38話 リュカ
ここで三章終了です。
「勝ったどぉぉぉぉ!」
「うおおおおおぉぉ!」
――なーんて、総大将レムネアの雄叫びに応えるみんなの怒声が、もう何度目なんだか要塞中の壁やら窓やらをびりびりと震わせるくらいの勢いでそこら中で勝鬨が上がってて。
最初のうちは割りと律儀に付き合ってたんだけど、よく考えたらレムネアって神器なんで疲れ知らずなわけで。
飲む→食べる→叫ぶ、のプロセスを帰ってから延々繰り返してるんでもう付き合うのに疲れてこそっと抜けて来ちゃった。
……たぶん、ありゃ周囲が全員倒れるまで続けるなきっと。
てか、あの飲食しまくってる神器なはずのレムネアが腹に収めてるモンは全部浄化してないと思うんだけどあれは大丈夫なんだろうか?
クルルの話じゃ「たぶんあとですごい気分悪くなるはず」って言ってたけど。
つか、気づいたらリュカが視界に居なかったし。抜け出すなら誘ってくれりゃいいのに。
出撃時に600を数えた正規騎士と傭兵隊の混成騎馬隊は、戦闘終結したときは200も残ってなかった。半数以上ってか全滅寸前までがシルフィンたちの策で返り討ちになったことになる。
楽観はしてなかったけど、シルフィンたちの対応があまりにも速すぎて、犠牲は大きくなった感じは否めない。そのシルフィンは俺が地面をぶち割ったときに即座に撤退したそうで。
あの戦闘勘はフープ兄に遺伝してんのかな。でも血の繋がりはないんだっけ。
でも、犠牲を厭わず敵中央に騎馬隊が突撃を繰り返して敵の前進を阻害して釘付けにした甲斐はあったってもんで、要塞内部からの固定砲撃で敵の三分の一くらい、一万数千くらいは吹き飛ばしたそうだ。
釘付けにした位置が射程ギリギリだったんで歩兵陣の更に後方の補給部隊とかには打撃当たらなかったんだけど。
もし今後があるなら、馬に大砲引かせて移動砲台にしたりとか、俺がグロールさん運ぶときに使った宙に浮く簡易担架を応用した軽量移動砲塔――それもう戦車だと思われ――を作る予定があるみたいだ。
グロールさんを筆頭に俺が捕虜にした元敵兵たちは俺に忠誠を誓ってくれちゃってるみたいで、正直、どう扱っていいものやら困ってる。
戦場の仁義的に俺が養うのが筋、っつーけど俺、収入ゼロなんですけどよく考えたら。マジどうしよう、いきなり社員2,000人抱える社長になっちゃったけど売るもんないよ的な絶望感がひしひしと。
あと、ティース姉とタッグ組んだクシナダさんの二人がどうも魔法科学技術応用した新装備開発にドハマリしちゃったみたいで。
最初会ったときにあんなにお互い険悪だったのが嘘みたいに、薄暗い部屋で二人して魔法陣や魔法理論についでにやにや笑いながら技術開発してる様子は正直すげえ怖かった。
――この世界にも狂った科学者……この場合狂気の魔道士? 狂魔女達?? って存在したんだな。
でも。俺が元の国境線を物理的に吹き飛ばして簡単には渡河出来そうもないような幅の広い川を新しく作っちゃったんで。
川のかなり手前にある要塞をもっと川のそばに移転して、現在の要塞位置と川までの間にある沼地を耕地にして農民に開拓耕地で開放しようず、って話もあるみたいで。
まあ確かに予想以上に広い川幅あって、まさか敵前でのんびり川を渡る橋を作る工事させて貰えるはずもなく。
あと。川の流れがめっちゃくちゃ早い、プラス未だに深さも幅も広がりまくりなう、ってことでそもそも即席に橋なんか作ったって一撃で流されるだろうから、年単位で再侵略はないんじゃないかなあ、ってのが予想。
地面をぶち割って川を作る、つったときのレムネアのびっくり顔は写真に収めたかったな。そんなもんこの世界にないけどさ。
『ガラスはありますからピンホールカメラくらいならたぶん作れますけど?』
――うーん、必要になってからで良くね? みんな結構迷信深いとこあるから、前にも言ってたけど技術が受け入れられる下地、ってのがないとちょっと怖いわ。軍事技術は割りとすぐそういうもんだ、って受け入れてバリバリに応用してくれるんでぽんぽん案出しちゃうけどさ。
『写真機も軍事用途に使えますもんね、魔法陣なんかと違って純粋技術ですから一度技術が漏れると無制限になりますし』
――そうそう。ていうか、今日はよく喋るねクルル。って、いつも俺が我慢させちゃってんのか、ごめんな。
『いえいえー、でも確かに久しぶりの長話ですねっ。寝床に入ってクルルとお話してるとそっこータクミくん寝ちゃいますもんねー』
――それについてはマジ申し訳ないっ。っつーか、クルルの体温が直に感じられるっつか全身がぽっかぽか幸せなんで眠気に耐えられないんだよ。こたつでみかん片手に睡魔に襲われてるような疑似体験みたいな幸福感がね。
『えー、クルルが悪いんでしょうかっ? 疑似体験ならこういうのも出来ますけど……?』
と、相変わらずのデジタルFPS視界の中に、擬似的な実体のないクルルの一糸まとわぬ裸身が表示される。
クルルがいつものマーキングや注意テロップ出すときと一緒の、俺の視界の中に直接挿入してる現実には存在しないバーチャルな疑似肉体だ。
それが俺の方に近づいて来て、腕を俺の首に回してぎゅっ、と抱きついてきた、と思ったら。
あれ、「抱きつかれる感覚がある」んですけど!?
