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転生したら神になれって言われました  作者: 澪姉
第三章 王国篇
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37話 アバートラムの決戦 後編

「討ち取って名を挙げろ!」


 なんて掛け声と同時に、単独で敵陣ど真ん中に降り立った俺の方へ、下がり気味になってた敵軍の歩兵たちが槍や剣を構えてわっ、と一斉に突進して来るのが見える。うんうん、予定どーり。


 そんなすぐに後退されちゃ困るんだよ、俺らの作戦的にさあ。


「ふんっ!」


 丹田で練りに練ったけいを伝達しつつ、震脚と同時に突き出された槍の穂先を躱しながら、敵兵の胸甲ど真ん中に向けて渾身の中段正拳突き、冲捶ちゅうすい


 敢えて魔力は込めなかったけど、俺に向かって突進して来た動きのカウンター気味に打撃が入ったのもあって、まるでワイヤーアクションで引っ張られるみたいに瞬間的にその兵士は宙に浮いて、まだ俺を囲みきれてない槍兵たちの中へもんどり打って吹っ飛んだ。


 ……死んでないよな?


 わざわざ神力も魔力も抜きの完全に身体能力のみでの打撃技しか使わない、って自制をしてて、それが致死攻撃になってるんだったら不殺の誓いの意味がなくなっちゃうんで。


 ――咳き込みながら起き上がろうとしてるから、大丈夫みたいだ。敵兵なんだけど、良かった。


「名のある戦士とお見受けする、名乗りを上げられい!」


 やっぱ砂漠の国土だからなのか、ライバックさんみたいな砂漠風の衣装の下に鎖帷子くさりかたびらで防御を固めた、偃月刀ファルシオンを構えた偉い戦士風の男の戦士が俺に向かってそんなことを言って来る。


 うぇ、困ったな。二つ名とかないんだけどな。


「――神器、オキタ・タクミ。故あってアゼリア王国に助太刀する」


 って、時代劇風に言ってみたけど、うぉぉぉ、これ恥ずかしい。リュカが嫌がる気持ちがちょっとだけ解った気がする。背中がすっげーむず痒い。


「なにゆえ無手で相対するか? 我らを愚弄するか?」


「……本気を出したらあんたら瞬時に消滅するからね。俺なりの『ただの人間』に対する配慮。俺は、ぜったいに、ただの一人もヒトは殺さない」


「ほう、大した自信をお持ちだ。さぞかし名のある神の神器とお見受けする。『不殺の神器』を名乗られるが良かろう。……ただし、我に勝ってからな!」


 うぇぇ。二つ名貰っちゃったよ、敵さんから。これっておっけーなんだろうか?


 叫ぶと同時に大振り大上段で斬り掛かって来るけど、正直クラさんやリュカの怒涛の攻撃速度と比較したら遅すぎる。


 軽く右足を引いて半身になるだけで躱せたんで、そのまま振り下ろす勢いで俺の横を体勢を立て直しつつ。


 駆け抜けようとする敵戦士の右足のふくらはぎに向けて素早く足の裏を当てて強制的に膝を落とさせて。


 相手が転びそうになったところに、横腹と左肩に向けて左拳の接近単打で二発ほど入れて強制的に敵の体勢をこじ開けて俺の方に胸と腹を向けさせるように仕向ける。


 苦悶の表情を浮かべてそれでも体勢を立て直そうと偃月刀を構え直す隙を突いて、偃月刀を持つ手首を掴み、極めて手前に引き込みつつ。


 右足で踏み込むと同時にまっすぐに伸ばした右腕を自分の背から半弧の軌道を描きつつ、震脚と同時に敵の右肩から腕にかけての部位へ向けてぶち当てる渾身の体当たり――大纒だいてん


 腕を極められたままの横方向からの至近距離の体当たりで明らかに死に体になった敵戦士へ、追撃で頭突きを顔面に入れると同時に。


 一瞬の伸び上がりからの、顎下にアッパー技の通天炮つうてんほうを軽く打ち込み、そのまま肘を曲げて上から下への突きおろしにも似た頂肘ちょうちゅうを震脚と同時に叩き込む。


