36話 アバートラムの決戦 前編
一人称と三人称が混ざったり、頻繁に場面が切り替わるので注意して下さい。
あと、後半に一部残酷描写があります。
「せいれーつ! ぜんたーい、前へー!」
聞き覚えのある声がずーっと後ろの方で聞こえたので馬上から振り返ると、傷だらけの紅白の鎧を身に着けたヴァルキリアたちが一般兵士と義勇軍混合の銃棍歩兵部隊を整列移動させてるようだった。
全体指揮やるわけじゃないんで大雑把な動きしか教わってないけど、民間人混じり、あーんど女の子なヴァルキリア指揮の練度最低部隊だからもしも敵軍に前線抜かれたらそっこー逃げる遠距離砲撃専門部隊、って位置づけらしく。
武装も、ティース姉が使ってる細身の銃棍じゃなくて腕がすっぽり入るサイズのかなり太めな大筒サイズで、めたくた強力な爆破魔法陣突っ込んであるんで射程が最大一キロに達するとか言ってたな。
人間が引く長弓の射程がだいたい400~500メートルくらいらしいから、ほぼ二倍。飛ばす弾も、鉄球や石球を使うらしい。
なんで球なのかってーと、角ばったものを突っ込んでみたら砲身内で引っかかっちゃって砲身が破裂する事故があったそうで、そこんとこ事前にテスト出来てよかったなと思う。
あと、大型化して重くなっちゃったんでもう最初から木枠で角度つけたまんま大八車ぽい車輪つけて人力で引くことにしたそうな。言っちゃ何だけど、もうそれ銃じゃなくて大砲だよな。
外壁に備え付けの完全固定砲塔も活用するらしくて、詳しく見てないけどそっちはとても動かせようのないサイズで射程ニキロくらいは行くだろうって話。
でも、剣や鎧よりもたくさん鉄材使うから作れた数は数門しかないそーな。
正直、弓矢や移動櫓――攻城塔つーんだっけ、そういうの使ってくる敵方が可哀想になってくる。
直撃したらたぶん、人間の身体なんか木っ端微塵になること疑いようもない。
この世界でなんでそういう銃砲技術が発達しなかったのか謎だったけど、あっさり疑問が解けたのもあった。
魔法が最初からある世界なんで、そもそも火薬が発明されなかったかららしい。
魔法使ってどうにでもなる世界なら火薬みたいなもんを作る必要がないから、もしかしたら発見した人が昔に居たのかもしれないけど広まらないよな。利用方法がない謎技術だもん。
物理法則自体は地球と変わらないから、この世界でも火薬を作れるんだろうけど、俺が材料を知らないから無理だろうな。炭と硫黄となんだっけ?
マグネシウムとアルミ使うのはまた別だっけ。ググったら分かるだろうけどパソコンはないし。
『どうしても必要なら教えますけど? でも魔法陣使うより危ないし利便性も低いですから必要ないと思いますよ?』
――あー、いいや。利用方法も思いつかないし。クシナダさん謹製の魔法陣の方が後々の安全弁対策が楽だしさ。
「脳内会議は戦闘中はやめとけよ? 意思疎通や周囲認識が遅れるのは致命的だからな」
「うん、始まったら会話なしになる予定。俺から一方的に命令しまくる感じになると思うけど」
馬の前に乗って手綱引いてるリュカが、俺の方を軽く振り返って釘を差して来る。
もちろん、初めての戦場でしかも合同連携戦になる場所で一人でぼーっとする気なんか俺もないし。
「リュカが馬に乗れるとは意外だったなあ。足技使いだから歩兵の方に回るのかと」
「歩兵は死亡率高いからってんで、馬術は小さい頃から徹底的に仕込まれるんだよ。
騎兵も出来て歩兵も出来ると賃金高いし生存率も高まるからな」
うーん、密着してないと危ないからってほっそいリュカの腰に手回して抱きついてる状態で、後ろから見るとリュカのうなじが間近に見えて。
なんで俺この子を男の子だって最初思い込んだんだろう、ってくらい柔らかい感触が両手の間にあるんだけど。
「ああ、傭兵隊も出てきたな。開門前に正門前で訓示やるっつってたから、そろそろ移動するぜ?