唇がみるみる顔に迫ってきて、口づられけた、と思ったら口の中に広がる柔らかい舌の感触とかクルルの全身の敏感な部分の各部が俺の体中に接触して密着する感覚とか?!?!
『えっと、皮膚から脳に向かう電気信号の一部に偽物の感覚を混ぜることで、タクミくんの知覚に対して擬似感覚を本物同然に錯覚させて実現してる「バーチャル美少女クルルちゃん」ですっ』
――やめなさい俺が耐えられんわっ! それはちゃんとクルルに生身が戻ったときのお楽しみにしとくからっ!!
怒り飛ばしたらなんか逆にクルルが赤面しまくって慌ててんだけどなんかおかしなこと言ったかな?
まあいいや、擬似感覚は熱が冷めるみたいにすうっとなくなったし。
――あ、でもクルルの姿が目に見えるのはやっぱ安心感が違うな。負担じゃないならときどき見せてよ?
返事の代わりに、ちゃんと服着てちびっこサイズに縮んだクルルの姿がばりばり赤面でディスプレイの端からひょこっと顔を覗かせて、すぐに消えた。可愛いな。
中庭から遠ざかるように特に目的もなくぶらぶら歩いてたら、戦闘集結からやっと数時間経ったとこで、そろそろ夜に差し掛かろうって時間帯に。
汚れた装備類を床に置いて井戸のそばで半裸でいつものポニーテールをほどいて、真っ白な背中の中ほどまである髪を無造作に降ろしてるままで井戸水をかぶってるリュカを見つけて。
あれ? 女湯ってもっと奥にあるんじゃなかったっけ。恥ずかしがり屋さんのリュカにしては無防備だなあ?
なんぼ戦闘で火照ったっつっても雨に濡れた身体に井戸の冷水浴びるってのは身体冷やしすぎるんじゃない?
とか思いつつ、前みたいに驚かさないように「リュカ!」って声かけたら。
びくん、と肩を震わせたリュカが身を縮めて胸を隠して俺の方を振り返ったんだけど。――泣いてた。なんで?
「こっち来んな! 見んな!!」
とか叫びながらまだ血まみれの革鎧を素早く抱えて奥に逃げるけど、追わないわけには行かないでしょ。
そしたら、女湯に近い位置になってんのか濡れ髪普段着の女性陣たちとやたらすれ違うんだけど。
別に裸とか見たわけでもなんでもないのにキャーキャー悲鳴がうるさい。
てか、血まみれのリュカが走るんでまだ乾ききってないリュカの全身から洗い落とせてない返り血が飛び散ってるけど。
それに触れた女性陣がリュカの方を指差したりして汚れを見るみたいな嫌な表情浮かべて大げさにぎゃーぎゃー騒いでて、なんかそれにすげえムカついて来る。
誰を守るためにあんな風に全身血で汚してまで、全身全霊でリュカも含めて、先に『向こう側で待っててくれてる帰って来れなかったみんな』が戦ったと思ってんだよこいつら!