「ぐふぅっ!」


 あ。威力ありすぎたか? 吐血しながら吹っ飛んでるから、肋骨折ったかも。


 俺が身体の大きさ変わって体重の威力が乗せやすくなったんで更に手加減必要になってるなこれ。


 でも助け起こす間もなく、それを皮切りに周囲から一斉に刀や槍の攻撃が開始されるんで、それを全部躱したり止めたりしつつ、いま倒した戦士さんが巻き込まれることがないようにその場からじわじわ移動する。


 まぁ、計画としてもあんまし大幅に移動するわけにも行かないんだけど。


 ぴこん! という俺にしか聞こえない疑似警告音と同時に。


 相変わらずFPSモニター状態になってる神眼視界のディスプレイ上に、五秒から開始される赤字のカウントダウン数値と、地面付近にじわじわと大きくなってく赤いマーキングが表示される。


 ――うんうん、予定通り。


 ティース姉、いい仕事してくれてる。クシナダさんにも感謝。


 てか、クルルもいい仕事――表示してくれてる。終わったらたっぷり構ってあげるからな?



 ――ぴこん、と画面右下隅にハートマークが出た。



 四秒前。赤いマーキング上に乗っかっちゃってた敵兵を、全身から突き出した俺の神鉄触手で捕まえて無理矢理にどんどん大きくなってく赤円の中心からずらすように強制移動させる。


 それをやりながら、本体の俺は相変わらず連続的な槍攻撃を避けてるんで必然的にあっちこっちに引きずる感じになっちゃうけどご愛嬌。


 三秒前。上の方から聞こえてくる耳慣れない風切り音でそっちを見上げる敵兵も出てくるけど、そいつらにはやっぱり触手の先を丸めてどんどんどーんと連続的に突き飛ばして円の中心から弾き飛ばす。


 二秒前。さすがに何が起こるか気づいたのか、俺の後ろの空を指差したり慌てて後方に駆け戻ろうとする敵兵の足に触手を巻きつけてそれを許さない。


 一秒前。どよめきにも似た悲鳴が敵兵から沸き起こる。俺への攻撃をやってる場合じゃないって気づいたのか、俺から距離を取ろうとする敵兵の動きが全員に伝染するけど、もう遅い。



 ゼロ――ちゃくだーん、今っ!



 ティース姉の指揮、攻撃範囲選択でクシナダさんの魔力供給によりほとんど寸分違わず同時に発射された150発以上の大砲弾頭が、巨大な半円の軌道を描いて曇天の空を超高速で飛翔し、狙い通りに俺の周囲に一斉に着弾した。


 鉄球内部に組み込まれたティース姉とクシナダさん合同の起爆魔法陣が着弾と同時に働き、そこかしこで同時多発的に、まるで火山が噴火したかのように爆発を引き起こす。


 ここだけ俺のわがまま聞いて貰って、炎系の爆発だと俺がトラウマすぎて動けなくなっちゃうんで、氷系や風圧系メインで敢えて炎系の魔法爆発を使わないようにして貰ったんだけどね。


 結果としては、直撃は俺が避けさせたんで直撃で木っ端微塵のグロい状態になった敵兵は居なくて。


 さすがに攻撃範囲が鬼の広範囲なんで全員は助けられない、ってか元々そんな義理はないんだけど、それでも。


 不殺の誓い通り、俺の周囲にいた敵兵だけは致死性の攻撃からは守られていた。


 俺と直接触手で繋がってた敵兵は触手通して身体強化の恩恵受けてたから、吹き飛んで地面に落ちた、とは言ってもダメージ自体は相当軽減されてるはずで。


 ショック死しちゃった兵隊がいるかもしれんけどそこまでは面倒見きれない。


「なんと……、『不殺の神器』の名は伊達ではない、ということか。

 一騎打ちに引き続き、此度の遠距離攻撃と、敵兵でありながら情けをかけて下さり二度までも命を救われ、我が部族全てをも救って下さるとは……。


 このグロール、その神心みこころに感服つかまつった!」


 一騎打ちで倒した戦士さんが――グロールさんっていうのか。相変わらず口の端から吐血しながら、左右を他の兵士たちに抱えられながら俺の方に近づいて来る。


 いや多分見た感じ肋骨何本か逝っちゃってるんで動かない方がいいよ?


