後の健闘を祈る、以上!!』
タクミの念話を聞き終わる前に、レムネアは脱兎の如く逃走を開始していた。
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「おおー、三人で来たの? えらいね、ありがとねー、わざわざ」
「お弁当ないと困ると思ったのです。――皆さんあんまり汗かいてないのです?」
タキリの言葉が終わる前に、一斉に周囲の人間がやたら無駄な動作で一斉に汗をかこうと頑張る様子を見せた。
「い、いやほら、土木工事って言っても朝から晩までずーっと忙しいわけじゃないからね」
「昨日と全然風景が変わってないのです?」
サヨリの言葉が終わる前に、重力魔法の達人が揃っている『暗く重き傭兵団』のメンバーが怒涛の勢いで杭打ちを始める。
クシナダとティースの作成した大砲に杭を入れた上で逆さまに配置し、上から重力魔法で押さえつけることで反動を吸収しつつ連続で杭打ちが可能な杭打ち機への応用としているのである。
このふたりの開発魔法技術は早くも民生土木分野で受け入れられつつあった。
「資材が昨日から全然減ってないのです?」
資材置き場へダッシュで向かうおっさん連中が以下略。
「ああ、まあ、みんないろいろ用事あったりするからね?」
じいー、と無邪気な無言の三人娘の視線を受け、タクミの背筋は既に滝のような汗でびっしょりと濡れていた。
「ととさま「お父様「父上がそう仰るなら、そういうことにしておいてあげるのです? だから抱っこと、接吻を♪」」」
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「このところ作業進捗に遅れが出てましたけど。これは使えますわね。まさに、『計画通り』」
「ええ、この手はちょくちょくやりましょう。幼女にこのような使い道があったとは、研究の余地ありですね。お弁当だけで良いのもお手軽です」
人の居なくなった作業監督所でほくそ笑む二人を遠くから見やりつつ、深淵なる壮大な計画の最終目的を知ったことで顔をひきつらせたリュカは、ひとつの感想を胸に抱いていた。
――魔女、怖ェ。