たぶん、俺はそのとき物凄く憤ってたんだと思う。
誰も通らない地下倉庫に続く階段の踊り場でやっとリュカの片手を捕まえて、俺より頭ひとつ分以上も低くなっちゃったリュカの素肌の背中を冷たい地下の壁に押し付けてんだ、ってことに気が回らなかった。
「いてえって、離せよ! 何でもねェんだよ、いつものことなんだって!」
「なんでリュカが怖がられたり馬鹿にされてんのを俺が見過ごせると思うんだよ、何でもないならなんで泣いてんだよ!」
きっ、てな感じで片手で革鎧を抱いたままのリュカが自由になる左手を無理やり上に上げさせる形で俺に体ごと壁に押し付けられて。
さっきまで水浴びしてたせいもあってか全身をぶるぶる小動物みたいに震わせてて、それで両目いっぱいに涙溜めて俺を見上げてるのが解って。
顔のあちこちにも、よく見たら髪や耳や唇にもぱりぱりに固まった返り血が付着してて。
こんなになるまで全身全霊で頑張ったんだよな。俺のわがままに付き合ってくれて、こんな小さい身体を酷使してさ。
めっちゃ申し訳なさと愛おしさがいっぱいになって、俺はその衝動のまま、目の前のリュカの唇に口づけた。
びっくりした顔のリュカが口を無理やり塞がれてむーむー唸りながら俺のこと軽く蹴っ飛ばしたり、手に持ってた革鎧離して俺の胸とか腕とかばんばん叩いて来るけど、俺はリュカを離したくなくて。
そのまま長いこと口づけてたけど、落ち着いたっぽいリュカが軽く俺の胸に片手添わせて来るんで、上に上げたまんま固定してたリュカの左手を開放して素肌のリュカの背中に手を回して。
そこで初めて、リュカの素肌の背中を俺がずっと冷たい壁に押し付けてたせいでめっちゃ背中が冷たくなってることに思い至って。
壁から離してリュカを抱え上げるようにして、俺の身体全体でぎゅっと抱き寄せる。
目の前にリュカの耳が来て、そこにも血の塊が付着してるのに気づいて耳たぶごとぱくっ、とかぶりついて口の中で血の塊を舌で取り去った。
「ひゃぅん……、図に乗ってんじゃねェぞ、この天然タラシ。言ったろいつものことなんだよほっとけ」
口では憎まれ口だけど、いつもの声の張りはないし弱々しくて、俺に抱かれるままになってるし、なんつーかリュカであってリュカでない別の女の子みたいだ。
「なんで俺が『俺のために戦ってくれた女の子』をほったらかしに出来ると思うの?」
「――くっそ、無自覚のタラシってマジくそタチ悪ぃ。オレはオチねえからなっ。……オマエはほんとにスゲエよ、出来ないって思ってたことをマジに達成しちまってて。
正直、オマエに最初不殺の誓いとやらを聞いたときは、実行出来るはずもねェ戦場ド素人の世迷言で戯言で実現不可能で、終わったらオマエのことを慰める役割もやんなきゃな、って思ってたし」
涙声になってるリュカが俺の方を見つめてるまま、ときどき鼻水すすり上げつつ言葉を継ぐ。
黙って聞きながら、俺はゆっくりと階段の段差に腰をかけて、子供をあやすようにリュカの身体を横抱きにして無言で話の先を促す。
「お嬢さんの左目の傷な。ありゃオレのせいでついたんだ。
――オレが甘ちゃんで敵を生かしたいなんて大甘な提案したせいで、敵の騎士が命と引き換えにしてでも何を狙ってるか読めなくて。
捕虜の見張りを命じられたってのに、命が助かって良かったな、なんて無邪気に話しかけてて、それで隙を突かれて」
辛そうに話すリュカの言葉に無言で軽く頷く。
後ろからときどき人の気配するけど、悪いけどこの階段は通行止めだ、他を当たれ。邪魔したらぶち殺す。――マジで。
「オレのせいで首領にも危険が及んで、それを庇ったお嬢さんの左目は永久に見えなくなって。それでもみんなオレのことはいつもと変わらない感じで優しくしてくれて。
怒られて追放された方がマシだったよ、全部オレが甘かったせいだもん。だから敵対したら確実に殺すようになったし、甘さは捨てたはずだったのに」
ぎゅううぅぅ、って俺の胸に顔を押し付けて来て、胸のとこからくぐもった声が聞こえて来る。
「なんでオマエはそんな真似が出来んだよ。怖くねえのかよ。あんなにたくさんの捕虜まで取って、みんなオマエについてくんだってよ?