ないと思うけど落っこちるなよ、後ろの馬に踏まれたら悲惨だぜ?」
「あいあい。離脱してからは作戦どーりで」
「あいよ。お、レムネアさんも出てきたな」
俺が慣れてないもんで努めてゆっくり馬を歩かせてくれるけど、馬ってめっちゃくちゃ揺れるんだなあ。安定も悪いもんでついついリュカにしがみついてしまう。
でも気にした様子はないみたいで。まあいつも着てる黒の革鎧越しだから、どこ触ってもあんまし感覚変わらんのかもだけど。
しかし間近に女の子のいい匂いする髪とかうなじがあると賢者予備軍にはなかなか辛いものがある気がしないこともない。
リュカが顔を向けた先には白馬に乗って、背中に馬鹿でかい凶悪な形した真っ赤な竜鱗と竜爪の意匠を凝らした長弓を背負ったレムネアが、こちらもゆっくりと騎兵隊の集まってる正門前中庭に向かってくるのが見える。
「あれ、赤竜の骨とか使った竜弓なんだってな。王国宰相でギルドマスターでドラゴンスレイヤーで神器だとか、どんだけ強いんだよって話だよなあ」
「なんか吟遊詩人の歌の題材にもなったりしてるんだって昨日酒場でみんな言ってたなあ。
――『金の疾風のリュカ』さんはそういう歌になってたりしないの?」
ぶはっ、とか吹き出す気配が前から。
「――タクミ、次にその名前で呼んだら振り落とすぞ?」
「うへ、怖い怖い。かーっこいいと思うんだけどなあ、なんでそんなイヤなの?」
「ってか、お嬢さんとワンセットで動くことが多かったからオレまでそういう仇名がついたってだけで、お嬢さんの方がもっとすげえんだよ。オレはただのおまけだったっつーの」
「へぇ? 参考までに、シェリカさんの仇名は?」
「赤き旋風のシェリカ」
「……かっこよすぎる……」
なんか他のみんなもそういう二つ名持ってたりするんだろうか。
とか思ってきょろきょろしたら、にやにや笑いで俺のこと銃棍の先で軽くつっついたり叩いたりしてくる『暗く重き渦』傭兵団の皆さんが周りを護衛みたいに囲んで来る。
朝まで飲み会で比喩でなくほんとに浴びるくらい飲んだのに、みんな元気だなあ。
そして、なんだかみんな、俺がハーレム囲ってるみたいに勘違いしてるんだけど。
たまたま団員が女性比率高いだけでリュカともそんなんじゃない、って説明したけど全然聞いてくれないのはいつか誤解を解きたいんだけどなあ。ううむ。
「リュカは銃把棍の給弾いらんの? 一応ティース姉にカートリッジ預かってるけど」
本来はリュカとティース姉がワンセット戦闘やるから目に見える範囲でならティース姉が遠隔給弾やるんでそんな心配要らないんだけど。
今回はティース姉とクシナダさんは城壁上と中庭で遠隔砲撃支援やることになってて、要塞から出て来ないんでめっちゃくちゃ距離離れちゃうんだよね。
「んー、元々使ってなかったし必要になったら念話で呼ぶか、そっちまで移動する。オレも転送魔法使えりゃ楽なんだけどなあ」
「慣れたらそう大変でもないんだけど戦闘中は無理かもねー。改造するアイデアもなかったしなあ。
まあ、ないと思うけどヤバくなったらすぐ呼んで?」
「あいよ、頼りにしてるぜ団長さん。――でも、マジでオマエ、実行すんのか?