「部族の掟に従い、我ら一族身命を賭して神器オキタ・タクミどのに付き従いまする。この素っ首、打ち取るなりかばねを晒すなりお好きに為されませい。


 ……ただ、ひとつだけお願い申し上げたく、許されるならばこれら我が部下たちは帝国に強制徴兵された部族の者、我が首ひとつをもって開放して頂けまいか?」


「何を馬鹿な、族長の首を差し出して逃げ帰るなぞ部族の名折れ! 族長が屈辱の死をお選びになるなら、我ら殉死にて死出の旅路の露払いをお約束しまする!」


 うおおお? なんか予想外の展開が周囲で繰り広げられちゃってんですけど?


 でも目の前で自殺されそうな雰囲気でみんな切腹ってか自刃って言うんだっけ、そんなこと一斉にやる流れになってるんで、とりあえず俺の目の前で集団自殺なんかされちゃうと寝覚めが悪すぎるから、全員が自分に向かって構えてる刀を全部、触手を操って取り上げる。


 俺の全身のあちこちから触手が伸びてる光景ってのは異様すぎるのか、目を丸くして俺の方を見てくる兵士が多いけど。


 それには構わずに、咳き込むように吐血を繰り返してしゃがみ込んでるグロールさんの方へそこらに転がってる槍を集めて格子状に触手で編み込んで、下に反重力渦を配置して宙に浮かせる。


「ほんとは俺が治癒術使えりゃ早いんだけど、どうにも苦手で出来ないんだよな。とりあえず、グロールさん寝かせるの手伝って?」


 意図に気づいたらしい元敵兵なお付きの人たちが、すぐにグロールさんの全身を手分けして抱えたり、宙に浮く槍格子に手近な旗とかを敷いて簡易担架にして、上に乗っけて寝かせるのを手伝ってくれる。


「俺個人に従うって、それって捕虜希望ってことだよね? でも俺、別に部隊指揮官とかそういうのじゃないんで、とりあえず要塞の方に連行させて頂く、ってことでおーけー?」


 あ。おーけーが通じなかったみたいで首捻ってるな。言い直したらすごい真剣な顔で頷いてくれたんで、そのまま徒歩でアバートラム要塞の方へ戻る選択になった。


 ――ってか、意外と多かったのね部族の人。二百人くらい居るような気がする。


 砲撃の着弾範囲内で周辺あちこちが大きく地面抉れてたりして吹っ飛んでるから追撃らしい追撃もなくて、っていうかグロールさんの部下の人たちが俺が手にして引いてるグロールさんの簡易担架を囲むように護衛してくれてるんだけどいいんだろうか。裏切りになるのでは?


 ある程度敵軍最前線から距離取ったら、攻撃終えて一旦要塞に戻るルースさんやレイリー兄ちゃんたちとは別の傭兵団の騎馬隊に行き当たったんで、残りの要塞までの連行はグロールさんにも納得して貰ってそっちに任せることにした。


 ってか、リュカたちを前線に残したままだしそっちにも合流しないと。


 他はどうなってるかな、と遠ざかる騎馬隊とグロールさんたちを目で追いながらも戦場に目を戻すと、予定通りシルフィンとシフォンっていう指揮官をそれぞれ別の場所に引っ張り出すことに成功してるみたいだった。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「どれだけ待ったと思う? あなたは王国の境界内から引き篭もって一歩も外に出て来ないから、本当に苦労したのよ?」


「そんなに待たなくたって、普通に訪ねてくれれば美味しいクッキー込みでごちそうしたのにさー?」


「辛いお酒飲みで甘党って味覚音痴のあなたにごちそうされたらどんなゲテモノ料理が出てくるかは冒険者時代にイヤってほど体験したわ。あなた、料理出来ないままでしょう」


「失礼な、ボクだってちゃんと上達するんだい。みんなボクの料理食べたら白目剥いて昏倒するくらい喜んでくれるんだぞっ」


 口では気の抜ける口撃を応酬しつつ。


 不可視の風の刃を無数に放ちつつ風精霊シルフに全身を預けて高速度で接近・攻撃・後退のヒットアンドアウェイを繰り返すシルフィン。


 雷神の神使タケミカヅチの神力を赤龍の弓に込め、矢本体なしで自在に雷撃矢として純粋なエネルギーの塊を曲射しつつ自身に迫り来る不可視の風刃を防ぎながら跨る白馬ごとを防御する防御圏を構築するレムネア。


 その戦いの様子は、もはや人知を超えた神々の戦いのような様相となっていた。


 双方総大将同士の一騎打ちということもあり、周囲は敵味方双方とも動きを停止し、決着を見守る構えに入っている。


 その他の戦域では戦いが続いているが、元々少人数の機動力のみを武器とした突撃行動であり。


 戦術が知れた現在は同じ戦法を繰り返す愚を犯すこともなく即座に正規騎士団、傭兵団共に戦い慣れたベテランの個別指揮によりアゼリア王国軍の撤退戦に移りつつあり、それをティースの正確無比な砲撃指揮が支援している状況だった。


「あなたがわたしを引きつけるのはいいとして、シフォンをよく止められたものね?