裏切りや謀反とか怖くねえのかよ? オレには出来なかったんだよ!
人殺しで怖がられまくるのも、里のみんなもお嬢さんも、腹の底じゃオレのことを半人前だって思って遠ざけるのも、自業自得なんだよ。
だから、ほっとけよ!」
――ああ。分かるよ。一人前だって認められないと悔しいよな。人から期待されてないって思い込んじゃうのも、人の好意が信じられない気持ちも、よく分かるよ。
……だってそれ、無職ニートだった俺がずっと感じてたことだもん。……辛かったよな。理解されなくて。
めっちゃくちゃ愛おしくなって、なんかもうリュカの顔中とか耳とか首筋とかキスしまくりで。
声上げて泣いてるリュカが……、場違いなのは解ってんだけど、可愛すぎて。
……ってやってたら、画面の端にちびクルルがめっちゃ慌てた感じで両手を交差させるバツサインで出て来て飛び跳ねてて。
画面中そこらに『停止』『ダメ』『やりすぎ』『禁止』『相手見て』『気づけ』なんて文字が並びまくってて。
言われた通りによーっくリュカを見たら、泣いたまんま全身びくびくさせてる半裸のリュカが素肌のあちこちに俺のキスマークつけた状態で俺の腕の中で気絶してることに気づいた。
……あっ。耳弱いって言ってたよな、確か。やりすぎたわ。
そそくさと汚れた革鎧ごと抱き上げて、割り当ての部屋に寝かせて、ついでなんで汚れは全部拭って革鎧も綺麗に洗っといた。
目覚める気配ないからマジやりすぎたのか、疲労困憊だったのが緊張が解けて安心したのかは判らんけど、寝息はすごく穏やかだったから。
頬に残る涙の跡をそっと指で擦ってそれも拭ってあげて、起こさないように、そーっと部屋の扉まで移動して。
部屋を出る直前に、俺の寝床になってるちょっと大きめサイズのベッドの上に、出るときはなかったはずの羊皮紙の手紙がぽん、と無造作に置いてるのを見つけて。
手早く歩み寄って広げる。楔形文字で実は読めなかったんだけど、クルルが翻訳してくれたので内容の理解に問題はない。
さして長くもない内容を無言で反芻して、俺はリュカを起こさないように注意しながら、音が出ないようにゆっくりと部屋の扉を閉めた。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「本当にお一人でいらっしゃったのですな。律儀でいらっしゃることで」
「そっちこそ、戻って来てる時点で律儀を通り越して何考えてんだか分からない、って思っちゃいますよ」
再び固く閉じられた要塞正門の前から少し下った一本道の真ん中で待ってたら、姿は見えないのに聞き覚えのありすぎる男の人の声。
「ようやく大恩ある人物への義理が果たせましてな、長らくお預けになっておりました訓練を再開せねば、と。
それに、好物の粉物までご馳走になりましたから、その恩義も返さねば、と心残りでしてな」
「命がけで戻ってきた理由のひとつに粉物が入ってるのはどうなんだ、って思いますけど」
目の前に旋風が巻いた、と思ったら。その中心部から、いつもの砂漠風の衣装でなく、トーラーさんたちと同じ鎖帷子の上に黒を基調にした忍者服を着込んで頭にはトレードマークのターバン、な出で立ちのライバックさんが姿を現す。
「粉物の素晴らしさをお教え出来そうにないことが唯一の心残りでもありますが、まあ仕方ありませんか。では、用意出来ましたら、いつでも?」
言われて、軽く笑みを返して、俺は腰の後ろに差してた相棒のツインダガーを取り出して両手に逆手構えでいつもの戦闘姿勢を取った。
これを持ってるときは、ガチで相手を殺すとき。
――正直、俺の神眼ですら瞬間的にライバックさんが消えたようにしか見えなかった。この動きは、リュカの動きにそっくりで、それでいてリュカの数十倍は速い。
そして、クルルの神力操作でやっと捕獲出来た、と思ったら。
致死性の毒が数種類以上混合されてて、軽く触れただけでもそこの部分が腐り落ちるって前説明付きで恐れ慄いた覚えのある、いつも腰の後ろに横一文字に差してる真っ黒な毒刃の短刀が抜かれてて。
斜め左下から一文字に俺の首めがけて振り上げられてるのが理解できた。
「ふっ!」
思いっきり背筋に負担かけてのけぞりつつそれを少しも触らずにぎりっぎり数ミリで避けて、のけぞりの勢いで両手の短剣を交差させてライバックさんの顔面狙い。
あと右足を振り上げて横蹴りをかましたけど、これはマズかった。
俺の右足がライバックさんの左腕で止められた瞬間膝関節をコジられそうになったのが解ったんで、関節破壊を受ける前にその場で極められるのとは逆方向に空中回転して逃れて。