熟練の戦士でも戦場でやるのはめちゃくちゃ難しいんだぜ?」
「うん。……100%は無理かもだけど、本気出したらあれくらい軽く消し飛ばしちゃうくらいの力量差あるからさ。
そのくらい自制しとかないと後々まずいかなーって」
こっちを振り向かないまま、リュカが呆れたみたいに大きなため息つくのが分かる。で、リュカに抱きついてた手をばしっ、と軽く叩かれた。
「手、上に上げすぎ。これでも女なんだから触られちゃまずいとこだっての。オマエだから許すけど。腰のベルト掴んでろ」
「あ。胸か。鎧ごしなんで分からなかっ……、ひじ打ちは止めて下さい、手首極めるのも止めて下さい、ごめんなさいリュカさん許して」
「全く、『自分の相手は全員生かして拘束する』だなんて甘過ぎも大甘の甘ちゃんだっての。
自分が怪我しても知らねえからな、バカッ」
「――うん、分かってる。わがままごめん。でも全部解ってくれるからリュカは好きさ」
なんでそんな咳き込むんだよ。真剣に感謝したのにさ。
「いいからとっとと念話網構築しろ、訓示終わったらすぐに突撃だぞ」
言われて、リュカの肩越しに前を見ると、レムネアが真っ白な強い魔法の光を放つ小剣を顔の前に掲げて訓示を始めるとこだった。
「長らくの戦線維持ごくろうさま。ようやくここまで来たねー。今日は天気も悪いし地面はぐちゃぐちゃ、うっかり沼地に落ちたら落馬必死で後続に踏まれて潰れちゃうぞ?
そんなうっかり野郎は今すぐ尻尾巻いて帰るように」
相変わらずの冗談交じりの話し方、すぐにみんなから失笑が沸き起こる。
「こーんな寒い雨の降る日はおうちで熱燗なお酒片手に甘いクッキーでもつまみながら暖炉の前でお昼寝しときたいとこだけど。
あそこに並んでる莫迦どものせいで、ここから帰れないボクはもう涙目も涙目、なんでこんなとこで顔まで泥跳ねで泥まみれにして苦労しちゃってんだろうねー。
あーもー、やだやだ」
剣を構えながら、長槍から交換済みの銃棍槍をレムネアの方に傾ける最前列の騎士たちの、銃棍の先端に持ってる剣を伸ばしてこん、こん、と軽く当ててるのが見える。
「『神器の祝福』つってな、ここの王国の勝利祈願の儀式らしいぜ。神器の祝福を得たら矢にも剣にも当たらないんだってよ。
うちの神器さまもそういう祝福ねェの?」
レムネアが訓示を続けるのを見ながら、邪魔にならないように顔を前に向けたままのリュカが小声で俺に聞いて来るんだけど。無茶言うなよ、俺にそんな真似出来るわけないじゃん?
だから、軽くリュカの耳に唇寄せて、触れるか触れないかくらいの瞬間キス。
「ひゃん?! ばっ、バカ何すんだよいきなり。耳弱いんだからやめろよ」
「いや、祝福つってもこれくらいしか。魔力充填欲しいなら唇だけど、リュカそんなに魔力使わないし」
「くっ、唇とか……、イヤじゃねェけど……。って何言わせんだよ、これだから色男は」
「まー、これが終われば王都貯蔵な美味しいお酒を樽でどーんと奮発する予定だからさっ?
みんな、悪いけどボクのために一肌も二肌も脱いじゃってちょーだいよ?
根本的にはあそこで雁首揃えてる莫迦どもが攻めて来たのが悪いんで、ボクのせいじゃないんだけどねー」
さっきよりも声を上げて、相変わらず光る剣を掲げたまま、馬の速度を上げて、並んでる俺らの前をレムネアがさーっと駆け抜けて。
高く掲げたままの剣がたくさんの銃棍槍に次々に接触して、かかかかかかんっ、って金属音が響き渡る。
「さーって、こうやってもっともっと生きてるお前らの顔を眺めてたいとこだけどっ。だいぶあちらさんも待たせちゃってるし、そろそろ頃合いかな、って感じもしないでもなーい。
だから、悪いけど顔見れなかった子たちは『生きて帰った後で』ゆっくり見せてよ?
