03話 冒険の始まり
「まったくもうっ。怪我でもしたらどうするんですかっ」
「怪我しない身体だって言ってたじゃん。ていうかクルルが居るんだから、何も心配してなかったよ」
「えっ、あっ、んもうっ。タクミくんはもっと自分の身体を労るべきですっ。
クルルのフォローも身近にいるときしか発現してないんですからねっ?
それに、魂に恐怖が刻まれるとすり減るんですよっ」
転生して半月が経って、俺はクルルを連れて世界を旅することになった。ので、とうとう塔を飛び出て世界を巡ることにしたってわけだ。
そう、文字通り、『飛び出て』。
「何が『じゃっ、お先に』ですかっ。心臓が止まるかと思いましたよっ。
普通の人間なら『2,000メートル級の塔から飛び降りる』なんて選択、しませんからねっ?」
そう。俺はあの塔から直接飛び降りたのだ。
平野のど真ん中に殆ど垂直に建っている塔だから、変な気流が周囲を渦巻いてて落下途中に塔にぶつかる心配はないだろうな、という判断と。
『落下中の人間は落下加速度と空気抵抗がある一定の速度に達すると釣り合って、時速530キロ以上は加速しない』っていうムダ知識。
そして。元とび職の俺だが、実は高所落下は何度も経験してるんだな。
バンジーとかじゃなく、ほんとに命綱なしで屋上から安全ネットに落ちるってやつ。
これはとび職始めると最初に必ずやらされる落下訓練で、俺が就職した現場じゃ「下を覗き込んでみろ」って言われて。
言われた通り恐る恐る首を突き出して下を覗くと問答無用でケツを蹴っ飛ばされて突き落とされる、っていうスパルタ体験だったんだが。
一度落とされて安全が体感で確認出来ると次からは初回ほどは恐怖心が消えて割りと平気になってくんだ。
俺の就職先はスパルタ指導で当時業界でも有名だったところで、初日中に六回ほど突き落とされたけどな。
おかげで現場で落下したときも一度も怪我したことはない。
話が逸れた。
時速500キロ程度で地面に激突したわけだが。魔力による<身体強化>のおかげで身体には傷ひとつつかなかった。
それだけの耐久力があるのは分かってたのと、そもそも何をやっても傷つかない神の器の身体が、半月の間に修行の一環でクルルから実際に何度も攻撃魔法を撃って貰ったときに、それくらいは全然平気だろう、って目算があったからだ。
まぁ落下の衝撃でそれほど硬くなかった地面に着地した足から全身ずっぷりとめり込んだのは想定外で、クルルに魔法で掘り出して貰う羽目になったが。
それでも、ただの人間がひょいっと柵を乗り越えて落下するのを目撃したクルルにとってはトラウマ級の衝撃だったみたいだ。悪いことしたな。
「クルルー。おいで?」
「えっ。えっとっ。――うにゅぅー。くるるるーごろごろごろ……」
猫のときは気にもしてなかったが、この喉から出るごろごろごろって音は一体どんな発声の仕方をしてるんだろう。
人の姿になってからもクルルのお気に入りは撫でることのようで、暇を見ては全身撫で回すのが常態化している。
人目があればさすがにやめとこう、とは思うが。
毎回人目を確認するためにクルルがきょろきょろと周りを見渡すのがお約束になってるけど、まだ第一村人は発見出来てない。
「はうんっ。タクミくんっ、クルルはもうっ、もうっ……」
あ。考え事してたらやり過ぎた。
わしゃわしゃとクルルの髪をくしゃくしゃにかき乱して、歩きながらの撫で回しを中断して、小高くなった丘の縁に足をかけて下の方を覗いてみる。
「おや。第一村人さんたち発見」
「はうぅっ。この熱い火照りをクルルはどうしたらっ――。あ。
第一村人さんたちとっ、第一盗賊さんたちですねっ」
「あれ、追っかけてる方って盗賊なんだ?」
丘の下に見える街道を、一頭立ての馬車が土煙を上げて爆走しているのが見えた。
お馬さんが口から泡を吹きそうなくらい疲労してるのが判る。
追っかけてる方は魔法で飛んでるのか、弓を構えたまま木々を猿みたいにぴょんぴょん飛び移って移動してる人間たち。
ときどき飛んでる途中で弓を撃ったりしてるのは魔法矢? で攻撃してるっぽくて。
馬車の幌に当たったところからすぐに黄色い炎が発火して、そのたびに馬車の荷台から村人らしき服装の男が半身を乗り出して消火している。
馬車の方からも弓で反撃してるっぽいが、空中を上下左右に移動する人間に移動して揺れまくってる馬車から射撃して命中させられたらそりゃもう人間技じゃねーわ。
って、当たった?! 空中で身を屈めて弓を撃とうとしていた盗賊の1人が、空中で弾かれたように斜めに回転して落下していくのが見える。
しかしそれで盗賊たちの方も本気になったようで、馬車の死角になる幌の影から射撃するように戦法を変更したみたいだ。
「クルル先生。あれは助けていいんですかね?」
この世界の常識は一通り勉強したものの、初めて会った人間が強襲を受けている状態ってのは想定になかった。
「助けておっけーですっ。ていうか急がないとっ、あれはほっとくとダメでしょうっ、人としてっ」
「いやアンタ神さまだろ。じゃあ助けるとして――、俺はここから直で走るんで、クルルは魔法でフォローよろしく」