ついでに威力はないのは分かってるけど空中で左足でライバックさんの胸に踵を当てるようにして力任せに捕まった右足を引っこ抜き、ちょっと距離取って右膝の具合を確かめる。
「神器は無敵の肉体を持つ、とは言っても人と同じ構造の肉体である以上、関節は弱点以外の何物でもありません。
それに、人間だった頃の癖でしょうが、呼吸でタイミングを相手に教えてしまってはなりません。
神器であれば呼吸すら必要ないのですよ、ですから無呼吸の無拍子を心がけなさい」
「うっわ手厳しい、精進します」
たった数ミリ秒程度だと思うけど瞬時に極められたせいで、やっぱり右膝関節が破壊されたっぽい。かなり動きが悪いしスムーズに曲がらない。感覚のない機械義足って確かにこういうとき不便だわ。
クルルに神力変換で回復を任せて、損傷に気づかれないように努めて普通に構え直したけどぜったいバレてるよな。誤魔化せる気がしない。
「安易に修練していない見よう見まねの蹴り技を放ったのも迂闊でしたな、リュカの真似でしょう? 私はリュカの師匠ですよ?」
「……あっ。通用するわけなかったか」
「本物の足技というのはこうやるのですよ」
言うなり、また神速で距離を詰めてきたライバックさんが、正直リュカの蹴り速度なんか比較にならない勢いで上段から下段までランダムかつ満遍なしに、宣言通り蹴り技だけを放ってくる。
リュカは小柄で体力少なめなんでときどき回転蹴り系をフェイント混ぜて挟んで来るから、実は逆に言うとタイミングを読みやすかったりするんだけど。
ライバックさんの蹴りには一切そういう隙間がなくて避けたり受けるだけで精一杯で、それがまた、きっと弟子のリュカと同じようにフェイントも挟んでるに違いないのに、受けた蹴りは全部強烈に重くて全身にびりびりと痺れにも似た衝撃が感じられるし。
「おっと? よく避けましたな、意識は完全に上に移せたと思いますが」
「いや、正直軸足狙って切りつけて来る方策じゃないのかな、と最初から疑ってたので避けられました」
そう、ごりっごりの実戦派なライバックさんが額面通りにほんとに蹴り技だけやるとは到底信じられなかったんで、蹴りを受けつつクルルに上半身の動きを監視してて貰ったんだよね。
「……そろそろ観客も集まって来ておりますし、ここからは身体で直接覚えて貰うということで、よろしいですね?」
ライバックさんの言葉通り、さすがに見張りまで全員居なくなってるわけじゃない最前線要塞だけに、俺らの戦いに気づいたアゼリア軍のみんなが城壁上に集まって俺たちの戦いを眺めてるのが分かる。
――でも、先にレムネアに言ってあった通り、タイマン対決を見守ってくれてるみたいだ。有り難い。
「もちろん。俺も、俺の修行の成果、ってやつを見せてあげますよ」
「それは頼もしい。では私も、私の持てる技術の全てを見せましょう」
言うなり、また消えた。……いや、もうタネは分かってる。
高速なのは足元に展開させた風魔法を、発勁と同じ要領で移動方向と完全に一致させてタイミングを合わせることで急加速する、魔法を武術に応用してる踏み込み技法の一種だ。
タネが解れば移動速度を図ることは一度見れば十分で。クルルにタイミング予測は任せて、画面内でマーキングが出てる虚空の空間に向けて一瞬で右剣を振り下ろす。
ぎぃん!! って音がして、初めてライバックさんに剣を受けさせることに成功。
なるほど、リュカの足技や跳躍もびっくりするほど速いし高いわけだ。
リュカが前に言ってた「忍者も魔法を使うけど、攻撃魔法ではない」ってのはこれか。
基本は動きの補助魔法や毒散布みたいな間接魔法系なんだ。加速法は俺も重力魔法で応用出来るかもな。
ライバックさんが動き回ってる空間には黒霧っぽい粒子が漂ってるけど、たぶんこれが毒霧散布の毒魔法。
俺に効かないのは分かってるはずだけど、こういう技法もあるって教えてくれるための散布だと思う。ほんとに有り難い。
――敵対してるのが残念でならない。
無言のままどんどん速度のギアを上げてくライバックさんの短刀や突きや足技をだんだん俺の方も避けられなくなってって、かすっただけでぱぱっ、と顔や首筋の生身の部分から血が飛んだりしてるけど。
ライバックさんの方もそれは同じで、真っ黒な忍者衣装のそこかしこが俺の拳撃や剣撃がかすって繊維が弾けてく。
やっべえ、フープ兄でもここまで速い打撃は撃てないし、クラさんでもこんなに多彩な攻撃手段を持たない。
間違いなく、人類最強の忍者だ、って思うと、場違いなんだけど脳内アドレナリンどっぱどぱで股間も滾りまくり、――勝ちたい!