 頼みの綱のタクミは炎を大の苦手としていて、相性最悪でしょうに」


「へえ、あの子って炎が苦手なんだ? それは聞いてなかったな。苦労してないといいけど。

 まあ、あっちで何やってるのかはボクも詳しくは聞いてないから、ふたりで一緒にそっちの方覗きに行ってみない?」


「そうね、首だけになったあなたをぶら下げて高見の見物を決め込むのも悪くないわね?」


「首だけでも死ねない神器だけどそれはシルフィンにいたずらされまくりそうだから遠慮しとくー」


 言いながらも、攻撃の応酬速度は更にお互いで跳ね上がり、レムネアが構築している防御圏を突き抜ける風刃が数を増やしており。


 それは弓をメインウェポンとするレムネアが両足だけで駆る愛馬への攻撃として働き、白馬の苦鳴と同時に白馬の表皮を抉って舞い上がった血煙が、疾走するレムネアの周辺を漂い流れ、後方へと血流の帯を作る。


「メルティア! ここまででいい、帰れ!」


 愛馬の名を叫び、あぶみに立ち上がったレムネアは瞬時に爆発したかと見紛う勢いで大量の雷矢を撃ち放ち、愛馬が戦場を離脱する隙を作るなり、自身はその場に飛び降り油断なくシルフィンの方を伺う。


 しかし、しかし、シルフィンは馬を追撃する様子を見せなかった。


「あれ、お優しくなったんだね? 情け容赦ない昔のシルフィンと違って」


「バレてないと思ったの? あの、エルガーの愛馬の子孫を、妻のわたしが殺せるわけないでしょう。

 ちょっと毛並みに傷入れたかもだけどね」


「エルガーの妻はボクだよ、間違って記憶しちゃってるなあ、やっぱりボケちゃってるんだねえ?

 成長の止まってるボクと違って普通のエルフだもんねシルフィンは」


「幼児体型で成長の止まった不幸な幼女が何か記憶違いしてるみたいね?

 きちんと間違った記憶を矯正してあげるべきかしら、年長者としては」


 浮遊したままの状態を維持しつつ、油断なくつがえた雷矢を自身に向けるレムネアの両目をまっすぐに射抜いたシルフィンがゆっくりと距離を詰める。


 伸ばせば手の届きそうな距離までを近寄り、お互いに非常に不機嫌な表情を浮かべつつ、ふたりは短く言葉を交わした。


「……千歳超えのエルフババア」


「……幼女体系のロリババア」


 ますます厚みを増して行く空の黒雲が、一瞬の稲光を合図に豪雨の開始を告げ、濡れる二人は再度雌雄を決する激戦を再開した。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「あはぁん? あんた、炎が苦手なんだってね? んじゃぁー、アタシと相性くっそ最悪って奴じゃーん?

 なんでのこのこアタシの前に出てきたのぉ? やっぱ元はヒトだから低脳クソ馬鹿の証明ってか?


 ほんっと救いようのない愚か者だよねぇー、ヒトって種族はぁ?」


 全身の周囲を超高熱の炎で覆ったシフォンは、それが為に降り注ぐ大雨すら身を濡らす以前に瞬時に蒸発させ気体として霧散させてしまっており、既に水分を多く含んでいた地面は歩を進めるごとに水分を枯渇させると共に自立発火を開始し、それにより揺らめく陽炎がシフォンの全身を覆い、それは、さながら伝説の炎神が降臨したかの様子を見せている。


「ほらほらぁ、びびったぁ? びびってんでしょぉ? それ、雨じゃなくてお漏らしで濡れてんじゃないのぉ?