それか、先に『向こう側』に行って待ってて?」
回頭して引き返して来るレムネアが、もう一度銃棍槍の先端をまた剣で叩きながら大きく叫ぶ。
応えるように周囲から怒号や叫びみたいな雄叫びが一斉に上がる。
アゼリア! アゼリア!! って大勢の怒号と、地響きみたいな、地面が波打ってるみたいな錯覚に襲われる疾走が開始される。
レムネアの後ろにあった正門がどーんと大きく開かれて、急傾斜の下り坂になってる通路を3~4列程度に固まって。
俺たち騎馬隊は一斉に最高速でレムネアの白馬を先頭に下り始めた。
『タクミさん、ご武運を』
城壁の上から俺らを見守ってるはずのティース姉の念話に気づいて、軽く振り返って、みるみる遠ざかりつつあるティース姉の姿を確認して、手に持ってる銃棍を上げて応えた。
残念ながら緊張感でいっぱいいっぱいすぎて、会話する余裕はない。
「最低70人倒すまで死ぬな! 行くぞぉぉぉぉぉ!!」
甲高い子供の声なレムネアの叫びをかき消すように意味のある言葉にならない怒声で答えて、俺たち六百の騎馬隊は、待ち受ける四万の敵軍に向かって突っ込んで行った。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「支援射撃、目標は敵軍左翼より三斉射毎に30度ずつ角度を変えてなぎ倒す!
水平角はともかく、仰角設定を誤るな、間違うと味方の上に降り注ぐことになるぞ!! 必ず二人で二回確認しろ!」
ルシリアを始めとしたヴァルキリアの号令に、動作は遅いものの真剣な表情を浮かべた民間人を多く含む大砲部隊の面々が中庭内で忙しなく動き回る。
その様子を全体把握しつつ、ティースは傍らに立つクシナダに頷いて見せた。
「クシナダさん、魔力を」
「分かりました。……全体斉射」
軽く手を広げて立つクシナダが瞑目して念を込めた瞬間、そこから要塞の内側に向けて光の波が半円状の波紋のように広がり、波に触れた大砲が次々に詰められた鉄球を爆発魔法陣の動作により高速で吐き出し続ける。
「弾込めと水平角度再調整急げ! いいか、六回射撃後は個別射撃に切り替える。個別射撃からは弾込めで即座に発射されるからな、装弾に注意しろ?!
魔力が尽きそうになったらすぐに交代しろ!」
至近距離、密集状態で射撃することと、発射源を隠匿するために城壁に囲まれた中庭後方から射撃しているため、発射音が内部反響し、ルシリア、シーベルも強烈な耳鳴りがやまないままで自分の声すら発せられているのか分かりづらいまま大声を出し続けている。
「これは予想外のトラブルでしたわね。個別射撃以降は間に真空無音障壁を挟みましょうか」
「そうですね、射撃音自体は消せませんが、反響音は軽減出来るでしょう。タクミさんの開発技でしたっけ?