全攻撃の予測軌道をディスプレイ上に出したら向こう側が見通せないくらいの斬撃軌道予測で埋まってるし。
本人は瞬間移動みたいな動きで移動を続けてて、風魔法を連発してるせいなんだろうけど周囲にすげえ暴風が吹き荒れる感じになってて、俺の身体を揺らすくらいの風力が。
今しがた教わった通りに、呼吸を止めて……ほんとに苦しくもなんともないのな。
呼吸も習慣でやってるだけで酸素を取り込む必要すらないんだ、ってのが実感出来た。
そんで、全身に重力魔法を通して見かけよりも重量を増して、ライバックさんが接触して来るのをただ待つ。
反応速度だけで言えば、神力併用で光の速度に達する感覚を人間が凌駕出来るはずがなかった、んだけど。
予想も出来ない瞬間の刹那、ミリ秒にすら満たない一瞬の隙を突かれて、俺は真っ黒に塗られたたぶん鋼鉄の糸の斬撃を無警戒の首の後ろから食らって。
俺の首は、一瞬で宙に飛んだ。
……のを視界の揺れで確認しつつ、そのまま首を繋げずに。
勝利しても動きを止めずに油断なく飛び下がろうとしていたライバックさんを両手でがっしりと捕まえて、両手から重力魔法を全力開放。
ライバックさんの両肩を瞬間的に粉骨してぼろぼろにしたんだけど、痛みを感じる様子すら見せずに首を失った俺の身体に自由な両足を使ってさっきの強烈な連撃の蹴りを叩き込んで来る。
でも、重力魔法で固定されてる両肩の拘束を外せない上に、腰や上半身の回転力を伴わない蹴りはただの力を込めた前蹴りだ。
そんなんで俺の重力魔法を引き剥がせるわけがない。
首を飛ばされた俺はというと、ライバックさんを両手で捕まえたまま、胴体から神鉄触手を伸ばして空中で分離した首をうまいことキャッチ。
そのまま元の胴体の上に接合して元の状態にさくっと戻して見せる。
「なるほど、デタラメだ。これは勝負ありましたな。参りました」
「クラさんに……、クラオカミにさんざんぱらやられたからね、首を飛ばされて行動不能の実地体験は。
首飛んだ程度じゃもう気にもしないよ、異空間経由で身体も操作可能だしね。――このまま要塞に連れ帰ることになるけど?」
「それを許す私だと?」
「……思わない。てか、みんなを巻き込んでの何かの策をやらかすくらいは軽く実行しちゃうめっちゃ怖い人だと思ってる」
「ただの粉物が好きなだけの男ですよ。買いかぶりすぎですな。――ところで、私は首領……トーラーに勝てると思いますか?」
冗談交じりの話に急に真剣味を帯びた気がして、俺は目の前で捕まえてる『最強の忍者』を静かに見つめた。
「トーラーさんと戦ったことがないんで判断は出来ないけど。たぶん、俺が知る限りフープ兄も超えて最強の人類だと思う。
『最強の忍者』って感じ」
「ふふ。『不殺の神器』に貰う二つ名としては悪くありませんな。不殺の神器の最初の殺人となるのも誉としておきましょう。……では、墓は要りませんので、いずれ皆が来る地にて、お先に」
いつものにこやかな笑みを浮かべたライバックさんの澄み切った顔は、永久に忘れないと思う。
そんな言葉を残して、俺の目の前で、ライバックさんは俺とその周辺の地面を巻き込んで自爆した。
敵だったけど、なんていうか、ほんとに、鮮烈で強くてまっすぐで気持ちのいい人だったな、と思った。
――俺が殺した、初めてのヒト。
四章はちょっと開始まで時間空きますー。