 恥ずかしがらなくってもいいのよぉ、こーんなものすごい炎って見たことないでしょぉ?」


 嘲笑を投げかけながら、立ち尽くす眼帯のタクミの方に近づくが、タクミからの反応はない。


 代わりに、両肩に乗っていた、手のひらサイズにまで身を縮めたタキリとサヨリが揃ってあかんべー、の挑発で答える。


 その不遜な様子に、シフォンは邪悪な笑みを崩さぬまま、びくりと片眉を跳ね上げた。


「何よその子たちはぁ、そっこーでガキでもこさえたって感じぃ? 取り巻きハーレム作って満足してろよクソがぁ」


 不快感を露わに、更に歩を進める超高温のシフォンの熱気により、タクミの濡れそぼった全身もその熱気が影響し、湿気の蒸発が始まる。


 しかし、その熱が心地よいかのように口元だけで笑みを浮かべてみせたタクミは、軽く両方の手のひらを、ぱしん、と軽く音を立てて打ち付けた。


 ――刹那、両肩の上に居たタキリ、サヨリの二神が高清浄な白光に包まれ、光の帯となって打ち付けられたタクミの手のひらに吸い寄せられるように光の粒子に変化して吸い寄せられる。


「……十束剣トツカノツルギ


 ぼそり、と告げられたタクミの声に、一瞬歩を止めたシフォンはその言葉の真意を図るように眼帯で覆われたタクミの顔を真っ直ぐに見つめた。


「生憎と、末の娘が相棒の方に懐いちまってそっちにくっついてるんで、十束剣じゃなくていいとこ七束剣っつか七支刀しちしとうになっちまってるが。

 まあ、『ガキ』の相手にゃこれくらいで十分だろうぜェ?」


 続くタクミの言葉が、以前神殿で対峙したときとかなり印象が異なることに、シフォンは初めて思い至った。


 と、打ち合わされたタクミの両掌がゆっくりと開かれ、そこにシフォンの身を震わせるほどの極大の純粋神力が込められた、強烈に眩しく直視不能なほどの白光を放つ一振りの小剣が現出していることに気づく。


「さんっざんガキとか連呼してくれやがったなァ? たかが千歳超えた程度のガキが、ナニ勘違いしてくれてんだよ『糞ガキ』ィ?」


 両手を開ききったその眼前に水平に浮かぶ、「七支刀」に片手を伸ばし、掴んだ瞬間、爆発的な閃光が剣を中心に戦場全体に広がり、あまりの光量にシフォンは悲鳴を上げて両手で顔を覆い飛び退る。


伊弉諾イザナギ伊弉冉イザナミの息子、三貴神ミハシラノウズノミコ末弟、夜食国ヨルノオスクニ国王、建速須佐之男命タケハヤノスサノオノミコトだァ! 見知って語り継げクソ女ァ!!」


 片手で掴んだ七支刀を半身を翻し、飛び退るシフォンを追いつつその身を瞬時に覆った炎神カグツチの防護炎膜に叩きつけると、シフォンを完璧に防護する役割は果たしたものの、スサノオの渾身となった神力を極度に帯びた七支刀の一撃の威力を相殺するには程遠く、無傷ながらもシフォンは地面に叩き伏せられ、未だ威力が殺しきれず数度バウンドしつつその場から転がり回った。


 更に、対峙する相手がタクミではなく暴虐神スサノオであることにようやく思い至り、その身が有する全力を予想し怯えたものか、瞬時に離脱する道を選び、シフォンは、スサノオに背を向け自身の足で地面を全力で駆けて遠ざかった。


「ハッ! 数百年ぶりの全力、気持ちよかったぜェ、ありがとよタキリ、サヨリ。また神核形成遠ざかっちまったけどヨォ、父のストレス発散だと思って、許せ!」


 シフォンの身を覆っていた炎神カグツチの加護である炎は、ほとんどがスサノオの撃ち放った、たった一撃のみで四散させられてしまっており。


 自身の魔力のみによる数匹の炎精霊を纏うのみで敗走し遠ざかるシフォンをその場から動かず見送ったスサノオの全身が、実像が薄くなり半透化率が加速度的に増すと同時に、強烈な白光を放っていた片手に持つ七支刀が再度光の粒子に分解され、傍らに寄り添う童女――普段通りのサイズのタキリとサヨリの姿が現出する。


「まさかタキリとサヨリの神力をこんな風に――神力物質化で分身に使えるなんてなァ、俺様のアタマじゃ思いつかなかったぜェ?