面白い発想をなさりますね。――角度変更終わるまでインターバル開けます、念話報告を」
目を閉じて集中しつつ、周囲から集めた魔力を更に高効率で術式起動へ変換し微調整を施して百門以上に達する大砲に設置した爆発魔法陣に均等に魔力を与えるクシナダの魔法技術はまさしく神業であった。
『タクミさん、一度目の斉射完了。インターバル開けて六回で予定通り敵軍中央を薙ぎ払います。
後は大砲は個別固定方向射撃と、外壁上からヴァルキリアと私達の銃棍魔法弾の連射になりますので。
一部をタクミさんの支援用に予備として用意してありますから、射撃支援位置の要請があれば連絡して下さい』
タクミに一方的に伝えて、しばらく返事を待つが返事はない。
外壁の覗き窓からタクミらが進む方向を見やると、白馬を先頭とする騎馬隊が敵の戦象部隊とまさに接触したところだった。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「なんっだあれ、投石機?! 一体どんなの使ったらあんな距離飛んで来るのよぉ!?」
城壁まで一キロ近い距離があるにも関わらず、放物線を描きながら見たこともないような速度で急速に迫ってくる豆粒のような砲弾を前に、最前列の戦象の上に乗る指揮官シフォンと、周囲の兵士らは軽く恐慌状態に陥った。
「シフォン。戦象前進、後続の歩兵、弓兵は下がらせて散開を下達。あれは中央に落ちてくる、分断を狙ってる。
どんな高性能カタパルトを使ってるかは分からないけど、定石通りならこの後は扇状に撃って来るわよ、その前に散開させなさい。
――敵の突撃騎馬隊を見なさい。あれは先手を打って少数でまとまりながら突き抜けて後ろの歩兵の数を減らす筈よ。
敵に後続の歩兵が見えないから弓は捨てていい、魔法兵団は速度差で役に立たない、一度撤退させなさい。
こっちの範囲攻撃は捨てる、少人数の騎馬が主力よ、包み込んで各個撃破で潰しましょう。歩兵は手槍で簡易馬防壁作らせて突進を止めなさい。急いで。
……少人数でもあれはレムネアの部隊よ、舐めてかかると負けも有り得る。慢心したらお仕置きするわよ?」
屋根つき座席を巨大な象の頭頂部に括り付けた指揮象の上で、慌てて立ち上がったシフォンを座ったまま見やりつつ、シルフィンは矢継ぎ早にシフォンに向けて指示を出した。
そして、シルフィンは先頭の白馬の騎手を見据えて、にやりと笑みを浮かべつつ、大きく揺れ動く戦象の頭部で立ち上がる。
「レムネア。とうとう引っ張り出したわよ。――エルガーの悔しさを、無念を、わたしの慟哭を。思い知らせてあげる」
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
――くっそ、敵の対応が速すぎる!
カクテルのシェイカーにぶちこまれたかのようにがくがくと揺れる視界の中で。
初めて見る攻撃だったはずの初撃であったろうにも関わらず、敵の集団指揮は動揺の様子もなく。
砲撃の主目標だった戦象のすぐ後ろに広がっていた敵の歩兵軍団が、ティースらの指揮による次弾着弾の前に混乱する様子すら見せず一斉に散開する様子を確認し、タクミは思わず前に座るリュカの腰ベルトを強く握り締めた。
視界いっぱいに広がるのは、まるでFPSゲームやRPGのようにさまざまな情報をディスプレイ情報化した画面だ。
クルルによるさまざまな情報を全反映しタクミの処理能力に合わせて知覚可能とするための方策である。
目の前の神力による広角度の実像の上に、次の大砲射撃による影響範囲やレムネア、『暗く重き渦』の傭兵団各員の位置を追跡したマーキング、戦象の上にいる敵兵士へのターゲットマーカー、タクミが片手に持つ銃棍の射程範囲円などが所狭しと反映されている。
『いくぜ』
短くリュカが念話で告げ、両手に持っていた馬の手綱をタクミの手の甲に押し当てる。