言い残して、俺は迷わず丘を越えてその先の崖を駆け下りた。火を消そうとしていた馬車の男が肩に矢を受けたのが見えたからだ。
空中で撃ったとは思えないほどの威力で、矢は中ほどまで肩を貫通していた。あれは鎖骨が逝っただろ。
駆け下りる途中で背中から魔法の風を受けて、走る速度が加速する。
……程なく、俺は馬車が通過するであろう街道の先まで先回りすることが出来た。
身体に疲れはまだないし、魔力残量も十分。来るなら来い、だ。
「あんた! 盗賊だ、逃げろ!!」
山肌の急カーブを抜けて全力で走ってきた馬車の御者台に居た男が、俺に向かって慌てたように声をかけた。
いい人だなあ。自分らが危ないのに、見知らぬ俺に声かけてくれるなんて。
俺は無言で片手の親指を立てるサムズアップサインを返して、道を数歩脇に譲って馬車が通り過ぎるのを待つ。
「すまん、止まれないんだ、頑張って逃げてくれ!」
「いや、いいよ勝手に乗るから」
言い捨てざまに、通り過ぎようとする馬車の荷台に手をかけて飛び乗る。
時速60キロ相当の速度で通過しようとする馬車に対してそんな真似したら普通の人間なら肩の脱臼くらいは覚悟するべき行動だろうが。既に<身体強化>は発動済み。
時速500キロ以上での落下衝撃に耐えるこの身体はびくともせずに、引っ張られた反動で荷台を掴んだ腕を起点に半回転して荷台の後ろに俺の身体は飛び込んだ。
「お邪魔しまーっす。お手伝いに来ましたー」
少し薄暗い内部を見やると、一様に目を丸くしている男女が居た。男性三人に女性四人、乗り合い馬車ってやつか?
さっき負傷した男性は先の方、御者台に近い位置に寝かされて女性2人と男性1人に介抱されている。
御者台で馬を駆ってる一人が居るから、男手はもうゼロってことか。女性の中には薄緑の革鎧を身に着けた弓を持ってる小柄な女の子がひとり……、って耳長っ!?
これってもしかしてエルフってやつ??
さっきの神業射撃はこの子だなきっと。エルフは弓の達人って聞くし。地球で見聞きしてるエルフと同じなのかは知らんけど。
「何者?! 子供の……冒険者なの?」
「冒険者ってーと依頼を受けたりして金銭を得る職業の方々ですかね。いや違くて、まぁ、話すと長くなるんだけど――とりあえず屋根借りるよ」
なんて説明したものか考えてなかった、なんてことはないですからね?
とりあえず行動で見せればいいや、って脳筋思考全開で屋根に飛び上がり、幌を支える支柱の2本を左右の足で前後に突っ張って身体を支える。
ここまでやれば――、足首から下に吸着力が働いて支柱に足が固定されるのが判る。
さすがクルルさん、分かってらっしゃる、そこにしびれる憧れるっ!
腰に刺していたひじサイズの短い槍を両手に持って、中腰で構える。両手から槍に魔装の魔力を伝えると、槍はすぐに伸びて強度を増した3メートルほどの長さのある長槍に変化する。
俺のやってた八極拳では身体の他に槍を使った技も伝わってて、槍と素手で共通した身体の動かし方をする技がいくつか存在してて、それは地球でも1メートル程度の棒で実践して試したことがあった。
<身体強化>状態の現在なら、3メートル程度の長さくらいは余裕で振り回す力が発揮できる。
槍はその話をしたらクルルが魔力を通しやすい神鉄を使って作ってくれた。伸縮機能のおまけ付き。
「おおぉぉぉぉ――りゃぁぁぁぁああああっ!」
さほど力そのものは入れずに、梃子の原理で先に伸ばした右手で握る部分を支点にして槍の後端を大きく動かして幌の左横めがけて飛来した矢を弾き飛ばす。
そして、そのまま回転力を止めずに右手を開いて回転させ、回転する槍を下げた頭越しに逆側へ回転させて反対側の矢も両断する。
「子供の槍使いさん! 幌の両側を少し切り裂いて!」
「あいよ、攻撃は任せたぜ! 子供の弓使いさん、俺はタクミだ!」
「あたしはシルフィン! これでも成人してるけど任された!」
エルフの弓使い――シルフィンの意図はすぐに判った。
幌が邪魔で横上方向からの攻撃に対処できないから、攻撃窓を開いてくれってことだ。
言われた通りに、幌の両側、上から中央部付近を切り裂いて切れ込みを開けてやる。
あまり大きく開くと幌が破れすぎて負傷者が剥き出しになって狙われやすくなるので小さく切れ込みを入れただけだが、あの神業の使い手なら問題ないだろう。
と思う間もなく、内側から立て続けに打ち出された3回の射撃で左右の木陰から盗賊が落下するのが見える。
どんな視力してんだよ?! 動いてる馬車の中から動いてる人間を射撃するだけでも驚きなのに、その上隠れてる状態の人間まで見つけ出せるのか!?
「こりゃ見せ場もうないな、俺」
元々遠距離攻撃手段がない俺としてはここで矢を防いでたらクルルが追いついて魔法でどうにかしてくれるだろう、って目論見があったが。
シルフィンがこれほどの使い手なら全部任せて良さそうだ。
結局、その後はその通り、俺は数本の矢を防いだだけで、あとはシルフィンの独壇場で。たった二回の射撃で続けざまに二人を射落とし、残りの盗賊は負傷者を連れて撤退したようだった。
クルルが合流したのは更に後、街道脇に馬車を止め、付近の渓流まで負傷者を輸送している最中だった。