 ふたりとも、帰ったら母に感謝、だぞ? 父との約束だ」


「ととさまと約束です!」


「お父様と約束です!」


 両手の小指で指切りげんまんをしている最中ですら、スサノオの姿は透過を通り越し、既に実像としての視認が困難なまでに薄くなっていた。


「父はこのまま異空間を通ってタクミの元に戻る。ふたりは要塞の母の元へ戻りなァ、タクミにくっついてるタギツを通じて様子は知れるだろォ?」


 スサノオの最後の言葉にふたりが頷くと、指切りをしていたスサノオの姿が完全に消失し、虚空に小指を上げた姿勢のままのタキリとサヨリが残されるばかりだった。


 お互いに顔を見合わせ強く頷き合うと、ふたりは父の指示に反し要塞への道を選ばず、最前線に戻っているはずのタクミの元へ、タギツの気配を頼りに一直線に駆けた。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「かくなる上は、死を選ぶまで!」


「選ばなくていいから。部族の掟ってほんっといろいろなんだなあ。とりあえず捕虜にするから部族まるごとアゼリア軍に投降してよ? それが嫌なら、元の国境線まで引いてちょーだいな」


 もう何人目だかの一騎打ちだったか。だんだん俺の方も対応がおざなりになりつつあるのは否めない。身体は疲れないんだけど、集中力がね。


 どうもいろいろ話を聞くに、基本的に砂漠の近隣部族、っつか帝国本土からの途中にある部族が強制的に徴発されて無理やり前線に連行されてるのが殆ど、ってことで。


 そんで、帝国の命令に命を賭ける義理は最初からない、っていうか人質を取られて強制的に従わされてるんでむしろ恨みしかない、みたいな話を、最初に投降したグロールさんからティース姉やクシナダさんが引き出して念話で連絡してくれたんで。


 前線の俺らもなるべく歩兵の集団は殺さずに一騎打ちとかの代表戦に持ち込んで投降を促してるとこ。


 ほんとに戦争の形としては銃火器持って敵軍無差別皆殺し、みたいな映画とかで見る戦争のイメージが強かったせいか、俺としてはすごく意外すぎたんだけど。


 どんなに数が多くても少なくても、決められた礼節とやり方に従って対面して一騎打ちを挑んだらとりあえずその一騎打ちの推移を見守る感じにシフトしてくれるのね、みんな律儀に。


 もちろん例外もあったけど『逆らうと「神の鉄槌」が降り注いで来る、一騎打ちに応じれば鉄槌は他所に向かう』ってのが短時間で浸透したみたいでさ。


 ほんっとにいい仕事してくれるわぁ、ティース姉。アゼリア軍軍師の立場を獲得する日も近いね、きっと。――すっげ嫌がってたけど。


 で。そもそも、数は多いけどめちゃくちゃ士気低いってか、やっぱ無理やり連れ出されてる兵士って理由が大きいのか。


 割りと兵士の末端に至るまで、一騎打ちに勝ったらころっと宗旨変えしてこっちについてくれるんで、俺が捕虜にした部族はそろそろ2,000人に達しようとしていた。


 まあ、四万のうちの2,000程度だからこれが勝ったっていう理由にはなりづらいんで、そろそろ最後の計画に移ろうかな、って感じで。


『リュカ、そろそろ最後にするんで。捕虜の移送よろしく。怪我とかしてないよね?』


『あいよ。怪我はしてないけど血まみれだから会わずに下がるぜ、きっと怖がるからな』


 リュカにしては珍しい気弱な発言に、リュカのマーキングをディスプレイ上で確認してそっちに視線を巡らせると。


 全身を返り血に濡らして真っ黒な血を滴らせたリュカが、横合いに速度を落として駆け寄った『暗く重き渦』傭兵団が引き連れてた空馬の背に地面から一足飛びに飛び乗って、一緒に遠ざかって行くのが見えた。