リュカの腰を握っていた手を離し、手綱に握り変えると、その際にリュカは瞬時ながらタクミの左の拳に軽く口づけて、器用に全力疾走を続ける馬の背に立ち上がった。
……刹那、タクミの神眼からすらも消えた、と錯覚するような速度でリュカは馬の背から瞬時に飛び上がり。
馬の突進力を活かしたままですれ違いざまの敵戦象の右端に居た騎手へ向けての放物線軌道を描き、飛び蹴りの姿勢を取りつつ超速で騎手に迫る。
予想外の攻撃手段に慌てた敵騎手が、象用の短い鞭を握り締めたまま、リュカの足が迫る自らの顔面を庇うように顔の前に手を出すが、それすらも物ともせず、超硬度を持つクシナダの手による手製の神鉄を巻きつけたリュカの踵は容易く騎手の手のひらを貫通し、顔面を抉り潰し、騎手の脳漿を散華する柘榴に変えた。
その程度の障害で止まるような勢いではなく、その騎手の弾けた頭部すら足場として利用し、鮮血に下半身を濡らしつつ更に高く跳躍したリュカの身体は。
――空中で両腕に装着した銃把棍の射撃で目標と軸線が合った瞬間に射撃を行い二発で二人の胸と腹を射抜き、重力圧縮の弾頭が炸裂することによる魔力弾の爆発により二人の身体は上半身を失って内臓を撒き散らしながら落下する。
更に、その射撃の勢いを利用し回転力を増して踵落としの要領で別の騎手を、そのまま銃把棍の棍部分を回転させ、水平に払って近場の兵士を薙ぎ払い落象させ、と、確実に端から乗り移りを繰り返しつつ敵兵の数を減らして行く。
戦象は鈍重ながら非常に分厚い皮脂を持ち、馬の数倍以上に達する重量を利用した突進攻撃が驚異的な突破力および殺傷能力を有し、また馬、駱駝よりも知能が高く道具を使った戦闘を行うことが可能などフィーラス帝国の主力でもあったが。
このように騎手だけを狙って斃されると、馬と同じく生来は大人しい性質のため自発性に乏しく自ら動くことがない。
また、戦象の乗り手は数少なく戦中に交代することは戦象自体が馬の二倍の高さにあるため座らせる必要があり安易ではなく。
このため、戦象に対する戦術は騎手を射落とすことが定石とされていた。
――単騎で複数騎手を殺害できる能力を持つ戦士はそれだけで驚異的で、敵の攻撃が集中することが容易に予測可能である。
戦象の背に乗る別兵士たちがそれぞれ弓や槍を構えたのを戦象の前を走るタクミを含む傭兵団の一部が確認しつつ、それぞれが持つ銃棍をそちらへ向け――、惜しみなく六連を斉射した。
タクミと『暗く重き渦』の傭兵団たちだけが持つ銃棍が、リュカの銃トンファーと同じ構造の六連カートリッジであり、連射が効く代わりに他の単発銃棍と違い極端に射程距離がないため、非常に接近して射撃する必要があるのだった。
それでも、通常の投槍の20倍以上の射程距離を持ち、馬上弓より格段に速い速射性をも併せ持つため、致命的な欠陥とは成り得なかったが。
傭兵団らもリュカの護衛を担うだけではなく、二人から三人程度の少人数で寄り集まり、複合重力渦を前面展開させた凶悪なまでの突進力と強烈な吸引力により無理矢理に馬の走行軌道上に敵兵を固定し、轢き潰す高速ミキサー攻撃を幾度も敢行していた。
また突撃中も銃棍での射撃乱射で混乱を呼び込み、同じく通常突撃を繰り返す他の傭兵団、正規騎士団らと比較しても格段の脅威となっており、攻撃が集中し包囲網に囲まれつつあった。
――クルル、降りる。身体ちょっと操作よろ。
クルルの返事はなく、代わりに視界ディスプレイの最前面に大きくピンク色で『了解♪』の文字が明滅し、場違いとは知りつつもタクミは口の端で笑ってみせる。
身体バランスを絶妙にクルルによって操作されたタクミは全力疾走を続ける馬から後方に飛び出すように落下し、全身のバランスを上手く使いつつ両足同時に後方へ着地、疾走の勢いを全身を支える両足を滑らせることで殺して減速し、戦象の最前列を抜け、やや空間の空いた敵陣真っ只中にたったひとり、降り立った。