 戦場の旗印や簡易テントで作った捕虜移送用シートの下に本職な反重力渦を大量に敷いて浮かせたまま馬で引いてるんで、移送自体はすぐに終わりそうだ。


 備蓄食料とかの問題があるっちゃあるけど、至近距離に川も海もある土地柄だしどうにかなるでしょ。


 意外って言えば、レイリー兄ちゃんとかみんなに教わった重力渦を『逆呪文でひっくり返すと反重力になる』っていうのはどうやら俺が開発した新魔法だったらしくて。


 神殿で死霊とやり合ったときにクラさんに教わった『逆呪文』を重力魔法に応用しただけなんだけど、逆呪文自体が普通の魔法知識じゃなかったらしい。


 でも原理自体はすごい簡単なんで、一回やり方を教えたらすぐに傭兵団の全員が使えるようになってた。


 これ利用したらなんか他の技術でも応用して新魔法どんどん出来るかもね。帰ったら実験してみよ。


「父上――いえ、タクミさま。タキリとサヨリが来ます」

「ほえ? あれ? スサノオの方が終わったら要塞に戻るんじゃなかったっけ」


 頭の上に乗って髪の間に隠れるようにしてた、小人サイズのタギツちゃんが教えてくれるんで、新しくマーキングが表示されたタキリちゃんとサヨリちゃんが接近してるらしい方角を眺めると、確かに二人が駆けてくるのが見えた。


 周囲はもう指揮官がふたりとも個人戦状態になって全体指揮がなくなっちゃってるんで。


 ほんとは射程ギリギリなんだけど天から降ってくる超速の新砲撃の威力に恐れを成したのか、かなりの勢いで元の国境まで後退する感じに敵兵敗走中、と言ってもいい状態になってる。


 大勝利ってわけにはいかんだろうけど、まあ敵の攻めてくる気持ちを失くしたんだから勝ちは勝ちだよな、これ。


 足場の悪いびちゃびちゃの地面を小さい歩幅で一所懸命駆けてくるもんだから、泥跳ねでふたりとも真っ赤な袴も真っ白な上着も泥だらけだ。


 おまけに雷雨に変わった空からバケツの水ひっくり返したような勢いの豪雨が降り注いでるし、こりゃ帰ったらそっこーお風呂と洗濯だなー。


 魔法の効果範囲まで近づいて来たから、まぁ俺以外の普通の人間なら届かないんだろうけど。


 クルル操作のヒルコの神力変換したゲートを二人の前に開いて、俺の目の前までの短距離直通ゲートを作ってあげる。


 ふたりは全力疾走の勢いのままゲートを抜けて、ゲートの前にあった俺の両足にどーんと勢い良くぶつかってきた。


「遠かったでしょ? おつかれさま。どうしてこっち来ちゃったの? 帰らなきゃダメだったでしょ??」


 ぶつかったときに鼻をぶつけちゃったのか、泥だらけの顔をしかめて顔を抑えてるふたりが可愛くて、身を屈めて抱き上げると、俺は目標地点に向かって歩きながら声をかけた。


「んーっと、やっぱりタギツひとりじゃ辛いかなって思って、お手伝いに来たです!」


「お父様に怒られるときは三人一緒なのです!」


「タキリちゃんとサヨリちゃんの気持ちが嬉しいので、怒らないであげて欲しいのです」


 くうっ。なんて可愛いんだこの幼女たちは。思わず、目の前にある泥だらけで笑顔浮かべてる抱き上げたタキリちゃんのほっぺにキス。


 ……したら、三人同時にきゃぁぁぁぁぁぁぁ! とか嬌声上げてんだけど、んん? キスってあんまし一般的じゃないのかな?


 私も、私も!! とかせがまれたので交代で抱き上げてキスする流れになったんだけど。


 タギツちゃんなんかわざわざ通常サイズに戻ってまで抱っこをせがまれたので、今度からちょくちょく抱っことキスはしてあげよう。


 そういや長いことスサノオと離れ離れだったんだもんな、寂しかったか。


 しかし、仮想分身でたった一撃分の神力しか確保出来ない状態で、それで一発でシフォンを退けたってスサノオの戦いもハンパなかったみたいだなあ。


 今はもう俺の中に戻って眠ってるみたいだけど、そのうち詳しく話聞かせて貰おう。


 とか考えてるうちに、クルルが示したばかでかいマーキングのどうやら中央部に辿り着いたみたいだった。残り距離数の表示がゼロメートルになってる。


 ――あ。だいたい戦闘終わってるからもう脳内会議おっけーなのか。クルルー、ここ間違ってないよね?


『はぁい、タクミくんを愛するクルルちゃんでっす、ああんお話したかったですっ、タクミくん愛してますっ』


 ――はいはい、地脈とか地下水脈とか計算してここでいいんだよね?


 全スルー。でもクルルも気にした風なく話を続ける。


『衛星画像の解析結果とか数万年前まで遡っての過去画像とかとも検討して、そこでいいですよー。

 あとは使う力次第ですけど、せっかく宗像三女神揃い踏みですから、十束剣全力で使用してみたらどうでしょう?


 スサノオの神力使わずにヒルコの神力変換でも、クルルちゃん頑張って合わせますし融合して長いですからあんまり違和感なく神力通せると思いますよ?』


 ――え、そうなんだ。ちょっと聞いてみる。


「タキリちゃんサヨリちゃん。俺、この後の作業で十束剣使ってみたいんだけど。合身変化お願いしていい?

 さっき一回やってるから疲れてるなら予定通りタギツちゃんだけに頼むけど」


「「だいじょぶです、そのためにここに来てるです!!」」


 おおっ。元気いい返事が。仲いい姉妹っていいなあ、俺一人っ子だったからそういう兄弟姉妹の結束ってよく判らんので純粋に羨ましい。


「じゃ、使わせて貰うね。ありがとねみんな」


 三人の頭を交互に撫でて、両腕の操作をクルルに委ねる。満面の笑みを浮かべた三人が俺を見上げる姿勢のまま、三人が一斉に光の粒子に変化して。


 ――俺の手の中で暴力的な光を放つ強烈な神力の化身、十束剣が形成される。


「うっは、すげえ! これが神力剣か、惑星でもぶった斬れそうな勢い!」


『えっと、「やろうと思ったらほんとに斬れちゃう」のでやめて下さいっ!』


 いややらないけどさ。周囲からどんな風に見えてんだろうか、俺?


 確実に要塞も含む半径数キロメートル以上に届いてるよなこの光剣の光。それを思いっきり頭上に構えて、両腕からずんどこ神力が剣につぎ込んで行く。


 ――神力五パーセントまでだよね? いま何パー?


『3.5……3.7……4.1……4.4……』


 これで五パーセント未満なのか。百パー使ったら俺の身体って破裂するんじゃねえんだろうか。今でさえ両腕が倍の大きさに膨らんだみたいな錯覚あるし。


『4.6……4.8……5パーセント! いつでもおっけーですよっ!?』


 クルルの合図で、俺は極大の白光を発している強烈に神力が注がれ満ちた十束剣を、全身全霊の勢いで地面に叩きつけた。


 ……叩きつけた神力は地下水脈に貫通し、水流の流れと道筋に沿って上を塞ぐ地面を尽く吹き飛ばす力の奔流となって地中を駆け巡り、岩盤を割り、大きくヒビ割れを走らせながら俺を中心に東西方向へいびつな折れ線を描き、それは深さと幅を見る間に増して大きくなり。


 内海と外海の水位を考えずに数十キロの距離を抉って繋げたもんで、怒涛の大濁流が生まれた上に、水流の勢いで新しく出来た洪水並みの濁流の「川」がおっそろしい勢いで幅を広げて、対岸になってる俺と帝国軍の間の距離をずんどこ広げまくってんだけど。


 それはまあ、誤差の範囲内ってことで。


 つまり俺は、「アゼリア王国とフィーラス帝国の国境線を、新しく物理的に地面を抉って作った」ってことになる。


 これで、フィーラス帝国軍で元々の国境線を侵攻してた戦象部隊と、後方の歩兵や補給部隊が強制的に分断された、ってことで。


 最初の砲撃からこっち、だいぶ歩兵の数を減らして、俺たちの撤退戦術に引き付けられた敵の前進部隊と後方との距離は大砲弾幕のおかげもあって大幅に距離が空いてたから。


 分断されてアゼリア王国領土内に取り残された敵はもう殲滅するだけだ、俺らの敵じゃない。


 だから。これで、アゼリア王国の勝利は、確定した。



タクミくん「もうね、アレだね。これね、『フンコロガシの気持ち』が物凄く分かるよ。なんていうか。進行方向にあるもん全部くっつけるのが、場違いなのは痛感してるんだけどすげえ楽しい。

――なー、なななななーなーなー、なーなーななーなー……、ああくそっ、テーマ曲まで出てきてるのにゲームタイトルが思い出せねえ!」

って台詞があるカットを書いてたんですが紆余曲折を経て没シーンになりました。


どこの王子だよ。

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